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第290話 お出かけ



 あれから……。


 みんなで禁書庫に行って、色々と国の中枢に関わるような資料を確認してから、数日が経過し。


 お父様には時期を見て、お兄様が自分のことも含めて聞いてくれるということで、特に何ごともなく、私は日常生活に戻っていた。


 それから、最近になって徐々にだけど、お父様の考えていることを、何となく私にも理解することが出来るようになってきて。


 口下手なだけで、決して、今まで私のこともお母様のことも放置していた訳じゃないのだと知って、段々とその関係が雪解けしてきたお父様に頼んで、今日の私は、丸一日、外出するのを許可して貰っていた。


 ――目的は、二つあって。


 ジェルメールのデザイナーさんに、珍しい東の国にある『着物』を見せにいくのをお土産にしつつ。


 エリスのお母さんが焼いてくれたクッキーを持っていって、誰か知り合いにカフェを営んでいる人がいたら紹介して貰えないかを聞きにいくのと……。


 今まで、ずっと行けない状態になっていたけど『寄付』という名目の元、スラムで救った子供たちがいる教会へと行くつもりで。


 あの日……。


 子供たちから、絶対に会いに来て欲しいと言われていたのに、ここ最近バタバタしていて結局、先延ばしになって会いに行けていないままだったから……。


【みんな、何ごともなく元気にしていると良いんだけど……】


 お父様の伝手で、皇室が関わっているきちんとした教会でもあるし、あの子達がスラムで今まで置かれていたような状況と比べれば大分、ちゃんとした暮らしを送れているとは思うんだけど。


 それでも、一度でも関わった以上は、私にも何か出来ることがあるのなら、彼らに対しても少しでも何か出来ればいいなという気持ちがある。


 ……ということで。


 今日の私は、もはやドレスと同じように着慣れてきたパンツスタイルで。


 ローラに、あの時と同じ髪型にして貰った上で、帽子を被り……。


 念の為、素顔のままだと子供たちが私に気付かないかもしれないので、結局捨てることも出来ずに自室の机の引き出しの中に入れっぱなしだった仮面を一応、持っていくことにしていた。


 当然、教会を運営している神父さんやシスターの人達には、皇女である私が、今日、教会に行くということは伝えているので、この格好を変に思われてしまう可能性はあるけど。


 それでも、子供たちのことを思えば、私だと気付いて貰えない方が問題だと思うし。


 取りあえず、外にあまり出ることのない私が皇宮にいるだけだと、身体がなまってしまうから、運動をするための格好だ、とか……。


 何とか上手く誤魔化すつもり、という話は事前にセオドアにもローラにもしていた。


 宝石などの貴金属も含めて、今まで、自分が持っていたものの大半を売っているため……。


 ローラが管理してくれている私個人のお金にはかなり余裕があって、寄付自体もスムーズに行くと思う。


 教会に寄付する金額は、先にお父様に渡していて……。


 正式に私名義で、皇宮からお金が出ることになっているから、私は今日、教会に行って、書面にサインを交わすだけで良くて、そこまで、時間は掛からないと思うんだけど。


 スラムでのあの事件があってから、可哀想なくらい碌に食べ物も食べさせて貰えていなかっただろう、あの子たちのことを思うと……。


 ――少しでも、新しい暮らしに慣れていると良いなぁ、と感じてしまう。


 それから、今日は、エリスも含めてみんなで一緒に移動する予定になっていて。


 折角だから、このタイミングでエリスにも一緒にジェルメールに付いてきて貰い……。


 以前、私がローラにプレゼントした侍女服から、エリスに合わせて、少しだけデザインを変えたものを新調しようと思っていた。


 侍女服をプレゼントさせて欲しいと伝えたら、エリスは、その事に恐縮しっぱなしだったけど。


 折角だから、ローラのように『皇宮にいる侍女達が着ているものとは違う、特別な服を着て欲しい』と半ば強引に私が伝えると、最後には頷いて、了承してくれた。


 そうして、エリスから……。


「ローラさんが着ている侍女服お仕事着、凄くお洒落だって、実は皇宮で働く侍女達の間で、とっても人気があるんですよ……っ!

