そして、文化祭当日の朝。
メイド喫茶と化した教室前の窓際で、うろうろそわそわ落ち着かない由希乃がいた。
「あ~……まだかなまだかな……」
「まだ開場してないよ。えっと、誰か呼んでるの?」
クラスメイトの
「うん……。でも、ちゃんと来てくれるかな」
「ひょっとして、彼氏?」
「……だったら、いいな、っていうか……」
「なにそれ」
「私は彼氏だと思ってるけど……あっちはどうかな」
「片思いの知り合いの人?」
「う~~ん……一応付き合ってはいるけど……ちょっと自信なくて……」
「なんかわかんないけど大変だね。まーがんばれ」
「あ、ありがと」
真理華は外にビラ撒きに行くといって、教室を後にした。
「あああ……どうしよどうしよ……そろそろ開場時間だよお……」
普段バイトで接客をしているからとメイド役にさせられたけど、正直こんな格好で冷静に接客出来る自信なんかない。だいたい接客といったって、自分のバイトは本屋なんだから。
「ううう……やっぱ多島さんにこんな格好見せられないよお……」
お盆で胸を隠す由希乃。しかし、端からはメイドのかわいらしさが強調されて、やる気まんまんにしか見えない。
開場の校内放送が流れた。
校門からはパラパラと人が入ってくる。
朝一番なのだから、そんなにたくさん人に来られても正直困る。
「多島さん……わりと早めに来るって言ってたけど………………あれ?」
どこからどう見ても、一般客がいるとは思えない場所に、いきなり現れた多島くんを発見。
関係者用の駐車場から歩いてくる。
「え? なんであんな場所から――――ウソ」
多島くんの後ろから、あろうことか晴海先生がついてくるじゃないか。
しかも二人は楽しそうに話している。
「ウソ……ウソだよね? そんなの、ありえない!!」
グワーンッ!!
「ちょ、どうしたの由希乃!」
金属製のトレーを床にたたきつけた音で、クラス内の全員が一斉に由希乃を見た。
「ゆ、ゆるせないッ!!! ちょっと行ってくる!!!」
それだけ叫ぶと、由希乃はメイド姿のまま教室から飛び出していった。
◇
「晴海先生!! その人は私のものです!! 横取りしないで下さい!!」
教室から全速力で駐車場までやってきた由希乃が叫んだ。
ぜいぜいと息を切らし、肩を大きく上下させている。
「「ええっ?!」」
「あの……どういうことなの?」
「由希乃ちゃん、横取りって何なんだ、俺と彼女は――」
「こないだ事務室の裏で、私の多島さんに付き合おうとか言ってたじゃないですか! そりゃ私は多島さんから見たら子供だけど、おばさんに負けるつもりなんかないですから!」
多島くんと晴海先生は顔を見合わせた。
「あれって、由希乃ちゃんだったのか」
「あはは、なにか誤解させちゃったみたいね」
「な、なにがおかしいんですか。この泥棒猫!」
「あのなあ、俺たちさ、二人ともここのOBなんだよ。で、元同級生」
「そうよ。毎年文化祭で顔を合わせるけど、この男朴念仁でちっとも女っ気がないから、フリーなら付き合ってあげようかって話をしてたんだけど」
「悪かったな朴念仁で」
「……OB? 二人とも? 同い年? えええええ?」
「だけど私、多島くんに振られちゃったわよ。今でも信じられないわ」
「どうせ盗み聞きするなら、最後まで聞いていけばよかったのに。俺はあのあと、彼女がいるからって断わったんだよ。由希乃ちゃんがいるんだから当たり前だろ?」
「え……あ……そ、そうなんですか…………」
三人で話していると、別の学年の先生が顔を出した。
「ああ、多島君に晴海君、ご苦労さま。毎年助かってるよ」
「おはようございます、先生」
「おはようございます。足りないものがあったら店に電話してください」
先生は、二人によろしくな、と言って立ち去った。
「毎年? 店?」
「由希乃ちゃん、うちの店は毎年ここの文化祭に材料を卸してるんだよ。こないだはその打ち合わせで、今日は納品」
「そうだったんだ……私……すごい勘違いして……あわわわわわわ……ご、ご、ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――ッ!!」
由希乃は絶叫しつつ、その場から走り去った。
「ずいぶんと元気のいい彼女さんねえ」
「嫌みかよ。まあ少し大変だけど、可愛がってるつもりだよ」
「あんな勘違いさせて、まだまだなんじゃないの?」
「いろいろあんだよ」
「なにしてるの?」
「あ?」
「早く追いかけなさいよ。これだから多島君は……」
「あ、そっか。じゃあな」
多島くんは由希乃の後を追った。
◇
「やっと見つけた。こんなところにいたのか」
多島くんは、校舎裏の荷物置き場で由希乃を捕まえた。
「なんで来るの……」
「別に逃げることないじゃん」
「でもお……超恥ずかしい」
多島くんは、由希乃をぎゅっと抱き締めた。
「俺、嬉しかった。あんな風に言ってもらえて」
「多島さん……」
「年のこと気にしてるの自分だけだと思ってた? 俺だって、すごい年のこと気にしてたんだ。いつか、由希乃ちゃんにもっと年が近い彼氏でも出来て、俺は捨てられるんじゃないかって」
「そんな……ごめんなさい」
「だってさ、十歳も離れてるわけだしさ。四捨五入したら三十路だよ」
「えっ!!!! ……も、もっと若いかと思ってた。だって資格試験の勉強してるとか言ってたし……」
「俺、大学出てからいろいろしてたから。そんなに若く見える?」
「う、うん!五歳差ぐらいかと……」
「それ、似合ってる」
「え? ……あああッ、み、みないで!」
「なにを今さら……だいたい見せるためにその格好してるんじゃないの?」
「だから文化祭呼びたくなかったのに……」
「じゃあなんで呼んだの?」
「……言わない」
「なーんーで?」
「言いたくない……」
「ほう……。言わないと、写真を店のブログに貼っちゃうぞ?」
「や、やめてえええ! それだけは!」
「じゃ、言う?」
「言うからやめてえ!」
「うむ。じゃ、言って」
「……晴海さんに、取られたくなかったから。メイド服でその……」
「気を惹こうと」
「まあ」
「くそーッ、かわいいやつめ!!」
「ぎゃあっ」
多島くんは、再び由希乃を力一杯抱き締めた。
「あー、由希乃こんなとこでさぼってた!! はやく教室に戻ってよ~」
さっきビラ撒きに行ったクラスメイトに発見されてしまった。
「あ、あわわわわわわ、い、いまいくから!」
「ああ、すいません、お借りしてました。これから行かせますので」
「ああ、お弁当屋さんの。お世話になってます」
「由希乃、だまっといてあげるから今度なんかおごってよね」
「ひゃい……わかりまひた……」
多島くんは、ぽんと由希乃の背中を叩いて、
「俺まだ荷物の搬入が残ってるから、仕事行ってこい。大丈夫、後でちゃんと行くから」
「うん。じゃ、行ってくる!」
バイバイ、と手を振り由希乃を見送った。
「俺、頑張って、お前を幸せにするから。だから。ずっとそばにいてくれ」
誤解が解けて、すこしほっとした多島くんだった。