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第8話 自覚

「――ああ……俺様はもうダメかもしれない」

 ログインすると、目の前にスズカがいた。俺は【シルフィ村】のベンチに座りながら、飛んできたチャットを見た。

「何が? テストが悪かったのか?」

「テストは今回も多分満点だ」

「おめでとう! さすがスズカ」

 俺がチャットでそう打つと、涙顔の顔文字が帰ってきた。

「でも今日、好きな奴との会話に失敗した」

「お前好きな奴がいたのか?」

 驚いて俺は腕を組むモーションをした。何故なのか、胸がチクリとした。

「そ、その……いるんだよ」

「ほう。詳しく」

 本当はあんまり詳しく聞きたい気分ではない気がした。嫌な動悸がする。しかしその理由が分からない。

「ま、前から話してる、そ、その……ライバルっていうか」

「ああ。同級生の?」

「そいつだ。そいつと今日たまたま一緒になって、それで……その、目が合ったから、チャンスだと思って話しかけたけど焦って、挙動不審になってそれで……はぁ」

 やはりリアルは強い。

 そう考えた瞬間、俺はハッとした。

 俺……もしかして、スズカの事が好きになってないか? かなり本気で。

 気付いた瞬間、心拍数が酷い事になった。そのリアルのライバルとやらに、俺はスズカが盗られるのが死ぬほど嫌だ。スズカの隣で毎晩遊ぶのは、俺であって欲しい。

「どんな相手なんだ?」

「冗談があんまり通じなさそうな相手だ」

「ふむ」

 真面目な女子なのだろうか。俺は爛れた男子校に通っているから同性愛者の方をよく見るが、スズカは一般的な男子高生のはずだ。しかも話によると、スズカの好きな相手は、テストが常に一位の女子。運動も出来るらしい。文武両道を地で行く少女か。

「その相手、恋人はいるのか?」

「……付き合ってるって噂がある奴はそばにいるな」

「ほう」

「ただ、噂だと俺様は思う。ずっと見てきた俺様が思うに、そいつはフリーだ」

「なるほど。それで? 今日はどんな失態を犯したんだ、スズカは」

「押し倒したいと口走った」

「気にするな。俺も今日似たような事を言われたが、今の今まで失念していた」

 そんな事はたいした事ではないだろう。

 実際、現在大問題なのは、気付いた途端に失恋しかかっている俺の心の方だ。

「ええと……何処を好きになったんだ?」

「最初は一目惚れだった」

「ほう」

「俺様はあんなにも綺麗なものを、生まれて初めて見た」

「お前面食いだったんだな」

「何とでも言え」

 顔という明瞭な回答が少し意外だった。しかし、顔か。俺も褒められる方の人生を送ってきたが、こればかりは好みもあるしな。

「だが今は、中身に惚れ抜いている。何もかも俺様と対等なんだ……いいや、嘘だ。俺様より勝っている。完璧としか表しがたい」

「ちょっと美化しすぎなんじゃないか?」

「そう思うだろ? それが事実なんだ」

「へぇ」

 俺の脳裏に、完璧な美少女が構築された。果たして俺に勝ち目があるのだろうか?

