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第24話 湖畔のキャンプ場

 途中で二度ほど休憩を挟んで、バスが会場に到着した。

 地面を足で踏みながら、俺は正面の施設を見上げる。すると隣に涼鹿が並んだ。

「ほら、行くぞ」

「ああ。そうだな」

 俺達は頷きあって中へと入る。部屋割りは決まっていて、俺は舞戸と二人部屋だ。そこが風紀委員会の施設内本部ともなるので、他の役員達も例年多く訪れる。鍵を受け取っていると、舞戸がやってきた。そこからは舞戸と二人で歩き、部屋を目指す。

「席、かわってくれてありがとう」

「いや、いい。青波にも言ったが別にバスの席に指定は無いしな」

「会長のこと、颯って呼んでたのが聞こえたよ」

「そうか」

「上手くいってる?」

「分からない。ただ、この行事を乗り切ったら、俺は勇気を出す」

「え?」

「涼鹿の別荘に遊びに行くんだ。夏休みが明けたら、結果を伝える」

「うん。いつでも、なんなら、分かり次第、トークアプリでメッセージを送ってくれていいからね?」

 そう話しつつ、俺は鍵を開けた。

 本来は四人部屋だが、ベッドは二つだ。俺と舞戸はそれぞれの位置に荷物を置き、他の空いているベッドに見回りで用いる端末確認用のモニターが運ばれているのを確認した。それぞれの電源を入れつつ、各地に設置してある防犯カメラ映像が適切に流れてくることをチェックする。その後は他の部屋の風紀委員と、スマホできちんと音声が通じているかを念のため確認した。スマホがない昔は、無線で確認していたらしく、この確認作業は風紀委員会の規定の一つだ。それらが済んでから、俺と舞戸は夕食のために、一階の食堂へと向かった。

「舞戸」

「なに?」

「食事にも指定席は無い。窓際にいる青波と涼鹿の席は、四人がけで、どうやら二人の隣はそれぞれ空いているようだな」

 世間話の体裁を取り繕って、俺はそう指摘してからビュッフェを見る。

 ここは燻製した肉が美味だ。

「――委員長も一緒に行こう? ね? 聞いてくるから」

「ああ。俺は料理を取っている」

 頷き俺は、トレーに皿を載せて、主にハム類と野菜を選択した。他には卵料理も美味であるし、チーズをふんだんに使ったキッシュもここのメニューの中では俺は好きだ。

「青波、是非って」

「そうか」

 戻ってきた舞戸に頷いてから、俺は料理を取り終えたので、目的の席へと向かう。

 すると涼鹿が自分の隣の椅子を引いてくれたので、俺はそこの前にトレーを置いた。

 すぐに舞戸も料理を手にやってきたので、こうして四人での食事が始まった。

 主に青波が舞戸に話しかけている。

 そこに涼鹿が言葉を挟んだり、青波が時折俺に話を振るなどした。

 俺はその度に、舞戸と青波の恋の話を盛り上げるべく、さりげなく質問を挟む。すると舞戸はいちいち照れるし、青波の顔は幸せそうに緩む。俺も涼鹿とこうなりたいものである。そう思うとこちらまで胸が温かくなるなと考えていたら、食事を終えた時涼鹿が言った。

「幸せそうだなぁ、お前ら。本当、羨ましい。この俺様にうらやましがられるなんて、光栄だと思えよ。ただ、俺様も負けない」

 その言葉に、俺のテンションは急降下した。最近、俺としてはいい感じだと思っているが、そうだった……涼鹿には、好きな相手がいるのである。努力家の涼鹿は、今も進行形で頑張っているのだろう。

「涼鹿は、そんなにその相手が好きなのか?」

「名前」

「――颯」

「おう。好きだ」

 その断言に、俺の気分はさらに下がった。青波は口笛を吹いているが、舞戸は複雑そうな顔をこちらに向けている。舞戸は俺の気持ちを知っているからな。俺の片想いを知っているのは、現時点では舞戸のみだ。あるいは青波も聞いてはいるかもしれないが。

