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第2話 クラス分け

 その後、ヴェルディが予習を始めたので、カルナも机の前に座ってみた。教科書類は明日の朝配布されると聞いていたので、カルナは何も持っていない。なのでやる事も無い為、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 するとすぐに日が落ちた。

 夜が来ると、ヴェルディが立ち上がった。真っ直ぐに扉に向かう彼を見て、カルナが視線を向ける。

「どこに行くの?」

「夕食だ。俺は大広間で食べる」

「僕も一緒に行って良い?」

 気づいてみれば、カルナもお腹が空いていた。この学園で暮らす間は、大広間であっても、食料雑貨店の食材であっても、無償で提供されるらしい。魔道具製の冷蔵庫には何もまだ詰めていないので(ヴェルディに関しては、カルナは分からなかったが)――空腹を満たすには、大広間のバイキングが良いだろうと考える。

「好きにしろ」

 ヴェルディはスッと目を細くして振り返った。その表情を見て、先程良い奴そうだと考えた心象を、カルナは改めようかと考えてしまう。それでも空腹には勝てないので、ヴェルディを追いかける事にした。二人で外に出ると、ヴェルディが施錠する。

 廊下には幾人かの生徒がいた。彼らはヴェルディを見ると、心なしかうっとりするような顔をし、その隣にいるカルナに気づくと、不可解なものを見る表情に変わった。この階はどうやら持ち上がり組の生徒が多いらしいから、己が物珍しいのかもしれないとカルナは考える。

「ここの食事って美味しい?」

 巨大な螺旋階段を下りながらカルナが問うと、ヴェルディが嘆息した。

「俺は物心ついてから大半をこの学園で過ごして来たから、他の味は生家のシェフのものしか知らん。慣れているから、不味いとも嫌いだとも思わない」

「実家にシェフがいるの? ヴェルディってお金持ちなんだね」

「――キーギスの名を知らないのか?」

「え?」

 カルナが首を傾げると、ヴェルディが呆れた顔をした。

「この国で最も魔術師が多く暮らし、大多数の魔術師を輩出しているのが、キーギス伯爵領地だ」

「キーギス伯爵領地……あ! 国境の近くにあるっていう領地?」

「そうだ」

「遠すぎて名前しか知らない……けど、キーギスという事は、ヴェルディは伯爵家の人なの?」

「次男だ」

 確かに伯爵家ならば、シェフもいるだろう。カルナは曖昧に頷いた。貴族なら、カルナもこれまでの人生で見かけた事がある。魔術師よりはずっと身近な存在だが――王国内の貴族制度を考えると、普段であれば決して言葉を交わす事が無い存在である。

「僕は平民なんだけど、普通に話していて良いのかな?」

「学園内では、爵位は気にしないという規則がある」

「そっか。なら、良かった」

「――だが、普通は気にするだろうな」

「え?」

 退屈そうに吐き捨てたヴェルディが足を速めた。一階に到着した。カルナは追いかけて隣に並ぶ。その後は特に会話もなく、難解な迷路のような廊下を抜けて、大広間へと向かった。中は混雑していて、お昼のような新入生のみではなく、上級生達の姿もあった。

「どこに座る?」

「案内はした。適当に座って食べろ。鍵は持ってきたんだろう?」

「うん。え? ヴェルディはどこで食べるの?」

「持ち上がり組の友人と食べる」

 ヴェルディはそう言うと、大広間の奥へと歩いて行った。そこには、日中もヴェルディを取り囲んでいた持ち上がり組の生徒が多数いる。一人残されたカルナは、疎外感を覚えつつも、席を探す事にした。視線を彷徨わせていると、丁度空いている席を見つけた。