 ――って、やはり『勝ち目』などと考えている時点で、俺はスズカが好きらしい。

 しかし俺とスズカは顔も、声すらも知らない、ただのゲーム内のフレだ。客観的に考えて、勝てる要素は無い。しかも俺には抵抗はないが、男同士だ。

「そんなに好きなのか?」

「もう三年も片思いをしている」

「長いな」

 三年か。俺とスズカが出会ってからは五年だが、やはりリアルは強すぎる……。

「告白はしないのか?」

「……まず親しくなる所からだと俺様は思う」

「ライバルだと言うし、距離があるのか?」

「ちょっと、立場的にな……」

「立場?」

 一体それはなんだろうか。考えてみると、五年来の付き合いではあるし、学園の愚痴などをぼかして話す事はあるが、俺はスズカの詳細なリアルなど何も知らない。

 俺は出会い厨ではない。よってこれまで、スズカのリアルを知りたいとも思ってこなかった。今となっては、それが少し悔やまれる。

「スズカ、好きなら立場なんか関係ないんじゃ無いか?」

 ああ……俺の馬鹿。敵に塩を送ってどうする! だが、落ち込んでいるスズカを見てはいられない。全力で慰めてやりたい。

「そうだな。単純にフラれるのが怖いだけかもしれない」

 いつも自信家のスズカが悩んでいる。とても珍しい。ここで慰めないで何がフレだ。と、少なくとも俺はそう思う。

「脈が感じられないんだ」

「ほう」

「あいつの視界に俺様が入っているのかも怪しい」

「ライバルなんだろう? きっと大丈夫だ」

「名前くらいは覚えられているとは思いたい」

「そこまで遠い距離感なのか?」

 俺は失恋を覚悟しているわけだが……話を聞いていると、スズカも失恋に大手がかかっているように聞こえる。

「合う頻度を増やしてみたらどうだ? 同じ学校なんだろう?」

「……機会が無いんだ」

「機会は作り出すものだぞ、スズカ」

「俺様もこんな経験はなくて、戸惑ってる」

「早速来週にでも、昼食にでも誘ってみたらどうだ?」

「理由は?」

「勉強面のライバルでもあるんだから、テストの話でもしておけば良いだろう」

 恋愛経験が無いに等しい俺ではあるが、精一杯のアドバイスをした。

 しかし俺も恋心に気付いてしまったわけだし、行動を起こすべきだろうか……?

「スズカ」

「ん?」

「……その、フラれても俺がいる。いつでも慰めるからな?」

「おう。お前といると本当に気が楽だ。お前がリアルでそばにいたら、もっと早く相談していたと思う」

「――なんなら、直接相談に乗ろうか?」

「直接?」

「夏休みにでも」

 俺は勇気を出してみる事にした。そもそも誘おうと思っていたのだからと、自分を鼓舞する。

「アズ、それは会うって意味か?」

「ああ」

「俺様もアズに会ってみたいと思っていたんだ。そうだな、夏休みか……一緒にリアルでアニバを回したりしたいな」

「俺も同じ気持ちだ」

 実際、恋情がなくとも、スズカと遊ぶのは楽しいと俺は予想している。

「いつにする?」

「そうだな、八月の頭が望ましい」

「俺様もその頃なら都合が良い。どこで会う? そもそもアズはどこ住みだ?」

「普段は全寮制の学園に通っているから、田舎にいる」

「――俺様もだ」

「え?」

「俺様も全寮制の男子校に通っている」

 それを聞いて俺は驚いた。国内には全寮制の学園はいくつかあるとは思うが、こんな風に境遇が一致するとは思わなかった、というのは勿論ある。しかし俺が一番驚いたのは、『男子校』という部分だ。ライバルの同級生は、美少女ではない……? ん? つまり、スズカも男同士に抵抗がないという事か?

「アズはなんて学園に通ってるんだ?」

「……桜瑛学園だ」

「は?」

「ん?」

「俺様もだ」

「え?」

「お前、何年何組?」

「二のSだ。スズカは?」

「クラスメイトだと!?」

 スズカのチャットを見て、俺は硬直した。二度見した。なんだって?

 Sクラスは人気者親衛隊もちが集まるクラスだ。つまり、スズカもそうした一人という事になる。俺は風紀委員会の仕事でほとんど顔を出さないが、全校生徒を把握しているため、必死で頭を回転させた。あのクラスに、ゲームをやりこみそうな奴は果たしていたか……?

「そういう事なら、八月と言わず、明日にでも相談に乗って欲しい。学内の事に明るい ならより相談もしやすい」

 スズカがチャットを続けた。明日は週末だ。テスト明けだから風紀委員会室に土日のどちらかは顔を出そうと考えていたが、片方ならば開けられる。半日ならばどちらも可能だ。何より、俺はスズカが好きだと自覚した所であるし、そうでなくともスズカは話しやすいから、真の友達になれる気がする。

「何処で待ち合わせる?」

「そうだな……旧校舎の校舎裏の四阿は?」

「分かった」

 あまり人気が無い場所だと、すぐに思い出す。俺と一対一で話していたら、風紀絡みかとスズカは疑われてしまうかもしれないので、丁度良いだろう。

「スズカ、何時にする?」

「十時頃でどうだ?」

「分かった」

 こうして怒濤の展開で、俺はスズカというゲームのフレと、リアルでも会う事に決まった。恋心を自覚し失恋したと思った直後ではあるが、どうやらスズカは振られる前提であるようだし、俺にもまだ希望はあるのかもしれない。いいや、フレの幸せは願うべきだ。

 とにかく、全ては明日だ。

 と、いう事で、この日はお互い、早めにログアウトする事にした。

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