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第22話 僕のハーミリアを守ために

 ——まだ足りない。


 僕の愛する人を守るために、まだ足りないものがある。


 ありとあらゆる害悪を排除する方法はないのか?


 そこで導き出された答えはひとつ。王族が権力や立場を使って害してくるなら、それ以上のもので叩き潰せばいい。


 僕は基本的に争い事は苦手だけど、リアを傷つける存在なら話は別だ。


 彼女の一片の曇りもない笑顔を守るためなら、全力で敵を排除する。


 それができるのは、この世界で認められる至高の存在。魔法連盟が認定する『魔神』だけだ。


 あらゆる王族や皇帝までもがひざまずき、魔法連盟に所属する魔道士たちを束ねるこの世界の神に等しい存在。


 リアをこの手で守るため、僕は魔神になる。


 殿下に王女の処分を確認した後、僕は真っ直ぐにタックス侯爵家の屋敷へ戻った。


 ジークには今日の出来事を話して、僕の代わりにリアを毎日送迎すること、これからやろうとしていることを伝えておいた。


「ライオネル様、本気で言ってます?」

「なんにだってなってみせるさ、リアのためなら」

「はあ、さすがに魔神を目指すとは思いませんでしたけど」

「それくらいでないと、何者からもリアを守れないとわかったんだ。いつもみたいにできるまで努力するだけだ」


 ただひとつ気がかりなのは、この認定試験は外界との接触を絶たなければいけないということだ。


 調べたところ、特殊な結界の中で試験を受けるらしい。これは万全の準備をしていかないと試験どころではない。


 殿下宛ともう一通、僕がいない間にリアのことを頼める人物シルビア公爵令嬢に手紙を書いた。なにかあれば魔法連盟宛に知らせを出してほしいこと、できるだけリアの力になってほしいとそれぞれに依頼する。


 万が一僕がいない時にリアの領地に被害が出ては困るから、全員に口止めしてある。


「よし、準備は整った。父上に挨拶してから行く。ジーク、リアを頼む」

「はい、お気を付けて。ハーミリア様ができるだけ平穏に過ごせるように尽力いたします」


 そうして父上に、なにがあってもリアとの婚約を破棄や解消はしないと宣言し、魔法連盟に行くと報告して屋敷を旅立った。


 僕たちの国がある大陸から南へ三百キロメートル進んだ海の上に、巨城が宙に浮いている。魔法の力なのか特別な魔石を使っているのか、その海のど真ん中に浮いている城が魔法連盟の拠点となっていた。


 当然空中に浮いているので、船でやってきても上陸できない。


 魔法を使って空から入らなければ、受け入れてすらもらえないのだ。空を飛べるくらいの風魔法は操れたので、難なく魔法連盟の城門へとやってきた。


 ここで第二の関門だ。城門には透明の魔石が嵌め込まれていて、鍵の役目を果たしているらしい。魔石の横に掲示されている説明では、一定以上の魔力を込めなければ扉は開かないと書かれている。


「属性は問わずか……それなら」


 僕は得意の氷属性の魔力を込めた。透明の魔石から光が流れ、城門いっぱいに装飾されている幾何学模様へと流れていく。やがてゆっくりと扉は開かれた。


「よし、最短で終わらせて戻ろう」


 城の中に入るとグレーのレンガ造りでガッチリとした建物で、華美な装飾はなく質素な印象を受けた。目の前に受付らしきものがあったので、受付の女性に声をかけた。


「すみません、ここで認定魔道士の試験を受けられると聞いてきたのですが」

「はい、受けられますよ。初めての受験ですか?」

「そうです、魔神の認定試験をお願いしたい」

「えっ!? 初めてで魔神ですか!?」


 女性の声に周囲の注目が集まる。


 一分でも早くリアのもとに帰るため、最短で魔神を目指したいので余計なことをしている暇はないのだ。


「ええ、条件などはありますか?」

「あ……いえ、ここまで自力で来られた方なら大丈夫ですが、魔神の試験は特殊で事前にこちらの書類に署名をいただくことになっています」


 受け取った書類には、試験中になにが起きても自己責任で、万が一死んだとしても魔法連盟は責任を負わないと書かれていた。そんなことなら問題ないと、サラサラと署名する。


「では、これでお願いします。今すぐ試験を受けさせてほしい」

「は、はい……少々お待ちください」


 受付の女性が案内してくれたのは、巨城の地下にある試験専用の部屋だ。少し待っていると、転移魔法でひとりの魔道士が現れた。濃紫のローブを羽織り、不機嫌そうに口元を曲げている。フードの下からは真紅の瞳が覗いている。


