この日も、夜の七時過ぎまで風紀委員会の仕事をして過ごした。午後には強姦事件が二件もあった……。聴取で時間を割かれたが、無事に顧問に見回り案の提出は済んだ。
シャワーや食事を終わらせた俺は、今日も今日とてリビングのソファに座り、スマホを手に取る。一息ついてから、俺はログインした。
「こん」
するとすぐにスズカから挨拶が来た。俺も返事をし、今日も【シルフィ村】のベンチに陣取る。ゲーム内には、何カ所か座る仕草に適した椅子オブジェが存在している。すぐにスズカもやってきた。
明日は土曜日。
土日は、平日よりは長時間ゲームが出来る。
「勉強は終わったのか?」
「アズこそ」
「俺は無勉で臨む」
「潔いな……」
正直俺は、別に勉強は好きでは無い。家の教育方針で、勉強はしてきたが、ただそれだけだ。やりたい研究があるわけでも特に無い。今やりたい事はといえば、それは【タイムクロスクロノス】というこのゲームのみだ。
ただゲームの中で、ゲーム中にも関わらず、『やる事が無いなぁ』と呟いてしまう程度には、俺は暇人であるが……。
「そういえば、もうすぐ職業ランキングの更新だな」
スズカのチャットに、俺はキャラに頷く仕草をさせた。日付が零時になったら、職業ランキングの更新だ。このゲームには、全部で十三の職業がある。そのそれぞれのランキングが出る。職業は、大別すると五種類に分けられる。
一つ目は、壁職の、【大剣士】と【盾槍士】。
二つ目は、回復やバフの、【聖者】と【詩人】と【道化師】。
三つ目は、パーティ火力の、【魔術師】と【叡銃士】と【弓術師】。
四つ目は、ソロ火力の、【双剣士】と【爪術士】。
五つ目は、特殊職の、【召喚士】と【死霊術士】と【錬金術師】。
一人につき三キャラクターしか作れないから、どうしても数が少ない職というのはある。ちなみに俺には、壁と回復&バフ職がいない。スズカは、【盾槍士】の他に、【双剣士】と【死霊術士】を持っている。スズカも回復やバフをする支援職は持っていない。
そんな俺達のパーティによく加わる回復役は、回復特化の【聖者】である【
今日は三雲もグレイもログインしていて、その二人からも挨拶が来た。
やはり週末は人が多い。
「ランキング、楽しみだな。またアズは一位だろうな?」
「どうだろうな」
ランキングは、定期的に行われるレイドでの討伐時のダメージなどの集計で更新される。レベルを上げ、装備をそろえ、定期イベントに臨む事で変動があるし、同じ順位も珍しくない。
「スズカこそ、また一位だろう?」
「自信はある。ただ、【盾槍士】のみだ。お前は、【叡術士】も【錬金術師】も【爪術士】も一位だろ?」
「前回はな」
「前々回も、その前も」
「まぁな」
「もっと誇れ。このガチ勢め」
その言葉に、スマホを見ながら俺は吹き出した。俺は普通にこなしているだけだし、長くやっているだけで、別段自分がガチ勢だとは思わない。時間だって限られているし。本当は、一日中ゲームをしていたいというのが本音だ。
「ガチ勢はスズカだろう?」
「俺様はお前の隣に並び立つレベルには常にあるぞ」
「心強いな」
「アズもある意味、俺のライバルだからな」
「ライバルの数、多くないか?」
「俺は常に自分磨きを怠らないようにしているだけだ」
「他人と比較して生きるの、辛くないか?」
「切磋琢磨と言え」
俺達は雑談をしながら零時を待った。大体日付が変わって少ししてから俺達は就寝している。学園生活があるからな……。
こうしてランキングが更新された。
「さすがだな、アズ。やっぱり三つとも、お前が一位だ」
「スズカも【盾槍士】の一位、おめでとう」
チャットではあるが、お互いに上機嫌なのがなんとなく伝わってきた。
なお、【聖者】の二位に三雲、【詩人】の五位にグレイがいる。
俺達の周囲や、俺のフレの名前も結構載っている。
ただやはり大規模ギルドのメンバーの名前が多い。個人のソロギルド所属者は、毎回の事ながら、俺くらいのものだ。俺も高等部を卒業して――大学はどうするか未定だが、もっとログイン時間が自由になったら、どこかのギルドに所属してみたいという思いもある。
大規模なギルド戦も楽しそうだ。
