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第10話 熱血漢

 ――あの事件から、二週間が経過した。

 海外に在住している斑目の両親の意向で、斑目も洗礼を受けているからと、洋風の墓を希望された。墓石に刻まれている斑目廣瀬という名前に視線を落とし、梓藤は近くのフラワーショップで購入した白百合の花束を、静かに置く。

「廣瀬、安らかに眠れ……というには、無理がある最期だったな」

 苦笑しながら梓藤が述べる。

 死者となっても、斑目の前であれば、自然な表情でいる事が、赦される気がしていた。

 それから梓藤は、スーツのポケットに手を入れる。そしてネクタイピンを取り出した。現在己が身につけている品と、全く同じものだ。回収班が遺品として持ってきたこのネクタイピンを、梓藤は少しだけ無理を言って手に入れた。本来であれば、遺品は回収班で管理されるのだが、同一のネクタイピンを所持している梓藤を見て、親しさを知っていた回収班の人間が、梓藤に渡してくれたのである。

「……俺はお前のことを、生涯忘れない」

 悲愴が宿る青い瞳で述べた梓藤は、己のネクタイピンと、斑目のネクタイピンをその場で変えた。今後は、斑目のネクタイピンを用いるつもりだ。自分がそれまで身につけていた品は、ポケットにしまう。

 それから梓藤は、無理に笑って見せた。

「俺はお前の分も生きて、マスクを必ず倒す。倒し続ける。だから、天国で見守っていてくれ。な?」

 明るい声を心がけてそう述べた梓藤は、冷たい秋の風に金色の髪を嬲られた。

 その後踵を返して、梓藤は墓地を後にする。

 既にその顔には、笑みも悲しみも存在しなかった。

 墓地の駐車場に停めておいた黒い覆面パトカーに乗り込み、梓藤は本部へと向かう。本日は非番であるが、片付けたい仕事が山ほどある。斑目が欠けたのは、雑務の上でも、マスクを排除する上でも、非常に痛手だ。斑目は、優秀な捜査官だったのだから、当然だ。そう梓藤は考えている。

 エレベーターホールを抜けて本部に入ると、坂崎と静間、そして高雅の視線が、静間に向いた。特に何を言うでもなく、梓藤は自分の席につく。すると、高雅が歩みよってきた。

「あの、梓藤主任」

「なんだ?」

「……以前、その……斑目さんが殺害された日、俺は酷いことを言ってしまい、ずっと謝罪したかったんです」

 高雅の声に彼を見据え、いつもと同じ怜悧さを感じさせる瞳で、梓藤は首を振った。

「別に何を言われようと気になどしない。俺は適切な判断を合理的にするべきだと感じただけだ。それが俺の義務だからな。それに対する批判など、俺にとっては気にもならない」

 きっぱりと梓藤は告げる。

 だが実際には、梓藤は高雅の言葉を、今も脳裏で反芻している。

 ――親友だったのに、悲しくないんですか?

 悲しくないはずがない。人生で初めて、本音で話すことが出来た、たった一人の大切な親友の死なのだから。けれどそれを周囲に見せて、感傷に浸っていては、この第一係の志気も下がる。第一係を維持することこそが、梓藤の仕事である。同時に、常に第一係のことを考えてい斑目へのはなむけにもなると感じている。

「そうですか。でも、謝らせて下さい」

「それで高雅、お前の気が楽になるのなら、好きにしろ。ただしそれが、利己的な、自分の心を楽にするだけの謝罪だと言うことは心に刻め。謝罪を求めていない俺に謝るというのは、自分勝手な感情の押しつけだ」

 敢えて冷たい言葉で、梓藤は述べた。すると頷いてから、高雅が頭を下げる。

「確かに自分のためかもしれません。でも、梓藤主任を傷つけた気がする。だから、謝ります。申し訳ありませんでした」

 素直な高雅の声ない、半眼になった梓藤は呆れたような顔で頷いた。

「別に傷ついてなどいないが、謝罪は一応受け取る。これでいいか?」

「はい! ありがとうございます!」

 威勢よく、明るい声音で、大きく高雅が頷く。それから彼は言葉を続けた。

「絶対に、斑目さんの敵を取りましょうね! 敵に、復讐してやる! 俺が、この手で、今度は絶対に役に立ちます!」

 その威勢がよい声を聞き、梓藤は溜息をつく。

「復讐を動機にしていたら、この部署では務まらない」

「え?」

「高雅、お前は少し感情的すぎる。俺達の仕事は、冷静にマスクを排除することだ。その相手が、斑目を殺めたマスクであるうが、違うマスクであろうが、俺達は倒すだけだ。それを心に刻んでおくように」

 梓藤が諭すと、目を丸くしてから、高雅が顔を背けた。

「それでも俺は絶対に、斑目さんを殺したマスクを許さない。絶対に見つけて、そして倒してやります! これは、俺の決意です!」

 信念が覗える、高雅の熱がこもった声に、梓藤は言葉を探したが見つからなかった。

 高雅はまさしく、熱血漢としか表しがたい。

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