朝日が差し込む馬車の中には、穏やかな空気が流れている。
窓から覗く空は青く、雲ひとつない。
「ライオネル様、今日も天気がよろしいですわね。魔法学の授業は外で行われるのかしら」
「……そうだな」
向かいの座席に座っているのは、ライオネル・タックス侯爵令息。わたくしの婚約者だ。
青みががかった銀髪、鋭いアイスブルーの瞳は宝石にも負けない煌めきを放っている。聡明さがにじみ出て、スッと通った鼻筋に薄めの唇は品良く整っていた。
「ねえ、ライオネル様。今度お休みの日に最近オープンしたカフェに行きたいの、連れていってくださるかしら?」
「ああ」
多くは語らないけれど、その穏やかな声色はわたくしの心をときめかせた。
スリムだけどしっかりと筋肉のついた身体はいつ見ても惚れ惚れするほどスタイルがいい。
長い足をゆったりと組んで、優雅に外を眺めている。決して視線はこちらに向かないけれど、その横顔にさらに声をかけた。
「ライオネル様はチーズケーキがお好きよね? そのカフェはチーズケーキだけでも五種類もあるのです! 半分ずつならすべての種類を制覇できるかしら?」
「そうだな」
「うふふ、楽しみだわ。そうだ、当日は平民の格好でリンクコーデしましょう。わたくしはアイスブルーのカーディガンを着ていくわ」
「わかった」
ライオネル様の視線が下を向く。きっとコーディネイトを考えているのだわ。
「それと今日は生徒会の仕事がありますので帰りは少し遅くなりますわ。ライオネル様は先にお帰りになりますか?」
「いや」
「では調整いたしますわ。そういえば、学院の課題はもうお済みですか? わたくし、今回はライオネル様の真似をして氷魔法の結晶を作りましたの。こちらを見てくださいますか?」
「……いいな」
「まあ、よかった! ライオネル様のお墨付きなら安心できますわ。自信を持って提出いたします」
「ああ」
ライオネル様は
今日もいつものようにクールなライオネル様が素敵すぎると、うっとり横顔を眺めていた。
わたくしはハーミリア・マルグレン。父がこの王国の伯爵として日々領地経営に勤しんでおり、なに不自由なく十分な教育を施されて育てられた。
淑女としての立ち居振る舞いの始まり、語学や歴史、はたまた魔法学や剣術までも幼い頃より学んできた。
もちろん貴族としての義務も心得ているし、当然のように婚約者もいて貴族令嬢としてつつがなく過ごしている。
わたくしの婚約は六歳の時に結ばれた。
どういった経緯で縁が結ばれたのか、わたくしたちからしてみれば格上のタックス侯爵家のしかも嫡男ライオネル様が婚約者になった。
ライオネル様は大変な努力家だった。
お顔立ちは神殿にある彫刻のように美麗で麗しく、アイスブルーの瞳は鋭く真実を見抜く。でもそれに驕らず陰では勉学に励み、魔法の練習も欠かさなかった。
どんな相手にも物おじせずに意見を述べるし、公明正大な人格者だ。だから貴族や裕福な商家の令嬢や子息が通う学院では常に人に囲まれている。
唯一剣は苦手だと言っているけれどそれでも平均以上だし、魔法では誰にも負けない実力の持ち主だ。幼い頃からの鍛錬の賜物か、宮廷魔道士にも引けを取らないほどの実力だ。
学院では密かにファンクラブができるほど人気があり、王太子殿下の側近として常に注目を浴びている。
つまりとんでもなく優良物件なのだ。だから婚約者のわたくしはいつも嫉妬の目を向けられ、よく陰口を叩かれていた。
陰口は当然だとして、連絡事項を伝えてもらえないとか教科書を隠されるとか、授業に差し支えるものから鼻で笑うものまで、ひと通り嫌がらせを受けてきた。
多分、巷で流行りの恋愛小説でも書いたら、いい感じに虐げられる主人公や、意地悪な悪役令嬢をリアリティにあふれた描写ができると思う。
今度、お小遣い稼ぎでもしてみようかしら?
話が逸れてしまったけど、いつも朝の馬車の中のような感じで、わたくしが話題を提供してライオネル様が視線も合わせずにひと言返すのが常だった。
ちなみに他の生徒にはごくごく普通に会話が成立しているようだ。わたくしが近くにいるとこのようになってしまうので、学院ではなるべく近づかないようにしている。そんなことでライオネル様の足を引っ張りたくはない。
わたくしはライオネル様に愛されていない、それはもう周知の事実となり浸透していた。
でもライオネル様は真面目だから、婚約者のわたくしを律儀に毎日送り迎えをしてくれている。
先生に用事を頼まれたり生徒会の仕事で遅くなっても待っていてくれるし、ライオネル様の手が空いているときは手伝ってくれるのだ。
それが婚約者としてのお役目だから、仕方なくこなされているのだと思う。わたくしはそんなライオネル様の優しさに卑しくつけ込んでいた。
婚約が決まって初顔合わせをしたあの日、ひと目見た瞬間にわたくしはライオネル様に心奪われた。
こんな素敵な方の婚約者となれるのかと歓喜に震えた。
それからわたくしは婚約者の立場を死守しようと必死だった。少なくとも他のご令嬢に能力で劣らないように努力し、顔の作りはどうしようもないけど、美容にも気を使い女性としての美しさも高みを目指した。
とにかくライオネル様の婚約者であることを最大限に利用して、好かれるように努力した。
だからどんなに冷たく返されても、好意を全面に押し出してわたくしの気持ちが伝わるようにしてきた。それにそんなことで、わたくしの心に燃え盛る恋の炎は消えることがなかった。
だってそんなクールで落ち着いたライオネル様も、素敵なんですもの——!!
もう十年もそんな状態だった。