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第287話 魔女を救う未来



 あれから……。


 皆で色々と魔女の資料についての確認と、セオドアが持ってきてくれた皇族の資料に目を通してから、かなりの時間が経過していた。


 今、分かる範囲で、隅々までしっかりと目を通してみたものの。


 これ以上、皇女であるマリアさんのことや、太陽の子のこと、それからアルヴィンさんについてのきちんとした手がかりについては見つからなかったけど。


 代わりに、お兄様が持ってきてくれた『魔女の能力や寿命に関しての研究成果が書かれた資料』の中には……。


 国が把握している、寿に関するような記述が沢山出てきた。


 特に100年ほど前に、一気に魔女関係の解明が進んでいる記述が増えていることから考えても……。


 この本を制作した裏に『アルヴィンさんと、皇女であるマリアさんが絡んでいるんじゃないか』というのがアルの見解だった。


 魔女が自分の能力を使えば使うほどに、自身の命を削っていく。


 という、広く世間に知られている一般常識なども含めて……。


 『魔女の能力を知ることが出来る魔女』を通して知り得たであろう、今まで国にいた魔女とは違う……。


 国が関与していない魔女の能力について書かれた情報も、黒の本ほどではないにせよ、複数記載されていた。


「恐らく、黒の本を制作してから、その幾つかを此方に抜粋ばっすいしたと見て間違いないだろう」


 そうして。


 今もたらされた情報だけで、あれこれと思考を巡らせて考えてくれていたお兄様の意見では。


 ――精霊であるアルヴィンさんは、アルと同じように魔女達の味方だったろうから……。


 国が作成したこの本に、魔女達が不利になるようなことが無いよう、マリアさんと協力して、本に記す魔女の能力についても、かなり厳選して載せるようにしたんじゃないか。


 ということだった。


 確かにお兄様の“その推測”は、正しいように私も思う。


 アルヴィンさんの精霊としての力を使えば……。


 こういった書物に関しても、誰にもバレないように、ある程度、改ざんすることだって可能だろうし。


 魔女の能力を知ることの出来る魔女が、皇女であるマリアさんの保護下にあったのなら、上の人間には、事前に彼女の能力を下に見積もって報告するようなことで。


 ただでさえ、この世の中で生きづらい思いをしている魔女のことを、全部救うまでは出来ないけれど。


 それでも裏で、彼女達がという可能性は大いに考えられる話だと思うから……。


「魔女の寿命に関しては、やっぱり自分の能力に左右されて“何回、使えば”っていう明確な基準みたいなものは、無さそうだよね……」


 本に記載があるものを見ても……。


 魔女がどれくらい能力を使ったら自分の寿命を迎えるのかなど。


 その辺りの詳しいことは千差万別と書かれているだけで、これといって新たにめぼしい情報を得ることは出来なかった。


 その事に関しては思ったような情報が得られなくて、私自身、少し落ち込んでしまったのだけど……。


 ただ、魔女に起こる反動についてや、については、やっぱり国が把握している分だけ、私達が知っているよりも更に詳しい記述が載せてあった。


 まず、大体の魔女が能力を使用した後の反動を、程度の差はあれ“避ける”のは難しいということ。


 その能力が私みたいに大きい人間に関しては、反動も強く出てしまうというのは、アルに教えて貰って私達も知っていたことだったけど。


 国自体も、それについては把握していたみたいで。


 特に日常で使用出来るような補助系の魔法よりも、を使える魔女の方が反動が大きいという風に書かれていた。


【私達で言うのなら、氷魔法を使えるベラさんがそれに該当するだろうか……】


 アル曰く、この記述に関しては、ニュアンスの違い程度のものだけど、間違いがあるみたいで。


 実際は、攻撃系統の魔法の方が、何も無い所から氷や炎を生み出すのに、必然的に使われる魔力量が大きくなってしまいがちで、それに伴ってどうしても反動が強く出やすいみたい。