「ここ、良いですか?」

 隣に座っていた生徒に声をかける。するとパスタを食べていた生徒が顔を上げた。

「おう」

 頷いた姿を見て、カルナは微笑した。そうして席を取ってから、料理を取りに向かう。鶏肉のトマト煮込み等を皿にのせて席に戻ると、隣席の生徒がカルナを見た。

「新入生? 俺は新入生」

「うん。カルナ=ワークスと言うんだ」

「俺はユイス=レイドル。よろしくな」

 暗い金髪をした髪のユイスが、ニッと楽しそうに両頬を持ち上げる。

「まさか魔法学園に入学する事になるとは思わなかった」

「僕も。驚くよね」

 同じ立場だと判断して、カルナはホッとした。これまでにヴェルディとしかきちんと会話をしていなかった為、これからが不安でならなかったのだが、一気に緊張が解れる。

 カルナはユイスと共に食事をしながら、大広間を見渡した。そして入学式の時にも感じた違和の正体に気がついた。女の子の姿が見えないのだ。

「ねぇねぇユイス。女の子はいないの?」

「女子は別の校舎だって聞いてる。卒業までは、長期休暇以外、女の子には会えないぞ」

「折角カノジョが出来るかもしれないと思って期待してたのになぁ」

 カルナがぼやくと、ユイスが喉で笑った。

「男ばっかりだから、基本的に同性愛の方が多いって聞いてる。女子も男子も」

「え?」

 カルナは驚いた。するとユイスもまた、逆に驚いた顔をした。

「有名だろ。魔術師の同性愛は」

「そ、そうなの?」

「みんなエルシア学園――つまり、ここで、染まるらしい。俺は今の所女子にしか恋をした経験は無いけど、王国法でも同性婚が最近認められたしなぁ。時代の流れ?」

「……男同士なんて考えた事も無かったよ」

「特に持ち上がり組は多いらしい」

 狼狽えながら、カルナはゆで卵のからを剥いた。それから塩の瓶を視線で探しつつ、ユイスに聞く。

「持ち上がり組に多いって……あ、今日さ、新入生代表で挨拶したヴェルディの事、知ってる?」

「ヴェルディ様って言ったら、キーギス伯爵家の方だろ? 知らない奴がいるのか?」

「僕、全然知らなかったんだけど、どうして囲まれてるの? 伯爵家の人だから?」

「馬鹿。眉目秀麗・文武両道・魔術師中の魔術師として、物凄く噂が轟いてるだろうが!」

「え?」

「この前の長期休暇で帰宅した時も、王国騎士団の人と一緒に、竜退治をしたとかさ。新聞にも出てたし。俺達と同じ歳だけど、雲の上の人なんだぞ? 恐れ多くて普通は話しかけるのも躊躇われる」

 声を潜めてユイスが言った。全く知らなかった上、日常的に新聞を読むくせも無かったカルナは、複雑な心境になった。カルナから見るとヴェルディは、第一印象も悪いし、冷たい――が、少し優しい所もある同室の生徒でしか無かった……。

「今だって、すごい取り巻きだろうが。上級生ですら、ヴェルディ様には一目置いてるし」

「ユイスって詳しいね」

「魔法学園に入学するって決まってから、調べたんだよ。普通、気になって調べないか?」

「全然調べて来なかった」

 曖昧にカルナが笑うと、ユイスが遠い目をしながら笑った。その後食事を終えたので、カルナはユイスと別れて部屋に戻った。ヴェルディはまだ帰っていない様子だったので、先にシャワーを浴びる事に決める。

 平民は一般的には、浴槽に水を溜めて、薪で火をつけ、お風呂に入る。だが、この魔法学園には、魔道具が溢れていて、魔術でいつでもお湯が出るし、浴槽だけでなくシャワーもついている。トイレにも水の魔術がかけられているらしい。最初は使い方が分からなかったカルナだが、試行錯誤しているとお湯が無事に出てきた。石鹸類は寮に備え付けの品である。ゆっくりと体を温めてから、髪や体を洗って外に出て、パジャマに着替えた。そうしてベッドがある部屋に戻ると、ヴェルディが帰ってきていた。まだ濡れた髪で、カルナはヴェルディを見る。ヴェルディは何も言わずに、服の準備をしている。

