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第10話 年末年始

 カウントダウンの日が訪れた。この日は席順は自由だったが、全員が大広間に集められた。カルナはヴェルディの隣に座っている。正面にはユイスがいて、その隣に向こうにはリュートが腰を下ろしている。すっかり四人で食事をするのは日常になった。

 新年を迎えるためのカウントダウンの行事は、学園では盛大に行われる。一年という時間の区切りは、魔術にとっても大切なものであるかららしい。学年自体は枯月に変わるのだが、王国で一年の経過を知らせるのは新年となる。王都でも、この日はクリームソースのパスタを食べる風習がある。

 大広間でパスタを食べながら、カルナはリュートを見た。まだきちんとお礼を伝えていなかったからだ。すると視線が合った。

「なんだ?」

「あの……助けてくれて有難う」

「気にするな」

 リュートはそう言うと、ヴェルディへと視線を向けた。

「俺はたまたま遭遇しただけだ」

 そうは言うが、リュートはユイスの言葉を聞いて探してくれていたらしい。カルナはそう思い起こしてユイスを見た。

「ユイスも本当に有難う」

「俺は何もしてないぞ?」

 フォークでパスタを巻きとりながら、ユイスが笑った。その時リュートがヴェルディに言った。

「今後は自分で気をつけて見ておく事だな」

「心する」

「ルイは退学になったとは言え、持ち上がり組には変わらず、ヴェルディを好きな人間は多い」

 以前より、ヴェルディとリュートの仲は親しくなっている。恋愛相談をきっかけに、この二人は崇拝対象と信者ではなく、本当に対等な友人同士に変化していたのだ。リュートの言葉を聞いて、ヴェルディが頷いた。

 カウントダウンが始まり、三・二・一と学園長が述べた直後、大広間に盛大な花火が上がった。魔術を用いた花火だ。こうして新年が訪れた。この日はいくら夜更かししても良い事になっていたし、明日は休講だ。解散となったので、パスタを楽しんでから四人は一緒に螺旋階段を上った。

 部屋に入ってすぐ、ヴェルディがカルナを抱きしめた。

「これからもよろしくな」

「うん。新年って、何かいいよね。気持ちを切り替えられるっていうのかな」

 嫌な記憶は、昨年のものとして、忘れてしまおう。カルナは一人そう誓った。

 こうして新年が訪れた。気持ちを新たにした所で、入学後二度目の試験期間がやってきた。今回は、紙の試験のみである。

「もう少し頑張りたいなぁ」

 昼食の席でカルナが言うと、ヴェルディとユイス、リュートの視線が集まった。ユイスも含めて、自分よりずっと皆の頭が良いのだったと思い出し、カルナは照れくさくなってしまった。

「今回も一緒に勉強するか?」

 何気ない調子でユイスが言うと、リュートの瞳が鋭くなった。

「貴様は人に教えられるほど頭が良いのか?」

「カルナよりは成績が良かったぞ?」

「……カルナの事はヴェルディに任せて、貴様は自分の学力を上げる事に専念するべきだ」

「確かにヴェルディに教わったら確かだろうけどな」

 最近では、ユイスもヴェルディに『様』と付ける事は無くなった。うんうんと頷いているユイスは、それから腕を組んだ。

「それを言うなら俺も教えて欲しいな」

「ユイスはリュートに教わったらどうだ?」

 するとヴェルディが微笑した。ユイスが目を丸くしてから、リュートを見る。するとリュートが呆れたように吐息した。

「ヴェルディがそう言うんなら、少しくらいは見てやっても良いぞ」

「え……本当か?」

 ユイスが照れている。今もまだ、ユイスとリュートは付き合っていないそうだが、カルナから見ると相思相愛に思えた。それはヴェルディも同じ考えである。

 この日の放課後から、早速ユイスはリュートと一緒に勉強をする事になった。ヴェルディは日頃の予習復習も怠らないからなのか、今のところ不安な科目はないらしい。カルナのためにいくつかの問題をピックアップして、ヴェルディは隣に立った。

