〈李斗の日記〉
こないだは、やかんをコンロにかけっぱなしだったせいで、あのまま薫に逃げられてしまったのは失策だった。
でも、彼女が落とした生徒手帳から、薫の学校や住まいの情報を得られたのは幸いだった。
少子化も手伝ってどこの学校も経営難だから、一千万も寄付金を積んでやったら、喜んで薫のクラスに転入させてくれた。私立高校で良かった。これが公立なら、身分の偽造にもう何日かかかっているだろうから。
薫の学校に潜り込んで二日目、僕は長年憧れていたシチュエーションを実行に移してみた。
――朝、幼馴染みの家に迎えに行くってやつ。
チャイムを鳴らそうか、どうしようか、ドアの前に三十分ほど逡巡した挙げ句、結局薫の方が先に出てきてしまった。
明日はこちらからチャイムを押してみよう。
……あ、部屋に来たらダメって言われてたんだっけ。そんなの知ったことか。
それにしても、薫の偏食ってほとんど食べず嫌いじゃないか。
僕の持ってきた弁当をおいしそうに全部平らげてるし。
彼女の偏食の原因は、やはり母親が仕事にかまけて育児をおろそかにしたせいだと思われる。
これからは僕がしっかりと薫を教育して、立派な大人に育てなければ。でないと、彼に申し訳が立たない……。
こうやって一日の半分ほどを共に過ごすことが出来るなんて、少し前の僕には想像も出来ないことだ。幸せ過ぎて、目眩がするほどに。
でも、幸せだから欲が出る。
会いたい、その次は側にいたい。
さらにその次は抱き締めたい、さらにさらに、その次は自分を見て欲しい、愛して欲しい、そして、全てが欲しい……。
きっとこの欲望が全て満たされるまで、僕は際限なく薫を求めるのだろう。
でも、それが叶わなかったら僕はどうなってしまうんだろうか。
……多分、生きるのが苦痛になるだろう。
もう十分生きたのだし、その時はそれでいいのかもしれない。
薫は僕を受け入れてくれるのだろうか。
それが常に頭の中でぐるぐると回っている。
『あの頃みたいに僕を愛して』っていう気持ちが先走りして、いつのまにか薫を追い込んでしまう。
こんなことを繰り返していたら、薫が遠くへ行ってしまうのに。
御せない自分がひどくもどかしい。
……こんな気持ち、五百年ぶりだよ。
ああ、今日も桜が綺麗に咲いている。
君の桜も、咲いている。
鏡華、もういいよね。
君だって今ごろ、生まれ変わってどこかの土地で生きているんだろうから。
この五百年、君を忘れたことなんか、決してなかった。
それは約束しよう。
だから、僕を許してくれないか。
今もどこかにいる、君の幸せを祈るから。
☆
そういや今日の特売はどこのスーパーだっけ?
チラシはどこにやったっけ……
薫ちゃん、明日も全部食べてくれるといいな。