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第10話 移動

 ログインして放置していた場所は、いつもと同じで【シルフィ村】だ。見慣れた風景ではあるが、スズカが涼鹿だと思うと、なんだか今までと違った気分になる。

「何をする?」

 チャットではなく、口頭で俺は尋ねた。

 何はともあれ、こうして一緒にゲームが出来る事になったのが嬉しい。

「生産のレベルはもう上げ終わったのか?」

「ああ、終わった」

「……テスト期間中も放課後は毎日ログインしていたんだな」

「まぁな」

 ゲームをしない一日は、考えられない。なおテスト期間中は、スズカはほぼいなかったので、じっくりとゲームをするのは、久しぶりだ。昨日はチャットで終わったからな。

「なら素材集めは必要なさそうだな」

「そうだな。それに折角だから、連戦がしたい」

「ボスでも回すか」

 不思議なもので、【タイムクロスクロノス】の話題になると、俺達の間には自然と会話が生まれた。チャットと全然変わらない。

「【星光の洞窟】にでも行くか?」

 涼鹿の提案に、俺は頷いた。倉庫にアクセスして、【気球】を取り出す。

 高難易度のダンジョンで、あそこには蒼色のドラゴン型のボスがいる。

 ボスの名前は【星竜コスモ】――ドロップする武器は、非常に強い双剣で、第一線で使用されているため、高値で売れる。【聖国ホリア】にあるメインクエストのボスの一つだ。

「行こう。先に行っている」

「おう。俺様も今行く」

 と、こうして俺達は口頭で言い合った後、ゲーム内ではほぼ同時に移動した。

るか」

「ああ」

 先にボスがいるフィールドに、涼鹿が入室した。これはスズカが壁役だからだ。プレイヤースキルというのもなんだが、ゲームにも立ち回りというものが存在する。基本的に壁職は、先に入室して、敵をタゲって、ヘイトを集めて位置を固定しやすくしておく。

 俺は一呼吸置いてから入室し、スズカがヘイトを集める直前に、ボスから限界まで離れた位置に移動した。これは自分にヘイトが飛んでこないようにするための配慮だ。

 スズカが【盾槍士】のスキルで、ヘイトを集め始める。この【星竜】は、属性が【光属性】なので、それに対応する【叡銃】に武器を変えた俺は、スキルを使う順番を改めて考えた。【叡銃士】にはスキルが非常に多い。

「よし」

 俺は小声で気合いを入れてから、スキルを放った。一撃で仕留められる火力が俺にはある。スマホの中で、俺のキャラであるアズの【叡銃】から、闇色の炎が放たれた。闇属性の攻撃だ。直後、スマホから効果音が響き、【星竜】が倒れるムービーが流れた。

「楽勝だな」

「さすがだな、アズ……珠碕は」

 その時、涼鹿が呟くように言ってから、俺の名前を言い直した。視線を向けると、どこか複雑そうな顔をしていた。この俺様生徒会長の口から、俺に向かって『さすが』なんて言葉が出てくる日が訪れるとは、リアルで考えた事は一度も無かった。

「涼鹿こそ」

 回復やバフ職は不在の二人パーティだが、一撃で仕留めているため、アイテムの回復で事足りる。俺とスズカに多い討伐スタイルだ。

「どれくらいやる?」

「俺は、暫く回したい。涼鹿は忙しいか?」

「あ、いや……今日はアズと……ええと、お前と会う予定しかいれてねぇ」

「そうか。じゃあドロップ率upアイテムを何時間分使うかという話か?」

 なお課金アイテムである。使用すると、アイテムが出やすくなるものは、かなりの種類が存在する。

「なんというか、そ、そうだな……確かに長時間回すならドロupアイテムを使うべきだな」

「だろう?」

「ただ俺様が言いたかったのは、この炎天下の中、ここで連戦を続けるのかという話だ」

「……あ、まぁ確かに暑いな」

 考えてみると、ゲームのBGMをかき消すほどに蝉の声が聞こえる。

「じゃあ俺の部屋に来るか?」

「えっ」

「充電器も予備もある」

「い、良いのか? お前、危機感とかは……」

「危機感? 熱中症に関しての危機感を今やっと把握した所だ。他に何かあるのか? 歩きスマホか? 歩きながらはゲームはしない」

「……本当に意識されていないのが伝わってきて、俺様としてはなんとも言い難いが、お前の部屋にその……行ってやろうじゃないか。連れて行け」

「? ああ。よし、行くか」

 こうして、俺と涼鹿は、一端ログアウトをして、俺の部屋に行く事になった。

 一度スマホをしまってから、俺達はそれぞれ立ち上がった。

「珠碕の部屋、か……」

 二人で寮の方向を目指して歩く。

 土曜日であるから、人気は無い。部活動などがある生徒が体育館や部活棟の方にいる程度だろう。寧ろ人目が増えるのは、寮に入ってからだと考えられる。しかし俺は別に、涼鹿と並んで歩いていても特に気にはならない。

「特に面白味は無いが、エアコンはある」

 答えながら、俺は冷蔵庫の中身を思い出した。飲み物のペットボトルもあるから、もてなしというほどの事は出来ないが、多少は過ごしやすいだろう。

 昨日気付いたばかりの恋心ではあるが、気になっているとして間違いでは無い相手を部屋に招くのだから、出来れば楽しく過ごして欲しい。

 ……。

 こうして考えてみると、まだ少ししか話していないが、きちんと会話をしてみれば、涼鹿の中身は、ゲーム内のスズカの方に近いような感覚がする。衝撃で恋情が吹き飛びかけていたが、思えば俺は好きだと思った相手を部屋に招いたんだな。ゲームがしたすぎて、その部分を完全に失念していた。

 そんな事を考えていたら、俺と涼鹿の間の会話が途切れていた。ゲームをしていないと共通の話題が無い。今までだって無かったのだから、確かに急に生まれるわけは無いか。

 そのまま無言で、俺達は寮へと戻った。するとエントランスを抜けた段階で、通行人の生徒達が驚いたような顔を俺達へと向けてきた。俺は別段人の視線が気になるタイプでは無いが、涼鹿はどうなのだろうかと、チラリと横顔を窺う。

 涼鹿は非常に不機嫌そうな険しい顔をしているように見えた。周囲を睨み倒しているように見える。俺といる所を見られるのが、涼鹿は嫌そうだ。

 そのまま俺達は無言でエレベーターホールへと進む。

 俺も涼鹿も、寮のかなり上の階の、特別室一人部屋を特権で与えられている為、進行方向が同じなのは不思議では無いだろう。ただ俺と涼鹿がそろって、まさかゲームをするとは、誰も思っていないと思う。

 二人でエレベーターに乗り込み、俺は八階を押した。

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