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第4話 なくしたものの正体

「ちょっと、めんつゆ買ってきてくれない?」


 ママがドアをノックした音で目が覚めた。

 気付いたら、机で寝落ちしてたらしい。


「めんつゆ?」

「買うの忘れちゃったのよねえ。はい、これ。急いでるからそこでいいわ」

「ふわぁい……」




 ふらふらと日の暮れた外に出た私は、ママから渡された財布をエコバッグに入れ、自転車のハンドルにぶら下げた。

 前カゴに入れなかったのは、一応の防犯教育のなせる技で。さいきんこのへんでも、ひったくりとか増えてるって、町内会の掲示板に貼ってあった。


 ママの言う『そこで』とは、つまり昼間寄ったコンビニのこと。

 スーパーのほうが幾分安いけど、往復で買い物時間も含めて二十分はかかってしまう。今晩はそうめんらしいんだけど、もう天ぷらが揚がってるそうで。

 麺なんてすぐ茹で上がるから、晩ご飯は実質、私のめんつゆ待ち。


 自転車だからすぐ到着。

 自転車置き場はほぼ満員状態。なんとかあいてる場所を見つけて、前輪をねじ込む。カギを掛けていると、すぐ隣の自転車から、シャカッと、カギを外した音が。


「よう」


 ふと声を掛けられて、驚いて顔をあげると、目の前にあいつのむっとした顔が。

 その距離、15センチ。


「ぎゃッ! ち、ちかいよ!」

「急に頭を突き出してきたの、おまえだよ。なに言ってんの」

「え、あ、そう……」

「それ」

「え?」

「買い物袋」

「あー……エコバッグ?」

「それ。すれ違いざまに引っぱって、自転車倒すやついるからやめろ。父さんの会社の人、それでこないだケガしたんだと」

「え……マジ」

「そういうの、前カゴに入れて防犯ネットしろ。100均でも売ってるから」

「あ……うん。こんど買うよ」

「じゃ」


 それだけ言うと、彼はすっと自転車を引いて、駐輪場から去って行った。


「あ……」


 そういえば、あいつ。

 カゴにそのままペットボトル入れてた。

 あの、紅茶――。




 めんつゆを買って、なんとなく自転車を押して、だらだら自宅に戻る。

 歩いてるさいちゅう、あの紅茶のことばかり考えてる。


 ――なんで、あれ飲んでるんだろ。


 すごく気になるけど、だからといって当人に聞くのも気まずい。


 彼のSNSアカウントはなにも知らない。

 携帯番号は知ってるけど、一度も掛けたことがない。

 この町で、地続きの場所でしか、交流したことがなかった。


 いまさら、あいつに直接なにかしらのアクションを、それも、こっちから起こすなんて、……できっこない。


 気付いたら、本当にいま気付いたんだけど、私とあいつの間は、とてつもなく遠くなっていた。


 いつも、すぐ手のとどく距離にいたのに。

 肩が触れあいそうな、そんな距離。

 たぶん、15センチ……くらい。

 そんな距離にいたのに、なんで私は忘れることが出来たんだろう?




 その答えは、家の前に着いたときに出た。


「そっか……。勝手についてくると思ってたから、前しか見てなかったんだ」


 いつも自分のことしか考えてなくて。

 視界に入らなくなったことにも気づけなくて。

 いつの間にか彼は遠くの街に行ってしまって。


 ――自分の後ろをついてくる弟分はもう、いなくなっていたんだ。 

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