だからって、ずっと忘れっぱなしだったわけじゃない。
「なに、お見送りに行かなかったの?」
中学を卒業した春休みのある日。
朝起きてダイニングに行くと、ママが唐突にそんなことを言った。
「え? なんの」
でも、それが最後のチャンスだった。
あいつの進学した学校は、県外の芸術大学に付属してる高校で、通うには遠いからって、学生寮に入ることになった。
その日はあいつが家を出る日で、荷物を満載したおじさんの車で出かけるところに、早朝から出かけていたうちのママが、帰宅途中に遭遇したのだと。
それからだった。
自分でも分からなかったけど、なんだかものすごい喪失感があって、でもこれは恋とかじゃあないし、一体なんなんだこれ、と。春休み中ずっと考えてた。
だけど高校生活が始まると、あれこれ忙しいことも多くて、またしばらく忘れていた。というか、考えても答えの出る問題でもないから、忙しさにかまけて考えるのをやめていた、という方が正しいかもしれない。
一学期の期末試験が終わって、試験休みになって、急に時間が出来て。
そしたら――急に、また思い出した。
なにかが『ない』ってことを。
それで私は、ショッピングモールをうろうろしたり、夏物の服を出したり、ゴーヤに水をやったり、ショッピングモールをうろうろしたり、うろうろしたり、漫画喫茶でマンガ読んだり、ショッピングモールをうろうろしたり。
夏休みに入って、あーやっぱこれじゃダメだ。私、ダメな人になっちゃう。
そう思って、あの本を買って、それで……と思ったら、あいつが帰ってきた。
……なんなのもう。わけわかんないし。
あいつが帰ってきてから、顔を合わさないように、私は極力家の中にいた。
宿題をやってるから、と言えば、親もとやかくは言わない。
とはいえ、おなかが空けば台所には行くわけで。
「おなかすいたー。お昼なにー……あれ? ママー?」
「こっちよー」
玄関の方から声がする。
スリッパをペタペタさせながら玄関に行くと――
「げっ! なんでいるし」
「いちゃ悪いかよ。親に頼まれて来てんだよ。文句ならうちの親に言え」
あいつがいた。
「なあに、あんたたち。ケンカしてるの? せっかく地元に帰ってきたってのに」
「いえ、なにも」
「べつにそういうわけじゃないし」
「土曜日にバーベキューやるから来ないかって、お誘いよ。それと、これ」
「あ、スイカだ」
「配ってこいって。あとまだ二軒ある」
彼は両手にぶら下げたスイカを持ち上げて見せた。
「あ……そう。がんばってね」
「お、おう。じゃ、後があるんでこれで」
「はーい。土曜日にみんなで伺うわ~。お母さんによろしくね~。あ、ドアはそのままでいいわよ」
「はい。では、おじゃましました」
ぺこりと頭を下げると、スイカを揺らしながら彼は玄関から出ていった。
「なに、バーベキューって」
「お父さんが最近お庭にピザの石窯を作ったんですって。それでお披露目と、息子さんの里帰りパーティを兼ねて、バーベキューやるから来て下さいって」
「里帰りって、お嫁に行ったんでもあるまいに。……石窯のピザ、か。おいしそう」
「でしょう? すごいわよねえ。そんなの作ってたなんて」
「お金持ちの考えることはわかんないよ~」
「そうお? ホームセンターにキットで売ってるらしいわよ」
「石窯が?」
「うん」
「じゃーうちも作ろうよ」
「誰がやんのよ。お父さんドがつくほどの不器用なのよ?」
「じゃーママ」
「いやよ。力仕事だし。腰でも痛めたら、だれがあんたとパパの面倒を見るのよ」
「あー…………」
「いいからこれ、お風呂場持ってって、たらいに入れて冷やしといて」
「うん。いつ食べるの」
「ごはんの後で」
「はーい」
私はスイカを持って、風呂場まで廊下をぺたぺた歩いてった。