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第282話 正当な評価


 私とセオドアのそんなやり取りを見て、副団長であるレオンハルトさんが驚いた様子で目を見開き……。


 一瞬だけ何か、言いたそうな雰囲気で此方に口を開きかけたのが見えて。


 『何かあるのかな』と、首を傾げた後で、彼の方へと視線を向ける。


 私の視線を受けて、レオンハルトさんはまるで何でもないとでも言うように、それ以上私達に向かって何か重要な話をしてくることもなく。


「……では、殿下、皇女様。

 早朝から慌ただしくしてしまい、本当に申し訳ありませんが、私はこれで失礼します」


 と、丁寧に騎士としての最上級のお辞儀をしてから、颯爽とこの場から立ち去っていってしまった。


 何から何まで、ずっとという雰囲気を漂わせていたその人に……。


【何か、私達に対して言いたいことがあったのかな……?】


 と、内心で、そう思ったけれど……。


 結局、言葉には出さずに立ち去っていってしまったレオンハルトさんの遠ざかる後ろ姿を見ながら……。


 本当ならこのタイミングで伝えられれば、それに越したことはなかったんだろうけど……。


 私自身も、結局言うかどうか迷って話せなかった情報に、しょんぼりと落ち込んでしまう。


 まだまだ先のことではあるものの、このまま行くと、遠くない未来……。


 “とある事件”が起きて、騎士団長は亡くなってしまうし。


 それに伴って副団長であるレオンハルトさんが繰り上がりのような形で“騎士団長”に就任するというのは、確定的だ。


 私自身、騎士団長の人柄はどうしても好きにはなれないけど……。


 だからといって、死んでしまうと分かっていて、何もせずに見捨てるような真似は出来ないと思ってしまう。


 ――何とかして、その事態を回避出来るように、事件のあらましを彼らに伝える方法は無いだろうか。


【困った、な……】


 色々と頭の中で思考を巡らせて、何が一番良い方法なのかを考えてみたものの。


 『未来で起きるはずの事件』の内容を、と突っ込まれて問いかけられたら答えられないし。


 ただでさえ、今の私ですら……。


 能力を使用した時には、自分の身体への反動や負担で、みんなに必要以上に心配をかけてしまっているのに。


 それに伴って、セオドアやローラなど、私の身近にいてくれる人たちに『実は6年もの時間を巻き戻している』のだと知られてしまうのは……。


 確実に、私の身体のことを心配されてしまうだろうという意味でも、良くないと思ってしまうから……。


 どうしても、今の段階で、解決出来そうな良案は浮かんでこなかった。


 それでも、唯一、今の自分にも出来そうなことといえば。


 悪戯目的と思われる可能性が高そうだけど……。


【私からとは言わず匿名で、今から、2年ほどあとに起きる事件の詳細を手紙にしたためて……。

 騎士団の人たちに、なるべく警戒をして貰えるよう、促しておくくらいだろうか】


 それにしたって、あくまでも妥協案でしかなく、どう考えても良案とは思えないんだけど。


 それでも、やらないよりは、幾らかマシかもしれない。


 せめて、誰でもいいから、騎士団にいる人と少しでも繋がりが出来て顔見知りになっておければ……。


 事件が起きそうな時期になったら、注意して貰えるよう忠告することも出来ると思うんだけど。


 私が名前も知っている騎士なんて、セオドアの他には、以前少しだけ話したお父様の護衛騎士である“ジャン”くらいしかいないし……。


 前に、ギゼルお兄様と一緒にスラムのお屋敷に行った時に同行した騎士2人についても。


 名前は知らなくても、一度でも関わったという意味では話しやすくない訳ではないけど……。


 そうなってくると皇女としての私ではなくて、アズとしてスラムに行ったことを話さなければいけなくなってくるし、ギゼルお兄様に正体がバレてしまうのは避けられなくて。


 どう考えても、ややこしい事態を招いてしまう。


【そう言えば、ジャンには弟がいて、同じく騎士をしているんだったよね……?】


 ――そこから、何とか、会話の糸口を掴んで、騎士団の人たちと顔見知りになるようなことは出来ないだろうか。


 私が脳内で、これからのことを考えて、あれこれと頭を悩ませていると……。


「……意外だな。

 お前、随分と親しい様子だったけど、副団長とそんな風に話せるくらいの面識があったのか?」


 と、セオドアに問いかけるように口を開いたお兄様の声が聞こえてきて、私は意識を現実へと引き戻した。


 これから先の未来のことを考えるのに精一杯だったから、その時は何とも思わなかったけど……。


 確かに、さっき、副団長さんはセオドアに対してどことなくフレンドリーに会話していたと、私も思う。


 一方で、セオドアはいつものように、誰に対してもその対応を変えるようなことはなくて、ある意味で普段通りというか、自然体だったと思うけど。


 もしかしたら、副団長さんは自身も『平民からの成り上がりの人』だから、セオドアが私の騎士に就いてくれる前から友好的だったのかもしれない。


 その様子を思い出して、お兄様と同じく、問いかけるような視線を、私がセオドアに向けると。


「……いや。

 何度か話したことが無い訳じゃねぇが、そもそも団長と違って、副団長は、普段から皇宮に居ることの方が少ない、現場に出突でずりの人だし。

 あんなの、ただのリップサービスだろ……?

