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第7話 事情聴取とラーメン

 坂崎と共に校長室へと案内されて、高雅は入室した。

 現在理事長は海外出張中とのことで、この学園に常駐している校長に話を聞くことになったところだ。教職員も寮に入っているらしい。

 高雅が校長室で出された緑茶に手を伸ばした時に、扉が開いて梓藤と斑目が顔を出した。慌てて高雅は手を引く。すると坂崎がくすりと笑ったため、高雅はなんとなく気恥ずかしかった。

「いやぁ、どうも……本日は宜しくお願い致します」

 校長はそう述べて、梓藤と斑目の事もソファに促す。二人が座すと、校長が窓際に立っている教員を一瞥した後、改めて四人を見た。そこで最初に、斑目が口を開いた。

「こちらこそ、宜しくお願い致します。確か、被害者のご遺体は体育倉庫で発見されたそうですね?」

「ええ。体育で使ったボール類を運んだ生徒が発見しました。いやぁ大騒ぎになりまして……それに……実は……」

 話し始めた校長が口ごもる。汗をかいており、彼はハンカチを取り出して、こめかみを拭う。

「お伝えしていなかったのですが……最近、失踪してしまう生徒が増えているのです。元々全寮制に耐えられず外部に出ていく生徒はいたのですが、それにしても、最近の数は異常で……行方不明になったと表現する方が正しいのかもしれません。あの遺体を見たかぎり、校内に化け物――マスクがいるのだと思いますが、人肉を食べるのでしょう? もしかしたら……他の生徒達も……」

 おろおろしながら述べた校長の言葉に対し、素早く視線を交わして梓藤と斑目が頷き合ったのを、高雅は見た。なにか、視線だけで意思疎通が可能な事柄があるのだろうかと考える。よく見れば、二人のネクタイピンは同じものにも見える。相当二人は親しい様子だ。

「その可能性もありますね。発見した生徒や、被害者の友人、他にも行方不明者と関わりがあった生徒に話を聞きたいのですが、構いませんか?」

 安心させるような穏やかな声で、班目が述べる。すると大きく何度も頷いた校長が、再び窓際の教員を見た。

「被害者の生徒の担任で、吹屋肇ふきやはじめ先生です。今回、案内などをすることになっています」

 校長がそう説明すると、深々と吹屋が頭を下げた。丸い鼻をしていて、若干つり目の、背の低い教師だ。とても痩身でもある。どことなく顔色も悪い。尤も自分のクラスの生徒が殺害されたとなれば、平静を保っているのは難しいかもしれないと、高雅は痛ましく感じた。己も妹の死を、暫くの間受け入れることが出来なかったからだ。

 その時校長の声に頷くと、梓藤が唇を開いた。

「坂崎さん達の班は、体育倉庫の確認の後、吹屋先生と聞き取り調査をしてくれ。俺と斑目は、校内に不審な気配やマスクらしき行動をしていた者がいないか捜査する」

 梓藤の指示に、坂崎と斑目が頷いたので、慌てて高雅も首を縦に動かす。

「ほら、行くぞ」

 隣に座っていた坂崎が、ポンポンと高雅の肩を叩き、明るい表情を浮かべてから立ち上がる。そして吹屋の前に立つと、軽く会釈した。

「ご案内を、宜しくお願いします」

「あ、はい……」

 陰鬱な声を放ち、小さく吹屋が頷いた。そして彼は扉を見て歩きはじめたので、坂崎と高雅はその後に従う。

 校長室を出てから、階段を降りていき、職員玄関から外へと出た二人は、吹屋の案内で、近接している体育館の脇にある、小さな体育倉庫の中へと入った。既に遺体は、地元の警察の者が回収している。マットには、まだそのまま酷い血痕がどす黒く広がって残っていた。

「ここか」

 坂崎はそう口にすると、しゃがんでマットを見据える。明るかった表情が、真剣なものに変化した。眼光が鋭い。それから口元に骨張った掌をあてがうと、小さく首を傾げてから、思案するような顔になった。

