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第11話 聖メルディの薔薇祭から

 試験期間後、テストの返却期間も終えると、学園中がそわそわとした空気に包まれていった。恋人同士のものも、片想い中の生徒や教職員達も、皆、花の入手を試みている。その為、植物学の教室は、非常に混み合っていた。温室の花を、好きなだけ摘んで良いという告知が出たというのもある。

 この日カルナも、ユイスと一緒に温室へとやってきた。聖メルディの薔薇祭は明日だ。明日も休講である。ただ、お休みなだけで、学園の公式な行事では無い。

「うわぁ緊張する。何の花が良いと思う? どう思うよ?」

「んー、一般的なのは、やっぱり薔薇だよね」

 迷っている様子のユイスに対し、カルナが正面にある薔薇の鉢植えを見た。他にも温室には薔薇の茂みなどもあり、色とりどりの様々な薔薇がある。普通の薔薇以外にも魔力を帯びた薔薇もあり、それらの花は、純粋な赤系統ではなく、青かったり虹色だったりする。

「薔薇を渡したら、さすがに俺の気持ちに気づかれないか? 露骨じゃないか?」

「どうかなぁ」

「カルナはヴェルディに何を渡すんだよ?」

「僕は、この白い花にする。スノーポピアっていう花なんだけど、花言葉が『貴方に幸せを約束します』って内容なんだ。御伽噺にも出てくるんだけどさ」

「さすがはお花屋さんの息子だな、お前」

「花については詳しいよ」

 クスクスとカルナが笑う。するとユイスが、淡い水色の花を手にとった。

「これは、なんて花?」

「アジストリーっていうお花だよ」

「花言葉は?」

「『永遠に貴方を愛します』」

「う……ちょっと、重いな」

「他にも花言葉があって、『純粋』っていうんだけど……花言葉なんて、普通は気にしないから大丈夫じゃないかなぁ? 聞かれたら、『純粋』に綺麗に思ったからとかって押し通せば良いんじゃない?」

「そ、そうするか。なんとなく直感で、リュートに似合う気がしたんだよな、これ」

 こうして無事に二人は花を選び終わった。

 放課後だったので、それぞれ花束を手に寮へと戻る。部屋の扉を開けたカルナは、そこで目を見開いた。室内に、朝には無かった花が溢れていたからである。

「おかえり」

 戻っていたヴェルディが微笑しながら出迎えた。

「すごい数のお花だね」

「――カルナは花が好きなんだろう? キーギスの家に連絡して、取り寄せたんだ」

「え? こんなに?」

「嫌か?」

「ううん。嬉しい」

 カルナは満面の笑みを浮かべてから、手にしていた白い花束を、ヴェルディに手渡した。明日が聖メルディの薔薇祭であるが、前日に渡しても問題は無い。

「これは僕から」

「綺麗だな」

 受け取ったヴェルディが香りを楽しんでいる。甘い花々の匂いが室内には広まっている。この日の夜は、浴槽にも花びらを散らした。いつもとは異なる花の香りに包まれて入浴を終えたカルナを、ヴェルディがすぐに抱きしめた。

 そしてキスをした。

 聖メルディの薔薇祭の当日も、甘い花の香りがする室内で、何度も何度もキスをした。

 ――翌日。

 一時間目は算学だったので、カルナは教室へと向かった。途中まではヴェルディと手をつないで歩いた。その温もりを名残惜しく思いつつも別れて、教室に入る。すると少しして、ユイスがやってきた。カルナはユイスが、マフラーをしているのを見て驚いた。あまりユイスはマフラーを身につけないからだ。

「おはよう。珍しいね、マフラー」

「っ、こ、これは、あの……」

「というより、それ、前にリュートがつけてたマフラーじゃないの?」

 見覚えがあったのでカルナが指摘すると、鞄を置きながらユイスが赤面した。そして教室の中を一度窺うように視線を這わせてから、席に座ると小声で言った。

「そうだよ」

「やっぱり? 寒いから借りたの?」

「違う。確かに暖かいけど……あいつ、あいつ! すごく目立つ所にキスマークをつけたんだ」

「え」

 そういう事だったのかと思い、カルナの方まで赤面してしまった。そこで思い出して、カルナが問う。

「お花は渡せたの?」

「う、うん」

「反応はどうだった?」

「それが――……リュートも俺にくれたんだよ。それも、その、薔薇を」

「おお!」

「……好きって言われた」

「告白されたの?」

「うん……うん、そうだな」

「良かったね。じゃあ、付き合う事になったの?」

「……あー、クソ、照れる。恥ずかしい。けど幸せだ。うん。リュートが俺の恋人になった」

 マフラーを片手で顔に押し付けて、ユイスが顔を隠そうとした。だが耳まで真っ赤なので、あまり効果は無い。カルナまで幸せな気持ちになった。無事に恋人同士になったという報告に、カルナが笑顔を浮かべる。

