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第3話 学園生活の始まり

 火クラスの教室に移動し、席順は自由だったので、カルナはユイスの隣に座る事にした。鐘が鳴ると、担任の教員が入ってくる。

「火のクラスの担任のルノルドだ。まずは自己紹介をして、親睦を深めてもらう」

 教科書類を配布しながら、ルノルド先生がそう述べた。全員に教科書が行き渡ると、前の席から順番に自己紹介が始まる。ユイスの自己紹介が終わると、自分の番が来たので、カルナは立ち上がった。

「カルナ=ワークスです。趣味はお花を育てる事です。よろしくお願いします!」

 パチパチとまばらな拍手が飛んでくる。しかし他の生徒の時とは異なり、あからさまに拍手をしない集団がいた。持ち上がり組の生徒と、困惑したような他の生徒の一群で、前の扉側前方に座っている生徒達だ。カルナはその中央に、先程声をかけてきた、金髪巻き毛の少年の姿を見つけた。それから少しして、その生徒の自己紹介の番になった。

「僕はルイ=ユービス。ユービス伯爵家の三男で、ヴェルディ様を世界で一番愛しています!」

 カルナをあからさまに睨みながら、ルイが挨拶をした。カルナは困った。同時に、斬新な自己紹介だなと感じた。クラスメイト達は何を言うでもない。その後も自己紹介は進んでいった。

 こうして一時間目は少し早かったが終了し、二時間目までの間は自由に雑談して良い事になった。するとすぐに、ユイスが声をかけてきた。

「お前、ルイと何かあったの?」

「朝、声をかけられたというか……」

「なんで?」

「僕、ヴェルディと同じ寮の部屋なんだけどさ……」

 カルナは周囲に聞こえないように小声でそう伝えた。するとユイスが納得したように頷いた。

「ヴェルディ様には狂信者がいっぱいいるって言うしな。昨日も話したけど同性愛も盛んらしいからモテモテみたいだし……ルイも愛してるって言っていたからな。気をつけろよ、カルナ」

「有難う」

 それから気を取り直して、カルナは教科書を見た。三時間目からは通常の講義が始まるそうで、最初は魔法植物学らしい。植物と聞いて、花屋で生まれ育ったカルナは楽しみになった。来年からは自分で選択する講義もあるらしいが、一年の場合はカリキュラムが決まっているのだという。その後は教科書を眺めつつ、ユイスと話しながら時間を潰した。

 三時間目の魔法植物学の講義は、南校舎の一階で行われた。魔術温室になっている室内には、もうじき冬が来るというのに、季節など無関係といった様子で、様々な草花が咲き誇っていた。その中に、カルナは見た事の無い植物を見つけた。紫色の花がついていたが記憶にない。花屋の息子なので一通りの花は知っているつもりだったので驚いていると、すぐにそれが魔法植物だという説明があった。丁度同じ花を、先生がテーブルに置いたのである。

「この花は、主に傷薬を作る材料になります。普通の植物に比べて、傷を塞ぐのが早い。最初の授業として、皆さんには、一人一つずつ、この花を育ててもらいます」

 先生がそう言うと、球根が配られた。何でも自然魔力を操って、魔力を注いで、植物を育てていくらしい。水ではなく魔力を与えるのだという。ワクワクしながらカルナは植木鉢に球根を埋めた。

 四時間目は魔法概論の講義で、こちらでは基礎的な理論を学んだ。午前中が四時間、午後が二時間で、合計六時間の講義編成だった。ただ、日によって空き時間があったり、午後は一コマしか無い場合もある。王国の休暇に合わせて、週末の休息日は二日間お休みだった。

 カルナはユイスと共に、大広間に昼食を取りに行く事にした。上級生の姿は昨日よりも少なくて、自炊をしている生徒が思いのほか多いらしいとユイスから聞いた。二人は空いている席を取り、本日もバイキング形式なので、皿に好きな料理を取っていく。

 そうして座っていると、扉の方から歓声が聞こえてきた。カルナが視線を向けると、ヴェルディを中心にした集団が入ってきた所だった。ヴェルディの隣には、ルイが立っている。

「すごい人気だな」

 ユイスが呟いた。彼はそれからパンを齧る。頷いたカルナは、ラザニアを食べながら、今後の方向性に悩んだ。寮の部屋は、卒業するまで変わらないらしいのだ。それはクラスも同じである。ルイに睨まれながら過ごすのは嫌だったが、どうにもならない。

 食後は、五時間目の講義を受ける為、占い学の教室に移動した。占い学では、占星術を今年は学ぶらしい。まずは星座の暗記から始まった。占星盤も配られた。

 その日は六時間目が無かったので、カルナは疲れたなと思いつつ、ユイスと別れて、食料雑貨店へと向かう事にした。大広間まで毎日ヴェルディと共に行くという選択肢は消失したので、自炊をするべく食材を買う事に決めたのだ。

「パンはこれとして、あとは……レタスとトマトに、チーズと……んー、サラミかなぁ。ベーコンと卵も買おう。それとクルトン。あ、ドレッシング用に油も買わないと。塩もいるよね」