 ……どう接するべきか。カルナは少しだけ悩んだ。だが、今更気を遣うというのも変な気がした。

「先にシャワーを借りたよ」

「ああ。見れば分かる。俺も入ってくる」

「うん」

 入れ違いにヴェルディが浴室へと消えたので、カルナは寝台に寝転んだ。そしてそのまま眠ってしまった。

 ――翌朝。

「……っ」

 カーテンが開けられる音で、カルナは目を覚ました。朝の陽光が室内へと入ってくる。上半身を起こして室内を見渡すと、既に制服を着込んでいるヴェルディの姿がそこにはあった。

「おはよう」

「ああ」

 頷いたヴェルディは一度キッチンの方へ消えると、珈琲を持って戻ってきた。寝台から下りながら、カルナは欠伸をする。

「朝食はどうするの?」

「俺は朝は食べない」

「ふぅん……どうしよう、大広間には一人じゃまだ行けそうにも無いし、何も買ってないや」

 今日の帰りには食材を買おうと、一人カルナは決意した。その時ヴェルディが言った。

「……冷蔵庫に、スモークサーモンのサンドがある。食べても構わないぞ」

「え? 良いの?」

「ああ。昨日の夕食の時に、朝食用にと好意で貰ったんだが、俺は食べないからな。どうせゴミ箱行きだ。お前の胃袋に入っても変わらないだろう」

 冷たい声音だったが、とても空腹だったので、カルナは有難く頂戴する事にした。顔を洗ってから魔道具製の冷蔵庫に向かい、サンドイッチを手にして戻る。そしてヴェルディの正面に座った。

「今日は大講堂で、クラス分けが決まるんだよね?」

「そうだな。自然魔力の種類ごとに得意な属性ごとのクラスに別れる」

「クラスが違うと勉強する事も違うの?」

「――必修の内容と、授業の順番が変わるんだ。水属性が得意ならば必修は水魔術の講義となるし、水のクラスと火のクラスでは、例えばそれ以外の占い学や魔法概論の講義時間が違う」

 さすがに持ち上がり組だけあって、ヴェルディは詳しい。だが昨日、ユイスも詳しかったのだから、自分の知識が少ないのかもしれないとカルナは考えた。しかしあんまりにもサンドイッチが美味しくて、思考は次第に食事に向かっていく。だが折角生まれた会話であるからと、カルナは意識をヴェルディに向けるべく気合いを入れた。

「ヴェルディは何が得意なの?」

「自然魔術も全種類、実家に帰省した際に修めたが――生まれ持った特性は雷と氷と闇の三種類だ。恐らく、いずれかのクラスになる。お前は?」

「僕は分からない」

「――魔力判定試験の時、魔力は何色だった?」

「えっと……」

 必死にカルナは思い起こした。魔法球を握ったあの日は確か……。

「金色の光があって、銀色の粉みたいなのと、橙色の粉みたいなのが光ってたよ」

「お前も三種か。さすがの魔力量だな。俺は自分以外に複数属性を持つ者を初めて聞いた」

「そうなの?」

「事実ならば、お前は光と回復と火の属性だ。癒しのための回復魔術にも、火という攻撃魔術にも適正があるのは珍しいな。俺は攻撃特化だ。来年の長期休暇明けからは、回復と攻撃のそれぞれに特化した講義も加わる。今年の内にどちらを専攻するのか決めておくべきだな」

 この国には、時折魔物が出る為、騎士団や魔術師が退治するというのは、カルナも知っていた。しかし平和な王都で暮らしていたので、実際に見た事は無い。

「俺はそろそろ行く」

「あっ、待って。僕も行く。迷子になっちゃうかも知れない」

「大講堂は大広間と違って、一番大きな廊下を進むだけだ。俺は案内係ではない」

「行き先が同じなんだから、別に良いじゃないか……」

 不服に思ってカルナは唇を尖らせた。するとヴェルディが半眼になった。

「後悔しても知らないぞ」

「後悔……?」

「良い。行くぞ」

 こうしてカップを置き、ヴェルディが立ち上がったので、慌ててカルナはサンドイッチを飲み込んだ。ヴェルディはカップと、カルナが使っていた皿をキッチンに運んでいく。几帳面らしい。慌ててカルナは制服に着替えた。そして筆記用具を入れた鞄を肩からかける。ヴェルディは扉の前に立っていた。一応、待っていてくれた。

