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第6話 実技試験

 夜。カルナが用意したグラタンを、ヴェルディがスプーンで口に運んでいる。それを見ながら、カルナが言った。

「あのさ、ユイスには、付き合ってるって話しても良いかな?」

「ユイス=レイドルか?」

「うん。同じクラスで、僕の親友なんだ」

 その言葉に、ヴェルディが複雑そうな顔をした。

「正直、話して欲しい。口が堅いと信用できるのであれば、だが」

「口は堅いと思うけど、話して良いんだ。了解」

「堅いのであれば、思う存分話して欲しい」

「どういう事?」

「お前といつも食事をしている生徒だろう?」

「うん」

「はっきり言って、俺はユイスが羨ましい。俺もカルナと食事がしたい。学園内でも、な。寮だけではなく一緒にいたいから、ユイスが羨ましいんだ」

 それを聞いて、カルナは照れてしまった。嫉妬してくれているのだとすぐに分かった。ヴェルディの小さな独占欲の片鱗が、カルナには愛おしく思えたのである。

「安心して。僕とユイスは、普通の親友だから」

「……親友、か」

「そういえばさ、リュートって分かる?」

 カルナは、ユイスの事を思い出しながら、ヴェルディに尋ねた。するとヴェルディがスプーンを置いて、水の入ったグラスに手を伸ばしながら頷いた。

「ああ。リュートは、俺の中では一番友達に近い人間だ」

「そうなんだ」

「ただ――俺ばかりがそう考えているようでな。あいつ側は、俺の信者だとしか言えない」

「信者?」

「俺は対等だと思うんだ。俺の方が魔力量は多いし、成績も良かったが、それだけだ。幼稚舎からずっと一緒で、共に学んで来たわけで、リュート自身も十分に実力もある。が……俺を敬うんだ」

「敬う?」

「俺の事を神様か何かと勘違いしているんじゃないのかと、時に疑問に思う。俺に対して過度に近づいた場合、排斥するのは主にリュートとルイだ」

「えっ」

 予想外の言葉に、カルナは目を丸くした。ルイの方は、牽制するような言葉をかけられた事があるし、クラスメイトだから何となく分かる。しかしリュートもそうだったのかと、驚いた。

「ユイスは確か、リュートと同室だろう? 寮でうっかりユイスがリュートに話せば、カルナは陰湿な嫌がらせに遭う可能性が高い」

「ユイスは大丈夫だと思うけど……そ、そうなんだ……」

「所で、いきなりリュートについて聞くなんて、どうしたんだ?」

 ヴェルディが小首を傾けてから、水を飲んだ。ユイスがリュートを気になっているらしいという話は、まだ気になっている段階らしいし、仮に恋だとしても触れて回るような事では無いと判断し、カルナは曖昧に笑う。

「ほ、ほら! 親友の同室の人だから、ちょっとどんな人かなって思っただけ」

「そうか。リュートは決して悪い人間では無いが、冷酷な部分があるから、あまり近づかない方が良い」

 頷いたヴェルディは、再びグラタンを食べ始めた。具材のエビを、カルナも口に運ぶ。頭の中で、リュートは要注意人物のようだと、一人記憶していた。

 翌日は、実技試験が行われる事となった。

 一人ずつ行われる。火を操る魔術を披露し、その状態でも魔力を測定するそうだった。今回は、足元に広がっている魔法陣で測定するらしい。魔道書を片手に開き、カルナは人差し指を立てた。そして、宙に魔法の呪文を描いていく。すると魔力を帯びた光が集まってきた。そこで魔道書を読み上げると、その場に巨大な鳳凰が出現した。火の鳥の姿に、審査をする先生達が目を瞠る。会場いっぱいに広がった炎の羽からは、火の粉が舞い落ちている。荘厳な空気が溢れかえった時、魔法陣が反応を見せた。カルナは他の生徒の実技試験を見ていないので、皆、このようなものかなと考えていた。