「まずはこの問題からだな」

「うん。有難う、頑張る!」

 こうして放課後の勉強会が始まった。ヴェルディの教え方は分かりやすい。だがはっきりいってヴェルディは厳しい。集中して勉強を叩き込まれていく内に、カルナは頭の中がいっぱいになってしまった。それでも頑張りたいと決意したのは事実なので、必死に机にかじりつく。そのように、二週間ほどは、二人は揃うと必ず勉強の話題をしていた。時にヴェルディの方がカルナを欲しくなったのだが、真面目に勉強をしているカルナを見ると、邪魔をするわけにもいかず、ヴェルディも指導に気合いを入れる形となる。

 試験が行われたのは、新年になって三週目の事だった。

 今回も五日間かけて行われた。

 その週末、やっと気が抜けて、深々とソファに背を預けて、カルナは天井を見上げた。やりきったという感覚に包まれていた。ヴェルディがそこにココアを運んでくる。

「どうだった?」

「んー、前回よりは分かった問題が多かったけど……うーん」

「よく頑張ったな」

「ヴェルディはどうだった?」

「手応えはあった」

 テストの返却と順位の張り出しは、来週からだ。この週末の二日間はゆっくりと休む事が出来る。カルナの正面に座り、ヴェルディがクッキーに手を伸ばした。カルナも背中を起こしてお菓子に手を伸ばす。

 二人の間の空気のように、クッキーの味は甘かった。

 週明けが訪れて、大講堂にて成績順位が公開された。張り出された紙をユイスと共に見に行き、カルナは自分の名前を探す。

「あ、二十一位になった!」

 前回がほぼ真ん中だった事を考えれば、大躍進である。ユイスが隣で笑顔になった。

「頑張ったな」

「頑張ったのはユイスじゃない? だってユイス、七位じゃん! 一学年で上から七番目に成績が良かったんだよ? すごいよ」

「リュートのおかげだ」

「僕もヴェルディのおかげ」

 ヴェルディの名前は相変わらず一番上に書いてあるし、リュートも二位の位置に名前がある。カルナは嬉しい気持ちだったので頬を緩ませながら、ふと思いついてユイスに尋ねた。

「そういえば、リュートとはどうなったの?」

「どうって? いつも通りだけど?」

「だから、その、ほら……付き合うとか、付き合わないとか」

 カルナが聞くと、ユイスが目を伏せ首を捻った。

「うーむ……」

「ユイス?」

「ちょっと大広間に行こう。飯だ飯! ヴェルディとリュートが来るまで話そう」

「うん」

 頷き、二人で大広間へと向かう。そして最近定位置となっている窓際の席に座った。そこでユイスが声を潜めた。その頬が朱い。

「リュートが、さ……」

「うん」

「勉強を教えたお礼をよこせって言うんだ」

「お礼?」

「そう。お礼」

「例えば?」

「……その」

「うん?」

「……俺にキスするんだよ。カウントダウンの後も俺にキスしたしさ」

「ほう」

「それでさ、俺は好きだし、断らなかったし、だけど……だから、キスはしてるんだよ。これってやっぱ……何だろう……え? どう思う?」

 ユイスが周囲を窺うように視線を彷徨わせながら小声で続けた。カルナは生温かい気持ちになった。

「リュートはユイスが好きだと思うけどなぁ」

「そ、そうか? うーん……でも、あいつ、そういう事は言わないし。いつも俺の事を馬鹿にしているし、冷たいんだよ」

「ユイスは好きだって言わないの?」

「振られて気まずくなるよりは、今のままの方が良い。最近やっと少し話が出来るようになってきたんだからな」

「そういうものなの?」

「俺としては、な」

 それを聞いて、カルナは腕を組んだ。そしてはたと思い出した。

「そういえば、もうすぐ、聖メルディの薔薇祭だね」

 聖メルディの薔薇祭とは、恋人同士が花を送り合う行事である。片想いの相手に贈る事もあれば、両想いの相手同士で送り合う事もある。花屋を営んでいたカルナの実家の稼ぎ時でもあった。