「好きな相手がいるのに、キャンプファイヤーで俺の隣に立つなんて言うべきじゃないのでは?」

 俺は表情を無にして、ぼそりと言ってやった。思わず口をついて出た。

「? どういう意味だ?」

「……本命に勘違いされるぞ」

「? なにを?」

 涼鹿が訳が分かっていないという顔をしている。俺は肩を落とした。全く、やはり鈍いのは、涼鹿の側で間違いないだろう。

「ご馳走様。俺は先に戻る」

「おう」

「あ、僕も戻るよ。またね、青波、会長」

 すると舞戸がついてきた。気を遣ってくれているのが分かる。

 俺達はそろって食堂を出た。

「ねぇ、委員長」

「なんだ? 今傷口に塩を塗られたら、俺は林間学校から帰りたくなるから、優しく話をしてくれ」

「――委員長は、キャンプファイヤーの時、会長の隣に並んで見たいんでしょう?」

「いいや? 俺は着火する係だから、難しい」

「そ、そういうことじゃなく、概念としてさぁ」

「……まぁな」

「それは、ほら、好きだからでしょう?」

「ああ」

「会長も同じ気持ちだと思うけどね? 本命がいるって委員長はいうけど、委員長から見ると涼鹿会長って、本命がいるのに委員長の隣に立つなんて口説けるほどユルユルってことなの?」

「違う。涼鹿はそんな奴ではない。だが――……ん? とすると、涼鹿も俺と見たいわけで、つまりあいつの本命は、俺という理解でいいのか?」

「さぁ? 気持ちは本人に確認した方がいいよ」

「……それは、そうだが……そ、そうだな。それもそうだな。ともかく俺は、この行事を乗り切って、別荘で頑張る。ここで落ち込んでいても仕方が無いな。ありがとう、舞戸」

「いえいえ。委員長の右腕は、僕だからね」

 そんなやりとりをしつつ、俺達は部屋へと戻った。

 その日はぐっすりと眠り――こうして、本番が訪れた。

 初日のE組は、俗に言う不良クラスである。ヤンキーが多い。一番気をつけなければならないのは、今回の場合、喫煙だ。湖周辺の林が火事になったらシャレにならないので、一番見回りに気合が入る。だが今年は、風紀委員会の一年に、元ヤン上がりで、何故か俺に懐いている、非常に腕っ節の強いヤンキーがいるので事なきを得た。誰も奴――綿山わたやまには逆らえず、綿山様の号令で誰一人煙草のポイ捨てをしなかったのである。

「うっす! 統制はバッチリっす!」

「ありがとう綿山。心強い」

 俺は満面の笑みで、金髪を短くしている綿山を見た。ピアスはしていないが、バチバチに穴が空いている。このくらい腕っ節が強いと、後任に指名しても安心だが、問題は綿山は書類仕事を――しないわけではないが、文字が汚くて直筆でなければならないサインをさせるのが大変だったりする。サインの代わりに判子のみでよい様に制度を変えようか。それもよいと考えつつ、この日と翌日を終え、いよいよ最初のキャンプファイヤーの着火に臨んだ。俺は無意識に涼鹿の姿を探したが、涼鹿はEクラスの学級委員長と話していて、こちらを見ることもない。リップサービスだったのだろうか。涼鹿……まさか俺を弄んだのか? 悔しいが、恋をすると簡単に掌の上で転がされてしまう。

 そう思いつつ、この日は着火をし、盛り上がった。

 と、こうして、次にはC・D組への対応があった。

 この班で一番多かったのは――告白して結ばれる、あるいは失恋するという事件だった。この班の生徒には、親衛隊所属者が非常に多く、中でも生徒会役員や実行委員会メンバーの親衛隊員が多い。林間学校実行委員会は、各部と委員会から一人ずつ選出されている。そのため親衛隊もちが多い。親衛隊の規則で抜け駆けは本来禁止であるが、この林間学校では毎年気持ちを抑えられない生徒が出る。それに対する制裁もある。風紀委員会は対応に追われた。結果としてキャンプファイヤーの前に立つ頃には、俺は疲れ切っていた。涼鹿の姿を探すことすら忘れ、無心に着火する。すると悲喜こもごもの反応があり、この班の夜も更けていった。

 さて、続いてのA・B組の班である。

 こちらはさらに修羅場であった。親衛隊と親衛隊持ちの両方が混在しているため、風紀委員会はさらに多忙になった。駆け回りながら、俺は幾度も強姦被害を阻止した。待機は舞戸と三久先生に任せ、俺は腕力で、物理的に加害者を拘束するなどした。汗がダラダラと流れるのは、動いたからでもあるし、暑いからでもあるが、なによりギリギリのラインで阻止できて安堵したからと言うパターンが多かった。

