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第13話 頑張れ、俺。

「じゃあな」

 ゲームをしているとあっという間に時は流れ、午後七時手前になって涼鹿が帰る事になった。俺はエントランスまで見送りに出た。といっても同じフロアに涼鹿の部屋もある。隣の隣だ。間取りも同じはずだ。同じ寮内であるからもっと居ても良いのだが、それぞれ夕食もある。一応食べていくかと聞いたが、何でも今夜は生徒会役員が部屋に来るらしく、涼鹿が帰ると言い出したので、俺は引き留めなかった。

「ああ、またな」

「お、おう。また。な、なんなら明日も――」

「明日は風紀委員会室に顔を出すから、午後からログインすると思う」

「そうか」

 そんなやりとりをして、俺達は別れた。

 一人になった部屋で、俺はスマホを充電しつつ、何を食べるか考える。

 しかし衝撃的な一日だった。

「楽しかったな」

 ポツリと呟きながら、俺は冷凍庫から取り出したレトルトのグラタンをレンジに放り込んだ。この冷凍食品は中々に美味だ。今思えば、昼間もこれでも良かったかもしれない。

「それにしても、話してみるものだな。涼鹿、話しやすかったな」

 やはり五年という歳月は、例え文字のみであっても大きいのかもしれない。俺の中で涼鹿とスズカは完全に交わった。最初こそ衝撃はあったが――涼鹿の隣に立つのも俺が望ましいと思わせられた一日だった。

「人の失恋を祈るのは気が引けるが、俺だって失恋は回避したい。なんとか、涼鹿と距離を縮めないとな」

 だいぶ今日一日で距離は縮んだと思うが、もっともっと気楽に話せる仲になりたい。完全に独占欲までリアルに侵食してきている。

「涼鹿の失恋を祈るわけではない、今の相手よりも俺を好きにさせてみせる! 頑張れ、俺!」

 一人気合いを入れ直しながら、俺はレンジの中を見ていた。

 それからグラタンを食べ、シャワーを済ませてから、俺は再びログインする事に決めた。今日は一日二人で遊んでいたから、一人でのログインはいつもの事であるはずなのに、なんだか新鮮な気持ちになってしまった。やはりリアルとは偉大だ……。

 見ればスズカもログインしていた。生徒会の役員が来ているのでは無かったのか。

『こん!』

 スズカからすぐにチャットが飛んできた。俺は【シルフィ村】のベンチに陣取りながら、挨拶を返す。なお、スズカの姿は無いから、何かしているのだろう。そうでなければ、大体すぐに向こうが姿を現す。

『今日は有難うな、アズ』

『こちらこそ』

 チャットを打ちながら、俺は楽しかったと改めて振り返る。口頭でも話しにくかったわけでは決して無いが、チャットの方が落ち着くと思ってしまう。まだまだ『慣れ』が必要らしい。

「涼鹿にもきちんと俺に慣れて貰わないとな」

 何せ今日の涼鹿は時折挙動不審だった。言葉を噛み噛みだったのだから間違いない。

『こんばんはー』

 その時、別のフレンドからチャットが飛んできた。見れば、【詩人】の【グレイ】からだった。グレイはどちらかというと、スズカに先にチャットをして、パーティを組んでいる事が常の俺達に合流する事が多いから、俺個人宛に挨拶が飛んでくるのは比較的珍しい。

『こんばんは』

『もう生産カンストしたか?』

『ああ。グレイは?』

 グレイは俺の貴重な生産フレンドでもある。グレイのサブキャラクターも、【錬金術師】だ。ただグレイは錬金術師としては生産をするのみで戦う事は無いので、そちらの名前が職業ランキングに載った所は見た事が無い。錬金術師という職業を選ぶものは、生産廃人と戦闘メインで比較的別れるから、俺のように生産も戦闘も錬金術師のキャラで行う事があるプレイヤーは実は少ない。

『鍛冶だけまだなんだ。【芝竜イレル】の第二ドロップが足りない……』

『余ってるから送る。それでも足りなければ、取りに行ってくる』

『良いのか!? さすが!』

 なるほど、と、用件に納得しながら、俺は素材を倉庫から取り出して、手紙で送った。

『多分足りる、本当に悪い! 今度礼はするからな!』

『またパーティを組んでくれたらそれで良い』

 俺が答えると、笑顔の顔文字が返ってきた。一応俺にも、スズカ以外のフレがいないわけではない。そんな事を漠然と思っていると、目の前にキャラクターが表れた。頭上の名前が色つきだったので、すぐにフレンドだと分かった。このゲーム、フレンドとギルメンは、それぞれ名前の縁取りの色が変化する。

『またグレイを甘やかしたでしょう?』

『三雲! 久しぶりだな』

 最近会っていなかった【三雲】を見て、俺は驚いた。仕事が忙しいと聞いていた。何の仕事をしているのかは知らないが、社会人だとは聞いている。

 元々グレイとは三雲経由で知り合った。あの二人は同僚らしい。

『よくここ飽きないよね。アズと会いたい場合、シルフィに来れば良いって僕は攻略Wikiとかに載せても良いと思ってるよ』

『俺に会いたい人間がそんなにいるわけないだろう』

 スマホを見ながら、俺は思わず吹き出した。三雲はたまに謎の冗談を言う。

『今日、スズカは?』

『いない。インはしてるみたいだ』

 リアル情報を流すのも気が引けるので、俺は簡潔に伝えた。すると三雲が頷くモーションをした。

『珍しいね。二人が一緒じゃ無いのも』

『そうだなぁ、まぁ大体一緒に遊んでいるからな』

『今日はグレイも生産に専念するっていうし、僕暇なんだよね。暇同士、何かしない?』

『いいな。何をする?』

『僕、【聖者】でこのまま遊びたいから、ソロ火力になってよ』

『分かった、【爪】で来る』

 こうして俺は、キャラクターをチェンジして、【爪術士】でログインし直した。

『仕事は落ち着いたのか?』

『まぁね。あと一週間もすれば、もっと落ち着くんだけどねぇ』

『そうか』

『アズは学生だったよね? テストとかは大丈夫だったの?』

『いつも通りだ』

 そんなやりとりをした後、俺は尋ねた。

『で、何処に行く?』

『んー、【沼青の山脈】は?』

『【沼竜セルフェル】か?』

『うん』

 俺は頷いた。同時に、スマホを見ながら少し優しい顔で笑ってしまった自信がある。鍛冶の素材で、【芝竜】の素材の次に使用するのは、【沼竜】の素材である。なんだかんだで、いつもグレイを甘やかしているのは、三雲の方だと思う。素材を送ってあげる気なのが、聞かないでも分かってしまう。

「こいつ優しいんだよなぁ。特に【グレイ】には」

 思わず一人呟いてから、俺は【気球】を倉庫から取り出した。

 そしてこの夜は、寝るまで三雲と二人で、【沼竜】を討伐し、ドロップした第二ドロップの素材は、全てグレイのポストに送っておいた。

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