 表立っては、誰も何も言わないけれど、アリス様がローラさんの為に贈られたプレゼントだっていうことは私達の間では広まっていますし。

 ここで私まで頂くことになったら、周囲の侍女達からの注目や羨望の眼差しが凄そうですっ、!」


 と、どこか興奮した様子で説明して貰ったんだけど……。


 私がローラに贈ったものが、そんな風に周囲から注目を集めていたとは今の今まで全く知らなくて、逆にびっくりしてしまった。


 それと同時に、ここ最近になって、宮内ですれ違う侍女達の視線にも良い意味で変化が訪れてきたように思う。


 まず、たまに、宮内ですれ違う侍女達から、挨拶されることが増えた。


 暫くは、ずっと気のせいだと思って流してたんだけど、廊下ですれ違ったりする時に軽い会釈のみならず、私が通るということで、わざわざ端に避けてくれながら……。


 生温かいような瞳で『皇女様、おはようございます』とか、普通に声を掛けてくれるようになってきたのは、やっぱり、どう考えても変だと感じてしまう。


 今までだったら、絶対にあり得なかった筈の、その状況に困惑しながらも、私もなるべくすれ違ったら勇気を出して、彼女達に挨拶をするようになったのが第二の変化だろうか。


 ――そうすれば、大体、好意的な視線で見てくれるようなことも増えてきたような、気がする


 ローラとエリス以外の、自分の侍女じゃない人達が、どこに所属しているのかきちんと把握していない私は……。


 声をかけてくれるようになってきた彼女達が、誰にお付きの人なのかが分からないから、何とも言えないことではあるんだけど。


 もしかしたら、ウィリアムお兄様の侍女でもある、ミラやハンナが皇宮で私について何か良さげな噂を広めてくれたのかもしれない。


 本当に少しの間しか一緒にいなかったし、そこまで大きく関わった訳じゃないから、特に彼女達に対して、何かをしたという覚えはないものの。


 それでも、最近のことで考えられるのは、それくらいしか思いつかなかった。


 そうして、今までに無い対応に、混乱するばかりの私と違い……。


 ローラが『アリス様が当然、受けるべきものですし、何なら遅いくらいです……っ!』と、ふんすっと、私以上に力が籠もった目で、怒るように声を出してくれるのを、ただただ有り難いなぁと思う。


 私自身、皇宮で働く侍女達とは、あまり積極的に関わる訳じゃないけれど。


 それでも、今までは、私のことをよく思っていない人達の視線を感じて、疲れてしまうことが多かっただけに、それが無くなってきた分だけ、気疲れせずに皇宮内を歩けることが何よりも嬉しかった。


 という訳で、いつも以上に特に何ごともなくすんなりと宮殿の中を通って、外に出た私は、みんなと一緒に馬車に乗って、一先ず、今日の第一目的であるジェルメールへと向かう。


 一応、私が今日行くことは、ジェルメールのデザイナーさんには話が伝わっているんだけど、折角だからと持ってきた『着物』という異国の服を見て喜んでくれると良いなぁ、と内心で思いながら。


 馭者が操縦する、がたごと、と揺れる馬車に暫く揺られていれば……。


 いつも、留守を任せていたエリスが、皇宮の馬車に乗るのが初めてのことで不安だったのか。


 カチコチと動きが硬くなっていて、かなり緊張した様子なのが見えて、お節介かな、と思いつつも、私は思わず『……エリス、大丈夫?』と、声をかけてしまった。


 私の問いかけに、エリスが、あわあわと、どこか慌てたように此方を見ながら……。


 少しだけ落ち込んだ様子で目を伏せたあと……。


 なぜか、意を決したように、私の方を向いて。


「……ごめんなさい、アリス様。

 私、こんなにも高級な馬車に乗るのなんて、生まれて初めてで。

 なんていうか、クッション性が良いというか、普通の馬車に比べて、振動がかなり軽減されていてお尻が痛くならないように出来ているんですね……っ!」


 と、言ってくる。


 その瞳は、一点の曇りもないくらいキラキラと輝いていて、彼女が馬車に乗って、本当に感動したのだと言うことがそれだけで伝わってきて……。


 私は、エリスからそんな言葉が返ってくるとは思っていなかった為、思わず目を見開いてしまった。


「えっと、そ、そうなの、かな……?

 私、皇宮の馬車か、お母様の持ち物である馬車にしか乗ったことがないから……。

 普通の馬車は、もっとお尻が痛くなったりするもの、なの?」


 そうして、エリスに向かって困惑しつつも問いかければ。


「あぁ、王都にある馬車はまだマシな方だが、田舎の方に行けば乗れたようなものじゃない場合もある。

 大型の物になれば、見知らぬ誰かと相乗りすることが殆どで、ギュウギュウに荷物と一緒に詰められるような状況だし、目的地に辿り着けさえすればいいから乗り心地は最低なことの方が多い」


 と、旅慣れているであろうセオドアが私たちに向かって声をかけてくれた。


「……そ、そうだったんだ」


 今まで、全く知りもしなかったその情報に。


 私自身、そういう意味では凄く恵まれていた環境だったんだなぁ、と思いながら、驚いて声を出せば。


「はい、田舎の方は古い型式の馬車の場合も多くて、乗り物酔いが酷い人間からすると本当に最悪なんです……っ!」


 と、どこか実感のこもった声で、力説するようにエリスが返事をしてくれた。


 もしかして、エリス自身、今までにも何度か気持ち悪くなるようなことが、あったのかもしれない。


 それから……。


「あの、アリス様、私、本当に全くこういうのに慣れてなくて……っ!

