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第6話 こわかったことと新しい謎

 数日経って、土曜日。


 あいつんちでピザ&バーベキューパーティ。

 なんか気まずいし、なんか言われんのもイヤなので、なるべく離れて食べてた。



「いや~食べた食べた~。バーベキューだけじゃなくてピザもあんなにあったらも~たいへんだよ~」

「あそこまでピザを量産しなくても、ねえ。ママも食べ過ぎちゃったわよ」


 ひとしきり食事を堪能した私は、庭のすみにあるベンチで食休み。

 ぼんやりとパーティの様子を眺める。


 大人たちは、ビール飲みまくってて、顔が真っ赤になってる。

 チビたちは飽きたのか、子供用プールで遊んでいる。


「よう」

 あいつがバケツを片手にやってきた。

「ぎゃッ、……なんだ、あんたか」

「もう食い物はいいのか」

「ああ……もう、いっぱい。ごちそうさま」

「座っていいか」

「どうぞ。自分ちのベンチでしょ」

「一応聞いた」


 彼が隣に座ると、自分の前にバケツを置いた。

 中には水と氷、そして、紅茶のペットボトルが二本。


「飲む?」

 彼はビーチサンダルの先で、ずい、っとバケツをこっちに押した。


「あのさあ」

「ん?」

「なんでこれ、飲んでるの?」

「……べつに」


 私はバケツの中から一本取って、キャップを回した。

 紅茶はかなり冷えていた。


「なんで? こないだは、コーヒー売り切れてたとかウソついてさ」


 彼は膝の間で手を組むと、親指同士をもにょもにょと動かしている。


「……言わないとだめなのか」

「ダメ」


 彼はしばらく無言でもにょもにょしていると、顔を上げてしゃべりだした。


「じゃあ、お前なんで急に絵なんか始めたんだよ」


 え! そうくる?!


「ああ……それは……えっと……」

「なんでだよ? 僕が十年もずっと誘ってたのにやらなかったお前が、なんでいまさら始めんだよ」

「……言わないとダメ?」

「ダメ」


「…………」

「…………」


 この話はドローになったっぽい。

 しばらく無言で座ってたけど、二、三分ぐらいして彼が口を開いた。


「お前、夏休みなんだから、彼氏とどっか行かないの」

「は? なに、いきなり」

「どう……なんだよ」

「いないよ」

「え?」

「彼氏とかいないっつってんの」

「……マジ?」

「だからなんでそういう話になってんの?」

「いやだって……その」

「なんで?」


「…………………………見たから」


「いつ! どこで!」


 本気で身に覚えがない。


「中三のとき、学校で。よく男子といっしょにいただろ。こっちの校舎にも来ないし、顔合わせてもスルーだして……。だから」


 どんどん小声になっていって、周りのうるささで聞き取るのがやっとだった。


「ああ、あれ? あの子、春から転入してきた帰国子女だったんだよ。学級委員になったから、面倒みろって担任に言われて」


「……へ!? なにそれ!」

 彼は半分腰を浮かせて、私の顔をガン見した。


「は? こっちがなにそれなんですけど。というかスルーってなに。だいたいなんで特殊教室しかないそっちの校舎に行く理由あるんですか。意味わかんないし」


「え? え? え????」


 目が点になってる。

 驚いてるのはこっちもなんですけど!


「っていうか、そんなにバカみたく身長伸びられたら分かるもんも分かんないよ」

「……お前、僕のこと身長で認識してたんか?」


 混乱してるのか、なんか挙動不審になってきた。


「ちょ、ちょっと、えらいキョドってどうしたの? どういうことか説明してよ」

「えええええええええ…………」

「えええ、じゃなくて!」


 私は彼の手首を掴んだ。


「せ、せ、せつめい……? なんのかな、僕わかんないな」


 目がぐるぐるしている。


「おかしいよ、さっきっから。脈だってこんなに」

「ば、やめ、そんなの測るなんてヒドイよ」


 彼の顔が真っ赤になって、脈がはやくて、呼吸も荒くて……


「もしかして、あんた病気? ちょっと熱測ろうよ」


 私が手を引いて家の中につれていこうとすると、全力で抵抗しはじめた。


「びょ、病気じゃないからッ。そういうのじゃないから」

「じゃなに。熱中症?」

「ちがうし。っていうか手離せよ」


 おかしい。なんか涙目になってる。


「たのむから、おねがいだから、もうほっといてくれよ」

「あーやーしーいー。やっぱ病気だよそれ」


 彼がぼそりと呟いた。


「ある意味……病気、かも。心の」


 ……まさか、いじめ? 学生寮で、密室で??


「あーもう、マジでほっといてくれ」

「そ、そんな大変なことになってるかもしれないのに、放置出来るわけないでしょ」


 いままでさんざん抵抗してた彼が、ぴたりと動きを止めた。


「――ずっと放置してたの、テメエだろが」


 聞いたこともないような、腹の底から絞り出すような、低い声。

 私を一瞬、睨み付けて――普通の顔にもどった。

 ゾッとした。

 ほんの一瞬だったけど。


「お前、これ以上無責任なマネするなら、金輪際口聞かないぞ」

「無責任……って?」

「人の古傷をえぐり出すようなマネ、だよ」


 彼は、それだけ言うと、家の中に逃げ込んでいってしまった。


「ちょっと! どーしたんだよ! バカ! 意味わかんない!」


 ったく。……なんだあれ?




 そうこうしてると、大人の時間もそろそろお開きになったらしい。

 ぼちぼち帰るよ、とパパの声がして、みんなで挨拶して解散になった。


 庭を出るときにちらと振り返ると、二階の窓からあいつが見てた。

 でも、私に気付くと、シュッと引っ込んでいった。


 なんだあれ。ホント、なんだあれ。

 ――怖かった。

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