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第22話 名前と口調

 本日の待機者は舞戸であるが、俺はいつもと同じように寮の部屋を出た。

 恋愛とは難しいと思うが、別に俺は四六時中恋にうつつを抜かしているというわけでは……ないと思うが、最近では自信が無い。気を抜くと、涼鹿の事を考えているといえる。

 何度か溜息を押し殺しながら歩いて、風紀委員会室と生徒会室とその関連施設のみがある校舎の棟に入る。するとエレベーターホールにひと気があった。何気なく視線を向けて、俺は立ち止まる。

「よぉ」

 立っていたのは、今まさに考えていた涼鹿だった。

 壁にもたれかかって、腕を組んでいる。

「おはよう、涼鹿」

 挨拶を返すと、体を起こした涼鹿が俺の前に立った。

「……その」

「なんだ?」

「お、俺様に会いたかったんだろ? な、なにかあったのかと思って、心配して……」

「ああ、寝たら忘れていた」

「っく、人の心配を返しやがれ」

 涼鹿が痛いような顔をした後、微苦笑した。心配、と、そう聞いて、俺の胸がドキリとした。昨日の俺のあのチャットを、涼鹿は気にしてくれていたのか。効果があるじゃないか、舞戸の反面教師本! そう思いつつ、俺は嬉しい気持ちになりながら、エレベーターのボタンを押す。

「いい奴だな、涼鹿は」

「遅ぇ。今頃気づいたのか?」

「いいや、ずっといい奴なのは知っていた」

「――最近の珠碕は、素直すぎる」

「俺は天邪鬼だったことは無いが?」

「俺様から見ると何を考えているのか分からなかったんだよ。ただ、俺も【タイムクロスクロノス】のお前のことならよく知ってるつもりだ」

「俺はあちらでもこちらでも変わらないぞ」

 そんなやりとりをしながら、到着したエレベーターに二人で乗り込む。

 扉が閉まってから、俺はチラリと涼鹿を見上げた。名前で呼んでみるという計画プランは、許可は下りているが、いつ実行したものか。いざ呼ぼうとすると気恥ずかしい。

「なぁ、珠碕」

「なんだ?」

「アズ……梓」

「ん?」

「俺様のことを颯と呼ぶ許可をやったんだから、俺様にも呼ばせろ」

「好きにしろ」

「梓」

「なんだ?」

「呼んだだけだ」

 その時エレベーターが目的階に到着した。そこで俺は涼鹿と別れつつ、顔が見えなくなった角度で思わず唾液を嚥下した。嬉しい。名前で呼ばれることが嬉しい。自分の名前を特別に感じてしまった。

「おはよう、委員長。どうしたの? なんだか嬉しそうな顔をしてるけど」

 風紀委員会室に入ると、早々に舞戸に声をかけられた。

「ちょっとな。それより、今日は何か事件は起きたか?」

「平和なものだよ、これが一日続いて欲しいよ」

 どうやら俺の顔は緩んでいたらしい。まずい、引き締めなければ。

 こうしてその後は仕事に打ち込み、俺は帰宅した。

 ログインしてフレリスを見ると、本日もスズカの名前は光っていなかった。やはり生徒会の方が大詰めで忙しいのだろう。そう考えていると、【グレイ】からチャットが飛んできた。思えば、いつもグレイが、俺より先にスズカにチャットを送っていたのは、リアルでの知り合いだったからなのだろう。

「レベル上げ、手伝ってくれるんだろう?」

 シルフィ村にいた俺の前に、姿を現してグレイがそう送ってきた。

「ああ、勿論だ……――勿論です。ええと……」

 相手が教師だと判明した状態だから、口調に迷った。

 すると当然のようにグレイの隣にいる【三雲】からパーティー申請があった。

 許可すると、三人組のパーティーができあがった。

「事情は聞いたよ。僕が誰だか分かる?」

「チャットからは全く想像できなかったが、三久先生ですよね?」

「――? チャットじゃ無いとすると、逆にどこからそう導出したの? 正解だけど」

 三雲の言葉に、俺は画面を見たまま硬直した。

 正直先日、抱き合ってる二人を目撃し、かつ灰野先生が三雲を恋人と暗に言っていたからとしか言えないのだが、説明が気まずい。

「秘密です」

「そう。だけどまさか、珠碕委員長だったとはね。学業に支障が出ないように――」

「はい」

「――なんて、ゲームでまで言うつもりは無いよ。ここでは僕は、リアルを忘れてるから。君もいつもと同じ口調でいいよ。ゲーム内に立場なんてないから」

「助かる」

 俺は嘆息した。三久先生のお許しが出たのだから、いつも通りでいいだろう。怒らせると怖いことに定評があるが、幸い俺は三久先生を怒らせた記憶は無い。

「で? どこでレベルを上げる? 俺と三雲は火力が無いから、カンストするの本当大変なんだよ」

「それはあるけど、時間をかければできなくはないけどね。野良のパーティ募集だってあるし」

「でも、せっかくアズが手伝ってくれるって言ってんだから、やるぞ!」

「分かってる。ありがとうね、アズ」

 二人にお礼を言われたので、俺は画面を見ながら頷きつつ、いくつかのレベル上げ場所を提案した。先日スズカのために絞った候補地が、ここで役に立った。

「さすがに最新情報が早すぎるな、アズは」

「まったくだよ。おかげで僕とグレイはだいぶ楽ができる」

 その後俺達は【気球】で移動をし、本格的にレベル上げを始めた。

 別に無言ではない。その間も、ずっと雑談をしていた。チャットをしながら、敵をとにかく倒していく。

 だが、その雑談内容には、スズカの話は含まれなかった。

 俺が聞きたかったのはその部分なので切なかったが、レベル上げ自体が楽しくてたまらなかったので、よしとする。

 こうしてこの夜、無事に二人もレベルカンストした。

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