 なんなら、俺も自分が名前覚えられてんの、今日、初めて知ったくらいだ」


 と……。


 お兄様の問いかけに苦笑しながら、セオドアがそう説明してくれたのを聞いて、私は『……本当にそうなのかな?』と首を傾げる。


 さっき、セオドアに話しかけていた副団長は気さくな様子を見せながら……。


 セオドアのことを、どこか買っているような雰囲気も出していたような気がする。


 その関係性を全く理解していない、私の目からもそう見えたっていうことは……。


 少なからず、騎士団長とは違って、副団長はセオドアに対して悪い印象は持ってないんじゃないかな。


 それに、もしもセオドアのことを全く評価していないんだとしたら、は出てこないと思う。


 だから……。


「そんなこと、無いと思うよ。

 多分、副団長さんは、セオドアのことを、凄く評価してくれているんじゃないかな……?」


 と、私がセオドアに向かって、今思ったことを率直に伝えれば。


 セオドアは、私に柔らかな視線を向けてくれたあとで。


「……だとしても、別に今の俺にはどうだっていい話だ。

 今まで特に興味も見せてこなかった人間に、今さら、どう思われようと関係ねぇしな」


 と、本当にまるで一切の興味もないかのように声を出してくる。


 ――時々……。


 本当に、時々、セオドアと一緒に過ごしていると、感じることがあるんだけど……。


 セオドアのこの、他者と自分を完全に別物としてスパッと切り離した考え方は、今まで生きてきた歳月の中で、セオドア自身が人からされてきたことが影響しているのだろうか。


 誰にどう思われても関係ないと、いっそ清々しい程に、そう言いきってしまえるのは、セオドアの強い所だと思うんだけど、なんとなくそれを寂しく思ってしまうのは……。


 私自身がセオドアのことを本当に大切に思っているから、セオドアが誰かから評価されているという事実を、きっと、今、セオドア以上に嬉しいと感じているからなんだと思う。


 ……騎士選びの時に、騎士団長のセオドアへの接し方を見ていたから、余計。


 セオドアのことを、分かってくれているような人が騎士団の中にもいたということが、何ていうか凄く嬉しい。


 それと、同時に……。


 セオドアは、では、どういう風に生きていたのだろう、と思ってしまう。


 巻き戻し前の軸で、副団長さんが騎士団長に就任したことは私も知ってるし、その評判は私の耳にも届いていたけれど。


 その一方で……。


 ――『ノクスの民』であるセオドアの評判というのは、一度も耳にしたことがなかった。


 その見た目から、どうしても目立ってしまうだろうし。


 何か特別な武功ぶこうを挙げていたのだとしたら、幾らそういうのに疎いとはいえ、私の耳にも入ってきたと思う。


 副団長さんのあの様子を見れば、団長とは違ってセオドアの騎士としての実力をしっかりと認めて引き立ててくれていても可笑しくないのに、と思うのは……。


 セオドアにと感じてしまう、私の欲目からくるものだろうか……。


「それでも、私は、セオドアが誰かに真っ当に評価して貰えているのは凄く嬉しいな」


 あくまで控えめにだけど、私自身、今感じた本音の部分をありのまま、隠すこともせずに素直にセオドアへと伝えれば。


「んなこと言ってくれんのは、姫さんだけだ」


 と、口元を緩めてセオドアが笑いかけてくれる。


 その言葉に……。


 『私だけ』じゃなくて、きっと此処にいるみんなもそう思っていると思うんだけど……。


 という視線を向けながら、ほんの少し納得がいかなくて、ぷくっと頬を膨らませれば。