 ついつい、おのぼりさんみたいな反応をしてしまって、申し訳ありません。

 ……こうして、皆さんと一緒にお出かけ出来るのが嬉しいです」


 と、続けて声に出して、エリスが本当に嬉しそうにしてくれるのを見て、私自身も思わずその表情につられるように、ゆるゆると口元が緩まってしまった。


 ここ最近は、魔女関係のこととか、ルーカスさんとの婚約のこととか、考えることも多かった分、きちんとした休日をみんなと一緒に過ごすという時間さえ、碌に取れていなかったし。


 お兄様と一緒に行動することが増えていた分。


 エリスだけじゃなく、ローラと一緒に何処かへ出かけるというのも、随分、久しぶりな気がして……。


 そのことも、私からすると凄く嬉しい気持ちになれる要因だった。


 どこまでも和やかな雰囲気の中……。


 暫く、みんなで馬車に乗って、談笑していると、目的の場所であるジェルメールにはあっという間に到着した。


 王都の一等地にあるこの場所には、前にルーカスさんと来た以来だろうか。


 あの時はルーカスさんが貸し切りにしてくれていたし、私達以外にお客さんもいなかったけど、今日はきっとお客さんがいるんじゃないかなと……。


 誰かが店内にいる状況に、赤い髪を持っている私のこと何も思われないかなと、ちょっとだけ緊張していたら……。


 私の予想に反して、お店の前には行き交う人以外、殆ど誰もおらず。


 よくよく見ると、扉にクローズの札が付いていてびっくりしてしまった。


 そのことに、一体、どういうことなんだろう……?


 と、私が困惑していると。


「まぁっ! 今日のジェルメール、臨時休業なんですって……っ!」


「そんなっ、折角はるばるやって来たのに、本当に残念ですわ……っ!」


 という、貴族の令嬢達の悲鳴染みた会話が横から聞こえてきた。


 彼女達も私達同様、お洋服目当てでやってきたのに、ジェルメールが開いていなくてびっくりしたのだろう。


 私達には気付くことなく、がっかりとした雰囲気で別の方向へと向かって歩いていくその姿を見送りながら、セオドア、アル、ローラ、エリスと一緒にみんなで顔を見合わせていると。


 突然、が音もなく背後からやってきた気配がして、私がその気配に驚くよりも先に。


「……っ、姫さん、!」


 セオドアが直ぐにそれに気付いてくれて、私とその人の間に入って、相手の腕を片手で拘束しながら、ピタリと短剣を喉元へと突きつけるのが見えた。


「……~~っ、ひっ、……!」


 セオドアのその対応に、声にならない声をあげ……。


 不審者と見紛う程に、頭にスカーフのような物を巻いて、目元を黒色の眼鏡で隠しているという出で立ちながらも、女性にしては身長が高めで、独特な格好をしているには見覚えがあって……。


 思わず……。


「あ、あのねっ……、セオドア、ありがとう、大丈夫だよ。

 えっと、多分、問題ないと思うから……。

 出来れば、その人のことを、離してあげて欲しいかな、って……」


 と、声に出せば。


 セオドアもよくよく確認して、その人が誰なのか悟ってくれたのだろう。


「……っ、悪かった。

 顔を隠すような変な格好をしてるし、忍び足で近づいてきたから姫さんのことを狙ってきた暴漢かと思って咄嗟に……」


 と、声に出して謝罪しながら、その人を拘束していた腕を、パッと離してくれる。


 そうして、少しだけ息を整えてから、私の方を見てくれたその人は。


「こ、皇女様ぁ……っ! お久しぶりですわ~! 

 本当に、本当にっ、お会い出来る日を私がどれほど心待ちにしていたかっ!」


 と、私目がけて、凄い勢いでやってきて、ぎゅーっと抱きついてきてくれる。


 こんな風に、私に対して熱い抱擁を交わしてくれる人なんて、この世で1人しかいない。


 ――そう、ジェルメールのデザイナーさん本人、だ。


 そのことに、私の判断は間違っていなかったと、ホッと安堵しながら……。


 普段から前衛的ともとれるくらい、奇抜な格好をしていることも多い、デザイナーさんではあるけど。


 どうして、こんな感じで、顔を隠すような真似をして、こそこそと私に話しかけてきたのかも……。


 本来なら営業中である筈のお店がクローズになっているのかも分からなくて。


 私は首を横に傾げながら、ジェルメールのデザイナーさんに事情を聞く為に質問しようと口を開いた。




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