目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第25話 ラブラブバカップルに認定されましたわ!!

 こんなに幸せでいいのかしら?


 わたくしの重すぎる愛に負けないくらい愛されて、その温もりに包まれている。


 ここは天国ではないかと思ったけれど、ギュッと抱きしめられて夢でも天国でもないのだと実感した。


 そこで王太子殿下の声に目の前の現実に意識を戻される。


「ライオネル、ハーミリア嬢。そろそろいいだろうか?」


 ハッと我に返ったけど、よく考えてみればここは夜会会場のど真ん中ではないかしら? え、ちょっと、待って。わたくしはここでなにをしていたのかしら!?


 大貴族たちが見守る中、ライル様に会えた喜びで思わずふたりきりの時のようにイチャイチャしてしまったわ!


 唇へのキスは初めてでしたけど……って、恥ずかしがっている場合ではないわね!? 全部見られていたのね!?


「殿下、邪魔しないでください。まだ全然足りません」

「いや、イチャついても構わないが、せめて場所は選んでくれ」

「場所は選びましたよ。これでリアは僕のものだと周知できたでしょう?」


 えええ——っ!! まさか、ライル様はわざとでしたの!?


 いくら嬉しさのあまり我を忘れたとしても、こんな大勢の前で婚約者とキスするなんて淑女として失格ですわ!


「ライル様、わたくしは淑女としてあるまじき行為をしてしまいましたので、自宅謹慎いたします」

「えっ! いや、リアは悪くない! もう二度とこんなことが起きないように牽制した僕の責任だ!!」


 謹慎すると言っているだけなのに、ライル様が慌て出す。冷静になって周りを見渡せば、お父様は遠くを見つめていて、お母様は満面の笑みを浮かべていた。


 他の貴族の方々も、やれやれとため息をついたり、ライル様の様子に目を丸くしたり、キラッキラした瞳で頬を染めたりと様々な反応を見せている。


 ちなみにシルビア様も参加されていて、わたくしと目が合ったらさりげなくグッジョブされた。クリストファー殿下は、真っ白に燃え尽きた灰のようになっている。キスシーンあんなものを見せてしまったせいだろうか……本当に申し訳ない。


「殿下、これで僕たちはラブラブバカップルになれたでしょうか?」

「は? なに、ラブラブバカップルって。そんなものを目指していたのか?」


 王太子殿下が思わず素で聞き返していた。いきなりラブラブバカップルと言われたのに、真面目に対応してくれる殿下は本当に懐が深いと思う。


「はい、僕とリアの間には何人たりとも入り込めないと、知らしめる必要があったのです」

「あー、そう。うん、もう十分すぎるほどラブラブバカップルだ。私が保証する」


 王太子殿下の言葉に、ライル様が感無量といった様子で震えている。


 ラブラブバカップルを目指すと決めた時に、まさかここまでやるなんて思っていもいなくて狼狽えたこともあったけれど、今はいい思い出だ。


 これからは平穏な生活が待っているのね……! 甘々なライル様もドキドキして素敵でしたけど、やっぱり適度な距離感は必要なのよ。わたくしの心臓がもたないもの。


「リア! やっと僕たちはラブラブバカップルになれたようだ! これで少しは邪魔する者がいなくなればいいのだけど……」

「ライル様、きっともう大丈夫ですわ。少なくともこの会場にいるみなさまは認めてくださいますし、噂も広がればそれが真実となって伝わりますわ」


 これはわたくしが身をもって体験しているから間違いない。陰口のような噂も、心ない噂も、嘘にまみれた噂も、すべてそれが真実だと言わんばかりに流れていった。


 わたくしたちがラブラブバカップルだと噂が広がれば、マリアン様とライル様の噂も消えていくだろう。


「あ、でもわたくしつい先ほど平民になったのですわ。このままではライル様の婚約者ではいられませんわね……」


 ライル様は侯爵家の嫡男だ。身分差は無視できない。


「それも問題ない。魔神の名に置いて、リアをマルグレン家の籍に戻す。殿下、よろしいですね」

「もちろんだ。もともとマリアンが原因であるし、書類上はなにも手続きしていないから今までと変わらない」


 わたくしが決死な覚悟で申し出たことも、あっさりと元に戻ってしまった。


「それでは噂に真実味を持たせるために、これからもリアをいっそう愛でるから覚悟して」

「えっ、あの甘々ライル様はもう終わりではございませんの!?」

「……例えラブラブバカップルになるという目的がなくても、僕はリアに愛を伝えるし、できることなら……ずっと触れていたい」

 頬を染めてポソポソと呟くように話すライル様が、美麗でかわいらしくて条件反射で頷いた。


 頷いてから激しく後悔したけれど、ふにゃりと笑みを浮かべるライル様に今さら嫌だなんて言い出せなかった。


「ライオネル、それからハーミリア嬢。マリアンの件では本当に迷惑をかけた。君たちが互いに深く想い合っているのはよくわかった。ここの後始末は私がつけるから、ふたりでゆっくり過ごすといい」