 だが、違った。

 三日後、実技試験の成績もまた、大講堂に張り出された。

 今回、魔力量の一番上に名前があったのは、カルナである。周囲がざわついた。二位がヴェルディであり、三位を見るとリュートの名前が書いてある。なお、四位はユイスだった。その紙の隣には、量ではなく技巧の結果が書いてあり、こちらは一位がヴェルディ、二位がリュート、三位がユイスであり、カルナの順位は五十六位だった。

「お前、すごいんだな。量が」

「うーん。大きければ良いってものじゃなかったみたいで、技巧はあんまりだったけど……。それを言うなら、ユイスだって十分すごいじゃん。平均したら、僕よりずっと上じゃない?」

「上には上が居る。ヴェルディ様にリュートに。あの二人は紙試験も一位と二位だ」

 紙のほうの結果は、自分とユイスとヴェルディしかチェックしていなかったので、何度かカルナは頷いた。その後大広間へ行き、カルナはユイスと共に席を取った。するといつも以上に周囲の視線が飛んできた。これは、内部進学組でも噂になっていた、国内最高値の魔力の持ち主がカルナだと皆が理解した事と、ユイスもまた凄かった為、二人に対する驚愕の眼差しが向けられたからであるとも言える。ユイスの方は、比較的紙試験も良かったし、実技の授業でも勇姿を見せていたので、納得した者も多かったが、カルナの結果には呆然とした者が多かった。カルナは黙ってそこにいる分には、ごくごく平均的にしか見えないからだ。それが――ヴェルディよりも強い魔力の持ち主だったのである。

「そういえば、もうすぐ委員会に入るんだよな?」

 パンにチーズを塗りながら、ユイスが言った。最初のテストが終わってから、一学年の生徒は各委員会に入る事が決まっていた。

「うん」

 カルナが頷く。委員会は全員が一つは所属しなければならない決まりだ。

「俺は体育委員になりたいんだよなぁ。カルナは?」

「僕? まだ考えてないけど、お花の世話をするって言うし、美化委員かなぁ」

「美化委員は、掃除もあるだろ?」

「あー、それは面倒かも。んー、保健委員とか……」

「保健委員は癒しの特性が必要って聞いたけど、お前、あるの?」

「うん」

「火だけじゃないのか。凄いな」

「楽なのは何だろう?」

「図書委員は人数も多いし、比較的楽だって聞いた。専門の先生もいるからって」

「本はあんまり読まないからなぁ……」

 二人はそんなやりとりをしながら食事を終えた。

 放課後、ユイスが体育委員の見学に行くというので、カルナは見送った。

 声をかけられたのは、その時の事だった。

「ちょっと」

 顔を上げると、そこにはルイが立っていた。険しい顔で、カルナを睨んでいる。

「魔力量が多いからって、調子に乗らないでね?」

「え?」

「寮の部屋割は、魔力量順だったって事で納得したけど」

「あ、うん」

 そういえば、ユイスとリュートが同じ部屋なのも、三位と四位だからなのだろうと、そこでカルナは初めて気がついた。

「ヴェルディ様に勝つなんて許せない」

「そんな事を言われても……」

 魔力量は生まれ持ったものであるから、自分ではどうする事も出来無い。魔力量は増やす事も減らす事も出来無いのだ。理不尽である。

「大体、技巧は全然僕よりも下だし、紙だって平凡な成績じゃないか。魔力量がいくらあったって使いこなせなきゃ意味がないんだからね! 僕の方が、ヴェルディ様にずっと相応しいと思うんだけど」

