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第4話 配属された新人

 今日から警備部特殊捜査局第一係に配属されることになっている高雅は、一階ロビーの受付前のソファで、緊張した面持ちで座っていた。待ち合わせの午前十時まで、あと三分ほどだ。円形のソファの中央には、背の高い観葉植物がある。

 妹の死から、一年半。

 高雅は大学卒業間際に進路を変更し、警察官になることに決めた。そして警察学校を卒業してすぐ、第一係でどうしても働きたいと公言し、今回見事その夢が叶った形である。

 今も鮮烈に、妹の死――あの日飛び散った紅の記憶が、脳裏に焼き付いている。

 同じくらい、拳銃にしては少し大きい排除銃の引き金を引いた梓藤や、自分に優しく声をかけて落ち着かせてくれた斑目のことも、記憶している。

 妹を直接的に殺害したのはマスクだ。

 だから、マスクに復讐を果たしたい。妹のような被害をもう生みたくはない。正直そんな想いがある。

「お前さんが、第一係の新人かい?」

 その時テノールの声音がした。言葉自体は笑みを含んでいて明るい。

 そちらを見ると、少しくたびれた黒スーツの上に、駱駝色のゆったりとした外套を纏っている、短髪の青年が立っていた。自分より、ずっと年嵩だと分かる。大人らしい男といった風貌だ。

「は、はい! 本日より配属になりました、高雅伊月です! 宜しくお願い致します!」

「威勢がいいじゃねぇか。俺は嫌いじゃないな。俺は坂崎。宜しく」

 坂崎がそう言って大きな手を差し出す。高雅は、おずおずとその手を握り返して握手をした。それを終えると、坂崎が一度首だけでエレベーターへと振り返ってから、改めて高雅を見た。

「第一係の本部は四階にある。ワンフロアが第一係の管轄化だが、あそこのエレベーターで上がって、エレベーターホールを抜けてすぐの右側の広い部屋が本部で、通常勤務はそこだ。さ、行くか」

 そう言うと、口角を持ち上げてニッと笑ってから坂崎が歩きはじめた。

 慌てて高雅もついていく。

「しかしお前さんは、随分と若いな。今年で警官になって何年目だ?」

「し、新卒で、初めての配属先がここです!」

「へぇ。そりゃまた珍しいな。よっぽど実力があるのか。期待してるぞ」

「あ……いえ、そういうわけではないんですが……」

 高雅が困りながら笑うと、それを一瞥しつつ、エレベーターのパネルを操作しながら、坂崎が喉で笑う。

「ま、実践を積めば、自然と実力はつく。あんまり気負うなよ」

 その後到着したエレベーターで、二人は四階へと向かった。

 長身の坂崎の背中を見ながら、高雅は緊張した面持ちで歩く。すぐに坂崎が立ち止まった。

「ほれ、ここだ」

「ここが……」

 夢にまで見た第一係かと、高雅は唾液を嚥下しながら、開け放たれている扉の向こうを覗く。するとノートパソコンを操作している梓藤と、その隣でタブレットを見ている斑目が視界に入った。他には髪を結っている青年が、椅子の背に深々と体を預けて、欠伸をしている。

「連れてきたぞ、高雅だ」

 よく通る声で坂崎が言うと、一同の視線が集まった。

「悪いな、坂崎さん」

 梓藤が声をかけると、唇の両端を持ち上げてから中へと入った坂崎が、空いている席の前で立ち止まる。

「高雅。ここが空いてるから、梓藤主任に挨拶をしてから、ここを使うといい。俺の隣だ。なにかあったら――まぁ俺より、逆隣が斑目副主任の席だから、斑目に聞け。基本的にここでは、斑目が新人への教育係って事になってるからな」

 そう言って笑ってから、坂崎が椅子を引いた。何度も頷いてから、告げられた通りに、高雅は梓藤と斑目が並んで座っている場所まで進む。高雅がそこに立ったのは、丁度斑目がタブレットの画面を消した時だった。

「今日から配属されました、高雅伊月です。宜しくご指導をお願い致します」

 緊張しつつも高雅が述べると、椅子に座ったままで顔を向けた梓藤が、暫しの間高雅を見据えた後、首を振った。

「悪いが、多忙で指導をしている余裕がないんだ。坂崎さんはああ言うが、斑目も基礎的な部分しか教える暇は無いと考えてくれ。実戦で覚えろ」

「は、はい!」

 冷ややかで気怠そうな梓藤の表情と声に、焦りつつ大きく高雅が頷く。

 すると隣で柔らかく笑っている斑目が、吐息に笑みを載せた。

「基礎的な事――例えば、排除銃の扱い方だったり、分かっているマスクの特性であったり、色々と僕が教えるけど、僕は梓藤ほど仕事があるわけじゃないから、なんでも聞いて。ただ、この第一係は実戦……マスクの排除や追跡で外に出る事が実際に多いから、その合間になるのは本当なんだけどね」

 斑目の優しい声を耳にしていたら、高雅の肩から漸く力が抜けた。

 そこでつい、聞きたい事を、ぽろりと尋ねてしまう。

「あの……以前、お二人に助けて頂いた事があります。その節は、ありがとうございました。ええと……覚えておられます、か?」

 本当は、もう少し親しくなってから聞きたかったのだが、最初に会った時と変わらない斑目の笑顔を見ていたら、口から言葉が零れた。

 恐る恐る高雅が尋ねると、ゆっくりと梓藤が瞬きをしてから顔を背ける。

「あのな、高雅。いちいち自分が撃ち殺したマスクを記憶するような優しい同情心や、感傷的になる人間らしい心は、この第一係には相応しくない」

 冷たい声音が、本部の室内に響く。高雅は小さく息を呑み、眉根を下げる。

「僕は覚えているよ。妹さんの件は、本当に残念だったね……」

 苦笑交じりの声を出し、心配そうな様子で斑目が言った。ハッとして、高雅が斑目を見る。するとどこか苦しそうな色を瞳に浮かべながらも、口元にだけ微笑を浮かべている斑目の顔が視界に入った。その言葉に、高雅の胸が震える。

「あっ……ありがとうございます!」

「ううん。これから、一緒に頑張ろうね? 妹さんの無念を晴らすためにも」

 斑目の言葉に、高雅は思わず涙ぐむ。気づかれないようにと天井を仰いで、なんとか涙を乾かした。その時、梓藤が言った。

「第一係のルールは一つだ」

「は、はい」

 緊張しながら、高雅が顔を向ける。

「死ぬな。それだけだ」

 梓藤はきっぱりそう言うと、斑目を見た。

「よし、そろそろ廣瀬も自分の席に戻れ。高雅、お前も座れ」

「行こう、高雅くん」

「はい!」

 こうして二人で、席へと向かいながら、覚えていてもらえたことが嬉しくて、高雅は口元を綻ばせる。斑目が教育係だと聞いて、心底嬉しく感じていた。

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