 それが落ち着きこの班のキャンプファイヤーの着火に備えて呼吸を落ち着ける。

「おい」

 すると涼鹿の声がした。俺はまた事件かと思い、眉間に皺を刻んでそちらを見る。

「なんだ?」

「そ、その……お疲れ!」

「!」

 涼鹿が俺にスポーツドリンクのペットボトルを差し出してくれた。天使か。天使だな!

「……悪いな。ありがとう」

「おう。今日こそは――」

「会長! 大変です! 明日のバスの関係で――」

 涼鹿が何か言いかけたとき、一年生の生徒会補佐が走ってきた。すると涼鹿は唇を噛んでから、チラリと俺を見て手を振って、そちらに走っていった。

 明日……明日からはSクラスの番だ。

 そう考えながら今宵も着火をし、俺はその後は部屋に戻ってシャワーを浴びて、泥のように眠った。

 こうして訪れた、最後の班。

 Sクラスが最後に配置されているのは、実は一番対応が楽だからである。俺はやっと落ち着いて食事を取る事ができたその朝、それでも終わりまで気は抜けないと思い直して、がっつりと朝食をとった。

 俺も風紀委員会に所属していなければ、今頃テントを設営していたのだろうか。

 そう考えつつも、見回りなどをこなす。

 ちなみに最終日に限っては、生徒会役員と実行委員会のメンバーは、実は自分の班が存在しているので、時々そちらに加わっている。風紀委員会の人間だけは、例年それがない。

 たとえば生徒会役員であれば、二年のSには、会長の涼鹿、会計の青波のほか、副会長の遠賀がいて、この三人は同じ班だ。書記は一年生なので別の日程である。三人から四人で一つのテントだ。俺と舞戸は、初日、そのテントの見回りに出かける事になった。

「風紀委員会だ。見回りだ」

 テントの外から声をかけると、青波が扉を開け、まっすぐに舞戸を見てへらりと笑った。

 舞戸も微笑み返している。

「中、確認して」

 青波の言葉に、頷いて俺と舞戸は中を見る。

 平和なことにトランプ中だった様子で、涼鹿と遠賀はカードを持ったままだ。

「おう、梓」

「ああ」

 俺の口元も緩む。すると何故なのか、副会長に溜息をつかれた。

「……さっさとくっつけばいいものを」

 その上、ボソッと言われた。なんの話だろうかと思っていると、涼鹿が咳払いをした。

「あ、梓。少し話、できねぇか?」

「構わないぞ、見回るテントはここが最後だからな。なんの話だ? 何か支障でも?」

「えっ……いや、俺様はお前と二人きりでその……――【タイムクロスクロノス】についてちょっとな!」

「大歓迎だ!」

 思わず俺の声は弾んだ。

 こうして涼鹿が外に出てきたので、俺達は少し歩いた。

 そしてテントからの灯りが届く範囲で向き合う。

「昨日から、ついにアニバイベントが始まったな」

「ああ。早く帰ってログインしたくてたまらない。颯はもうインしたか?」

「名前……嬉しいぞ」

「そ、そうか」

「もっと俺様の名前を呼んでくれ」

「ただ俺の中では、スズカの方がやはり馴染みはあるな」

「お前の中で大切なフレだと思われているのは嬉しいが、もう俺様達の関係はリアルだ。そうだろ? 違うって言ったら怒るぞ」

「違わないが」

「明日の夜こそ、キャンプファイヤーでは隣に並んでやる」

「……期待している。ただ繰り返すが、着火する係だから、俺の位置は中央だ。その俺の隣に並び立つと?」

「! っく、い、いってやる。いってやるよ! 俺様の決意は固ぇんだよ!」

「そうか。よし、そろそろ戻ろう」

「お、おう」

 俺はそう告げた。少なくとも、今回のキャンプファイヤーにおいては、決意させる程度には、俺について涼鹿が考えてくれていると伝わってくるのは嬉しいことだ。その御殿との方角へと戻り、俺は舞戸と合流してから、部屋へと戻った。

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