 ルイは早口にそう言ってから、改めてカルナを睨めつけた。

「最近、チラチラとヴェルディ様の事、見てるよね? 食堂で。本当、何様? ヴェルディ様が汚れる」

「……」

「ヴェルディ様は特別なんだから、もっとわきまえて行動して!」

 吐き捨てるようにそう言うと、ルイは自分の席に戻っていった。クラスメイト達が視線を向けている。皆、困った様子だ。カルナ自身も困っていた。不機嫌そうなルイは、その後、ヴェルディをいつも取り巻いている人々と一緒に、教室から出て行った。最近では、カルナと同じく外から来た新入生の生徒も、その派閥に加わっている。教室の中で、一つの派閥が出来ているのである。そのトップに君臨しているのが、ルイだ。正直怖い。

 カルナ自身は、いつもユイスと二人で過ごしている。二人は特に他の派閥に属するでもなく、ダラダラと過ごす毎日だ。他の派閥というのは、二つある。一つは、貴族出身者の集まりだ。持ち上がり組では無いが、実家が貴族であり、高位貴族の出自のヴェルディの事も立てている。もう一つは、残りの多くの人びとの集まりで、平民出身者が大半だが、少数の貴族もいる。カルナとユイスもどちらかといえばここに所属しているのだろうが、カルナがルイ達に、目の敵にされている為、あまり積極的には関わってこないのだ。カルナと親しくなければ、ユイスは確実にそちらの派閥だといえる。関わってこないだけで、仲が悪いわけではないのだが……カルナは少し寂しくもある。

 ヴェルディは友達が出来無いと話していたが、カルナもまた、現在の所、ユイス以外と親しいとは言えないのが現状だ。だが、ユイスがいてくれるのだから良いだろうと、カルナ本人は考えている。

 その後、カルナは帰宅した。

 この日はヴェルディが、テスト明けのお祝いという事で、取り巻き達に誘われて大広間で食べるという報告があったので、カルナは一人だった。報告は前日にあった。結果はどうであれ、主に持ち上がり組の同級生や先輩達と、打ち上げが行われると決まっていたらしい。

「はぁ……」

 久しぶりに一人で食べる食事は、味気なかった。

 少し早めに、カルナは眠る事にした。

 翌朝目が覚めると、先に起きていたヴェルディが、ソファで珈琲を飲んでいた。

「おはよう」

「おはよう、カルナ」

 カルナを見ると、ヴェルディが微笑する。その表情は、やはり麗しい。不意打ちの笑顔に胸を鷲掴みにされた気分になりながら、カルナは寝台から降りて服に手をかけた。着替える為だ。するとカップを置いて歩み寄ってきたヴェルディが、後ろからカルナを抱きしめた。

「一位、おめでとう。やはりすごいな」

「……有難う。技巧は全然だったけどね」

 ルイの言葉を思い出して苦笑しながらも、ヴェルディの体温にカルナが照れた。カルナの肩に顎を乗せたヴェルディが、更に腕に力を込める。

「技巧は練習すれば良いだけだ」

「そうかな?」

「ああ。あれは持ち上がり組の方が有利だ。生体魔力を用いた実技試験とよく似ているからな」

「そうなんだ」

 頷きつつ、ヴェルディの腕に、カルナがそっと触れる。それから二人は顔を見合わせて、どちらともなくキスをした。

 本日の朝食当番はカルナだ。外食を挟んでも、順番の変更は無い。一人の時は、自分の分は自分で作る事になるのだが。カルナはスープの用意をして、パンを切った。

「ユイスには話したのか?」

 朝食が始まると、パンにチーズを塗りながら、ヴェルディが聞いた。すっかり忘れていたカルナは首を振る。

「まだ」

「そうか。話すのを迷っているのか?」

「ううん。やっぱり親友だし、きちんと話しておきたいんだけど、実技試験とか色々あったから忘れてた」

「色々? 他にも何かあったのか?」

 不思議そうなヴェルディの声を聞いて、カルナはルイの姿や教室の派閥について漠然と思い出した。しかしそれに関しては、ヴェルディが悪いわけでもなければ、ヴェルディに関係があるとも言えないと、カルナは思った。だから首を振る。