 この日の昼食の席では、リュートはいつもと変わらない様子だったが、ヴェルディの方が楽しそうな顔をしていた。カルナと目が合うと小さく頷いている。ヴェルディもまた、リュートから話を聞いたらしいと、カルナは判断した。

 ふた組の恋人同士で、昼食を共にする。

 それは、その後も変わらず――気が付けば、長期休暇の季節が訪れていた。

 このエルシア学園は、入学式は枯月であるが、卒業式は新年から数えて三番目に当たる、青月と決まっている。

 大広間に在校生が集められて、盛大な卒業式が行われた。それが終わると、春休み――年に一度の長期休暇となるのである。寮から出るのは、卒業式の翌日からだ。卒業式当日は賓客などで混雑するため、皆、時期をずらすのである。カルナとヴェルディは、卒業式の後、寮の部屋で顔を見合わせた。

「いよいよ春休みかぁ……暫く離れ離れだね。なんだか寂しい」

 カルナが言うと、ヴェルディが正面の席で紅茶を飲んでから、静かに言った。

「ずっと誘おうと思っていたんだが、キーギス伯爵領地に遊びに来ないか?」

「え? ヴェルディは、王国騎士団と一緒にお仕事があるんじゃないの?」

「それはあるが、来月からだ。青月の間は、生家で過ごす」

「だけど僕平民だし、キーギス伯爵家なんて恐れ多いというか……」

「気にする必要は無い。俺の祖母も平民の出だったらしくてな、理解もある。どちらかといえば、キーギスの家は、魔術師か否かにこだわる。それこそ、性別よりもな」

「そうなの?」

「ああ。そういう意味では、魔術師としては堅い部分もあるかもしれないが、カルナに辛い思いをさせる事は無い。約束する」

 ヴェルディはそう言うと立ち上がり、カルナの隣に座り直した。そしてそっと手を握る。

「僕もヴェルディの家族に会ってみたい」

「そうか。嬉しい」

 手の温もりを感じながら、カルナは微笑した。

 一度王都の実家へと戻ってから出かけると決めて、翌日二人はそろって学園の【門】へと向かった。大混雑している。出会った時の事を思い出すと、まさかこのような関係になるとは思ってもいなかったから、カルナは照れくさくなった。甘酸っぱい思いで、隣を歩くヴェルディを見上げる。するとヴェルディもまたカルナを見た。二人は手を繋いで歩いている。

「一週間後に迎えに行く」

 王都に出てから、ヴェルディがそう言った。頷いて、カルナは、迎えに来ていた馬車に乗り込むヴェルディを見送った。それから足早に、久しぶりの王都を歩く。目指した花屋の看板の前には、父が立っていて、出迎えてくれた。

「おかえり、カルナ」

「ただいま! あのね、来週から寮で同じ部屋の……ええとね、ええと……」

 恋人と言いかけて、カルナは口ごもった。学園では普通であるが、決して同性愛全体がメジャーというわけでは無いからだ。しかしヴェルディの事を隠したいとも思わない。

「その……恋人が出来たんだよ」

「そうなのかい? 確か、男子校だったとおもうけれど、男の子かい?」

「う、うん……」

「そうか。まぁ、特に魔術師は同性を好むともいうしねぇ」

「やっぱりそうなの?」

「たまに聞くし、王国法の改正も、魔術師達からの強い要望からだったと聞いた事があるよ。今では同性婚も増えたね」

 カルナの頭を撫でながら、カルナの父は優しく微笑む。

「それでね、そのヴェルディって言うんだけど――恋人の家に、来週から遊びに行く事にしたんだよ」

「そうか。親しくなったんだね。とりあえず、中に入ろう」

 父は否定するでもなくニコニコとしながら、カルナを家の中へと促した。

 その夜は、食事の席で、カルナは父親に学園での楽しかった出来事について、沢山話した。父は終始笑顔で聞いていた。カルナよりも更に、カルナの父はおっとりとした人物である。久しぶりに食べる父の料理は美味で、トマトソースのパスタを味わいながら、ずっとカルナは話をしていた。

 ――一週間後。

 宣言通り、ヴェルディが迎えに来た。花屋の前に停まった馬車を見て、父が硬直していた。キーギス伯爵家の紋章が入っているからだけでなく、それに気づかずとも、ひと目で貴族の馬車だと分かる豪奢な代物だったからである。通行人達も奇異の目を向けてくる。カルナもそれには困ったが、降りてきたヴェルディを見たら嬉しくなってしまった。