「へ? う、うん」

「お花、渡してみたら?」

「えっ」

「ほら、義理で渡す場合もあるし、反応を見て、なんか気まずかったら、ルームメイトだからって事で渡したって事にしたらどうかな?」

「あ、それは良いかもな」

 二人がそんなやりとりをしていると、扉の方が騒がしくなった。皆の視線が一気に向くため、訪れたのがヴェルディとリュートだというのは見なくても分かった。今でも絶大な人気を誇っているのである。

「待ったか?」

 ヴェルディが声をかけると、カルナが微笑した。

「大丈夫」

「先に食べていても良いんだぞ?」

「一緒に食べたかったから」

 本当はユイスと話し込んでいたからであるが、それを誤魔化すべくカルナが笑った。ヴェルディは純粋に嬉しそうな顔をしている。リュートはユイスの隣の椅子を引くと、何も言わずに食事を取りに行った。ユイスも慌てたように立ち上がっている。

 こうして昼食が始まった。

 その日の放課後、本日の食事当番はカルナだったので、カルナはビーフシチューを作った。テーブルに座ってヴェルディがそれを見守っている。

「ねぇねぇヴェルディ」

「ん?」

「なんというか、ユイスとリュートってもどかしいよね」

「まだ付き合っていないらしいからな」

「僕も今日それを知って驚いたんだよ」

 カルナが苦笑すると、ヴェルディが頬杖をついた。

「どうすれば素直になれるのか、リュートは分からないらしい」

「それを話してるんだから、ヴェルディの前では素直なんでしょう?」

「俺とリュートは付き合いが長いからな。三歳からお互いを知っているんだぞ? 確かに恋愛相談をするような友人関係になったのは最近だが……」

「何とかしてユイスの前で素直になれるように努力した方が良いと思うんだけどなぁ」

「リュートもきちんと告白したいとは考えているらしい」

 そんな話をしながらビーフシチューを完成させたカルナは、他にサラダも用意した。こうして二人で食事を楽しむ事にした。

「そうだった。カルナは順位を上げたな」

「あ、うん! 成績、良かったんだよ。頑張った! 本当にヴェルディのおかげだよ」

「いいや、カルナの頑張りの結果だ」

「ヴェルディは一位、すごいね。しかも満点の教科もいっぱいあったね」

「カルナに教えていると復習にもなって、自分の勉強にも繋がったんだ」

「そうなの?」

「ああ。誰かに教えると自分の知識が固まっていく気がする」

 そういうものなのかと考えながら、カルナはスプーンを動かした。ヴェルディはパンを食べている。二人は視線を合わせて微笑した。

「それにカルナがいてくれると思うだけで、何事にもやる気が出るんだ」

「僕はヴェルディがいてくれると思っても、あんまり勉強にはやる気が出ないよ……ただ、ヴェルディが教えてくれると、頑張ろうって思うんだけどね。そうでなくても、勉強がしたいっていうより、ヴェルディの隣にいたいから頭も良くなりたいって感じる」

「俺はカルナの成績が悪くても、カルナを嫌いになったりはしない。が、勉強はするにこした事はないと考えている」

「勉強しないと、やっぱり魔術師として生きていくのは大変かなぁ……」

 技巧もあまりまだ得意では無い事を、カルナは思い出した。最初の頃よりは、炎を自在に操れるようになってはきたが、まだまだ完璧に制御出来ているとは言えない。

「所属によるな。例えばこの学園の教員になったり、魔道書の執筆をしたり、魔術の研究をしたりするならば、知識は必要だろう。魔物討伐に関しても、例えば王国騎士団に所属するといった場合は、入団試験がある」

「なるほど。ヴェルディは将来は、どうするの?」

「俺は騎士団に誘われているし、魔物を撃退する事でこの国を守りたいとも思っているから、恐らくは騎士団の試験を受ける」

「そうなんだ」

 頷いてから、カルナは続けた。

「僕はずっと、自分がお花屋さんになると信じていたから、まだ全然先の事が分からないんだよね」

「ゆっくり考えれば良い。焦る必要は無いだろう」

 優しさの滲むヴェルディの声に、はにかみながらカルナは頷いた。

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