「殿下……このご恩は必ずお返しします」

「お気になさらないでくださいませ。わたくしはライル様さえそばにいてくだされば、それでいいのです」


 わたくしの言葉に、ライル様が嬉しそうに微笑む。これだけでわたくしの心もぽかぽかと温かくなるのだ。


 ライル様がキリッとした表情に切り替えて、王太子殿下に向き直る。


「殿下、僕はこれからも殿下に忠誠を誓います。貴方のために持てるすべての力を使いましょう」

「あ、それなんだが……忠誠は必要ない」

「どういうことですか? 僕では家臣としてお役に立てませんか?」


 気まずそうに王太子殿下が視線を逸らして呟くように口を開いた。


「そうではなくて、魔神を家臣にしたら、気まずくて仕方ない。だから……家臣ではなくて、対等な友人になってほしい」


 恥ずかしそうに王太子殿下は手を差し出した。


 確かに、国王陛下でも膝をつくのが魔神だ。そんな相手が家臣では、心強いよりも気が気でないだろう。


「かしこまりました。殿下がそうお望みなら、僕は友人になりましょう」

「ああ、ではこれからは友人として名前で呼んでくれ」

「承知しました、ジュリアス様。これからは友としてそばにおります。有事の際には魔法連盟長ナッシュ・アーレンスをはじめ、認定魔道士が力になるとお約束します」

「それは頼もしいな。本当に困った時は頼む」


 そういってガッチリと握手を交わして、わたくしたちはライル様の転移魔法で会場を後にした。


 ライル様の転移魔法でひと足先にタウンハウスへ戻ってきたわたくしは、お父様とお母様の帰りを待った。


 幸いあの後すぐに帰路についたようで、一時間もせずに戻ってきた。


「ハーミリア! やはり先に戻ってきていたのか!」

「どれだけ心配かけるの、ハーミリア!」

「お父様! お母様! ごめんなさい……」


 わたくしのために立ち向かってくれたお父様、仕方ないこととはいえ悲しい思いをさせたお母様。ふたりは涙を浮かべて優しく抱擁してくれる。


「勝手なことばかりして……」


 耳元で聞こえるお父様の掠れた声が震えていた。


「お父様、ごめんなさい。でも助けようとしてくれてありがとう。間違いなく、世界一のお父様だわ」


 その言葉でやっとお父様は笑顔を見せてくれた。


「お母様も、突然縁を切ると言ってごめんなさい……」

「ハーミリアがなにを考えていたかは、わかっているわ。でもね、それでも私は貴女の母なのよ。ともに沈んだってかまわないの」

「お母様……ありがとう。本当に大好きですわ」


 こんな愛情深い両親の娘で本当によかった。わたくしからあふれる愛情は、きっと両親が惜しみなく注いでくれたからなのだろう。


 両親の温もりを感じながら、涙がひと筋落ちていった。




 そしていつもの日常が戻ってきた。


 タックス侯爵家の家紋が飾られた馬車は、いつもの時間にわたくしを迎えにやってくる。


 そこから降り立つのは、陽の光を浴びてキラキラと輝く青みがかった銀髪に、アイスブルーの瞳を柔らかく細めたライル様だ。


「リア、おはよう。迎えにきたよ」

「ライル様、おはようございます。ふふ、今日も麗しくて素敵ですわ」

「リアの可憐さには敵わないよ。それに今日のリボンはとてもよく似合ってる」


 わたくしの髪に飾られているのは、光沢のあるシルバーの生地に小粒のアクアマリンが装飾されたリボンだ。ライル様をイメージして特別にあつらえたものだった。


「ありがとうございます。ライル様をイメージして作りましたの」

「うん、いいね。次は僕がプレゼントしよう」

「まあ! では一緒に選ばせてほしいですわ! 今度はアイスブルーの生地のリボンを考えてましたの!」

「では馬車の中で予定を立てよう」

「はい!」


 ライル様とピッタリと寄り添いながら、登校中の馬車の中でデートの予定を立てていく。


 こんな当たり前のような日常が、とても大切なものだったのだと実感したのだった。


「ああ、そうだ。リアのクラスだけど、僕と同じクラスに戻したから」

「えっ! でもわたくしだけころころとクラスを変えたら、よろしくないではございませんか?」

「そもそも、あの王女が勝手なことをしただけだから問題ない」


 マリアン様は今も王城の外れにある西棟で、嫁ぐ準備ができるのを待っていた。厳しい処分が下ってしまったけど、大人しくその時を待っているそうだ。


「そ、そうですか。それならいいのです。あ、そうだわ。今日は殿下とシルビア様と四人でランチの日なので、焼き菓子を作ってきたのです」

「……っ!!」


 いつの間にか週に二回ほど、シルビア様と王太子殿下を誘って四人でランチを一緒に摂るようになった。


 ライル様に言われたのもあって気付いたのだが、どうやら王太子殿下はシルビア様のことが好きらしい。シルビア様に向ける視線が、他の人に向けるものと明らかに違う。


 ただシルビア様は王太子殿下の婚約者候補という態度から変わりがないので、王太子殿下の恋が叶うかはわからない。卒業式のその日まで、後一年半ある。


 わたくしはシルビア様が幸せになる未来を願っていた。


「リアの手作りか……?」

「ええ、そうですわ。もしかして殿下にお出しするのに、やはり手作りではダメだったかしら? それなら、お出ししない方がよろしいですわね」

「いや、違うんだ! リアの手作りの焼き菓子が、他人の口に入るのが許せないだけだ!」

「そういうことでしたの……?」


 こんな些細なことでもヤキモチを焼いてくれるライル様と、どんなに冷たくされてもあきらめなかったわたくしと、どちらの愛が重いのか。


 その結論は出ないけど、わたくしは間違いなく幸せだ。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?