「気をつけて行ってくるんだよ」

 気を取り直したように父親が言う。するとヴェルディが頭を下げた。普通は貴族が平民に頭を下げる事は無い。その為、父が慌てて手を動かす。

「あ、いや、その、息子をよろしくお願いします」

「招きに応じて頂きとても嬉しいです。御子息の事はお任せ下さい」

 ヴェルディがそう言って微笑すると、ホッとしたように父が吐息した。こうして見送られ、カルナは馬車の中に乗り込んだ。ヴェルディの隣に座る。

 キーギス伯爵領地までは、馬車で丸三日かかるそうなのだが、途中に王都から転移魔術で移動可能らしく、行き先は王宮の方角だった。そちらにあった巨大な魔法陣の上に馬車が乗ると、光があふれて、一瞬でキーギスまで到着した。

「ここが俺の家だ」

 御者さんが開けてくれた扉から降りると、ヴェルディが言った。カルナは目を見開いた。そこには城が建っていたからである。学園も城のようであるが、趣が少し異なる。崖を削るようにして建てられているキーギス伯爵家は、庭と湖に面していて、湖に城が映りこんで見える。こちらは学園とは異なるので、月は一つしか見えないのだが、水面には、まだ昼だが白い月も映りこんでいた。この国では、昼に月が見える事も珍しくないのだ。

「入ってくれ」

 ヴェルディがカルナの背に触れ、歩くように促す。玄関へと向かい中へと入ると、執事を始めとした使用人達が、一斉に腰を折って出迎えた。

「ようこそお越し下さいました」

 狼狽えてカルナは、ヴェルディの腕の袖を掴む。制服姿では無いヴェルディの私服は上質で気品に溢れている。普段着で訪れたカルナは、自分が完全に場違いである気がした。

「客間に案内する」

 そう言ってヴェルディが、カルナの手を握った。使用人達は何を言うわけでもない。ただ、執事が先導するように歩き始めた。ビクビクしながらカルナはついていく。玄関正面の大きな階段を上り、三階まで上がる。客間はそこにあって、カルナには庭がよく見える一室があてがわれた。室内には寝室が三つもある。その一つをとっても、カルナの家の一階と同じくらいの広さに思えた。

「俺も暫くは一緒にこの部屋で過ごす。俺の部屋でも良かったんだが」

「僕緊張しすぎて大変なんだけど……ヴェルディってすごい家の人なんだって改めて思った」

「何も緊張する事は無い。そうだ、晩餐では家族に紹介させてくれ。夕食は六時だ」

 そんなやりとりをしていると、使用人達が、お茶を運んできた。高級そうなカップを、ぎこちない動作でカルナは持ち上げる。クスクスとヴェルディは笑っていた。

「そうだ、宿題はどうした?」

「持ってきたよ」

 寮からの帰り道で、一緒に宿題をしようと約束していた為、鞄からカルナが宿題を取り出す。使用人達は下がっていった。頷いたヴェルディが立ち上がる。

「俺も自分のものを持ってくる」

 そう言って出て行ったヴェルディは、すぐに自分の宿題を持って戻ってきた。

「早く片付けてしまおう。そして休暇はじっくり楽しもう」

「うん!」

 カルナが頷くと、ヴェルディが優しい顔で微笑んだ。それから二人は、夕食までの間、宿題に励んだ。カルナが分からない所は、ヴェルディが静かに教えてくれた。ただ解き方を教えてくれるだけで、解答を教えてくれるわけではない。なのでカルナは必死に頭を働かせた。そうして集中して宿題をしていると、すぐに晩餐の時間が訪れた。執事が呼びに来た為、宿題はそこで一区切りとして、二人は部屋を出た。

 巨大な食堂へと向かうと、既にヴェルディの家族は揃っていた。王宮で宮廷魔術師を束ねているというキーギス伯爵が、ヴェルディの父である。ヴェルディによく似た、少し鋭い目をしている。その瞳を更に切れ長にした顔立ちの、ヴェルディの兄が、その隣に座っていた。ヴェルディの義姉と甥の姿もある。キーギス伯爵の隣には、伯爵夫人であるヴェルディの母が座っていて、その隣にはまだあどけなさの残るヴェルディの妹である少女が座っていた。皆、魔術師なのだという。全員が興味深そうにカルナを見ていた。

「俺の恋人のカルナだ」

 家族の紹介を終えてから、きっぱりとヴェルディが言った。すると家族の瞳が輝いた。

「いやぁヴェルディに恋人が出来るとはねぇ」

「可愛らしいわ」

「うん。兄として、ちょっとヴェルディはあまり友達も連れてこないし不安だったから安心した」

 そこまでは聞き取る事が出来たが、一気に喋られて、その後は誰が何を話しているのかカルナは聞き取れなかった。だが、歓迎されているのが分かった。ヴェルディの家族達は、あれやこれやとカルナに質問をする。学園でのヴェルディはどんな様子なのか、だとか。するとヴェルディが苦笑していた。

 この日食べた子羊のステーキは、非常に美味だった。

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