「これは、高等知能をもったマスクの可能性が高い。厄介だな」

「どうして分かるんですか?」

「血の広がり方だよ。かなり綺麗に血を飲み干したらしい。そうでなければ、この量しか残らないのは奇妙だし、血痕の形も人体の形だ。飲み残しの垂れ方なんだ。綺麗に飲むには、口だけではなく、それなりに鋭利な刃物類が使われた場合が多いんだが、そのようなことは高等知能を持つマスクにしか出来ない。つまりこの学園の人間に紛れて、その者のフリをしている――今のところ、周囲にもそれが露見していないマスクがいるということだ」

 静かな声で坂崎が説明したのだが、高雅にはあまりよく分からなかった。

 なので学園に、高等知能を持つマスクが紛れ込んでいるという点だけを意識する。

「早く梓藤主任達に伝えないと!」

「いいや、あいつらは最初からその可能性を考えて、校内をまわることにしたと俺は考えている」

「何故ですか?」

「行方不明の話から推測したんだろう。失踪に見せかけるような知恵を使うマスクは、高等知能のマスクだけだからな」

 なるほどと、高雅が納得した時、吹屋が咳払いをした。坂崎と高雅が揃ってそちらを向く。すると青い顔をしている吹屋が、両腕で体を抱き震えていた。

「こ、この学園は、俗に言うマンモス校で、多くの生徒と教職員がいます……そんな、その中に紛れられたら……どうやって皆さんは、捜査を……?」

 小さな声を必死に放っている様子の吹屋を、高雅が見据えた時、隣で坂崎が明るい声を発した。

「そのためには、まずは事情聴取が肝要だ。次は、生徒達の話を伺いたいので、案内をお願いします」

 高雅はそれを聞きながら、坂崎を一瞥する、坂崎は口元に笑みを湛え、安心させるように吹屋を見ていた。心強く、大きな存在に思える。なんとなくだが、坂崎がいれば、事件はすぐに解決するような気がして、高雅は安堵してしまった。

 こうして三人で体育倉庫を出てから、事情聴取用に学園が用意した小会議室に、坂崎と高雅は入り、吹屋は生徒を呼びにいった。パイプ椅子に座った二人は雑談をしながら、どちらともなく戸の方角を見ていた。

 最初に吹屋が連れてきたのは、長身の男子生徒だった。

「どうぞ、座ってくれ」

 快活な笑顔を浮かべ、坂崎が机を挟んで正面にある椅子に、男子生徒を促した。着席した生徒は、困惑したように、坂崎と高雅を見る。

 事情聴取は、それからすぐに始まった。主に坂崎が問いかけ、高雅はボイスレコーダーで証言を記録しつつ、卓上のメモには手書きで気になる事柄を記していく。

 被害者と同じサッカー部だという男子生徒は、被害者が普段はどんな性格だったのかや、交友関係などを、質問に応じて答えてくれた。特に奇異な点は無いようだと考えつつ、高雅は見守る。

「じゃあ、これでとりあえず、聴取は終わりだ。ありがとうな」

 明るい声で坂崎が述べた時、ハッとしたように息を呑み、男子生徒が口を開く。

「あの!」

「なんだい?」」

 坂崎が首を傾げる前で、男子生徒が続ける。

「最近、新しい都市伝説が学園で広まってて……俺、それが関係あるんじゃないかと思って……」

「どんな都市伝説なんだ?」

 直接的に坂崎が問いかけると、男子生徒が語り始めた。

「なんか、夜になると、廊下を人の形をしたお面みたいなものが這うらしくて……それを見ると、数日後に死んじゃうって言う噂で……俺、見たって奴を何人か知ってたり、聞いたりしてて……そいつら、みんな失踪してるんです。もしかしたら、この噂、本当なのかなって」

 怯えるように述べた男子生徒の言葉に、坂崎も高雅も目を見開く。どう考えても、マスクが単体で廊下を移動していた場面しか浮かばない。その後の失踪者も、残念ながら、食べられた可能性が高い。またマスクが接着しているモノは、生徒に紛れているはずなので、姿を消すような事態にはならず、そのままの生活を送っていると考えられる。

