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第11話 昼食時

 部屋の前に立ち、俺はカードキーで鍵を開けた。その間も、涼鹿はずっと無言だった。俺の方も喋ったわけではないので、別に涼鹿が悪いとは思わない。

 そもそも涼鹿が涼鹿でさえなかったら、ゲームのフレは、ゲーム内でいくらチャットが騒がしかろうとも、リアルでも喋るとは思わないので、これはこれで通常のような感覚もある。人は見た目ではないと、改めて俺は思った。

「入ってくれ」

「おう」

 こうして俺は、涼鹿を部屋に通した。リビングのソファに涼鹿を促してから、飲み物を取りに向かう。スポーツドリンクをグラスに二つ用意して、俺もリビングに戻った。そして対面する席に座る。

「よし、再開するか」

「あ、ああ。そうだな」

 涼鹿が漸く喋った。俺はそれを一瞥してから微笑した。笑顔、笑顔。距離を縮めるには、表情だって大切かもしれない。再びログインし、俺はボスと向き合う事に決める。

 チラリと時計を見れば、十一時を少し過ぎていた。こう考えると、まだ改めて出会ってから、そんなに時間は経っていない――が、これでも五年来の付き合いである。

 その後の俺達の連戦は息もぴったりで、【星竜】が落とす双剣も無事にお互いに出た。

「よっし、さすがは俺様」

 二本目をドロップした涼鹿が、ニヤリと笑った。俺も三本出ている。お互いこれを売れば、ゲーム内通貨を暫く稼がなくても良いレベルには高価なアイテムだ。

「本当にさすがだ。一度もタゲが外れなかった」

 敵のターゲットを固定するというのは、中々に大変だ。俺は素直に涼鹿を讃えた。

「お、おう……」

 すると涼鹿が顔を上げて、我に返ったような様子で、困惑した目をした。ゲーム内ではこれまでも俺達は素直に相手を賞賛してきたが、面と向かってと言うのは確かに初事例だ。だが、そこが良い。これが対面してゲームをするという良さか。

「珠碕もその、な、中々だった!」

「素直に完璧だといつも通り言ってくれて良いんだぞ」

「っ……そ、そうだな」

 なお本日の涼鹿は、言葉を噛みまくっている。こんな生徒会長の姿を見た事がある者は、この学園には俺以外にはいないのではないかと思ってしまう。

「それにしても腹も減ったな。そろそろ昼食にするか? 涼鹿はどうする?」

「ああ、そうだな。何か食べたい」

「作るか? 食べに行くか?」

 寮の一階には、食堂が入っている。なお、ルームサービスもそこから届く。だが、急な予定だった為、俺の冷蔵庫には食材も満ちている。

「作る? 珠碕は料理が出来るのか?」

「そこそこな。ごく一般的なものを、普通に」

「た、食べてやろうじゃ無いか! 俺様のために作れ」

「偉そうだな。いいだろう、振る舞ってやる。何が食べたい?」

「お前の手料理なら何でも良い……って、あ、いや……ええと、だ、だから! 何があるのかも知らないしな……」

 多分涼鹿なりの気遣いなのだろう。だがせめて方向性は知りたい。

「和食か洋食なら? それと苦手な食べ物は?」

「ナスが嫌いだ。それ以外ならどちらでも良い」

 俺はナスに対して特に思い入れは無いので、頷くにとどめた。幸いというか、冷蔵庫にもナスは、本日は無い。ただ、日常的に俺はパスタを食べるから、入っている率は低くは無いから、今回は本当にたまたまだったといえる。ナスはパスタと合うと俺は思う。

「では用意するから、座っていてくれ」

「おう」

 こうして俺は、涼鹿を残してキッチンへと向かった。

 あんまり待たせても悪いだろうが、午後も【タイムクロスクロノス】をしっかりするならば、きちんと腹ごしらえはしておかなければならないだろう。空腹と眠気はゲームの敵だ。

 色々と考えた後、俺はキノコとベーコンの和風醤油のパスタと、豚しゃぶサラダを用意する事にした。すぐに出来てがっつりというのが、あまり思いつかなかった結果、普段とあまり変化は無くなった。

「涼鹿。パスタでいいか?」

「おう」

「どのくらい食べる?」

「沢山」

「手の指で表現してくれ」

「パスタをゆでた事が無いから分からない」

「ほう」

 さすがは旧財閥系の大企業のご子息様だ。この学園でも涼鹿の実家は有名だ。確か涼鹿は次男だったと思う。俺が中等部にいた頃に、涼鹿の兄が高等部で生徒会長をしていたはずだ。その当時の風紀委員長に指名されたせいで、俺は長らく風紀委員長を務める結果になったので、直接涼鹿兄をよく知るわけでは無いが、存在は聞いている。

 俺の前任者は、『涼鹿弟に対抗できるのは珠碕しか考えられない』と述べ、俺を指名したのだから、間違いないはずだ。ちなみに俺には兄が二人いるから、弟同士という部分では少し涼鹿に親近感がある。

「じゃあ同じくらいゆでる」

 そう返答し、俺は料理に戻った。正直生産の調理の方が好きだが、本物の料理も嫌いというわけじゃ無い。お湯を沸かして塩を入れながら、俺は別の鍋では豚しゃぶの準備をした。ゲーム内でも俺は別に効率厨であるつもりはないが、たまにそう呼ばれる。並行して出来る事はつい一緒に片付けてしまう。

「出来たぞ」

「おう」

 俺が声をかけて皿を運んでいくと、涼鹿がスマホをソファに置いた。ずっと【タイムクロスクロノス】をしていたらしい。

「見た目は良いな」

「味は食べて確かめてくれ」

「いただきます」

 涼鹿が手を合わせた。俺も皿を置いてから、両手を合わせる。

 一口食べてみたが、味見時と変わらず、我ながら上出来だと思う。

「美味っ……お前、料理できるんだな」

「そこそこと言っただろう」

「あまりシェフ以外の料理を食べた事が無かったんだが、驚いた」

「素直だな」

「いや、普通に美味い」

 ゲーム以外で涼鹿に褒められたのは、これが初めてである。やはりゲーム効果なのか、それとも俺が知らなかっただけなのか、涼鹿はゲーム内のスズカに発言が近く、素直だ。褒められて悪い気はしない。本日はここまでに、反応に困る冗談も言われていないしな。

「な、なぁ、珠碕」

「なんだ?」

「お前って、み、味噌汁とか、その……」

「味噌汁?」

「味噌汁も作れるのか?」

「? リアルでか?」

 ゲーム内での【味噌汁】は、状態異常解除アイテムで、当然作れる。

「リアルでだ。生産はカンストしてるんだから、作れると知ってる」

「まぁ作ろうと思えば。何故?」

「い、言うんだろ? ほら――毎朝味噌汁を作って欲しいとかって」

「? どういう意味だ?」

「……なんでもない」

 俺には、涼鹿が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。海外生活が長かった俺は、この時、日本の古いプロポーズの言葉など全く知らなかったのである。

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