日曜日が訪れた。
朝の稽古やシャワー、食事を終えてから、俺は制服を着た。
風紀委員会の仕事は午前中に終わらせてしまって、午後はゆっくりログインしたいからだ。
寮を出て特別棟へと向かう。するとエレベーターホールに人影があったので、俺は立ち止まった。
「あー、委員長。久しぶりぃ」
見ればそこには会計の青波が立っていた。俺と同じくらいの身長で、ゆるくふんわりとした髪型をしている。
「ああ」
確かにテスト期間に、同じ教室にはいたが、一対一で直接話すのは久しぶりだ。ほとんど記憶に無い。いつぶりかも分からない。
「侑李ちゃんは元気?」
「舞戸か? 具合が悪いとは聞かないが」
「そっか。良かった」
へらりと青波が笑った。その優しげな顔を見て、そういえば舞戸は青波が好きなんだったと、俺は思い出した。すっかり忘れていた。
「ねぇ委員長」
「なんだ?」
「あ、あのさぁ……侑李ちゃんと委員長って、付き合ってないんだよね?」
「? 風紀の委員長と副委員長として相応の付き合いはあるが、どういう意味合いだ?」
「だ、だからぁ、恋人じゃないんだよね?」
「断じて違う」
舞戸は青波を好きらしいのだから、ここで誤解させたら、舞戸の友人として名が廃る。俺はドきっぱりと否定した。すると青波が心なしか、ホッとしたような顔をした。続いて、表情自体は笑っているのだが、どこか探るような色を瞳に宿して俺を見た。
「――委員長は、侑李ちゃんの事ぉ、どう思ってるのぉ?」
「頼りになる右腕だと思っている」
「それだけぇ? そ、その……まだ付き合ってないだけで、実は好きとか……」
「友人としては好きだが、それ以上でも以下でも無い。何が言いたいんだ?」
俺が問うと、青波が腕を組んだ。それから周囲をチラリと見てから、改めて俺に顔を向けた。
「俺さ、侑李ちゃんの事が気になってるんだよねぇ」
「そうか」
おい。なんだ。両思いか?
「それは俺に話すべき事ではなく、本人に伝えるべき事柄なんじゃないのか?」
「今日の午後、告白しようと思ってる。呼び出してる」
「ほう。健闘を祈る」
「本当に祈ってくれるのぉ?」
「ああ。人の恋路の邪魔を俺はしない」
「うん。うん、そっかぁ。なんだか、俺も考えすぎてたみたい。学園中が、侑李ちゃんと委員長の仲を噂してるから、ここの所ずっとライバル視しちゃってたし。なんかごめん」
「ライバル視?」
俺側にはそんな記憶は無い。一体いつ、俺はライバル視されたのだろうか?
「俺、委員長の事避けてた」
「全く気付かなかった」
「そ、それはそれで悲しいけども! だよね、委員長って、会長の事すら視界に入ってなさそうだしね、うん。委員長をライバル視するだけおこがましかったよ、俺!」
青波が引きつった顔で笑った。しかし接点がないので、仕方が無い。
「兎に角俺は何も気にしていない。頑張ってくれ」
「うう……頑張るけど……侑李ちゃんからは、俺の話聞いた事はある?」
「黙秘する。俺は口が硬い事に定評がある」
「うわ、無さそ……」
「さぁな?」
俺が意地悪く笑ってやった時、エレベーターが到着した。そのまま二人で乗り込む。
「そういえば昨日、会長が上機嫌だったけどさぁ」
「そうなのか?」
「うん。朝、なんか異色の組み合わせとかって騒動になってたけど、委員長と一緒に寮に戻ってきた後。生徒会の仕事で、会長の部屋に行ったんだけど、ずっとスマホ見ながらニヤニヤしてたよぉ」
「ほう」
「最近会長、ずーっとゲームしてるんだけど、さすがにあそこまで融解した顔はしてなかったから、てっきり委員長と何かあったのかなって思ったんだけどぉ、どうなのぉ?」
俺と何かあったというか、ゲームのフレが俺だったというか……それは、涼鹿にとって上機嫌になる出来事だったと捉えて良いのだろうか? そうであるならば、俺も嬉しい。
「ちょっとな」
