「特定が終了しました」
その日、ここのところ外部で特定作業に当たっていた西園寺が、書類を抱えて本部に戻ってきた。既に外には、色づいた梅の花が見える季節となっている。
「よくやった。それで?」
自分の席から梓藤が問いかける。椅子を回転させて、静間も向き直った。
坂崎もまた、身を乗り出すようにして、入ってきた西園寺を見据えている。
「ある部品会社の製品で、爆発物の全てが構成されていました。また、その内部の爆薬の合成も、その部品会社の子会社が行っている仕事で手に入る材料ばかりでした。少なくとも、あの爆発物を製造したのはこの会社で間違いありません」
西園寺はそう述べたあと、続いて持参した紙資料に視線をおとす。
「次に拷も……聞き取り調査の結果ですが」
「拷問の結果、なんだ?」
「はい、主任。訪れたマスクは、皆同じ作業服を纏っていたと、それぞれの証言から判明しました。作業服の左腕にある模様は、生存者全員の目撃情報と一致します。その模様を調べた結果、先程の爆弾を製造した部品会社の紋章と同一だと判明しました。即ち、少なくともその部品会社の作業着を身につけていた二名のマスクが犯人です。勿論、その会社に罪を着せるために、高等知能のマスクがあえて、作業着を身につけ、爆弾の部品を絞った可能性もありますが、その場合であっても、作業着の入手経路を考えると、部品の購入よりもさらに、紛失物などの観点から追いかけやすくなると想定できます」
それを頷きながら聞いていた梓藤は、それから腕を組んだ。
「静間、今すぐ西園寺の資料から、くだんの部品会社の内部の防犯カメラを確認してくれ」
「はーい」
こうして静間が作業に取りかかった時だった。
気の抜けるようなスマートフォンの着信音が響き渡った。仕事用のスマートフォンの設定音ではない。梓藤と西園寺が音をした方向を見ると、慌てたようにプライベート用のスマートフォンを取り出した坂崎が見えた。静間は正面を向いて作業に集中している。彼は焦ったように、困ったように、梓藤に視線を向ける。その間も、着信音は鳴り響いている。
「坂崎さん、どうかしたのか? それは私用の電話だろう?」
「あっ……その、実は――」
坂崎が言いかけた時、静間がモニターを見たままで声を上げた。
「これ、見て! エレベーターの中にいたマスクと同じ顔なんだけども? 確定だよ、これは!」
「なに?」
梓藤がそちらへ顔を向け、歩みよって画面を覗きこむ。西園寺は、二人の様子と、何か言いかけた坂崎の様子を、交互に見る。すると坂崎が、笑みを消してスマートフォンの電源を落とした。
それが終わった時、梓藤も画面で顔をたたき込んだ様子で、改めて坂崎に振り返った。
「それで、実は?」
「なんでもねぇよ。ちょっとした、間違い電話みたいなもんだ」
笑顔で坂崎が断言する。先程の真剣な表情を見ていた西園寺は小さく首を傾げたが、元々追求する性格ではない。それは梓藤も同様で、仮に見ていたとしても、梓藤も追求しなかっただろう。
「そうか。では、坂崎さんと俺と西園寺で、至急部品会社に向かう。静間はここでバックアップを頼む」
梓藤の指示に、全員が頷いた。
車で急行すると、その内に早咲きの桜も見え始めた。まだ蕾のものもあれば、一部は花開いているものもある。それらの合間の坂道を下っていくと、広く開けた場所に、年季の入った赤茶けたビルが一つ建っていた。
駐車場に車を停車させた梓藤が先に降り、後部座席の坂崎と助手席に乗っていた西園寺もすぐに外へと出た。中へと入ると受付があって、無視して横切ろうとすると声をかけられる。
「どちら様ですか? 本日は来客の予定はありませんが……」
「警察の者だ。社長にお話を伺いたい」
「えっ……か、確認して参ります……」
梓藤が紐で繋がれた警察手帳を見せると、あからさまに動揺した受付の人間が、中へと戻っていった。警察手帳をしまいながら、きちんと排除銃がある事を確認しつつ、梓藤は待っていた。西園寺はエレベーターの横のフロア案内のパネルを見ている。坂崎は両手を薄手のコートに入れて、周囲を見渡していた。
「ど、どうぞ! 社長室は最上階です。社長がお待ちです」
「助かります」
笑うでもなく梓藤が言う。その後ろで、苦笑しながら坂崎が会釈をしてみせると、受付の者は、目に見えてホッとした顔になった。西園寺が手際よくエレベーターを一階に呼んでいたため、すぐに一同は、社長室へと向かう事が出来た。
閉まったエレベーターの中で、コートから手を出した坂崎が白い手袋を両手に嵌める。それを一瞥し、梓藤が尋ねる。
「どう思う? 受付の態度」
「まぁ、マスクだろうな」
「坂崎さん、根拠はあるのか?」「警察官に動揺してみせる演技があからさますぎて下手だったから、となるな」
「どういった点で?」
「視線の動き、体の震えを始めとした動揺、歩き方、それらに一切恐怖は見えなかった。声もわざとらしい。本当に警察の人間が来て動揺しているとしたら、ああいった態度にはならないだろう、まさに口だけ。第一、アポがあるのかも聞かない、礼状の有無も聞かない。その他にも奇っ怪な点だらけだったと俺は感じたが、梓藤は違うのか?」
いつもの通りの快活な笑みを浮かべたままで、坂崎が楽しそうに述べた。
すると梓藤は、思案するように瞳を揺らした。
「動揺以外、分からなかった。さすがだな」
「おいおい、おだてても何も出ねぇからな?」
喉で坂崎が笑う。それに珍しく口元を綻ばせてから、梓藤はすぐに表情を引き締めた。そして西園寺を見る。
「お前はいくつ分かった?」
「ゼロです。俺は完全に、人間が知らないまま、受付を続けているのだとばかり」
「正直で結構だ。これから、坂崎さんに教わるといい」
梓藤の声に、西園寺が頷くと、再び坂崎が困ったように笑った。
「いやいや、俺みたいなおっさんが、優秀な西園寺くんに教えられる事はゼロだ。な? 西園寺」
「いえ、ご指導よろしくお願いします」
「プレッシャーが凄いな、それは……困ったなぁ」
坂崎の本当に困っているかは怪しい朗らかな声音が響き終わったところで、エレベーターが最上階へと到着した。