 補助系の魔法でも、私みたいに世界に干渉して『時を操る』ようなものだったりすると、魔力量の消費が大きくなり、反動が出やすいのと同じだろうか……。


 他にも、変わっている能力でいうのなら。


 治癒能力の魔女とか……。


 前に、図書館で初めて黒の本を見た時に知った『身の回りの小さなものを植物に変える能力』とかが補助系の魔法に分類されるだろうか。


 あとは“影の中に入ることの出来る能力”なんていうものも、ある。


 この能力さえあれば、太陽が出ている昼間でも、外で隠密行動などが出来そうだし。


 基本的に夜にしか動けない印象があるけど、こういった能力は、裏で活躍するには打って付けの能力のように感じてしまうから……。


 もしも、この能力を持った魔女が、実際にどこかの国に囲われているのだとしたら、暗躍する影として重宝されるのだと思う。


 一応、この能力も、補助魔法に分類されるんだろうけど……。


 どうしても長時間の使用になってしまいやすい、こういうの魔法に関しては、それだけで反動も大きくなってしまいそうだった。


 それから……。


 国が把握している魔女の、最終的に衰弱してしまうまでの経過については。


 まず、初期段階は魔法を使っても『自身に起こる反動のみ』で、特に身体に異常をきたすことはないみたいで。


 現在の私は、恐らくこの段階に属していると思う。


 中期になってくると、魔法を使用していないのに、日常的に血を吐くようになって、その頻度が日に日に増えるようになってくる。


 それから、身体の状態も常に重くなり、眠さが取れず、倦怠感けんたいかんが続くようになったりするみたい。


 魔女によっては、吐き気を伴ったり、酷い状態になると胃のむかつきや、ズキズキとした頭痛なども日常的になる。


 そして、末期症状と呼ばれる後期になれば、身体は一切動かせないくらい、殆どベッドから出ることが出来ない寝たきりの状態になってしまう。


 本の中には、症状に関しても、医学的な専門用語がふんだんに盛り込まれ……。


 中期前半や、中期後半などと言ったように、より段階的に、詳細に書かれていたけれど。


 ザッと全てを要約すると、こんな感じだろうか。


 この間、ブランシュ村で、パッと見た感じは元気そうではあったものの、それは気力でなんとか持ちこたえているだけで……。


 ベラさんの症状は、恐らく既ににまでは、なってしまっていると思う。


【このままいくと、彼女が寝たきりになってしまうのも時間の問題で、何としてでも早く治療方法を見つけなきゃ……】


 と、どうしても、焦燥感にも似た様な気持ちが湧いてきてしまうんだけど。


 『どうやったら、彼女を治せるのか』という、肝心な手がかりになりそうなものについては、どこにも書かれていなかった。


 ――やっぱり、そう簡単には見つからない、よね。


 ある程度、覚悟していたことだったけど、改めて、本当に難しいことなんだと思う。


 それに、よくよく考えてみても。


 もしも、仮に、魔女を治せる治療法が見つかったとしたら……。


 きっとその情報に関しては、今、魔女を抱えているどの国も、と思うような情報だろうし。


 その情報を巡って、『争いの火種』が巻き起こっても可笑しくないことだと思う。


 実際、その治療法を知っている人がいても、悪用するような人じゃなければ、黙って身近にいる人の為に使うというのが、大多数の人間の考えで……。


 だからこそ、シュタインベルクだけではなく、世界中の国々が『魔女についての研究』はしていると思うんだけど。


 今も、その治療法は、一切、世には出てきていないのかもしれない。


【……もっとも、前にアルに聞いたように。

 魔女の能力で削られる命は病気じゃないから、簡単には治せないということも大きいと思うんだけど】


 もしも、その情報が一斉に広まれば、世界中の国々が今よりももっと躍起になって魔女を囲うだろう。


 そうなれば、魔女を囲いこむことにたんはっして、自国の領地を広げる為に世界規模の戦争が勃発してしまう可能性だってある。


 それに伴って、魔女達も戦争に駆り出されて、彼女達を多く囲っている国が圧倒的に有利な立場で戦争を進めることも出来てしまうし……。


 必然、戦争になれば、魔女だけではなく、多くの関係のない市民が犠牲になってしまうことは避けられなくなってしまう。


 それが『医者という立場の人の腕』によるものなのか、『特効薬』の開発がされるのかは分からないけど。


 もしも仮にそれが“人”だったのだとしたら、何としてでもその人を手に入れたいと、裏で世界中の国の影が動くだろうし。


 “薬”なら、一国だけで独占するようなことが起きてしまう可能性だってある。


 治療法が世界中に広まってしまえば……。


 後はさっき、私でも思いついたように、世界中の国々が自分たちの国の利益を取るために、友好条約を結んでいるその均衡を崩して、対立を激化させてしまいかねない。


 それでも、私達には魔女の命が削られていくのを『少しでも癒やして、緩やかにしてくれる精霊』がいてくれるだけでも大分違うとは思う。


 根本的な治療にはならなくても、彼らの存在は自身の能力によって命を削られる魔女達にとってはだから……。


「……なぁ、一つ、聞いておきたいんだが。

 今のシュタインベルクこの国に、姫さん以外の魔女は在籍してるのか?」


 私が頭の中で、今後、もしも寿命が削られている魔女の治療法が分かったら、と……。


 その後のことを考えて、あれこれと壮大な物語を繰り広げている間に。


 不意に、私と一緒に資料を覗き込んで確認してくれていたセオドアが、お兄様に向かって質問をしてくれた。


 その言葉に、お兄様が少しだけ考えるような素振りを見せてから『あぁ、まぁ……、お前達だから別に話しても支障はないか』と、前置きするように声を出してくれたあとで……。


「国が保護している範囲での話だが……。

 現在、我が国で、魔女は“複数人”存在すると言われている。

 その詳細については、父上と上の立場にいる一部の貴族のみが知っていることだがな」


 と、私達に教えてくれる。


「だが、今は友好条約を結んでいて、近隣の国々との仲も比較的良好だし。

 父上の代になってからは特に、魔女の扱いについてもかなり慎重になっていて、そこまで無理に命を削るほどのことはしていない筈だ」


 それから、続けて更に詳しく説明をしてくれるお兄様の言葉に。


「むぅ、そうなのか? だとしたら、まだ良いが……。

 ……皇帝も、人が悪いと思うぞっ!

