今、私自身が思いついた……。
アルヴィンさんとマリアさんの目的が、
暫く考えてくれたあとで、アルが『その可能性は確かに高いだろうな』と同意するように返事をしてくれた。
「その場合、アルヴィン達は、僕が精霊の子達を魔女に紹介することも視野に入れていたのかもしれない」
そうして、アルがそう言ってくれたことに関しては、私も『確かに』と、すんなりと納得することが出来た。
アルさえ居てくれれば、困っている魔女達に波長が合う精霊を紹介することも出来るだろう。
そうなったら、昔みたいに魔女と精霊が共に寄り添い合えるような暮らしを実現するのも、夢ではないかもしれない。
今も、世間的には赤を持つ者に対しての差別が完全に無くなっている訳じゃないけれど。
お父様の代になってから、赤を持っていたお母様の件もあって、先進国である我が国では率先して……。
そういった状況が少しずつ、少しずつ改善されているようなことになっているのは、確かだし。
雁字搦めに縛られて凝り固まったような思想が強かった昔よりも、そういった状況への賛同も得られやすくなっている、というのはあると思う。
これから先の未来のことも含めて、一体、どこまで予知していたのかは分からないけれど……。
もしも、マリアさんが未来予知の力を使って、この時代を見通していたのだとしたら。
今の世なら、魔女達にとっても、赤を持つ者に対しても良い方向に変えていけるかもしれないと、判断してくれた可能性は大いに考えられる。
それと、同時に……。
【マリアさんが、その瞳で、未来に何を見たのか……】
――分からないことが、ただ、もどかしいと、思う
残された黒の本にも、彼女達から、私達に対するメッセージみたいなものは何一つ存在しない。
ただ、物言わず、そこにあるというだけで。
今の段階で分かっていることは、私とアルに確実に本が届けられるようにされていたという一点のみ。
その想いも、当時のことも何もかもを、こうやって推し量ることしか出来ないから……。
肝心の魔女を治すための治療法についてもそうだけど。
この世で、私達が一体どういう風に動いていけば、赤を持つ者を救えるような世の中にしていけるのか、というヒントみたいなものも一切ない。
“私自身が、アルと一緒に、自分の頭で考えて、行動しなければいけない”
ということなのだろうか……。
たった一つ、何かの判断を見誤ってしまったら、
その全てが、無駄になってしまうような気がして。
【本当に、私に、未来を変えていくことが出来るのかな……?】
と、途端に、弱気になってしまう。
歴代の魔女に関する資料に書かれた内容を見ても。
恐らく予知能力を持った魔女であるマリアさんは、国から、早くに、表舞台から抹消されて亡くなったことにされながらも……。
裏でアルヴィンさんと一緒に魔女たちのことを救って、その上で、国の為にもなる幾つもの功績を残してきた『特別、凄い人』だ。
もしも、名前を消されるような状況じゃなかったとしたら、多分、シュタインベルクの歴史において、後生にその名を残していたくらいの人だろう。
それは、手元にある資料を見ただけで、私にも理解することが出来た。
【きっと、自分の手で運命を切り開いて、真っ直ぐに前を向いて、力強く生きた人なんじゃないかな……?】
そんな人に『自分が、何かを託された』と、感じること自体、
現に、1度目の人生での私は、アルに出会うこともなかったし。
当然、図書館で、黒の本を見つけることもなく。
周りにいる人達からは、本当のことを言っても信じて貰えなくて、特にギゼルお兄様には勘違いの部分もあったと思うけど……。
未来で刺されてしまう頃には、修復不可能なくらいに仲が悪くなってしまって、自分の言動も含めて、間違いばかりを繰り返した人生だった。
今までお兄様達の影に隠れて、落ちこぼれだった私は、誰かに期待されるようなことすら無かったから。
巻き戻した後の、今の世で、アルに出会えたことも。
私を大切に思ってくれるセオドアやローラに出会えたことも……。
お兄様やお父様との関係が良好になっていることも、全部、1度目の人生の失敗をもとに色々なことが噛み合った結果で、奇跡みたいなもののように感じてしまうし。
ここまで来ても、ラッキーという名の運が重なっただけで、自分の手で、未来を変えることが出来たという程の自信は私にはない。
私にあるのは、魔女や赤を持つ人達を救いたいという強い気持ちと、皇女として今の自分に出来る精一杯のことをしたいという思いだけ。
その思いだけで、未来を良い方向に変えていけるかといったら、“それだけだと”きっと難しいということは、自分自身が一番理解しているし。
