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第6-2話 兎の護符

『よくあるよくある。あははひゃはひゃひゃ……』

 電話口の先輩が爆笑している。

 どうやら、店長がバイトをハグするのは日常茶飯事のようだった。


「だ、だって、すごい抱き合ってたんですよ? 笑い事じゃないですよ」

『そんなこと、ある訳ないでしょ。いくら店長がソッチな人だからって』

「です、よねえ……」


 思わず店の外に飛び出してしまった美貴は、非番の先輩に電話していた。

 あまりの光景にパニックを起こしてしまったのだが。

 確かに、落ち着いてみれば、あれはただのハグだったのだと分かる。


(でも、よかった。和也がアチラの趣味に転向したんじゃなくって)


 先輩との電話を切ると、美貴は行くアテもなく海辺のガードレールに寄りかかって、ぼーっと海を見ていた。

 潮騒を聞いていると、少しづつ心が落ち着いてきた。


「いきなり飛び出して、怒ってるよね、和也と店長……」


 今日はバイトが少なくて、自分がいないと厨房が回らないのは理解していた。

 だけど、今から戻るのも抵抗がある――。


「どうしよう……。先輩に頼るのもアレだしなあ……」


 スマホを手に、再び先輩に電話をしようかどうしようか、と考えあぐねていた。

 でも、ヨリを戻す手伝いをしてくれるって約束もしているわけで。その一環として、あるいはサービスとして、手伝ってもらえれば、と思った。


 美貴はもう一度、先輩に電話をかけた。


「ごめんなさい、先輩。あの……一緒に店まで行ってもらえませんか?」

『一人で帰るのがこわいんだね、ミーちゃん』

「まあ……」

『今どこなの?』

「えっと――」


 場所を伝えると、善処すると言って彼は電話を切った。

 先輩が一緒に店に行ってくれることになり、美貴は安堵した。


「せっかくの休みだったのに申し訳なかったかな。でも護符代の一部と思えばいいわけだし」


 罪悪感を護符で帳消しにしつつ、美貴は先輩の到着を待っていた。


 それから数分後――。


 ふと背後でバイクの停まる音がした。

 振り返ると先輩ではなくて和也がいた。乗っていたのはピザ屋のデリバリーバイクではなく、普通のバイクだった。


「和也……?」

「探したぞ、このバカ! 早く後に乗れ」


 ガードレール越しに、和也が美貴の頭をヘルメットでゴツンと叩いた。

 和也がわざわざ私物のバイクで美貴を拾いに来たのは、デリバリーバイクでは二人乗りが出来ないからだろう。


「いたっっ!」

「今日のシフト、分かってんだろ? 厨房にお前がいないと困るんだよ」

「…………」

「いいから戻ってこい。別に怒ってないから」

「……うん」


 美貴は無言でガードレールを跨ぎ、渡されたヘルメットを被ると、バイクの座席に跨がって和也の腰に手を回した。


「アホかお前は。少し考えりゃ分かるだろ。俺がホモじゃないことくらい」

「……だってぇ……」

「信じられないか? ……って俺が言うセリフじゃなかったな。すまない」

「なんで和也なの」

「あ? ああ、先輩からここにお前がいるって連絡が来たから」

「だからなんで」

「急に腹が痛くなったから代わりに行ってくれってさ。……さすがにウソだろ」

「だよね……」


 ……そっか。先輩が気を利かせてくれたのね。


「あ、あのね、別に本気で先輩と付き合ってるわけじゃないんだけどね」

「だったら迷惑かけんなよ、先輩だってヒマじゃねえんだぞ」

「だってあんたが――、ううん、なんでもない……」


 和也が少し黙り込んでから、口を開いた。


「俺、そろそろ限界だわ」

「……え?」


 和也は、美貴の方へと振り返った。

「だから、手、かせよ」


 和也はシャツのポケットから何かを取り出した。

 彼は照れながら、美貴の指に誕生石のリングを嵌めた。


「これで俺に売約済み……ってことにしてくれないか? 安物だけど……」


 美貴は大きく目を見開いた。


 望んでいたこととはいえ、あまりにも唐突すぎる彼の急変に、美貴は戸惑った。

 先輩は一体どんな魔法を使ったのだろうか?

 それともこれは護符の効果……?


「……どうしたの、急に」


「俺、二号店の店長やることになった。正社員なんだ。これでお前のこと面倒見てやれる。指輪は、後でちゃんとしたの買ってやる。だから……」


「私、これでいい。……いや、これがいい。ありがとう、そして、おめでとう和也」


 和也はへへっ、と照れ笑いをした。


「俺、お前と一緒じゃないと生きてる実感がないんだ。抜け殻みたいだったこの三年間で、それがよく分かった……」


 相変わらず、独り言のように呟く。聞き耳を立てていないと、波の音とエンジン音にかき消されてしまいそうだった。


「俺は、……お前と一緒に生きていきたい。色々と苦労かけるかもしれないけど、頼む。俺と結婚してくれないか?」


 ――これだ。このまっすぐで真摯な眼差し。これこそ、私の大好きな――


「十年前、あの神社で和也がプロポーズしたとき、ちゃんとOKしたじゃない。それに、結婚式だって……」


「お、覚えていたのか?」


「ううん、忘れてた。でも、思い出した。ウサギの護符と一緒に寝てたら、夢に神サマが出て来て」


「そっか。当たりを引いたからかな……」

「え? 何の事?」

「俺、多分あの神サマに会ったんだと思う」

「もしかして、銀髪の……?」

「多分、な」


 和也は不敵な笑みを浮かべ、今度は、優しくついばむように軽いキスをした。

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