 そうして、二人で扉を開けた。

「ヴェルディ様、おはようございます!」

「ヴェルディ様、一緒に行きませんか?」

「ヴェルディ様、本日も麗しいです」

「ヴェルディ様、あ、あの、これ、入学のお祝いにと思って」

 扉の向こうには、人ごみがあった。外に出たヴェルディを、同級生や上級生が一斉に取り囲む。皆、キラキラした瞳をしていて、頬が紅潮している。カルナは呆気に取られた。ヴェルディは小さく頷いて答えるだけで、その光景に対して特別何を言うでもなく、さっさと歩き始めた。するとヴェルディを中心に輪ができて、それが移動していく。カルナはその後ろをついていく形になった。

 ヴェルディの人気は、想像以上だったのである。だが、人ごみが移動しているおかげで、道に迷う事は無さそうだったので、カルナは少し距離を取った。声をかけられたのは、その時の事である。

「ちょっと」

「へ?」

 驚いて顔を向けると、三人の生徒が、カルナの前に立っていた。立ち止まった彼らは、睨むようにカルナを見ている。中央の一人は、金色の巻き毛をしていて緑色の大きな瞳をしていた。左右の二人は、左側が銀縁眼鏡をかけていて、右側は非常に背が低い生徒だった。

「ヴェルディ様と同室だからって調子に乗らないでね!」

 中央にいた少年が言った。すると銀縁眼鏡の生徒が大きく頷いた。

「ヴェルディ様は近寄る事も恐れ多いんです。貴方のような平々凡々な平民が気軽にそばにいて良い相手では無いんですよ!」

 すると背の低い少年もまた、カルナを睨みながら言った。

「昨日だって大広間まで一緒に来たりして! ヴェルディ様は僕達みんなのものなんだから、抜けがけは許さないんだから!」

 カルナは戸惑った。何を言われているのか、よく分からなかった。その後三人が再び歩き出したので、気まずい思いでカルナもあとに続く。

 なんとか無事に大講堂へと到着すると、そこには新入生が溢れていた。学園長先生の姿があり、中央には大きな魔法球がある。感知試験の時に使った品よりも巨大だった。握るのではなく、今回は触れるらしい。すると球体の中に、クラスが表示されるようだった。

 クラス分けの判定は、名簿順に行われるらしい。

「ヴェルディ=キーギス」

 その時、ヴェルディの名前が呼ばれたので、カルナは視線を向けた。他の多くの生徒も視線を向けている。半分は憧憬や恋心を滲ませている様子で、残り半分はカルナ同様好奇心からの眼差しに思えた。

「氷のクラス」

 この学園のクラスは、地・水・火・風・氷・雷・光・闇・癒の九クラスがあるらしい。それから暫くして、カルナの順番になった。

「カルナ=ワークスは、火のクラス」

 それを聞いて、カルナは考えた。来年からは回復特化の講義もあるらしいが、今年は攻撃力が高いと先程聞いた火クラスになったのだし、自分には攻撃の方が向いているのだろうか、と。漠然とそう考えていると、すぐにユイスの順番が来た。昨日ぶりに見るユイスは、堂々と笑顔で歩いている。

「ユイス=レイドルは、火のクラス!」

 それを聞いて、カルナは嬉しくなった。ヴェルディは別として、最初に出来た友人が同じクラスだというのは心強い。ユイスも気づいたようで、カルナの方に歩み寄ってきた。

「同じクラスだな。よろしく!」

「ユイス、よろしくね!」

 二人は笑顔でそんなやりとりをした。こうして無事にクラス分けは終わった。

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