 ブツブツと呟きながら、カルナはカゴに食材を入れていった。会計は不要なので、カゴの中身を紙袋に詰める。長いパンが覗いている。それを抱きしめるようにして、カルナは自室へと戻った。するとヴェルディの姿があった。

「自炊をするのか?」

「うん」

「俺もその予定だ」

「え!? 大広間で食べるんじゃないの?」

「煩くて気が散るから、基本的には部屋で食べていた。これまでも、な」

「昨日は?」

「先輩達が久しぶりに顔を見せるようにといったから、持ち上がり組で食事に出ただけだ」

 そうだったのかと頷きながら、キッチンのテーブルに、カルナは袋を置いた。それから冷蔵庫を開けると、ヴェルディが買っておいたらしい食材が視界に入る。

「空いてる所に入れて良い?」

「ああ」

 ヴェルディが頷いたので、カルナは食材をしまった。それから改めてヴェルディを見る。

「両方自炊なら、一緒に食べる?」

「――そうだな。お前は料理が出来るのか?」

「家でずっとやってたからね。ヴェルディは?」

「料理の講義で覚えた。食材は俺が入れた物も気にせず使って良い」

「あ、僕のも使って良いからね?」

 そんなやりとりをし、この日はカルナが料理を作る事になった。カルナの料理はごくごく一般的な家庭料理だ。本日はシーザーサラダと、カルボナーラを作った。日替わりで料理を作る事に決めたので、その間本日は、ヴェルディは予習をしていた。

「出来たよー!」

 カルナが声をかけると、ダイニングキッチンに、ヴェルディがやって来た。二人で向かい合って座る。フォークを手にしたヴェルディは、物珍しそうな顔をした。

「どう?」

「中々悪くない」

 自分では成功したと思っていたカルナは、ヴェルディの反応を見て、良かったのか悪かったのか悩んだ。悪くはないというのだから、成功と考えて良いのだろうかと思案する。

「ヴェルディは、クラスメイトとは上手くやれそう?」

「どうだろうな」

「人気者だし大丈夫だろうけど」

「……」

 カルナの言葉に、ヴェルディが嫌そうな顔をした。俯いてパスタを睨むようにしている。それには気づかず、カルナは続けた。

「僕は一人友達が出来た」

「……そうか。羨ましいな」

「え?」

「俺の周囲は持ち上がり組が囲んでいるから、本当に今年から入ってきた新入生とは、まだお前以外と一言も話していないんだ」

「そうだったんだ」

 人気者には人気者なりの苦労があるのだろうなと思いながら、カルナはレタスを食べる。カルナはレタスが好きだ。苦手なものは、きゅうりのピクルスである。

「ヴェルディは、食べられない物はある?」

「特にない」

「僕はきゅうりが嫌いだから、冷蔵庫に入れないでね」

「子供みたいだな」

「だって無理。ん? けど、ヴェルディ、さっきからサラダを食べてなくない?」

「……野菜は基本的に好まないんだ」

「食べられないものあるじゃん」

「食べられないわけではないんだ」

「嫌いなんでしょう? 僕よりも多い、野菜全部なんて」

「……別に良いだろう」

 ヴェルディが僅かにムッとした顔をした。その姿に、カルナがクスクスと笑う。カルナから見て、ヴェルディが年相応に見えた初めての瞬間だった。ヴェルディはといえば、明るいカルナの表情に、すぐに毒気を抜かれた。カルナと話していると、気楽だ。

 その後、暫定的な食事の時間を決めたり、料理をしなかった方が皿を洗うと決めたり、シャワーの順番も決めたり、ごみ捨てについて話し合ったりしながら、二人は食事をした。事務的な話をしている分には、ヴェルディに嫌味は無いし、非常に冷静で頼りになりそうである。寮暮らしが長いのも納得で、様々な事をヴェルディは知っていた。

 こうしてこの日はヴェルディが皿洗いと決まったので、その間にカルナはシャワーを浴びた。パジャマの袖に腕を通して外に出ると、ヴェルディが水の入ったグラスを渡してくれた。有難く受け取って、カルナは入れ違いに入っていくヴェルディを見送る。

 それから机に座り、明日の授業で使う教科書の準備をした。予習をする気には、あまりならない。勉強は難しそうだが、好きではないから、当面は講義を聞くだけで覚える努力をしようと決める。浴室から出てきたヴェルディの方は、予習を再開した。それを眺めながら寝台に寝転がり、すぐにカルナは睡魔に飲まれた。

 翌朝は、ヴェルディが食事を用意した。ただ本人は食べないとの事なので、カルナの分だけが並べられた。カルナはそれを見て目を瞠った。煌くふわふわのスクランブルエッグやカリカリに焼いてある厚切りベーコンが出てきたからだ。

「美味しい……」

 一口食べて、感動して震えた。ヴェルディの料理は、料理店で出てくるような品だったのである。自分の家庭料理とは異なると思いながらも、あんまりにも美味だからカルナは頬を緩めた。低血圧のヴェルディは、無表情で珈琲を飲んでいる。