「ううん。特に無いよ」

「そうか」

「ヴェルディは誰にも話さないんでしょう?」

 カルナが聞くと、ヴェルディがスープの皿に視線を落とした。

「本音を言うなら、学園内の全生徒に話して、カルナは俺のものであると宣言したい」

「な、何言ってるの!」

「本心だ。が、そうしてカルナを困らせるのは本意じゃない。俺にカルナを守る力があれば良いんだが――いいや、守れる力を俺は身に付ける努力をする」

「僕だって、自分の身くらい自分で守れるよ?」

「……それはそうかもしれないが……俺はお前の恋人だからな。何かあれば、いつでも話してくれ」

「うん。本当に困った事があったら、全力で頼る」

 今はまだ、そこまで困っていないと、カルナは思った。

「そういえば、ヴェルディは何委員になるか決めた?」

「まだ、だ。カルナは?」

「保健委員はどうかなって思って。美化委員も良いんだけど、お掃除はあんまりかなぁって……花は好きなんだけどさ」

「回復魔術が使える事を考えると、保健委員は向いているだろうな。所で、花?」

「僕の実家はお花屋さんなんだよ」

「そうだったのか。保健委員以外も候補にあるのなら、学園祭実行委員はどうだ?」

「学園祭実行委員?」

「ああ。毎年ハロウィンに行われるんだ。学園内のイベントだ。実は先輩から勧められていてな。あまり乗り気では無いんだが、カルナと一緒ならば楽しいかも知れないと思ってな」

「う、うーん。イベントかぁ……」

「俺個人としては、図書委員にも興味がある」

「図書委員は簡単だって聞いた」

「……らしいな。俺は単純に本が好きなだけだが」

 ヴェルディが苦笑した。カルナは曖昧に笑って返す。難しい本は苦手だ。

「保健委員は、月に一回集まりがあって、簡単な応急処置を学ぶだけだって聞いてるから、僕は第一候補はやっぱり保健委員」

「そうか。では俺は実行委員は断って、図書委員に希望を出す」

 そんな話をしてから朝食を終えた。

 この日も時間差で部屋を出る。歩きながらカルナは、本日は保健室に見学へ行こうかと考えた。放課後、本日もユイスは体育委員の見学に行くというので、カルナも保健室へと向かう事にした。保健委員は、保健室の中にある控え室に、この期間は集まっているらしい。ノックをすると、扉が開いて、保健医のアルラス先生が顔を出した。

「保健委員会への所属の希望ですか。カルナ=ワークス君は、回復に適正があるので、見学は歓迎ですよ」

 先生はそう言うと、控え室にカルナを促した。薬品の香りがする保健室を抜けて控え室に入ると、三人ほど上級生がいた。持ち回りで勧誘などを行っているらしい。

「委員長のミリアスだよ。よろしくね」

「俺は書記係のドール。確か、一学年の……魔力量一位になった奴だよな?」

「そうだよね? 僕も食堂で見た事があるよ! 僕はレジル」

 三人に挨拶されて、慌てて頷きながら、カルナは名乗った。

「カルナ=ワークスです。よろしくお願いします」

「保健委員、良いよ? 控え室ではお菓子食べ放題だし」

「それに実質、月に一回しか仕事は無いからサボりたい放題」

「やりたければ、保健室の待機係とかも出来るよ! 先生が不在の時とかね」

 快く迎えられて、カルナは乗り気になった。保健委員は、月に一度しか顔を出さない生徒が圧倒的多数らしいとも聞いた。この三名は比較的よく控え室に集まって、お菓子を食べているらしい。

 その翌日、クラスの話し合いで所属希望の委員会を紙に書くという時間があった。カルナは迷わず保健委員とした。実行委員には、ルイが立候補していた。実行委員についてはカルナも考えたが、ヴェルディと同じ委員会になったらそれもまた目立ってしまいそうだったので、自分の選択に満足する。 

 こうして、委員会の決定は終わった。

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