フリーターの多島くんと、女子高生の由希乃は、商店街でバイトをしている年の差カップルである。現在交際歴は三ヶ月。
多島くんは、資格試験の勉強の傍ら叔父の経営する弁当屋で、由希乃はそのお向かいにある本屋で毎日バイトをしている。
由希乃はバイトが終わったあと、商店街のコンビニのイートインで多島くんとプチデートをするのが日課だった。
「今日さ、お客さんに『お気に入りのお店ってある?』って聞かれたんだ。由希乃ちゃんは、そういうお店ってあるの?」
「うーん、あるけど、ちょっと遠いんだ。前住んでた家の方で、ここから歩くと30分ぐらいかかるとこ。多島さんは?」
「俺もあるけど、もうちょい遠い。ここから電車で一時間ぐらいかな」
「そっか……」
「明日は日曜で休みだから、由希乃ちゃんのお気に入りの店に行ってみないか?」
「いいの? だってまだ何屋かもわかんないのに」
「べつに。由希乃ちゃんのお気に入りってどんなのか、見てみたいだけだから」
「……なら、いいけど。えっとね、ちょっとアンティークな喫茶店だよ」
「それむしろ見たい」
「多島さん、そういうの興味ある?」
「あるある。けっこうあるよ」
「ふーん……。じゃ、決定ね」
☆
翌日の昼、二人は駅前で待ち合わせると、ファミレスで軽く昼食をとって、目的の店に出発した。
広い国道を渡り、橋を二本渡り、坂を登って降りて、踏切を渡り、植物園の脇を通り、またそこからしばらく歩いて……その場所はあった。
「はー、やっと着いたー! ここだよ、多島さん!」
右手を大きく開いて店先を指す由希乃。
「えっと……。もしかして、今日は定休日?」
「へ? ……あああああああああああああ!」
由希乃は閉まったシャッターを指差して悲鳴をあげた。
「残念だったね。また今度来ようよ」
「うう……ごめんなさい。久しぶりだから、ネットで調べれば良かった……」
騒ぐ二人に気付いたのか、お隣の花屋の店員さんが店の中から出て来た。
三十ぐらい、ショートボブでエプロン姿の女性が由希乃たちに声をかけた。
「あの、お隣の喫茶店に御用かしら?」
「はい……」
由希乃はぐったりしたまま返事をした。
彼女のかわりに多島くんが店員さんに訊ねた。
「こちらのお店、今日は定休日ですか?」
「いいえ……去年ご主人が亡くなって、閉店されたんですよ」
「うそお……もう入れないの? うう~~~~」
「そうでしたか……。ありがとうございます。残念だけど仕方ない。由希乃ちゃん、今日は帰る? それともどこか行きたい場所あるかい?」
「急にいわれてもぉ……」
由希乃はパーカーのすそをいじくり回していて、要領を得ない。
「あの、お連れさん、どうされたんですか?」
「う~ん……実は、この喫茶店、彼女の思い出の場所だったんです。今は川向こうに引っ越してしまったので、気合いを入れて遠出してきたのですが……」
「あらあら。それは残念だったわね。う~ん、どこかデートに向いてる場所ってないかしら……」
店先で話し込んでいると、花屋から別の店員さんが出て来た。
「おい、どうしたんだい?」
「ああ、あなた。実はこちらの方――」
後から出て来たのは、女性の旦那さんのようだ。
由希乃たちの事情を説明すると旦那さんは、
「お隣のご主人が亡くなったのは残念だが、今この店は、別の場所で息子さんが継いでらっしゃるよ。調度品も什器も昔のままだから、雰囲気だけなら味わえるんじゃないかな。行ってみるかい?」
ぐずぐずしていた由希乃の顔が、一気にぱっと明るくなった。