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第17話 目撃

 こうして夜がやってきた。俺が唯一安らげる時間、即ちゲームタイムである。

 寝る準備まで済ませてから、俺はソファに陣取った。明日は火曜日か。何事もなく夏休みを迎えたかったが、仕方がない。それよりも明日のメンテナンスの内容も気になる。

 そう思いつつログインすると、すぐにスズカからチャットが飛んできた。

『大丈夫だったか、そっちは』

 いつもの挨拶はなく、第一声がこれだった。

『どういう意味だ?』

『青波とお前のとこの副委員長の件だ』

 なるほど、生徒会の方が質問にもいきやすいだろうし、ほぼ公的に親衛隊がいるのだから対応が忙しかったのだろう。スマホを見ながら、俺は一人小さく頷いた。

『風紀には、今のところは報道部の学園新聞以上の知らせはないな』

『舞戸からは何も聞いていなかったのか?』

『黙秘する。そちらは?』

『俺様は青波から相談を受けていたから、知ってた』

 涼鹿は一見すると唯我独尊イメージがあるが、相談には意外と親身にのってくれそうだなぁと今は思う。

『会計親衛隊が制裁でも加えない限り、風紀としてはこれといった変化は無い』

『お前個人としてもないんだろうな?』

『俺個人? まぁ、友人の恋が実ったんだから、祝福くらいはする』

『友人……やっぱりお前と舞戸はただの友達だよな?』

『? ああ』

『――おい、アズ。お前って、好きな奴とかいるのか?』

 アズと名前を呼ばれたのは久しぶりな気がする。リアルでも別段、梓と呼んでもらっても構わないんだけどな。しかし困る質問だ。好きな相手本人に聞かれてしまった。

『何故?』

『……そ、その。別に? 聞いたら悪いのか?』

『別に良いが。そうだな、俺には好きな相手が出来た』

『! 誰だ?』

『お前だよ。俺はスズカが好きだ』

 俺はハートマークの絵文字をつけてそう伝えた。結構緊張した。俺のキャラじゃないからだ。

『ネタを期待してるんじゃなく、俺様は真面目に聞いたんだ!』

『どうして怒るんだ……』

『心臓に悪い冗談は止めてくれ』

『俺に好かれたら迷惑なのか? 酷い奴だな……』

 まぁ涼鹿には好きな相手がいるそうだから、こういう冗談じみたやりとりは好まないのかもしれない。俺としては本気なのだけれども。

『スズカも青波に恋愛相談をしていたのか?』

『いいや。俺様は誰にも言ってねぇ』

『だったら約束通り、本当に俺が聞くぞ?』

『……忘れろって言っただろ。いい。俺は自力で頑張る』

『抱え込みすぎるのも良くないと思うが?』

 俺は真面目くさった顔をスマホに向けたが、内心では別の事を考えていた。単純に恋のライバルの情報が欲しかっただけだ。

『今、俺様は距離を縮めている段階なんだ。俺様なりに必死なんだよ! 笑え!』

『努力は立派だ。笑ったりしない』

 なるほど。だいぶ涼鹿は相手と距離があると言っていたし、俺と似たような状況なのか。ならばやっぱり、俺の方を好きにさせる時間はある……よな? あるかもしれないよな? どうやって涼鹿に俺を意識させれば良い? ぐるぐると俺は考える。

『ところでアズ』

『なんだ?』

『も、元々は、夏休みに一緒にアニバを回そうと話してただろ?』

『そうだな』

『だ、だから! 夏休みにその……俺様の別荘に来ないか?』

『行く』

 俺は即答した。飛んで火に入る夏の虫とはこの事だぞ、涼鹿。まぁ涼鹿は俺に下心があるなんて思っていないんだろうが――と、考えて、俺はふと思った。

 恋愛、だ。

 別に俺は、口約束だけの関係を望んでいるわけでは無い。

 さすがにゲームキャラに欲情するようなスキルは持ち合わせていなかったが、今、俺は涼鹿とリアルでもお互いを再確認したわけであり、その上でも消えない恋心が意味するのは……そりゃあ、肉体関係も想定してしまう。