マリアさんや、アルヴィンさんは、一体そんな“私”に何を見いだしたんだろう……。
【出来るかどうか分からないって……。
やってもないのに、弱気になってちゃ、駄目だよね……】
内心でそう思いながらも……。
これから先、目に見える範囲で、私自身が助けられる人を助けていけば、いずれ、マリアさんやアルヴィンさんの気持ちも分かる日がくるかもしれない、と……。
私が心の中で、1人、決意を固めていると……。
「魔女や赤を持つ者に対して、厳しい世間の目を変えるか……。
賛同者を少しずつ増やしながら、世界の常識そのものを覆さなければいけないその道は、恐らく
だけど、確かに今、新しい時代の“歴史の転換点”に来ているのかもしれないな」
と、お兄様がぽつりと声を出してくれる。
そんなに広くないこの部屋で、全員に届くには充分すぎるその言葉を聞きながら、私もこくりと頷き返した。
「私にも出来ることがあるのなら、微力かもしれないけど、何が出来るのかを考えて、赤を持つ人達や彼女達の為にも力を尽くしていきたいと思います」
そうして、今、ここでみんなに向かって声に出したことは、紛れもなく自分の本心だった。
元々、お兄様もオッドアイの瞳で赤を持って生まれているから、きっと他人事じゃないと感じてくれているのだと思う。
私の言葉にお兄様が『そうだな』と言うように柔らかい瞳を向けてくれつつ頷いてくれるのを見て、ホッと一安心しながら、私は1人、お兄様とお父様の関係を思った。
自分の子供のうち、1人は魔女で、もう1人は太陽の子で……。
【ギゼルお兄様のみが、シュタインベルクの皇族の特徴でもある正当なる『金』を持つ子供だと知ったら、お父様はどう思うんだろう?】
必要以上にお父様が、そのことに責任を感じないかと心配するのと同時に。
それ以上に……。
――以前にも増して、お兄様が自分のことをお父様に話しにくくなってしまったんじゃないか
と……。
お兄様のことを思って、心を痛めてしまう。
内心で、はらはらと心配していたら、私の不安が表に出てしまっていたのだろうか。
お兄様が、私の視線に気付いてくれたあとで。
「アリス、もしも今、俺のことを気に掛けてくれているのなら、その心配については不要だ。
父上には時期を見て必ず、俺からきちんと事情を話そうと思っている。
それに伴って俺が皇位を継承するのを反対してくる貴族も増えるだろうが……。
その上で、俺自身、父上の跡を継ぐ道を諦めるつもりはない。
新たに生まれた皇帝が“金と赤のオッドアイ”だったと世間一般に広く知られれば、多少は気味悪がられるかもしれないものの、それは歴史的にも大きな意味を持つことになるだろう。
赤を持つ者にとっても、魔女にとっても追い風になる筈だ」
と、優しく声をかけてくれた。
お兄様が色々なことを考えた上で、そう言ってくれているのが分かって、本当に心の底から感謝の気持ちが湧いてくる。
前にお父様から言われたように、私が魔女であることもそうだけど……。
お兄様が自分のことを隠しもせずに世間に公表するということは、世間の風向きのことも考えれば、決して平坦な道にはならないと思う。
巻き戻し前の軸のように、その瞳のことを誰も知らないまま……。
お兄様が戴冠式を行って皇位を継げば、少なくともお兄様を否定するような人は出てこない筈なのに。
お兄様は、私を含めて赤を持つ人達のために、自ら、苦しいかも知れない道を選んでくれようとしていて……。
嬉しいと思うのと同時に、きゅうっと、胸が苦しくなって心配の気持ちが強く出てしまうのは。
私自身が、赤を持つことで、自分の存在を否定されてきたという気持ちが、どうしても拭えないからだと思う。
世の中には、ローラみたいに優しい人ばかりじゃない。
自分の事を話すということは、それだけで、今の私が、誰かの不評を買って狙われているように、お兄様も必然、そんな風に
そういう周りの評判から、お兄様を支えることが出来るように、きっと、ギゼルお兄様と私がもっと強くならなければいけないんだよね。
ちょっとずつ、ギゼルお兄様との仲も悪いものじゃなくなってきていると思うけど……。
本当なら、強固に絆を結ぶことが出来て、みんなで協力することが出来れば、一番良いのに変わりはないんだろうけど、もしかしたらそこが一番難しいかもしれない。
それでも、ウィリアムお兄様のためだ、って言えば、ギゼルお兄様も嫌がらずに協力はしてくれるかも……。
【ただ、ウィリアムお兄様のことを考えて、ギゼルお兄様は世間にウィリアムお兄様が赤を持つという事実を公表するのには、渋る可能性もあるけど……】
――その時は、私もギゼルお兄様を説得するのに頑張ろう。
「姫さん、赤を持つ者のために頑張るのはいいが、ほどほどにな?
