薫の家を出て、どこをどうして帰ってきたのか、よく覚えていない。
李斗は、氷ノ山神社の長い階段を上り、鳥居をくぐり、境内の玉砂利を踏んだあたりで正気を取り戻した。
日はすっかり落ち、点々と灯る電灯と灯籠が、本殿を闇の中に浮かび上がらせている。
特売品はちゃんと買っていたから、近所のスーパーには行ったのだろう。胸ポケットには、レシートとスーパーのポイントカード。
しっかりカードまで使っているのだから、習慣というのは恐ろしいものだ。
「ぼくは……」
――確かめなければ。
社務所の玄関に、スクールバッグと弁当箱の入った風呂敷、買い物袋を置くと、下駄箱の上から懐中電灯を取り、外に出た。
境内に植えられた数本の大きな桜。
その中の一本を李斗は視界に入れる。
見慣れているはずの木なのに、今夜は見るのが恐ろしい。
胸が締め付けられる。
――確かめなければ。
懐中電灯にスイッチを入れ、ゆっくりと桜の木に歩み寄る。
一歩。また一歩。
確かめなければ、という義務感と、見たくないという気持ちが足に絡んで重くなる。まるでぬかるみを歩いているような重さだ。
五メートルほどにまで近づき、根元に恐る恐る光を当てる。
「う、うそ……だろ……」
そこは、李斗が亡き婚約者、鏡華とその子供の亡骸を埋めた場所だった。
だが――
「誰がこんなことを……」
何者かによって、桜の根元は無残に掘り返され、遺骨を納めた壺は割られて地面に散らばっていた。
背中に冷たいものが流れる。
誰が、と問うてみたが、本当は分かっている。
でも、知りたくはなかった。
さらに周囲を照らしてみるが、壺の中に納められていたはずの骨は、一欠片も落ちてはいなかった。
鏡華も。子供も。
壺の破片以外には、ただ朽ちかけた副葬品が散らばるばかりだった。
「鏡華ァッ!! そんなに僕を想うなら、何故今まで姿を見せなかったんだ!!」
李斗は桜を見上げて吠えた。
「何故僕を孤独にした? どうして?!」
答えは返らない。聞こえるのは、木の葉擦れだけだった。
「……そうか。それがキミの罰なのか。
村人を皆殺しにしただけでは満足出来なかった、そういうことなのか。
確かに、キミを守れなかったのは僕の責任だ。だったら、どうして教えてくれなかった? どうして今ごろ僕を責めるのさ?!
もっと償う方法がいくらでもあったはずなのに! どうしてさ!
鏡華!! 答えろ鏡華!! いるんだろ!! 出てきてくれないか!! 鏡華!! 鏡華ああああッ!!」
李斗は絶叫すると、その場に膝から崩れ落ちた。
両の眼からは、とめどなく涙が溢れ、冷たい土を濡らした。