迎えの車が来たので、俺は後部座席に乗り込んだ。
目的地は長兄の雅の家だ。義姉は現在、仕事で出張中とのことで、甥の
車内でも【タイムクロスクロノス】にログインした。
予備のバッテリーもバッチリ持参している。
お知らせをじっくりと見て、今回のアニバからシン実装されたイベントやボスの確認を行う。他にもアニバ限定配布のアイテムやアバターを入手したりした。
イベント系は、いくつかのクエストを攻略していないとボスを倒せなかったりするので、この時間にと俺は攻略に臨む。ちなみに涼鹿は一足早く昨日帰省したようで、既にクエストは終えていると聞いていた。今はグレイと二人で連戦をしているというので、俺は自力でクエストを行う。車内で時折接続が途切れる場合があるので、手伝ってくれるという二人の申し出は断った。
アニバーサリー限定会場から遷移可能なオリジナルのマップで、俺はお使い――ようするにNPCと会話をしたり素材を収集したりという、討伐よりもある意味面倒な作業を頑張った。だが俺は会話文も熟読する派なので、面倒ではあるが嫌いではない。
このようにゲームをしていると車の旅など一瞬で、気づくと車が停止しており、運転手さんがドアを開けてくれていた。一礼して外に出る。そして門を通り抜けて、和風の邸宅の中に入った。俺の兄夫婦は、盆栽が趣味で意気投合して結婚したそうで、新築だが歴史を感じさせる邸宅だ。
「ようこそお越し下さいました、梓様」
中に入ると、長兄の秘書の
「雅様と宙様が応接間でお待ちです。篝様も今、降りてこられます」
促されて、俺はこの邸宅で数少ない洋間に入った。
すると長兄の雅が、宙を膝に載せていた。こちらを見ると、柔らかく笑った。
「ひさしぶりだね、梓。おかえり」
「ああ、ただいま戻りました。久しぶりだな、雅兄さん」
「うん。元気だったかい?」
「特に変わりは無い」
俺が答えていると、階段を駆け下りてくる音がし、勢いよく扉が開いた。
「梓! おかえり!」
そのまま後ろから俺に飛びついて抱きしめてきた次男の篝に、俺は咽せた。振り返れば、俺とよく似た顔がそこにはある。過去には双子に間違われたこともあるほどだ。
「二人とも、座って」
雅兄さんの声に頷き、俺は座す。その横に、篝も座った。俺は篝のことは呼び捨てにしている。
「ところで梓。涼鹿財閥から招待状が届いていたよ。お招きされているんだってね?」
「招待状?」
「うん。別荘にお誘いしたという文面だったよ。丁寧な方だね、兄さん、凄く好感を抱いたよ」
「そうか、涼鹿が……」
予想していなかったが、これならば俺から兄に子細を伝える必要も無いし、ありがたいなと俺は思った。
「へぇ。梓にも友達が? 僕はびっくりだ。友達が居るって言う印象皆無だったし。よかったね、梓」
篝がニコニコと笑う。友達と言えば友達であるが、片想い中の相手なので複雑だ。そこで俺は、ふと思った。篝は俺とそっくりだが、俺と違って非常にモテる。それに雅兄さんにいたっては恋愛結婚をした既婚者であり、恋愛経験が明確にある。
「なぁ、二人とも。実は俺は、悩みがあるんだ」
「「なんでもきく」」
二人が声を揃えた。顔は俺と篝がうり二つだが、息は兄二名の方がぴったりだ。
これは昔からである。
「実は、好きな相手ができたんだ」
「「!」」
「ただ、そいつは面食いなんだ。どうすれば、面食いの相手を堕とすことができるとおもう?」
俺は容姿が似ている点を踏まえて、その角度から切り出した。すると顔を見合わせた二人が押し黙った。
「……兄さんとしては、顔で選ぶような相手は止めた方がいいと思うなぁ。趣味が合う相手が一番だよ」
「僕的には、顔によってくるってどうかと思うけどまぁ……なんだろうね、梓の表情が好きと言ってくれている可能性もあるから……」
「二人とも、そいつは俺を好きなわけでは無いんだ。俺が、俺の側が、そいつを好きなんだ」
俺が説明し直すと、二人が再び顔を見合わせた。
「私としては、梓を選ばない時点で見る目がないと思うよ」
「僕もそう思う。出会いは?」
「ゲームだ」
「「止めておけ!」」
二人の声が再び重なった。そこにハウスキーパーさんが、紅茶のカップを運んできた。ありがたく頂きつつ、俺は俯く。
「でも、好きなんだ」
「「……」」
沈黙が横たわる。やはりゲームの出会いというのは、理解は得がたいのだろうか。
「えっと、兄さんとしては、ね? やっぱり現実で好感が持てる相手、それこそ私は涼鹿財閥のご友人くらい丁寧な方が梓には会うんじゃ無いかと思うけれどね?」
雅兄さんの声に、俺は顔を上げた。
「いや、そいつだ。俺の好きな相手は、涼鹿なんだ」
「へ? ゲームの出会いって言うから、写真画像を送ったのかと僕は思ったんだけど、それってどういう?」
「ゲームで知り合ったんだが、話を聞いたら同級生の鈴鹿颯だったんだ」
俺が事情を説明すると、兄二人は頷きながら聞いてくれた。
「「最早運命だ!」」
そして再び声を揃えた。
「そういうことならば、私は応援するよ」
「僕も僕も。もうそこまでいったら確実に運命」
二人の声に、俺は思わず口元を綻ばせた。家族の理解が得られそうだ。
男同士である点については、元々がおおらかな家族なので、特に何も言ってこない。
実際、過去には篝の恋人として男が連れてこられたこともあるので、そこは予想通りだった。
その日は四人で食事をし、あれやこれやと学園や涼鹿について聞かれた。
そして翌日、俺は涼鹿の別荘へ向かうことになり、二人の兄と甥っ子、及び秘書さんやハウスキーパーさんに見送られて、兄宅を後にしたのだった。
なおアニバを回すために必要なクエストは、全てクリアしたのだった。