宅配ピザ屋にとってクリスマスはかき入れ時だ。ピザキャット茅ヶ崎店で働く俺にとって、一年で一番忙しい日でもある。さすがに12月の湘南で雪が降ることは希だが、配達担当の俺にとっちゃクソ寒いことに変わりない。――心も。体も。
「お待たせしました。ピザキャットです」
「おせーよ」
「すんませんした」
バタン。
クリスマスイブなんだから時間かかるの分かってるだろ。余裕見ろってんだ。
イベント時は常識のない客が増える。それ込みで高い金取ってるんだが、それにしてもメンタルにダメージが蓄積していく。だが自分で選んだ仕事だし、拾ってくれた店長に恩義もある。心を無にして粛々と配達するだけだ。
「お待たせしました。ピザキャットです」
「なんだサンタじゃないのか。キーック!」
「いでっ」
ガキにいきなり蹴られた。商品落としたらどうすんだよったく。
「こら、中はいってなさい! ああスミマセン」
「ありあっした」
こういうのも地味にダメージになるんだよな。
子供は残酷だ。そんだけ幸福を享受しとんのだから、俺のような身寄りのない勤労青年に、もうちょっとの慈悲をくれてもいいんではなかろうか。なんて、哲学しちまうよ。
最愛の恋人と事情があって別れたのが3年ほど前。今はぼっちだ。
夏にはバカップルが沸き、冬にもバカップルが沸くこの観光地で働く俺は、年中メンタルがゴリゴリ削られている。マジでそのうち死ぬんじゃねえかと思ってる。事故とか。
あいつと添い遂げられぬこの世に未練もなく、ことさら生きていたいとは思わんが、せめて店長には迷惑かけずに逝きたい。
「お待たせしました。ピザキャットです」
「ああ、どうもどうもね、ありがとうね」
今度はお年寄りの家だ。奥から楽しそうな子供の声が聞こえる。
きっとこのおばあさんは、いま幸せなんだろう。そしてこのまま新年を迎えるのだろう。
遅れてピザを取りに来た中年女性は嫁か。不服そうな顔をしている。だが、もう何度もこんな日は、彼女には訪れない。大目に見てやれよ。
俺には、こんな幸せな記憶は――ない。
「よいお年を」
「貴方もね。お兄さん」
と言って、おばあさんは俺にポチ袋を握らせた。チップのつもりなのか。
「いや……こんな」
「お年玉をあげる孫も減って困ってるのよ」
俺は苦笑しながら、有り難く受け取った。
そうすれば相手が喜ぶと知っているからだ。
「お元気で」
俺は帽子を取って深々と頭を下げた。
たまには、こんないい事もなけりゃ、バイトなんてやってらんねえ。
いい事だって? 望むのもアホらしい、と考えることすらなかったのに。
店への帰路で、どっかのアホが事故を起こしている。
お巡りさんにも、俺にも迷惑だから、家で寝てろよ。
年末年始はペーパードライバーが増えるから、必然的に事故も増える。
俺は心の中で、お巡りさんにエールを送りつつ事故現場を通過する。
またここ通るんだけどな。
「お待たせしました。ピザキャットです」
「ああ、待ってたよ~。ハラペコなんだ」
出て来たのは、パンツ一丁のチャラ男。奥から女の急かす声が聞こえる。
保温バッグから商品を取り出していると、肩を剥き出しにしたジョカノさんが、居間のドアの影からひょっこり顔を覗かせている。
――ああ、そういう最中でしたかー。
そりゃ、おなかすきますよねー。
っていうか、クリスマスに男女がすることってそれしかねえし。
「ありあとやしたー」
俺が一番メンタルに来るやつ。
カップルのいる部屋への配達。
どうしたって、捨てた女のことを思い出しちまう。
好きで捨てたわけじゃないし、半身を裂かれる痛みもくらった。
だが、あいつの幸せを考えたら、捨てるしかなかったんだ。
その罪は全て俺が甘んじて受ける。その覚悟だったのに。
いまだに慣れねえ。これが俺への罰なのだろう。
帰り道、さっきの事故現場では後片付けの最中だった。今日みたいな日に事故るのだけはやめとこうと思った。店長に迷惑だからな。
日付も変わったころ、俺は最後の配達を終えて店に帰った。
「戻りましたー……あれ?」
バイトたちも、厨房の店長もいない。みんなどこ行ったんだ?
――まさか、強盗にでも入られたのか?
俺は慎重に、気付かれないように、店の奥へと進んだ。
そっと事務室のドアを開く。
おや? 真っ暗だ。しかし誰かの気配がある。俺は身構えた。
次の瞬間、パッと灯りが点いた。
「メリークリスマース!!」
従業員全員がシャウトした。
「え? お、俺、てっきり強盗でも入ったんかと」
「おつかれさん」と、店長がコーラの入ったコップを俺に差し出した。
「何このサプライズ……」
う、嬉しくなんかないんだからな!!