俺は別にこれ以上、自分の状況が改善されることは望んでいないし。
魔女や赤を持つ者に対しても、今の世に対しても思うことがない訳じゃないが……。
それに伴って、姫さんが矢面に立たざるを得なくなって危険な目に遭う可能性が高くなるのは、どうしても許容できない」
私が内心で、あれこれと考えていたら……。
横で、セオドアが心配するように、私に向かって声をかけてくれた。
その言葉に、きっと、私のことを一番に考えてそう言ってくれたのだと分かるから……。
セオドアに向かって、嬉しい気持ちを感じながらも、私は口元を緩めたあとで、安心して貰えるようふわっと笑みを溢した。
「セオドア、ありがとう。
なるべく、無茶なことはしないように気をつけるね」
私の言葉を聞いてセオドアが、ほんの少し躊躇ったように『……なら、いいが』と声を出してくれたのを見て。
「俺自身も、アリスを矢面に立たせるつもりはない」
と、お兄様が声をかけてくれた。
その言葉を聞いて、ある程度、納得したような雰囲気を出してくれるセオドアを見て。
そこまで黙っていたアルが……。
「うむ、魔女にとっても赤を持つ者にとっても、生きやすい世の中になるというのは良いことだ。
問題は、能力で寿命が削られた魔女の治療法、についてだな。
アルヴィンも、もしもその方法に辿り着いたのだとしたら、手紙でも何でもいいから、何らかの方法で残しておいてくれれば良かったのに……」
と、声を出してくれる。
どことなく、寂しそうにも拗ねているようにも見えるのは……。
やっぱりアル自身、ほんの少しでもアルヴィンさんからの手紙のようなものや、痕跡を通じて、繋がりを感じていたいという気持ちがあるからかもしれない。
「そう言えば、精霊であるお前も、能力で寿命が削られた魔女を治す方法については知らないんだよな……?」
そうして、アルの言葉に直ぐに反応して問いかけてくれたのはお兄様だった。
「うむ。
基本的に、僕達精霊が、魔女を癒やすことは可能だが……。
それは、あくまで、補助的な役割で癒やすだけであって。
魔女が能力を一切使用しないならまだしも、能力を使うのであれば、寿命が削られていく進行をただ遅らせるだけで完治とまではいかぬし……。
根本的な治療法とは、どうしても呼べぬだろうな」
そうして、お兄様の質問に、一つ一つ、丁寧に答えてくれるアルを見ながら……。
私は、もしかしたら『自分の能力』で、能力によって寿命が削られてしまった魔女達のことを救える可能性があるんじゃないか、ということを。
どうしても、みんなには言えずにいた。
セオドアも、アルも、お兄様も……。
もしも、その方法を試すと言ったら、きっと反対すると思う。
だから、少なくとも、私自身がアルと一緒に練習をして、しっかりと精密に自分の力をコントロール出来るようになるまでは、このこと自体話せないな、と改めて思う。
それに、ブランシュ村の時にパッと思いついたものは『私の能力を使って、誰かを若返らせる』ということで。
その過程で、魔女の能力で削られた命も使っていない状態に戻るんじゃないいかというだけで……。
それこそアルや精霊さんたちと一緒で、私の能力は補助的なものにしかならなくて。
あくまで、根本的な治療法とはどう考えても言いにくい。
それに、私が能力を使用した時に、若返らせてしまった相手の記憶も含めて、その状態がどういう風になってしまうかも分からないし。
もしも、人を若返らせるんじゃなくて『魔女が使った能力に対してのみ、時を巻き戻す』ということが有効なのだとしたら……。
もしかしたら、ベラさんみたいに苦しんでいる魔女の寿命を延ばせることが出来て、私でも役に立てるかもしれないけど。
今の状況で、更に魔女のために私の命が削られることになったら、みんなには駄目だって止められてしまう気がする。
……今度、アルと一緒に自分の能力をコントロールする約束はしているし。
その時に、それとなく、人を若返らせるだけじゃなくて。
例えば、それが植物とか、他にも人が作ったような“物”に対しても効果があるものなのかとか……。
全体に対して、巻き戻し能力がかかるだけじゃなくて、
そういうことも含めて、色々と試せればと思っているし。
それとなく、アルにも確認を取ることができたら、それが一番いいよね。
本当に自分がそんなことを出来るのかも、まだまだ未知数で分からないし。
仮に出来るのだとしたら、少なくとも周囲から無茶だったり、無謀だと思われるようなことだけは解決しておきたい……。
今、自分が思いついたことを、全部、みんなに正直に話してしまう訳にはいかないから、私はそっと口を閉じて。
アルとお兄様が、魔女のことを思って、色々と議論をするように会話の遣り取りをしてくれているところに、耳を傾けた。