「またお前達か!」
という中年男性の野太い声を号令に、
『バンバンッ!』と分厚い本で何かを連打する音と、続いて女の子の『キャァッ』という悲鳴の
一拍おいて、どっと沸くクラスメート達。
(あ~あ、これってとばっちりなんだけど?)
*
私の名前は、ミラ=ヤマザキ、十六歳。
この春、王立ローデア錬金術学院高等部の一年B組に入学したばかり。
私の両親は東方の小国「
背が低くて童顔に見られがちな
彼女はいま、呑気に金色のふわふわした巻き毛を指先で弄んでいるの。ろくに授業を聞いてないクセに成績がいいなんて何だか不公平。
(あーあ、クリスの髪、綺麗でいいなぁ~)
近くで苦笑している青年が先月から教授の助手をしている師範科の実習生ユノス=シンクレア、二十四歳。
で、私のウザすぎる
長身痩躯を白衣で包み、腰まである
ひと月前、彼が学食でランチ中の私に告白してきたの。
みんな見てるしもう最悪。
おかげで一瞬で全校生徒の噂になって、気付いたら
私をゲットして浮かれた先輩は、朝夕の送迎はもちろん、お昼も一緒、休み時間も一緒、ヒマさえあれば、私をネコっ可愛がりしてるの。
どうやって時間を捻出してるのかしら?
*
ある日、家に迎えに来た先輩を両親に紹介したら「友達が出来た」だけでも大騒ぎする彼等が『娘が将来を嘱望された青年に見初められた』って狂喜乱舞する大惨事に発展。
父は先輩に『君は一人暮しだからウチで朝食を食べなさい』と言い出すし、母は母で彼に毎日サーモン入りのライスボール弁当を持たせて餌付けをする始末。
もう~、うちの両親必死すぎ! これじゃ婿養子直行コースだよ!
*
「ミラ、シンクレア助手がお迎えに来たわよ」
放課後の教室で、帰り支度中のクリスが大仰に言うと、周りの級友がクスクス笑った。
「もう! 何で校門で待っててくれないの?」
「一秒でも早く君に会いたいからに決まってるだろう? さ、一緒に帰ろう~ミラ♪」
恥ずかしいからやめて、っていつも言ってるのに、彼ってばちっとも聞いてくれない。
放課後は、私・先輩・クリスの三人で学院近くのカフェのテラス席でお茶会をするのが日課なの。
さいしょ彼が照れくさそうに『彼女とテラス席でお茶するのが夢だった』って言うから渋々承諾したら、案の定下校中のみんなのさらし者に……。
そのくせ彼は通行人ばかり見てるって、一体どういう了見なの?
「ねぇねぇ、例の事件のことだけど……」
と、クリスが朝の話題を蒸し返した。
これが教授に頭を叩かれた原因、近ごろ王都を騒がせている『連続婦女誘拐事件』の事なの。
「今朝の新聞には……」と先輩が口を挟む。
「被害者が若い女性ということ以外関連性は認められず、身代金の要求もないため単純な連続殺人事件との見方を……とあったね」
クリスが自慢の髪をいじりながら「やっぱり殺されちゃってるかなぁ」と呑気に言うと、
先輩が「クリス、君達だって他人事じゃないんだ。くれぐれも……」とお説教を始めた。
「はいはい、分かってますよ、
「な~にそれ、ダサーい」クリスが、いつのまにか先輩に、こんな二つ名をつけていた。
「そうかい? 僕は気に入ったけど。有り難く使わせてもらうよ、クリス」
貴方は一体、どこでその名を使う気なの?
「ま、どんな敵がが来ようとも、彼女は僕がこの身にかえても護るけどね」
と言って先輩は、私に芝居がかったキメ顔で微笑んだ。
最近は慣れたせいか、彼の愛玩動物も板についてきたカンジ。
でも、少し不安もあるの。
彼は優しくていい人だけど、まだ本当の彼を見せてくれてない、って気がするから……。