日曜日の朝。
「おはようございます! お待たせしちゃいました?」
「いんや。じゃあ、行きますか」
「はい!」
駅前から、アウトレットモールに向かうバスに乗ると、まもなく発車した。
会場に到着すると、開場時間から間もないのに、もう人でいっぱいだった。
「多島さん、なんかすごい人ですね」
「ブックフェアって難しい本ばっかかと思ってたけどさ、趣味関係の本とかもいっぱいあるじゃん! こりゃ目移りしちゃうぞ」
「よかった」
「え?」
「私だけ楽しんで……たいくつな思いさせたら申し訳ないかなって思ってたから」
「なに言ってんの。女の子とデートすんのに、たいくつなわけないよ」
「あ……えと……これ、デート、ですか?」
「女子とサシで遊びに行くのに、他に適切な言葉を知らないんだ。君ならこれを何て言うの?」
「うーん………やっぱり、デート、かな」
「なーんだ」
「うふふ」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
ひとしきりイベントを堪能した二人は、会場を後にした。
「こんなに楽しいの、久しぶりです」
「そっか、そりゃ良かった」
「兄が亡くなってから家に閉じこもり気味だったし、最近になってもバイトしてたりで……あんまり友達と遊んだりしてないから」
「お兄さんのこと、うちの叔父さんから聞いたよ」
「え? そうなんですか」
「あと、お兄さんが亡くなったんでキミがバイトとか大変そうなんだなって、さ」
「私……家計が苦しくてバイトしてるわけじゃないんです」
「そうなの?」
「確かに、兄が家にお金を入れてはいましたけど、母も仕事してますから。でも、そのせいで母が家にいないことも多くて、一人で家にいると色々……」
由希乃は涙ぐんだ。
「だから、好きな本屋さんでバイトでもすれば、気が紛れるかなって……」
「そっか。言いづらいこと、話してくれてありがとう」
「いいえ。あ、そうだ」
「ん?」
「こないだ、コンビニで答えられなかったこと……答えますね」
「だから……言いたくないことなら、ムリに言わなくてもいいんだ」
「そうじゃなくて。前に傘を貸してくれたこと、ありましたよね」
「あの晩は結構な降りだったし、さすがに見過ごせる状況じゃあなかったからな」
「私、あんまり兄以外の男の人から優しくしてもらったことないんで……その……」
――え?
勝也はドキリとした。
「それ以来、なんか多島さんのことが気になって、ついついバイト中もお向かいのお弁当屋さんを見ちゃうっていうか……。まあ、気になる、ぐらい、なんですけど……」
勝也の心臓の鼓動が早くなってきた。
彼は必死で平静を装った。
「それで、あのお兄さんはどこに住んでるのかな、とか、どんな本が好きなのかな、とか、なんかいろいろ考えちゃって……」
「そ、それで、俺があまり本が好きじゃないと分かって、ひどくがっかりしちゃったと」
「はい……。私が勝手に妄想してただけなので……だから、あんまり言えるようなことでも、ないかなって」
「はずかしくて?」
「はい」
「……………………………………あの、えっと、さ」
「は、はい」
「そういうの、男子的には……メチャメチャヤバいっていうかさ」
「ヤバ、い?」
「っていうか、嬉しいんだけど……その」
勝也の顔が真っ赤になった。
「お、俺も傘の一件があってから、ちょっと気になって、まあ、キミと同じかな。あの子は、本が好きなのかな、それともただ仕事で本屋にいるのかな、とか、なんで俺が本好きじゃないと不機嫌になるのかな、とか、いろいろ気になってた」
「そうだったんですか……」
「じゃ、お互い、気になることも分かったことだし、そろそろ帰ろうか」
「……え? もう、帰るんですか? ま、まだお昼過ぎですよ? それとも他に予定とかあるんですか?」
「そうじゃないけど……」
「なら、どうして?」
勝也は視線を斜めに落とすと、しばらく黙り込んだ。
そして大きく息を吸い込み、ようやく口を開いた。
「……ここで、引き返したい。そう、思っただけ」
「引き返したいって?」
「だって、これ以上一緒にいたら……」
「いたら?」
「由希乃ちゃんのこと、好きになっちゃうから」
「!!!!」
「さ、帰ろう」
勝也はバス停へと歩き出した。
「待って。待って下さい」
「ん?」
「あの、どうして、引き返さないといけないんですか?」
「だってキミがあんまりいたいけでさ。その……なんか自分が悪いことしてるような……ああ、なんと言えばいいのか」
「そんな……」
「俺なんかじゃ、無くなったお兄さんが成仏出来ないっていうか……」
「兄は関係ありません! だってもう死んでるんですよ?」
「あんまり勢いでこういうこと、決めない方がいいよ」
「迷惑ですか? 未成年だからですか?」
「違うよ。迷惑じゃないし、年齢も関係ない。だけど……」
「だけど、何なんですか!」
「男はやっぱ、将来のこととかどうしても考えちゃうんだよ。まだ就職も出来ないし、不幸にしちゃうかもしれない。だから」
由希乃の顔がみるみる歪んで、口がへの字に曲がっていった。
「もう、いいです!!」
怒った由希乃は、バス停へと走り去っていった。
「あー……。やっちまった……」
小さくなる由希乃を見つめながら、勝也は唇を噛んだ。