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第29話 ライオネル様がいつもと違いますわ!!

 収穫祭が終わって、王都は一段と寒くなり冬が間近に迫っていた。


 これからの季節は寒さを理由に寄り添うカップルが増える。なのに最近はライオネル様の様子がおかしかった。


「リア、おはよう。今日も美しく可憐だ」

「ライオネル様、おはようございます。相変わらず素敵すぎますわ」


 ここまではいつも通り。問題はこの後だ。


「では、リアはこちらに座ってくれ」


 そう言ってライオネル様はわたくしの向かい座席に腰を下ろす。

 これまでは散々馬車の中でもイチャイチャしていたのに、今は一定の距離を保っていた。これが普通の婚約者同士の距離なのでおかしいところはない。そう、だ。


 残念ながら、わたくしとライル様はラブラブバカップルなので、むしろこの状態が異常と言える。


「ライル様、あの……以前のようには、してくれませんの?」


 わたくしははしたないと思いながらも、ライル様に尋ねてしまった。自分からライル様の膝に座りたいと願うなんて、本当に恥ずかしい。


「っ! いや、あれはちょっとやり過ぎだったと反省したんだ。だが、リアが嫌でないなら僕の膝に座ってほしい」


 そう言って頬を染めたライル様はわたくしの隣に移動して、その膝の上に乗せてくれた。


「……はぁ」


 この温もりが心地いい。そのはずだったのに、耳に届いたのはライル様の小さなため息だった。


 え……? 今ため息をついたわ。そんなに、これが嫌だったのかしら……?

 いったいどうして? ライル様になにかあった? いえ……もしかしたら、わたくしがなにかしてしまったの?


 嫌な汗が背中を伝って落ちていく。


「ラ、ライル様、わたくしはライル様が大好きですわ」

「うん、僕もリアを愛してる」

「わたくしはライル様になにか嫌な思いをさせていませんか?」

「いや、そんなことはないけど、どうかした?」

「いえ……それならいいのです」


 それ以上なにも言えなくなってしまった。


 それからわたくしは、ライル様の様子をいつも以上に注意深く観察した。

 わたくしの言動でなにかわずらわせていないか、不快にしていないか、ほんのわずかな感情の機微も見逃さないようにした。


 するとひとつ気が付いたことがある。


 ライル様は結構な頻度で、わたくしになにか伝えたいようなのだ。

 それも一日だけではない。毎日ふとしたタイミングで、ジッとわたくしの顔を見つめている。

 さらにソワソワと落ち着かない様子で、チラチラとわたくしを見てくる時もあった。


 どうしましょう……! わたくし、もしかして気付かないうちに粗相をしていた!?

 というか、他の方に心を移して婚約解消したくなった? それなら納得ですわ!


 もともとかわいげのない婚約者だったし、大切な人のためとはいえ苛烈になりすぎるところがあるのだ。こんな面倒な女から気持ちが離れてしまっても理解はできる。


 でも……! このまま大人しく引き下がるなんてできませんわ! ライル様の次のお相手がしっかりした方なのか見極めませんと、ライル様をお願いできませんもの!!


 わたくしは意を決して、放課後話があるとライル様に時間をもらった。


 生徒会室はマリアン様がシュラバンに嫁がれてから、めっきり使用頻度が低くなったので鍵をかけて話をしていても問題ない。


 一応わたくしも生徒会のメンバーなので、使用できる権限はあるのだ。

 誰もいない生徒会室に内側から鍵をかければ、準備万端だ。


「リア、話とはなんだ? ここで話すようなことが、なにかあったのか?」

「長くなるかもしれませんから、こちらにお掛けいただけますか?」


 本当はわたくしが立ったまま話せるか自信がなかったから、ソファーをすすめただけなのだ。そうと知らないライル様は素直に腰を下ろしてくれた。


 このソファーはマリアン様が持ち込んだものだけど、物に罪はないのでそのまま使わせてもらっている。わたくしも隣に座り、ライル様に身体を向けた。


「リア、なにがあった?」


 本当にこんな時にまでライル様は優しい。いつまでもその優しさがわたくしだけのものだなんて、勘違いもいいところだ。


「ライル様にお聞きします。他にお慕いする方ができたのではありませんか?」

「……いったいなんの話だ?」


 一気に機嫌が急降下してしまった。それもしかたない。きっとそのお相手様に被害が及ばないようにしたいのだろう。


「安心してください。わたくしはライル様が他の方にお心をうつされても、邪魔などいたしません。ただ……わたくしが勘違いしていると不都合があるかと思いましたので、先に確認したかったのです」