「魔神の試験を受けたいのはお前か?」

「はい、ライオネル・タックスと申します」

「ったく、オレの安眠の邪魔しやがって。タイミング選べよ!」

「それは申し訳ありません。ですが僕も急いでますので」

「ああ? んなこと知るか! とにかく、これから特殊な結界の中に送ってやるから、そこから自力で出てこい! 転移魔法を使わないと出てこれないからな! いいな!?」

「はい、お願いします」


 試験を受けさせてくれるなら問題ないと同意した次の瞬間、真っ白な光に包まれ思わず目をつぶる。


 光が収まったようなので恐る恐る目を開けると、鬱蒼と木が生い茂る森の中にいた。


「ここは魔境の森だ。魔物がわんさか湧いて、超強力な結界の中だから物理的な方法で外に出られない。ここから出る方法はひとつ。転移魔法を使うことだ」

「なるほど、では転移魔法を使えれば合格ということですね」

「あ、ああ……わかってると思うけど、転移魔法は全属性を鍛え上げて尚且つ鍛錬しないと使えない。使えなければいつか魔物の餌になる。死ぬかもしれない危険な試験だ」


 さっきまで機嫌の悪そうだった試験官は、慌てた様子で注意事項を説明してくれた。意外と心配性な人なのかもしれない。


「問題ありません、では早速鍛錬を始めます」

「おい、お前……ライオネルと言ったか。なんでいきなりこんな危ねえ試験を受けた?」

「……この世の誰よりも愛しい人を守るためです」

「はっ、女のためか! そんな奴は初めてだ、面白え。ライオネル、必ず生きて戻ってこいよ」

「もちろんです。これからも彼女のそばにいたいですから」


 そうして試験官が転移魔法で姿を消した後、名前を聞き忘れたと思った。


「まあ、戻れば合格だと言っていたし、なんとかなるか」


 それから僕はひたすら襲いかかる魔物を倒して、食料は自給自足で魔物を倒しては火魔法で炙って食し、木の実や果実を採取して餓えを凌いだ。


 こうして不得手な火属性を徹底的に鍛え上げて、まずは上級の炎属性の魔法を使えるようにした。


 たったこれだけの訓練なのに、不器用な僕は二週間も費やしてしまった。ふとした瞬間に思い出すのはリアの弾けんばかりの笑顔だ。


 太陽みたいに笑うリアの笑顔を直視できなくていつも視線を逸らしていたけど、瞼を閉じれば鮮明に浮かび上がる。


「リアは今なにをしているのか……そうか、そろそろキャンピングスクールだっだな。海辺を一緒に散歩したかった……」


 王女がこのタイミングで脅してこなければ、波打ち際で戯れるリアを堪能できたものを……いや、人のせいにしてはいけない。僕が不器用で時間がかかっているのがいけないんだ。


 待て、転移魔法を使えるようになったら、いつでもリアと海辺で散歩できるのではないか!?

 そうだ! ランチタイムもふたりっきりの時間が増えるんだ! 

 転移魔法でリアとふたり、どこへでも行けるんだ!!


 そんな風に挫けそうな心を自分で励まし、炎属性の魔法も極め、聖属性の魔法も極め、ついに転移魔法の魔法を使いこなせるようになった。


 気が付けば他の属性のコントロールも以前よりうまくなっていて、魔法に関しては誰にも負けないような気がする。


 他の魔神が相手ならわからないけど、まあ、いい勝負ができると思う。


「やっと会える……リア!」


 僕は転移魔法で魔神の認定を受けるべく、魔法連盟に転移した。


 戻ってきたのは受付の前だ。ここなら誰かがいるだろうし、目の前に僕が現れれば話が早い。


「はあ、やっと戻れた。あ、すみません。魔境の森から戻ってきたので、魔神の認定をお願いします」

「えええ——!? えっ、ちょ、ちょっと待ってください——!!」


 受付の女性は大慌てでどこかへ走り去っていった。


 それから五分後、目の前にあの時の試験官が現れた。最初の時とは違って満面の笑みを浮かべている。


「おお! マジでライオネルか! てか、無茶苦茶早いな!?」

「あ、あの時の……早いかどうかはわかりませんが、戻りましたので認定をお願いします」

「くくっ、相変わらずクールだねえ。魔神の試験は、クリアするまでに三カ月から半年はかかるんだ。異例の速さなんだぜ? 少しは喜んだらどうだ?」


 そう言いながら、魔神しか着ることが許されない、濃紫のローブを手渡される。これは魔道具の一種で、最初に流した魔力の持ち主しか着られないものだ。さすが魔法連盟だ、抜かりない。


 それにしても、僕は不器用だからてっきり遅い方なのかと思っていた。これもリアが今まで僕の背中を押し続けてくれたおかげだ。


「喜ぶのは婚約者に会ってからにします。早く、リアに会いたい」

「おう、そうしな! ああ、ライオネル。もし困ったことがあれば魔法連盟長ナッシュ・アーレンスの名を出せ。大概なんとかなるだろう」

「いえ、そこまでは……」

「いいから! 本人がいいって言ってるからいいんだよ」

「……貴方様は世界一の魔道士、ナッシュ・アーレンス殿でしたか」

「うん? 名乗ってなかったか? まあ、細かいことは気にすんな!」


 濃紫のローブを羽織り、そっと魔力を流すと一瞬だけ淡い薄紫の光に包まれる。その光がまるでリアの瞳の色みたいで、思わず笑みがこぼれた。これでこのローブは僕しか着られない。やっと魔神だと名乗ることができる。


 そこで受付の女性が僕宛に手紙が届いていたと、まとめて渡してくれた。十通を超える手紙に素早く目を通して、リアの現状を理解した。


 僕のリアに、手を出す男がいる?

 僕とリアの婚約を王命で解消する?

 そんなこと、この僕が絶対に許さない——


 心の底から湧き上がる怒りは、凍えるような冷気をまとい僕の周囲を渦巻いた。でも怒りに染まる僕にはそれでも生温い。抑えきれない魔力の放出を転移魔法に変換して、僕のリアを取り戻しにいく。


「ではアーレンス様、失礼します」


 悪魔よりも冷酷な微笑みを浮かべて、僕はリアのもとへと向かった。



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