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第15話 したい事

「じゃあ僕は行くね」

 舞戸が出て行った。一人残された俺は、とりあえず幸せを祈っておいた。

 無事に仕事も片付いたので、俺は細く長く吐息しながら天井を見上げる。

「早く帰って、ログインするか」

 うん。それが良いだろう。

 涼鹿もいるかもしれないしな。俺には俺に出来る方法で、距離を縮めていくべきだ。

 そう考えながら鞄に書類を入れて、俺は風紀委員会室から外に出た。

 夏の熱気がすごい。それでも夏休みが始まってしまえば、大分楽になるだろう。俺は見回りより、風紀委員会室で報告待ちをする機会の方が多いから、常にエアコンの下にいるに等しくなる。

 帰り道で、学園内の高級スーパーに入り、俺は来週分の食材を適当に購入する事にした。冷蔵庫に詰めておけば、その分集中して【タイムクロスクロノス】が出来る。じゃがいもを手に取って選んだりしてから、俺は購入を終えて寮に戻った。

 それらを冷蔵庫にしまったりした後、俺はいつもの通り、リビングのソファに陣取る。早速ログインすると、スズカもログインしている事が分かった。

『こん』

 律儀に挨拶してきたスズカのキャラが、ベンチに近づいてきたのを見た。それだけで頬が緩んでしまう。今までよりも、スズカというキャラが特別に見える。

『こんにちは』

『風紀の仕事は終わったのか?』

 文字チャットでリアルの話をするのは、考えてみると初めてだ。なんだか新鮮かつ気恥ずかしい。

『ああ、終わった』

『そうか。何かするか?』

 やりたい事、か。次のメンテナンスまでは、多少余裕がある。何をしても良い。自由度が高いのは【タイムクロスクロノス】の魅力の一つだが、自分でやる事を作り出すというのは、毎日していると中々思いつかない場合もある。

 だが今の俺の一番の目的は、涼鹿との親睦を深める事だ。

 ゲームのフレとしてではなく、リアルにおいても。

『スズカは何がしたい?』

 考えてみると、スズカはこれまでも、俺に合わせてくれる事が多かった。意外と気遣いの奴だと思う。だがこれからは、好きな相手なのだから、俺だって希望を叶えたい。もっとスズカの事を考えて行動しようと思う。

『……なんでも良いか?』

『ああ』

『お前の声が聞きたい』

 ふむ。涼鹿もやはり、通話しながらゲームをしてみたかったという事だろうか?

『良いぞ』

『じゃ、じゃあ、今から、その』

 文字が二重になっている。文字でまで噛んで見えるから笑ってしまった。

『今日も今からお前の部屋に行っても良いか?』

 しかし予想外の言葉が返ってきた。

『別に良いぞ』

 返答しつつ、通話を希望していたわけでは無かったようだと俺は悟った。しかしこれは俺にとっても都合が良い。やはり一緒に遊ぶ方が仲は深まると思うからだ。

『すぐに行く!』

『待っている』

 俺がそう返すとすぐに、一度スズカがログアウトした。

 冷蔵庫には先程買ってきたばかりの飲み物もあるし、来てくれるのは大歓迎だ。

 そんな風に考えながら待っていると、すぐにインターフォンの音がした。

 立ち上がり、エントランスまで向かう。そしてチェーンを外して扉を開けると、そこには――初めて見る私服姿の涼鹿が立っていた。制服とはイメージが違うが、よく似合っている。

「入ってくれ」

「ああ、邪魔をする」

 こうして涼鹿を室内に通し、俺はソファに促してから、飲み物を取りに向かった。

 戻ってグラスを置きながら、涼鹿がスマホを手にしているのを見る。

「やっぱり対面してゲームをするのは、格別だよな」

 きっと昨日、楽しんでもらえた結果だろうと判断し、俺は笑顔を向ける。すると涼鹿が顔を上げて、チラリと俺を見てから頷いた。

「おう。珠碕と一緒に……その……できるのは、格別だ。お、俺様にこんな風に思われてるんだから、光栄に思えよ?」

「そうだな」

 実際、嬉しい。だから素直に頷くと、涼鹿が硬直した後、顔を背けた。その頬が昨日見た時と同じで心なしか朱く見えたので、結構照れ屋なのだろうかと考えてしまった。

「それで何をする?」

「新生産品の槍をまだ試していないから、検証に付き合って欲しい」

「ああ、良いぞ。槍はあるのか?」

「買ってくる」

「俺が作ったあまりがあるから、良かったら使ってくれ」

 俺はそう伝え、ログインしたままだったスマホを手に取った。そして、倉庫にアクセスし、実装されたばかりの武器の槍を一本取り出す。それを手紙機能で、涼鹿のポストに送った。

「代金、払うぞ?」

「良い、気にするな」

 確かにまだこの槍はほとんど出回っていない事もあり高価だが、俺に限って言えば倉庫を圧迫中なので、貰ってもらえるのならば逆に有難い。

「何処で試す?」

「適当なボス相手に使ってみる。属性は氷か」

 アイテムをゲーム内で、スズカが装備した。俺は画面越しにそれを見ていた。

 その後は、二人でそれぞれ【気球】を用いて、俺達は丁度良いボスがいるマップに移動した。比較用の、他の氷属性の槍や、それ以外の槍も、スズカは持参していた。

 基本的に【盾槍士】は壁職だが、全く火力が無いというわけでもない。スズカは、盾の使い方も完璧だが、槍使いも巧みだ。今回俺は、【叡銃士】にもあるバフスキルを用いるなどして、支援に徹した。

「やっぱ強いな」

「そうか」

 口頭で、ダメージについて言い合いながら、俺達は新武器の検証をした。

 そうしていたら、すぐに日が暮れた。

「――じゃあ、また明日な」

 帰り際、涼鹿がエントランスで俺に言った。明日はテストの返却があるので、教室で顔を合わせる。だから俺は頷いた。

「ああ、また明日」

「水曜日の昼、忘れんなよ?」

「勿論だ。ただ涼鹿も多忙だろうし、用事が入ったら早めに言ってくれ」

「な、何があっても行ってやる!」

「ん? 別に日程の変更くらい易い。お前はちょっと俺に甘すぎる」

「へ、変更か。キャンセルかと思って焦っただろ……」

「同じ学園にいる以上機会はこれからいくらでもあるんだ。何も焦る必要は無いだろう?」

 俺が小さく吹き出すと、涼鹿が長めに瞬きをしてから、ゆっくりと頷いた。

「そうだな。俺様は時間を作る。可能な限り、沢山」

「そんなに対面してするゲームが楽しいのか?」

「そ、それはある。けどな……お前、鈍いって言われるだろ?」

「? いいや? どちらかと言えば、聡いといわれる」

「……そ、そうか」

 涼鹿は非常に何か言いたそうな眼差しをしていたが、そのまま何も言わなかった。

「じゃあな」

 そして帰って行った。

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