「リア、だからなんの話をしているんだ?」


 これでもライル様は打ち明けてくれない。そんなに大切に思われているということだ。

 グッと奥歯を噛みしめてわたくしは込み上げてくるものをこらえた。


「最近……ライル様の様子がいつもと違いましたので、他にお慕いする方ができたのだと思ったのですわ」

「なっ、そんな相手などいない! 僕が愛してるのはリアだけだ!」

「隠さなくても大丈夫です。わたくし常に覚悟してましたので、潔く身を引きますわ」

「どうしてそうなるんだ!? 僕はリア以外を愛することはない! どうして身を引くなんて——」


 ライル様の言葉が途切れる。


 こらえていた涙がポタポタと頬をつたってしまった。一度決壊したら、もう止められない。

 屋敷に帰るまで堪えるつもりだったのに。


「だって……ライル様は、朝もランチも……わたくしと触れ合うのを避けていらっしゃったし、い、一度、膝に乗せていただいたら……ため息をつかれましたわ……」

「あ、あれは……」

「ですから、きっと……わたくしと婚約解消したいのだと……」


 ライル様が固まったまま動かなくなってしまった。

 わたくしは相変わらずボタボタと大粒の涙をこぼしている。


「リア、僕を見て」


 ライル様の温かい大きな手が優しくわたくしの頬を包み込む。


「リア、他のことは考えないで僕だけを見て」


 やっとライル様の瞳を見れば、そこには今まで感じたことがないような熱がこもっていた。


「僕が愛しているのはリアだけだ。僕の女神」


 そしてライル様のアイスブルーの瞳が近づいてきて、ライル様の柔らかい唇が額に、頬に、瞼に、そして唇に落とされる。


 そのままついばむように、何度も角度を変えて口づけされてついにわたくしの涙は止まった。

 ライル様は額を合わせて、劣情を秘めたアイスブルーの瞳でわたくしを見つめた。


「はあ、ごめん、リア。ずっとリアに口づけをしたくて、おかしな態度になっていたみたいだ」

「そう……なんですの?」

「うん、僕は不器用だからうまくリアを誘導できなくて、いろいろと試していたんだ。誤解させてごめん」

「……かった。……よかった、ライル様が、わたくしをまだ好きでいてくれて……!」


 頬を染めて言い訳をするライル様はかわいらしくて、その理由に安堵する。

 どうやらわたくしの勘違いだったようだ。ライル様のことになると、どうもうまくいかないものだ。


「リア。僕はリアしか愛せないから、覚悟して」


 そうして降ってきた口づけは、今までのお遊びのような口づけではなく、わたくしを深く貪るようなものだった。


 ライル様の熱が伝染して、わたくしも夢見心地で応える。だんだんと力が入らなくなって、背中からソファーに倒れてしまった。


 そんなわたくしを逃さないと言わんばかりに、ライル様の艶めく唇が追いかけてくる。

 ライル様がわたくしに覆いかぶさるように抱きしめてきて、頬が上気し赤くなっているのが自分でもわかった。


 ライル様はわたくしの唇から離れたかと思ったら、今度は耳に舌を這わせる。


「ひゃぁっ!」


 ゾクリとなにかが背中をかけあがり、奇妙な感覚に身体が震えた。


「ああ、リア。かわいい。こんなに僕を誘うような顔をされたら、もう止まれない」


 掠れる声で耳元で囁かれ、わたくしはどうしていいのかわからない。

 それなのにライル様は耳だけでなく、首の方へとリップ音を鳴らしながら下りていく。


「ラ、ライル様っ! 待って、あのっ……!」

「僕のリア、愛してる。かわいい。僕だけのリア」


 ダメだ、ライル様が正気をなくしたようで暴走していた。

 このまま流れに身を任せたら、まずいことはなんとなくわかる。


「ライル様っ!! これ以上はダメですわっ!」


 わたくしの大声で、ライル様がハッと我に返り身体を起こして、慌ててわたくしの手を引いてくれた。


「すっ、すまない! リアがあまりにも愛しくて、こう抑えがきかず……すまない、もう触れないから捨てないでくれ!」

「お待ちください、捨てたりしませんし、嫌ではないのです!」


 いつかのようにライル様が半泣きでわたくしに縋ってくる。


「え? 僕がこんな風に強引にしたから嫌だったのではないのか?」

「ライル様に触れられるのは嫌ではありません。ですがこれ以上は恥ずかしくて無理ですわっ!!」

「そう、か……すまない。そうか、触れるのは嫌ではないのか」


 ホッとしたように眉尻を下げるライル様の様子から、もしかしてずっと不安を感じていたのかもしれない。そんな風に悩ませていたなら申し訳なく思う。


 だって、わたくしもライル様にたくさん触れたい。


「はい、ですから……」


 わたくしからライル様に触れるだけの口づけを落とす。


「これくらいの触れ合いなら、いつでも大歓迎ですわ」


 みるみる赤くなるライル様がかわいらしくて、たまにはわたくしから口づけをしてみようと思った。



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