 この日は、昨日学んだので、カルナはヴェルディとは時間差で部屋を出る事にした。ヴェルディは何も言わずに先に出たが、扉の向こうからは何人もの声が聞こえてきたものである。その日の一時間目は瞑想学だったので、地図を片手にカルナは東館へと向かった。

 このようにして、学園生活がスタートしたのである。

 一週間もする頃には、カルナは慣れてきた。寮の部屋以外ではヴェルディと距離を取る事にも慣れたし、寮の部屋の中ではヴェルディと共同生活をする事にも慣れた。寮の外では、主にユイスと行動している。カルナのそんな振る舞いに、次第にルイ達は何も言わないようになっていった。平和な学園生活の始まりである。

 ヴェルディの側も意識して話しかけないようにしているらしく、寮の外では決してカルナに接触しない。遭遇しても冷ややかな顔をしている。だが、部屋の中で二人の時には、少しその表情が柔らかくなるようになった。カルナと二人の時は、疲れた顔をしたり、時には微笑する事もあるのだ。だが人ごみの中央に居る時のヴェルディの顔は、いつも冷たく時に不機嫌そうである。カルナはそれに気づいていたので、ある日の夕食の席で聞いた。

「なんか、部屋の外だと、ヴェルディはつまらなそうだよね」

「つまらないからな」

「そうなの?」

「講義もこれまでや実家で習った事が多いものばかりだし、目新しいとは思わない」

「そうじゃなくて、みんなと一緒にいる時」

「……」

 カルナの言葉にヴェルディが沈黙した。ヴェルディは目を細めてカルナを見る。

「楽しいと思うのか?」

「いや、つまらなそうに見えるよ? だけどその理由が分からなくてさ」

「取り巻きばかりで、今も俺には友達の一人も出来無い」

「え?」

「取り巻き連中は、友達とは言えない。俺を、『様』と呼んでは、特別視するんだ」

「……う、うーん。だけど、みんな、ヴェルディの事を好きなんでしょう?」

 カルナの声に、ヴェルディが深々と息を吐いた。

「俺の家柄や、俺が討伐経験豊富な魔術師であるという点、学力や運動能力にのみ価値を見出しているものが多い。あとは、俺の、顔らしいな。俺自身には、それに関しては判断出来ないが」

「まぁ確かにヴェルディは顔が整っているとは思うよ。うん」

「だがそれらは、俺の内面を見ての評価ではない。俺は心を開けるような友人が欲しい」

「あんまり深く考えない方が良いんじゃない? 友達なんていつの間にか出来るし」

「出来ていないんだが……?」

「僕は友達でしょう?」

「っ、そ、そうだな」

 カルナが言うと、ヴェルディが顔を背けた。心なしか、その耳が赤い。照れていると分かって、カルナは気を良くした。

「あとは、恋人を作るとか」

「恋人……確かに頻繁に俺は告白されるが、よく知らない相手とは付き合えない」

「知る努力をしないと!」

「あの人の輪の中にいて、特定の誰かを知る事は不可能だ」

「顔が好みとか、無いの?」

「自分の外見等で判断をされるのが嫌な俺が、そんな俺自身が顔で選ぶと思うのか?」

「僕は格好良いなぁとか単純に思うけどね。ヴェルディは考えすぎなんじゃない?」

 カルナが笑うと、ヴェルディが虚を突かれたような顔をした。それから腕を組み、ヴェルディは僅かに首を傾げる。

「考えすぎ、か」

「そうそう」

「――カルナを見ていると、俺は可愛いと思うぞ」

「え?」

「可愛いと思うんだから、お前の顔や仕草は好みなのかもしれないな。話していても楽しいと感じる。それは好ましいという事だとは思う。深く考えずに言うならばな」

「え、え? 待って。僕達は、ただの友達だよ?」

「友人と恋人の境目は、一体どこにあるんだ?」

「分からないけど……」

 急に言われたものだから、カルナは頬が熱くなってきてしまった。ここ数日でヴェルディの事をカルナだって好ましく思っていたのだ。二人きりの時、限定ではあるが。

「……だけど僕、女の子が好きだし」

「この学園には、女子生徒はいない」

「卒業したら出会いがあるかもしれないよ。あとは、長期休暇の時とか」

「男はダメなのか?」

「ダメって事はないと思うんだけどさ、考えた事が無いからなぁ……」

 ユイスから、この学園では同性愛が普通だと聞いた事を、カルナは思い出していた。悩み始めたカルナを見て、ヴェルディが不意に吹き出した。

「冗談だ。俺も良い友達だと思っている」

「ちょ、からかったの!?」

「そういうつもりじゃなかったんだ」

「意識して損した気分」

「――意識したのか?」

「そりゃあヴェルディみたいに優しくて格好良い相手に、好きだと言われたら普通気になるよ! 馬鹿!」

「優しい、か。あまり言われた事が無い。俺の中身を見てくれるカルナの方が優しいじゃないか」

 そう言って笑ったヴェルディの表情があんまりにも綺麗に思えて、今度はカルナの方が、不覚にも照れてしまった。

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