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第7話 テスト期間

 月曜日が訪れた。

 テスト期間の開始だ。

 昼休みと放課後に三十分ずつ風紀委員会室に顔を出す以外は、珍しく俺が教室にいる場面といえる。俺は隣席の舞戸と休み時間に時折雑談をしながら、テストに臨んだ。

 単調な時間だ。

 ただ、一時的に多忙からは逆に解放された気分でさえある。

 そんなこんなで、一週間はあっという間に経過し、すぐに金曜日が訪れた。

 答案の返却は来週だ。

「やっと終わったな」

 風紀委員会室に顔を出して、俺は深々と椅子に背を預けた。すると舞戸が苦笑した。

「そうだね。どうだった?」

「自己採点では今のところ満点だ」

「安定してるよね、委員長」

 自分ではよく分からない。だが、終わって解放感はある。

「職員室に行ってくる」

「ああ、見回り案の件?」

「そうだ。何か事件があったら、舞戸、頼むからな」

「任せて」

 微笑した舞戸に頷き返してから、俺は風紀委員会室を出た。そして専用棟を出て、本校舎一階にある職員室を目指した。ノックをして中に入り、俺は風紀委員会顧問である生物教師の、三久守生ミクモリオ先生の席を目指した。

 三久先生は、この学園出身だという二十六歳で、丁度俺達高二の十歳年上だ。学園では若い方の先生だが、在学中も風紀委員だったらしい。それも委員長だ。俺の大先輩に当たる。そして俺とはタイプがかなり違う。

 眼鏡をかけていて、非常に真面目そうだ。ただ、とても顔面造形は整っている。常に冷静沈着で、怒鳴り倒すタイプでもない。俺は声を上げる場合がたまにある。

 学園で俺は鬼の風紀委員長と呼ばれる事があるが、三久先生は当時、氷の風紀委員長と呼ばれていたと聞いた事がある。今でも伝説になっている。

「失礼します、今大丈夫ですか?」

「うん。平気だよ。見回り案の件かな?」

「はい」

「よく出来ていたと思う。他の委員に周知して、当日は頑張ってね」

「有難うございます」

 飄々とした声で淡々と言われた。俺は真面目くさった顔で頷いて返した。

 すると隣で椅子が軋む音がした。

 何気なくそちらを見れば、ホストにしか見えない数学教師の、灰野総次郎ハイノソウジロウ先生がニヤリと笑った所だった。こちらは生徒会顧問である。三久先生と同じ二十六歳だそうで、こちらも当時の生徒会長だったらしい。嘘か誠か、本人曰く『三久を追いかけてこの学園に来た』との事だ。

 親しいようにも仲が良いようにも見えないが、何かと灰野先生が三久先生に絡んでいる所はよく見る。なお三久先生が相手をしているようには見えない。

「林間学校くらい見逃してやれ。恋の季節だろ? キャンプファイヤーより燃え上がるだろ」

「黙れば、灰野」

「あ? 折角の俺様からのありがたーい指導をお前のとこの委員長に聞かせてやってんだろうが、黙って聞いていればいいのはお前だ三久」

「いいかな、珠碕。灰野の戯れ言は聞き流すように」

 俺はとりあえず顔を背けておいた。俺から見ると、この二人は険悪に思える。

 ただ、三久先生がこんな風に返す相手は灰野先生だけだから、ある意味では親しいのだろうか……? 俺にはよく分からない。

「それでは、この案でいきます。失礼します」

 その後二人の会話が途切れたのを見計らい、俺は高速で職員室を後にした。

 それから一度風紀委員会室へと戻る事にした。

 荷物もあるし、受け取った書類を置いてきたいというのもある。

 そう考えながら特別棟のエレベーターホールに立った。

 すると、隣に誰かが立つ気配がした。人の気配自体は武術をしているから俺にもすぐに分かったが、誰かまでは分からない。視線を向けると、そこには――涼鹿颯が立っていた。何様俺様生徒会長様である。

 この特別棟には、風紀委員会室と生徒会室と会議室しかないので、日常的にエレベーターに乗るのは、風紀か生徒会のメンバーなのは当然だ。

「何見てんだよ?」

 俺の視線に気付いたようで、涼鹿が両目を嫌そうに細くした。

 俺はするりと視線を逸らしてから、軽く首を振る。

「別に」

「俺様があんまりにも男前で見惚れたか?」

「は?」

 俺は思わず呆れた顔をしてしまったと思う。確かに抱かれたい男一位だけあって、涼鹿の顔は整っている。180cm越えの長身を見上げ、俺は反応に困った。涼鹿とはほとんど話した事は無いが、たまに話すとこう言った反応に困る事を言われる場合がある。他は会議で激論を交わすくらいだろうか。

「……ツッコめよ」

「俺に何を期待したんだ?」

「二択だ。『きゃー素敵』か『ツッコミ』」

「ほう」

「ま、鏡を見慣れているだろう風紀委員長様に顔面の話をしても、無駄だったな」

「どういう意味だ?」

「嫌味な奴だな。この学園で一番綺麗な顔のくせに」

「俺が? そうか? 有難う」

「そこはお礼を言うんだな? 自覚ありか?」

「顔は幼少時から褒められるからな。褒められて悪い気はしないが?」

 実際、クォーターというのもあるのだろうが、俺は顔面を褒められて生きてきた。鏡はシャワー時と出かける前に見る程度で、自分で自分の顔は評価できないが。なお俺と顔がうり二つの、一つ上の兄はモデルをしている。そこそこ売れているようだ。

「珠碕、テスト、どうだった?」

「いつも通りだ」

「余裕そうだなァ」

「まぁな」

「……自己採点の結果は?」

「普通だ」

「お前の普通……つまり、満点か?」

「ああ」

「あー、本当嫌味な奴。お前、隙はどこにあるんだ?」

 涼鹿が嫌そうな顔に変わった。俺は腕を組む。

「俺の隙を探してどうするつもりだ?」

「押し倒す」

「いつでも武道場で相手をするが?」

「意味が違う!」

「? あ、エレベーターが来たな」

「おう」

 別段俺達は、普段から険悪というわけではないだろう。今回の会話で俺が理解出来た事といえば、どうやら涼鹿は俺の苗字を覚えているようだと言う事程度だが。

 その後、俺達はエレベーターで三階まであがった。中では無言だった。

 なお二階は全て会議室である。

「じゃーな」

 風紀委員会室の方がエレベーター前に近いので、俺が立ち止まった時、そう声をかけられた。頷いて俺が返した時には、涼鹿は歩き去っていた。

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