「じゃあ僕は行くね」
舞戸が出て行った。一人残された俺は、とりあえず幸せを祈っておいた。
無事に仕事も片付いたので、俺は細く長く吐息しながら天井を見上げる。
「早く帰って、ログインするか」
うん。それが良いだろう。
涼鹿もいるかもしれないしな。俺には俺に出来る方法で、距離を縮めていくべきだ。
そう考えながら鞄に書類を入れて、俺は風紀委員会室から外に出た。
夏の熱気がすごい。それでも夏休みが始まってしまえば、大分楽になるだろう。俺は見回りより、風紀委員会室で報告待ちをする機会の方が多いから、常にエアコンの下にいるに等しくなる。
帰り道で、学園内の高級スーパーに入り、俺は来週分の食材を適当に購入する事にした。冷蔵庫に詰めておけば、その分集中して【タイムクロスクロノス】が出来る。じゃがいもを手に取って選んだりしてから、俺は購入を終えて寮に戻った。
それらを冷蔵庫にしまったりした後、俺はいつもの通り、リビングのソファに陣取る。早速ログインすると、スズカもログインしている事が分かった。
『こん』
律儀に挨拶してきたスズカのキャラが、ベンチに近づいてきたのを見た。それだけで頬が緩んでしまう。今までよりも、スズカというキャラが特別に見える。
『こんにちは』
『風紀の仕事は終わったのか?』
文字チャットでリアルの話をするのは、考えてみると初めてだ。なんだか新鮮かつ気恥ずかしい。
『ああ、終わった』
『そうか。何かするか?』
やりたい事、か。次のメンテナンスまでは、多少余裕がある。何をしても良い。自由度が高いのは【タイムクロスクロノス】の魅力の一つだが、自分でやる事を作り出すというのは、毎日していると中々思いつかない場合もある。
だが今の俺の一番の目的は、涼鹿との親睦を深める事だ。
ゲームのフレとしてではなく、リアルにおいても。
『スズカは何がしたい?』
考えてみると、スズカはこれまでも、俺に合わせてくれる事が多かった。意外と気遣いの奴だと思う。だがこれからは、好きな相手なのだから、俺だって希望を叶えたい。もっとスズカの事を考えて行動しようと思う。
『……なんでも良いか?』
『ああ』
『お前の声が聞きたい』
ふむ。涼鹿もやはり、通話しながらゲームをしてみたかったという事だろうか?
『良いぞ』
『じゃ、じゃあ、今から、その』
文字が二重になっている。文字でまで噛んで見えるから笑ってしまった。
『今日も今からお前の部屋に行っても良いか?』
しかし予想外の言葉が返ってきた。
『別に良いぞ』
返答しつつ、通話を希望していたわけでは無かったようだと俺は悟った。しかしこれは俺にとっても都合が良い。やはり一緒に遊ぶ方が仲は深まると思うからだ。
『すぐに行く!』
『待っている』
俺がそう返すとすぐに、一度スズカがログアウトした。
冷蔵庫には先程買ってきたばかりの飲み物もあるし、来てくれるのは大歓迎だ。
そんな風に考えながら待っていると、すぐにインターフォンの音がした。
立ち上がり、エントランスまで向かう。そしてチェーンを外して扉を開けると、そこには――初めて見る私服姿の涼鹿が立っていた。制服とはイメージが違うが、よく似合っている。
「入ってくれ」
「ああ、邪魔をする」
こうして涼鹿を室内に通し、俺はソファに促してから、飲み物を取りに向かった。
戻ってグラスを置きながら、涼鹿がスマホを手にしているのを見る。
「やっぱり対面してゲームをするのは、格別だよな」
きっと昨日、楽しんでもらえた結果だろうと判断し、俺は笑顔を向ける。すると涼鹿が顔を上げて、チラリと俺を見てから頷いた。
「おう。珠碕と一緒に……その……できるのは、格別だ。お、俺様にこんな風に思われてるんだから、光栄に思えよ?」
「そうだな」
実際、嬉しい。だから素直に頷くと、涼鹿が硬直した後、顔を背けた。その頬が昨日見た時と同じで心なしか朱く見えたので、結構照れ屋なのだろうかと考えてしまった。
「それで何をする?」
「新生産品の槍をまだ試していないから、検証に付き合って欲しい」
「ああ、良いぞ。槍はあるのか?」
「買ってくる」
「俺が作ったあまりがあるから、良かったら使ってくれ」
俺はそう伝え、ログインしたままだったスマホを手に取った。そして、倉庫にアクセスし、実装されたばかりの武器の槍を一本取り出す。それを手紙機能で、涼鹿のポストに送った。
「代金、払うぞ?」
「良い、気にするな」
確かにまだこの槍はほとんど出回っていない事もあり高価だが、俺に限って言えば倉庫を圧迫中なので、貰ってもらえるのならば逆に有難い。
「何処で試す?」
「適当なボス相手に使ってみる。属性は氷か」
アイテムをゲーム内で、スズカが装備した。俺は画面越しにそれを見ていた。
その後は、二人でそれぞれ【気球】を用いて、俺達は丁度良いボスがいるマップに移動した。比較用の、他の氷属性の槍や、それ以外の槍も、スズカは持参していた。
基本的に【盾槍士】は壁職だが、全く火力が無いというわけでもない。スズカは、盾の使い方も完璧だが、槍使いも巧みだ。今回俺は、【叡銃士】にもあるバフスキルを用いるなどして、支援に徹した。
「やっぱ強いな」
「そうか」
口頭で、ダメージについて言い合いながら、俺達は新武器の検証をした。
そうしていたら、すぐに日が暮れた。
「――じゃあ、また明日な」
帰り際、涼鹿がエントランスで俺に言った。明日はテストの返却があるので、教室で顔を合わせる。だから俺は頷いた。
「ああ、また明日」
「水曜日の昼、忘れんなよ?」
「勿論だ。ただ涼鹿も多忙だろうし、用事が入ったら早めに言ってくれ」
「な、何があっても行ってやる!」
「ん? 別に日程の変更くらい易い。お前はちょっと俺に甘すぎる」
「へ、変更か。キャンセルかと思って焦っただろ……」
「同じ学園にいる以上機会はこれからいくらでもあるんだ。何も焦る必要は無いだろう?」
俺が小さく吹き出すと、涼鹿が長めに瞬きをしてから、ゆっくりと頷いた。
「そうだな。俺様は時間を作る。可能な限り、沢山」
「そんなに対面してするゲームが楽しいのか?」
「そ、それはある。けどな……お前、鈍いって言われるだろ?」
「? いいや? どちらかと言えば、聡いといわれる」
「……そ、そうか」
涼鹿は非常に何か言いたそうな眼差しをしていたが、そのまま何も言わなかった。
「じゃあな」
そして帰って行った。