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第5話 忘れっぱなしだったわけじゃない

 だからって、ずっと忘れっぱなしだったわけじゃない。



「なに、お見送りに行かなかったの?」


 中学を卒業した春休みのある日。

 朝起きてダイニングに行くと、ママが唐突にそんなことを言った。


「え? なんの」


 でも、それが最後のチャンスだった。



 あいつの進学した学校は、県外の芸術大学に付属してる高校で、通うには遠いからって、学生寮に入ることになった。

 その日はあいつが家を出る日で、荷物を満載したおじさんの車で出かけるところに、早朝から出かけていたうちのママが、帰宅途中に遭遇したのだと。



 それからだった。


 自分でも分からなかったけど、なんだかものすごい喪失感があって、でもこれは恋とかじゃあないし、一体なんなんだこれ、と。春休み中ずっと考えてた。


 だけど高校生活が始まると、あれこれ忙しいことも多くて、またしばらく忘れていた。というか、考えても答えの出る問題でもないから、忙しさにかまけて考えるのをやめていた、という方が正しいかもしれない。


 一学期の期末試験が終わって、試験休みになって、急に時間が出来て。

 そしたら――急に、また思い出した。

 なにかが『ない』ってことを。


 それで私は、ショッピングモールをうろうろしたり、夏物の服を出したり、ゴーヤに水をやったり、ショッピングモールをうろうろしたり、うろうろしたり、漫画喫茶でマンガ読んだり、ショッピングモールをうろうろしたり。


 夏休みに入って、あーやっぱこれじゃダメだ。私、ダメな人になっちゃう。

 そう思って、あの本を買って、それで……と思ったら、あいつが帰ってきた。


 ……なんなのもう。わけわかんないし。


あいつが帰ってきてから、顔を合わさないように、私は極力家の中にいた。

 宿題をやってるから、と言えば、親もとやかくは言わない。


 とはいえ、おなかが空けば台所には行くわけで。


「おなかすいたー。お昼なにー……あれ? ママー?」

「こっちよー」

 玄関の方から声がする。


 スリッパをペタペタさせながら玄関に行くと――


「げっ! なんでいるし」

「いちゃ悪いかよ。親に頼まれて来てんだよ。文句ならうちの親に言え」


 あいつがいた。


「なあに、あんたたち。ケンカしてるの? せっかく地元に帰ってきたってのに」

「いえ、なにも」

「べつにそういうわけじゃないし」

「土曜日にバーベキューやるから来ないかって、お誘いよ。それと、これ」

「あ、スイカだ」

「配ってこいって。あとまだ二軒ある」


 彼は両手にぶら下げたスイカを持ち上げて見せた。


「あ……そう。がんばってね」

「お、おう。じゃ、後があるんでこれで」

「はーい。土曜日にみんなで伺うわ~。お母さんによろしくね~。あ、ドアはそのままでいいわよ」

「はい。では、おじゃましました」


 ぺこりと頭を下げると、スイカを揺らしながら彼は玄関から出ていった。


「なに、バーベキューって」

「お父さんが最近お庭にピザの石窯を作ったんですって。それでお披露目と、息子さんの里帰りパーティを兼ねて、バーベキューやるから来て下さいって」

「里帰りって、お嫁に行ったんでもあるまいに。……石窯のピザ、か。おいしそう」

「でしょう? すごいわよねえ。そんなの作ってたなんて」

「お金持ちの考えることはわかんないよ~」

「そうお? ホームセンターにキットで売ってるらしいわよ」

「石窯が?」

「うん」

「じゃーうちも作ろうよ」

「誰がやんのよ。お父さんドがつくほどの不器用なのよ?」

「じゃーママ」

「いやよ。力仕事だし。腰でも痛めたら、だれがあんたとパパの面倒を見るのよ」

「あー…………」

「いいからこれ、お風呂場持ってって、たらいに入れて冷やしといて」

「うん。いつ食べるの」

「ごはんの後で」

「はーい」


 私はスイカを持って、風呂場まで廊下をぺたぺた歩いてった。

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