「姫さん、そんな可愛い顔してるだけじゃ、全然、抗議にもなってねぇぞ?」


 と、セオドアに苦笑されながら、膨らませたほっぺたを親指と人差し指でむぎゅっと押し込まれて潰されてしまった。


「……あぅぅ、でも、アルもお兄様も、セオドアが真っ当に評価して貰ってたら、嬉しいはず、だよね……?」


 そうして、助けを求めるように賛同者を増やそうと、傍に居てくれたお兄様とアルに視線を向けると。


「うむっ? ……そういうものなのか?

 人間の評価というものが、どれ程効力があるものなのかよく分からぬし。

 僕自身、今まで、己の実力など自分さえ知っておけばそれでいいと思っていたからか……。

 誰かに評価などされて嬉しいと感じる感覚にも、あまりピンとは来ないが、僕に褒められるとふわふわと踊りながら大はしゃぎして、喜ぶ子どもたちのような感覚だろうか……?」


 というアルと……。


「いや、正直に言ってしまえば、別に俺はこの男が評価されていようが、いまいが、どうでもいいと思ってる」


 というお兄様の台詞で、台無しになってしまった。


「……な? 言ったろ? そんな風に思ってくれんのは姫さんだけだって」


 ――可笑しい、な……。


 アルは勿論、最近になってお兄様も、セオドアとの距離が縮まったことで……。


 口では喧嘩のような言い合いをしていることもあるけど、その大半が冗談半分な言い合いに感じることも増えてきたし。


 多少、相容れないように思うことがあっても、私と同じような気持ちを抱いてくれると思ったんだけど。


【まさか、こんなにも、賛同されないとは思ってなかったな……】


 内心で、そう思いつつ。


 その感覚の違いが今一よく分からなくて、しょんぼりと落ち込んでしまった私に対して。


 セオドアがどこか眩しいようなものを見るような目つきで、笑みを浮かべたのが見えた。


「だから、俺は別に他の人間がどう思おうと関係ねぇし。

 この世界でたった1人、姫さんがそう思ってくれてるってだけでいい」


 そうして、穏やかな口調で言い聞かせるようにセオドアにそう言われて……。


 私は、あまり納得がいかなくて、むぅ、っ……、と眉を寄せる。


 セオドアが、騎士としてきちんとしていないならまだしも……。


 騎士としての実力も充分備わっている上に、毎日しっかりと働いてくれているのに、正当に評価されていないのはやっぱり可笑しいと思ってしまうし。


 例え、セオドアが“ノクスの民”であろうとも……。


 『』と。


 どうやっても、感じてしまうから。


 副団長さんのように、セオドアのことをきちんと評価してくれるような人が今後も増えていけばいいのにな、と思うのは……。


 決して、一緒にいて長いからとか、セオドアが私に取って大切な人だからという贔屓目からくるものではなく、真っ当な感情だと思うんだけどな。


「さてと……。俺の事はさておき、取りあえず一緒に、護身術の練習、しようか?

 今日は昼から禁書庫に行くって言ってたし、時間も無限にある訳じゃなく、有限だからな」


 それから、苦笑しながらセオドアからそう言われて。


 確かに1人、ずっとここで駄々を捏ねる子どもみたいに、セオドアの待遇について納得がいかないと思っている訳にもいかないし……。


 私は何となくさっきの会話にまだ引っ張られている自分を奮い立たせつつ、その言葉に、こくりと頷き返した。



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