 過去、俺は自分が誰かに抱かれる所は想像した事が無い。だが、涼鹿と恋人になれるなら、上でも下でも構わない。それくらい、俺は涼鹿が気になっている。けれどポイッてヤり捨てされるような事だけは、絶対に嫌だ。あの過去はトラウマだ。

「涼鹿の別荘……楽しみだな」

 俺は一人呟いてから、片手で麦茶を飲んだ。使用人はいるかもしれないが、ある意味二人きりだ。また少し距離を縮められると思う。この夜はその後、別荘への旅行計画を話し合いながら、ボスを回した。

 ――次の朝が来た。

 俺はあくびをしてからカーテンを開けた。朝の稽古はいつも通り。朝食はチーズトーストを食べた。ログインボーナスを貰ってから、本日は少し早いが寮の部屋を出た。

 校舎へ続く道を歩く。

 時間帯のせいもあって、他に人気は無い。朝練組は既に体育館や部活棟の方に行っているし、登校するには早い時間だ。

 そんな事を考えていたら、生物準備室の前を通り過ぎた時、俺は白衣を見つけた。窓の向こうに三久先生が立っている。これは別段珍しい事ではない。窓が開いているわけでも無いし、ここから挨拶するのも変だろうからと、俺はそのまま通り過ぎようとし――思わず立ち止まった。

 もう一人、姿があったからだ。

 見れば本当にホストにしか見えない高級スーツ姿の灰野先生が、三久先生の横に居た。何気なく見ていた俺は、直後目を剥いた。なんと、灰野先生が三久先生を抱きしめたからである。三久先生も振り払わない。え?

 唖然として、思わず木陰に俺は身を隠した。

 あの二人って、そういう……? 衝撃的すぎて、何度か瞬きをしてしまった。

 ……とりあえず、忘れよう。

 俺はこれから、報道部に顔を出すつもりでいるのだが、口が裂けても今見た事は言わないべきだ。さて、その報道部の部室へと向かうと、運動部でも無いのに、朝から忙しそうに部員達が活動していた。

 なお顧問は相良先生であるが、その姿は無い。俺の目的の人物は、部長である三年生の、八柳ヤナギ先輩である。開いていた扉をわざとノックしてから、俺は声をかけた。

「失礼する」

「あ、風紀委員長」

 部長のデスクに座っていた八柳先輩は、洒落た黒縁眼鏡の位置をただすと、楽しそうな顔で笑った。

「昨日のスクープの件?」

「いや、スクープの結果、会計親衛隊に動きがあるのか知りたくてな」

 活動は自由だ。風紀委員といえど口出しは出来ない。だが、報道部部長は、優秀な『情報屋』でもあるため、俺は率直に尋ねる事にした。

「ああ、それなら大丈夫。結構みんな好意的というか、取材していて分かったんだけど、青波会計は、事前からそれとなく親衛隊のお茶会でも惚気て好きだと口走っていたみたいで、周囲にバレバレだったようだからね」

「そうか。それが聞きたかっただけだ。失礼する」

「待って、待って。情報料を貰わないとなぁ」

 八柳先輩はそう言うと、立ち上がって、俺に歩み寄ってきた。

「週末に、涼鹿会長と並んで寮に入ってきたけど、あれ、何の密談だったの?」

 それを聞いて、俺は笑いそうになってしまった。やはり俺と涼鹿がそろうと、何かが発生するように思われるのだろう。残念ながら、ただのゲームのオフであるが。しかしそれを教えてやる気は無い。報道部は面倒くさい。

「ばったり会っただけだ」

「ふぅん? それで、エレベーターでわざわざ一緒に同じタイミングで寮に戻ったと?」

「悪いか? 同じ階に部屋があるのは、俺の意思ではないが?」

「――もう一つの本命の特大スクープの気配を感じてるんだけどなぁ」

「ん?」

「何でも無いよ。風紀委員長は、最近はどう?」

 ニコリと八柳先輩が笑った。俺は腕を組む。

「どうって、何が?」

「恋とか恋とか、恋とか、愛とか」

「好きに想像しろ。ただ残念ながら、学園新聞の信頼性を著しく低下させた記事の内容に反して、現在舞戸に失恋したといった事実は無い」

 俺は嫌味を交えて返答してから、踵を返した。

 今日もテストの返却があるから、行き先は教室だ。

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