だが迂闊にそれを口にする気にはならない。残念ながら、リアルにおいては、俺と涼鹿より、涼鹿と青波の方が圧倒的に親しいはずなので、言うとすれば、涼鹿が自分で言うだろう。俺が触れるべきだとは思わない。
「――委員長さぁ、ちなみに、会長の事はどう思ってるのぉ?」
「涼鹿は涼鹿だ。それだけだ」
俺は無難に回答した。その後、風紀委員会室前で、青波とは別れた。そして鍵を開けて、風紀委員会室に入る。そうしてカーテンを開け、窓も開ける。夏の清々しい風が入ってきたが、暑いので換気を終えてすぐに窓は閉じ、エアコンをつけた。
「おはよう」
その後、午前十時の五分前に、舞戸がやってきた。
「ああ、おはよう」
「早いね、委員長」
「月曜日の会議時に配布するレジュメを作っていた」
「ああ、林間学校の見回り案の?」
「そうだ。月曜日の昼休みに、風紀委員会内部でそれを共有したら、いよいよ火曜日には全体会議があるからな」
俺がパソコンに文字を打ち込みながら伝えると、鞄を置きながら舞戸が頷いた。
「手伝う?」
「いや、もう終わるから――ああ、でも印刷が終わったら、整理は手伝って欲しい」
「分かった。それだけ?」
「それだけだ。特に事件も無いし、今日は早く帰って大丈夫だぞ?」
午後には約束があるようだしな。
そう言いかけたが、俺は言葉を飲み込んだ。
「う……ん。お昼、コンビニで帰ってきたから、お昼過ぎまで、僕はここでダラダラしようかなって思ってるんだけど」
「そうか」
「……ねぇ、委員長」
「ん?」
「……今日の午後さ、あのね、実はね、青波と約束してるんだ」
「なんて?」
「……そ、その……中等部が今年は兎を飼育しているから、見に行かないかって」
「へぇ。楽しんで来いよ」
意外なデートスポットである。
さすがは学園一のチャラ男と呼ばれるだけあって(実情は違うようだが)、青波は様々な場所を知っているようだ。俺も今後、涼鹿と親睦を深めるには、デートをするべきか? しかし俺と涼鹿の関係上、リアルデートの後の告白というような展開よりもまだ、ゲーム内のチャットで告白する方が成功率が高そうな気がしてならない。
「こんな機会、この後もあるか分からないし、告白しようか迷ってて……」
「ほう」
「でも、僕誰かに告白したことも無いし……どんな風になんて伝えたら良いかな?」
「ありのままの自分の気持ちを伝えたらどうだ?」
というか伝えずとも、先方も告白する気だぞと密告してキューピットにでもなろうか一瞬迷った。しかし恋愛とは基本的に自分で頑張るものだろう。余計なお世話はしないに限る。
「フラれて関係が変わったらと思うと怖いんだよ」
「その時は慰めてやる」
「……うん。そうだね。うん」
舞戸が小声で頷いた。それを見て俺は思い出した。好きな人が出来たら相談すると、この前話した事を。
「舞戸。俺も好きな相手が出来た」
「へ?」
「そして俺も今、八割くらい失恋しかかっている状態だが、俺は前向きだ」
「まさかと思うけど、それって僕か青波が対象ではないよね?」
「安心してくれ、断じて違う。全く違う。全然違う」
「良かった。そ、そうだよね。うん――ええと、え? きっかけは?」
「詳細はまだ言わない。もう少し進展したら聞いてくれ。進展する前に終わるかもしれないが、俺は全力を尽くす所存だ」
「頑張って。委員長が本気で狙いに行ったら、堕ちない人がいるのか僕には疑問だけど、応援してる」
「――何が言いたいかというと、片思いの切なさが改めてちょっと分かった。理解出来た。だから、お前の事も本気で応援できる。想像だけでなく、心から。舞戸、お前なら大丈夫だと俺は信じている。だから、自信を持て」
俺が断言すると、舞戸が顔を上げた。そしてはにかんだ。
「有難う」
その後俺は、舞戸から九割惚気といえる恋愛相談を聞きながら昼を迎えた。