「教えてくれてありがとうな。とっても有益な情報だ」

 坂崎のその言葉を聞くと、少し前のめりで話していた生徒が、安堵したように椅子に座り直した。

「必ず俺達がマスクを排除する。本当に助かった。もう帰って構わない」

 力強い声で坂崎が言うと、男子生徒が立ち上がって頷き、頭を下げてから教室を出て行った。

「どう思う?」

 生徒が去ってから坂崎に問いかけられて、高雅は腕を組んだ。

「高等知能のマスクで確定だと思います」

「俺もそう想う」

 大きく坂崎が頷いた。

 その後は、吹屋が連れてきた生徒に対し一人ずつ、最初の聴取と類似している質問を投げかけたのだが、目立った収穫は特になかった。

 事情聴取が終わってから、坂崎が梓藤にスマートフォンで連絡を取る。そして高雅達がいる小会議室で合流することになった。十分ほど経過してから、梓藤と斑目が姿を現す。

「そっちに収穫はあったか?」

 坂崎が問いかけると、二人が首を振る。それに頷いてから坂崎は、都市伝説について語った。すると二人が目を丸くした。

「夜に出現すると言うことは、今夜から泊まり込みで捜索すれば、捕まえられるかもしれないな」

 梓藤の声に、斑目と坂崎が同意したので、慌てて高雅もそれに倣う。

「梓藤、俺は残りたい」

「ああ、坂崎さん。頼む。もう一人は――」

 高雅は自分が残るのだろうと思っていた。だが、梓藤は斑目を見た。

「廣瀬、頼めるか?」

「うん、いいよ」

 朗らかな声で、斑目が答える。それに頷き返してから、梓藤が高雅へと視線を向けた。

 仏頂面に思える顔だ。

「高雅、最寄りのシティホテルをとってある。俺達は、そこに泊まる。そして明日は、俺達がこちらに泊まる」

「は、はい!」

 勢いよく高雅が返事をすると、梓藤が小さく頷いた。

 こうして梓藤と高雅はホテルへと向かうことになり、職員玄関を抜けて、駐車場まで歩いた。その間、どちらも口を開かなかったので、無言がもたらす硬い空気が流れ、高雅は非常に緊張してしまった。

「高雅」

 やっと梓藤が口を開いたのは、車が見えてきた時のことだった。

「ホテルに行く前に食事に行くぞ」

「えっ、あ、はい!」

 断れる空気ではなかったのでそう返答しつつ、まだまだ気まずい空気が続くらしいと判断し、高雅は内心で溜息をつく。本当は、断りたかった。コンビニで十分だった。

 それから高雅は助手席に乗る。

 ――梓藤が斑目に、高雅を食事に誘ってやれと助言されたから、このように提案したことは勿論知らない。

 暫く車が進み、大通りに出ると飲食店が並んでいた。

「何が食いたい?」

「あ、あー……あ! あそこにラーメン屋があります。俺、今日はラーメンが食べたい気分です! 俺、大好きなんですよ!」

 本当はそこまで食べたいわけではない。だが会話を続けるために、無理矢理好物ということにしてしまった。梓藤を見ると無表情で頷き、ラーメン屋へと向かう。

 その後店内に入ると、カウンター席に案内され、高雅は梓藤と並んで座った。

 メニューを見れば、美味しそうな豚骨ラーメンが載っていた。

「俺はこれにします!」

「おう。じゃあ俺も同じのでいい」

 非常に投げやりに聞こえる上司の声に、引きつった笑みを浮かべながら、高雅は注文をした。二十分ほど経過してから、二人の前にラーメンが置かれた。大きめのチャーシューに目を惹かれた高雅は、唾液が口内で溢れそうだと実感した。

 梓藤に対する気まずさを一旦忘れることにし、高雅はラーメンを味わう。

 そして集中して口に運び食べ終わった時に、やっと梓藤のことを思い出して顔を向けた。自分より食べる速度が遅い様子で、まだラーメンが残っている。

 丁度その時、スマートフォンが震える音がした。高雅のものではないから、それは梓藤のものだろう。ぼんやりと、高雅はそんな風に考えていた。

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