その日はお互いをたたえ合ってから、俺達はそれぞれログアウトした。そしてぐっすりと就寝し、朝の稽古とシャワーを終えてから、翌土曜日、俺はゆっくりと料理をする事にした。本日のメニューは和食だ。普段はパンやパスタばかりだから、久しぶりに炊いた白米が美味しく感じてならない。
この土日はテスト前という事もあるし、急な呼び出しや事件発生さえなければ――ゲーム三昧だ。俺は勉強はしないので、早くログインしたくて仕方が無かった。だが、たまにはゆっくりとご飯も食べたい。食べながらゲームをするという選択肢は俺には無い。そこは家族の教育の結果だろうか。我が家では食事は味わって食べるようにと躾けられた。
さて。
朝食後、まずは【お知らせ】を見た。このゲームは、メンテナンスが火曜日なのだが、お知らせ自体は毎日何かしら更新されている。なお【掲示板】は、ログイン中にも閲覧出来るので、俺はログインしてから見る事が多い。
基本的には、定期イベント――レイドなどのお知らせや、公式イベントのお知らせが多い。掲示板はプレイヤーが主体となるもので、キャラ名で作成したり、書き込んだり出来る。掲示板の方では、掲示板とは言うがほとんどチャット形式で、連戦仲間やギルドのメンバー募集、パーティの募集などが行われている。
「ん。来週、生産のキャップ開放があるのか」
現在、生産技能の各レベルは、Lv.120までだ。それが、Lv.125レベルまで上げられるようになるらしい。なおキャラクターのレベルキャップは、現在はLv.350だ。俺のキャラクターは三つともLv.350で、生産は六技能と錬金術師限定の錬金術の合計七つがLv.120だ。
「少し使いそうな素材を集めておくか」
本日のやる事を決定し、俺は【叡銃士】のアズとしてログインした。生産は錬金術師で行っているが、素材集めは範囲火力スキルがある【叡銃士】の方が楽だからだ。
いつもの通り、【シルフィ村】に出てから、移動アイテムである【星の気球】を取り出した。この【気球】は【星の
どこから取り出したかというと、【倉庫】からだ。【倉庫】は、【天空の庭】という機能から選択できる。【庭】は、【個人ホーム】【栽培】【露店】【倉庫】【オブジェ】を設置可能な個々人の機能だ。
俺は一度【気球】を用いて、【風都:シルヴィア】へと向かった。風国ウィンドレイルの中で一番大きな街だ。ここには、大規模な露店街がある。【露店】は個々人が【庭】機能で出店出来るのだが、こうして街の一角に並べる事も可能だ。検索機能もあるが、何が売っているか眺めるには、直接出店している場所を見て歩くのが一番楽しい。
やはり皆、お知らせを見たのか、生産素材の売りが目立つ。中々出回らないような素材もあった為、俺はいくつか購入した。ちなみに生産は、自分のレベルより十レベル上のものも作成可能なので、既にどの素材があれば、キャップ開放時にレベルを上げられるかは分かっている。俺ももう次のレベル上げ用の素材は確保済みではあるのだが、予備や売る用にもう少し確保しようという算段だ。
「【料理】では、次はピーマンをかなり使うな……」
栽培はピーマンにしておこう。大体十日ほどで野菜系は収穫可能だ。自分用のアイテムのピーマンは倉庫に入れてあるから、売る用に。
「【鍛冶】と【装飾】には、ボスの第二ドロップ品がいるのか……」
この【タイムクロスクロノス】というゲームでは、一体のモンスターが基本的に四種類のアイテムをドロップする。第一ドロップ品が一番入手しやすく良く出て、第四は基本的にレアアイテムだ。第二と第三は、出やすさがものによるが、生産で一番使われる素材だ。
敵には、雑魚とボスがいる。
雑魚はフィールドに常にいる。
ボスは、フィールドボスとシナリオボスがいて、フィールドボスは、ランダムにマップ上に出現するレアモブだ。シナリオボスは、メインクエストのシナリオの最中に倒すボスで、いつでも戦う事が出来る。ボスは両方とも、基本的に強い。
「まぁ覚悟はしていた。問題は、【薬剤】の素材だな。雑魚ドロ。今日はこれを集めるか」
俺はブツブツと呟いてから、素材をドロップするモンスターがいるマップの名前を思い出し、倉庫に再びアクセスして【気球】アイテムを取り出した。