 言ってくれれば、魔女のために、僕が積極的に子ども達を紹介するのにっ……!」


 と、アルが即座に反応して、ぷぅっと、ほっぺたを片方膨らませたあとで、声をかけてくれた。


「あぁ、いや、お前たち精霊の存在は、迂闊に人に喋ることは出来ないものだからな。

 魔女を救うためとはいえ、他の貴族に精霊の存在がバレてしまって、そこから噂が広まってしまう可能性がある限りは、その辺り、どうしても慎重にならざるを得ない話だ。

 ゆくゆくは、助力を願うにしても、その問題を先に解決しない以上は、下手にお前に頼むことも出来ないんだろう」


 そうして、お兄様がそう言ってくれたことで……。


 アルが『確かに、それは分かるが……』と、声に出しながらも、あまり納得がいってないような表情になったのを見て、お兄様がほんの少しだけ眉を寄せつつ。


「お前の気持ちは痛いくらいに理解しているが、下手を打てば、精霊にとっても、魔女にとっても悪い結果にしかならない可能性のほうが高いんだ。

 ……ここは、一先ず、自分たちの為だと思って、我慢してくれ」


 と、アルに向かって柔らかく声を出したのが聞こえてきた。


 確かに、お兄様の言っていることも、アルの言っていることも、どちらをとっても理解することが出来るだけに、私自身も難しい問題だな、と思う。


 お父様だけが、国の中枢を担っているだけならまだしも……。


 我が国では、王政でありながらも、政治などの法律を変える場合や、重要な裁判などに関しては、上の立場にいる複数の貴族の賛成票などが必要になってくる。


 これは、もしも万が一、絶対王政だった場合に、一番上に立つ皇帝が悪政あくせいを敷くような暗君あんくんだった場合、その手腕によっては、国が傾きかねないから採用されているもので……。


 長らく、その制度は変わっていないし、恐らくこれからも余程のことがない限りは変わらないと思う。


 今、国にいる魔女について。


 お父様のみならず、他にも、上に立つ数人の貴族が把握しているということは、アルの存在を隠したまま下手にそこに手出しをすると、異変に気付かれる恐れが出てきてしまう。


 上に立つ人間が、必ずしも全員、同じ方向を見ている貴族であるとは限らないし。


 その思想についても偏りがないように、様々な角度から物事を見ることが出来る人間を、ということで、優秀な人材が揃っていると言っても、色々な人がいるし。


 特に赤を持つ者や、魔女関係のことは未だに忌避きひするような人も多いことから……。


 アルも含めた精霊については、お父様自体、誰にも言っていないだろうし。


 それこそ、その情報は、国だけではなく世界が大きく変わってしまいかねないことだから、慎重に動いているというのは頷ける話だった。


 それでも、夢物語かもしれないしれないけど……。


【いずれは、国にいる魔女達も救われるような未来が来て欲しいな……】


 ――と、思うのは、私が彼女達と同じ魔女だからだろうか……?


 ベラさんだけじゃなくて、セオドアもそうだけど、赤を持つ人達が、一般の人達と同じように普通に暮らせる未来が来て欲しいと切に願う。


 そのために、私が出来ることは惜しまないつもりだけど。


 こればっかりは、ゆっくり慎重に進めないといけないと分かっている分、気がくのを抑えなきゃいけないなと実感する。


 そこまで考えて……。


 不意に、思い至った。


 100年前、もしも、今、私が思っている内容と……。


 を、皇女であるマリアさんも思ったのだとしたら……?


 アルヴィンさんと、マリアさんでその時叶うことのなかった願いを、のだとしたら?


 ――黒の本は、世界中で、困っている魔女を見つける為の道しるべのようなもので。


 本を元に、私とアルが協力して、困っている魔女を探し……。


 本に書かれた情報と照らし合わせて、私が力の加減のコントロールをするのをアルに教えて貰ったように。


 適切に能力を使用出来るように、彼女たちに教えることが出来れば……。


 自分たちの能力と向き合うことで、更に、魔女達彼女達が生きやすい道を作ることは出来ると思う。


 そうして、過去には無かった、能力で命を削られてしまう魔女の治療法を。


 彼らがマリアさんの能力でもある未来予知の力で見通して、この時代に見つけたのだとしたら……?


 もしかしたら、何重にも何重にもくるんだ回りくどい遣り方で、そのことを、私達だけに伝えたかったのかもしれない。


 ほんの僅かだけだけど、かすかに光明が見えたよう気がして……。


「あのねっ、セオドア、アル、お兄様……。

 聞いて欲しいことがあるんだけど……」


 と……。


 私は、今、思いついた自分の考えをみんなに伝えるべく、自分の口を開いた……。


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