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第20話 好敵手についての考察

 食事の時間は楽しく流れ、その日の夜こそ本格的にレベル上げを手伝った。

 さて――また、新しい朝が訪れた。あと二日で、終業式である。

 朝の稽古を終えてから、俺は腕を組んで背伸びをした。欠伸をかみ殺す。昨夜は、いつもより遅い時間まで、レベル上げを手伝っていたから些か眠い。

「でも、涼鹿も無事にカンストしたな」

 そう呟いてみると、思いのほか満足感に襲われて、俺はニコニコしてしまった。

 その後シャワーを浴びて着替えてから、俺は学園へと向かった。

 そして取り急ぎ、張り出されている成績表の前に立った。まだ早朝であるから、人気は無い。一番上には、涼鹿の名前がある。あいうえお順なので、同率一位ではあるが、両者満点のため、俺の珠碕という名前はその下に記載されている。

「しかし本当に誰なんだろうな? 俺と涼鹿はいつも一番上だが……一体涼鹿は、誰と競っているんだ?」

 首を捻りながら三位を見れば、遠賀副会長の名前がある。四位は、ゆるそうに見えて意外と頭の良い青波だ。五位は今回は舞戸だった。俺達も高等部の二年生の夏であるから、そろそろ受験が見え始めている。俺以外は、皆進学するのだろうなぁと漠然と思う。俺はゲームに打ち込みたいという思いは強いが、繰り返すが【タイムクロスクロノス】以外には興味が無いので、プロゲーマーになるといった選択肢は持っていない。

 ただ家族は好きに生きろという。次兄のかがりはモデルであるし、長男のみやびは会社を継ぐと決めて、現在は日本支社の代表取締役をしている。その雅からは先日、三者面談の相談をしたいから、気が向いたら夏休み中に顔を出せと言われていた。俺は昨夜、レベル上げの傍ら、鈴鹿の別荘に行く前に日本にある内の兄宅に顔を出すと決めて、そう返事をしておいた。雅は妻子がいて、俺の甥っ子は現在三歳だ。篝も現在はその家に居候をしている。

「ん」

 そこで俺は気がついた。涼鹿も、なにも同学年を想定しているわけでは無いのかもしれない。兄が居ると話していたし、過去の会長達の成績と自分を比較している可能性もある。

「そうなってくると、俺の好敵手の幅は広いな……」

 思わずうつろな目をした自信がある。

 そうして踵を返して少し歩くと、中庭のベンチに座って、スマホを操作している灰野先生に遭遇した。がさりと俺が落ち葉を踏んだ結果、先生が俺に気づいた。

「よぉ、風紀委員長」

 声をかけられたのに無視するのもためらわれ、俺は歩み寄る。先日三久先生と抱き合っているのを目撃してしまったので、若干気まずかったが、そこは素知らぬふりだ。教師だって恋愛は自由だろう。

 俺は横に行って、何気なく灰野先生のスマホの画面を一瞥し――俺は息を詰めた。そこには、見慣れた【タイムクロスクロノス】の画面が広がっていたからだ。思わずキャラ名とレベルをチェックする。

 Lv.352 グレイ

「あ」

「ん?」

「い、いえ……」

 俺の心臓がバクバクバクと音を立てた。グレイ……グレイだと? 詩人のグレイは俺のフレであり、画面には見慣れたアバターがあった。動揺しすぎて、暑さが理由では無い汗が浮かんでくる。

 灰野先生が、グレイ?

 灰……灰! グレイ! なるほど!

 だとすると、三雲は同僚だと話していたのだから、この学園の教師だと言うことか?

 ぐるぐると俺はそんなことを考える。

「ところで珠碕」

「は、はい」

「――颯……あー、会長とはどうなってんだよ?」

 突然の問いかけに、俺は思考を切りかけた。

 視線を向けると、灰野先生が、ニヤリと笑っていた。どこか肉食獣を彷彿とさせるその表情は、少しだけ涼鹿に似ている。

「いやぁ、俺も会長だった頃はなぁ、犬猿の仲と言われつつも、唯一対等だった相手がいてなぁ」

 ニヤニヤと笑いながら先生に言われた。俺は大きく首を捻った。

「俺『も』――? どういう意味ですか?」

「『も』は、『も』だ。いや、『も』……だろ? え?」

 俺の反応に、灰野先生が顔を引きつらせた。

 しかし、対等? 心当たりは無いが、それはどこかで――そうだ、それこそ涼鹿の口からも聞いた。先ほどまでも考えていた仮想敵の力量が、涼鹿と対等だという話だ。

「灰野先生」

「あ?」

「もしかして――俺と涼鹿会長が、先生や周囲の目から見ると、対等に映っていると言うことですか?」

 俺は顔を引き締めて尋ねた。ちょっと幸せすぎる空想かもしれないが、そうだとすれば、涼鹿の好きな相手は俺かもしれない。そう考えると頬がにやけそうになるので、引き締めるのに必死になった。

「あ……ま、まぁ……そ、そう言われてんじゃねぇのか?」

 俺の気迫に、先生がタジタジとしてしまった。しかし俺は詰め寄る。

「灰野先生、詳しくお願いします。レベル上げは手伝いますから!」

「ん? レベル上げ? ――あ」

 俺の言葉で、灰野先生が、スマホの画面にロックをかけていないことに気がついたようだった。じっとそちらを見た後、改めて灰野先生が俺を見据えた。

「……ええと、だな。その……そうか、そういや聞いたな。珠碕も、【タイムクロスクロノス】をやってるんだったなぁ」

「それ、鈴鹿しか知らないはずです」

「おう。颯から聞いたんだ。別にアイツが吹聴して回ってるとかじゃねぇぞ? そもそもの話、実は俺と颯は親戚なんだよ」

「親戚?」

「ん。で、俺が五年前にアイツにこのゲームを勧めたんだよ。俺と俺の恋人でゲームを探していて、いざ始めるかって時に、横にガキだったあいつがいたから誘ったんだ」

「さらに詳しくお願いします」

「ああ。俺と恋人というのは……まぁ、俺の恋人はだなぁ――」

「そこは興味が無いです」

「おい」

 正直に俺が断言すると、灰野先生が引きつった顔で笑った。

 その時、灰野先生のスマホからアラームの音が響き始めた。

「あ、悪い。職員会議の時間だ。また今度話してやるよ。お前――【アズ】だろ?」

 最後にニッと笑って、灰野先生は立ち去った。

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