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第2話 そんなつもりじゃ

 翌日。

 朝、少し遅め。


「いってきまーす」


 お母さんの返事はない。

 離れにある倉庫から、お父さん用のビールを引っ張り出してる最中だから、たぶん聞こえてないんだと思う。

 そんなのは、まあいい。

 朝ごはんの時に、出かけることは言ってあるから。


 今日は、近くの大きい街へ、出かけることになってる。

 ちょっと買い物に。

 移動するなら涼しいうちがいいから。

 幼馴染みのあいつは、駅前で待ってるはず。


『ガチャ』


「おはよう。家、追い出されたから、迎えに来た」

「……はい?」


 ドアを開けたら、いきなり現れた仏頂面。


「近所に出来たアウトレットモールに行くって親が出かけたんで」

「はあ……。で、鍵は」

「僕に渡す前に、車で行っちまった」


 ありゃあ……。


「別にアウトレットなんて興味ないからいいんだけど、外に出されるのは、なあ」

「それで、うちの前で突っ立ってたわけ?」

「まあ」


 なんだそれ。


「にしても、久しぶりに帰ってきた息子にひどい仕打ちだねー」

「別に。昨日の晩は大歓迎してくれたし」

「そっか。ならいいや」



                  ☆



 家の前から揃って自転車で駅に向かう。

 小学生の頃は、こうしてよくあちこち出かけた。


 市営プールに行ったり、図書館に行ったり、付き合いで限定品のプラモを買いに行ったり、数人でお祭りに行ったり、などなど。

 なんだか妙に懐かしい気分になったけど、でもこんなデカい奴をお供にして出かけるなんて、ちょっと他人みたいな気がする。


 だってあいつは、「弟」みたいな存在で――。




 駅で電車を待ってると。


「お前、本気で画材なんか買う気? 初心者だろ」

「だって本に載ってたし」

「あんなん真に受けるなよ。だいたいさ、スマホでもゲーム機でも絵が描けるご時世だぞ。フリーソフトなら初期投資ゼロだ」

「デジタルはイヤだし。画材買うって決めたし」

「んー……。アナログやるにしたって、いきなり高いスケッチブックとか、高級鉛筆とか要らねえよ。100均で揃うぞ。高級画材は腕が上がってからでいいよ」

「安物だとやる気でない」

「それホントに絵が描きたいのか? そういう気分になってるだけだろ。すぐ飽きるんだから、安いのにしとけ。っつーか、コピー用紙でいいじゃねえか」

「ぐちゃぐちゃになるからヤダ」

「裏にスプレー糊でも吹けば、板でもなんでもくっついて、ぐちゃぐちゃになんかならないから。スプレー糊とイラストボードだけ画材屋で買え」

「ちょっと」

「なに」

「私が自分のお金で何を買おうと勝手でしょ? なんでいちいちあんたに説教されないといけないわけ? なんか恨みでもあんの?」


 イライラして、まくし立ててしまった。

 でもイライラさせるほうが悪い。


「ない……いや、これから恨むかもしれない」

「それどーいうことよ」

「あんまさ」

「ん?」

「雑に扱ってほしくないんだよ、画材を」

「だってあんたの物じゃないでしょ」

「そういう問題じゃねえ」

「人がせっかく新しい趣味始めようと思ってんのに文句ばっか言って」

「お前、なんで僕を誘ったわけ」

「だから画材を買うからオススメとかしてもらおうと」


 彼は真顔でじっと私を見た。


「……。やっぱ帰るわ」

「ちょ、なに」

「ネットで調べるなり、店の人に聞くなりして買えばいい。僕の意見を聞く気がないんだから、僕がお前と一緒に居る必要ないだろ」


 彼はベンチから立ち上がって、階段に向かって足を踏み出した。


「いや、でも、ちょっと」

「なに」


 足がぴたりと止まる。


「ついてきてくれるって言ったじゃない」

「必要がなければ、行かないのは当然だろ?」

「なんで、なんで帰るの?」


 彼は大きなため息をついた。


「お前、自分が何言ってるか分かってる?」

「はあ?」

「お前は――絵描きを侮辱してんだよ」


 あ……。

 え……。

 でも……。なにが、侮辱、なの?


「ご大層な本があるんだろ? だったらそっくりそのまま、ネットでポチればいいだろ。好きにすればいい」

「ごめん……その……」

「僕は実家に帰ってきたんだ。自分の夏休みのために。お前のわがままに付き合うためじゃない。そういうのは、彼氏にでも頼め」


 彼はふたたび足を踏み出した。


「そんなのいるわけ――」


 私の言葉が通過電車にかき消されたとき、彼の姿は、なかば駅の階段に沈んでいた。


「そんなつもりじゃ…………なかったのに」

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