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第281話 騎士団のNo.1とNo.2



 あれから……。


 みんなに、心配をかけてしまいながらも。


 ルーカスさんと婚約すると決めたあの日から、数日が経っていた。


 ルーカスさんがどういう風に、私と婚約破棄してくれようとしてくれているのかは今も分からないままで……。


 今回の話があった時に『秘密を共有する仲間』だと言われた以上。


 本当のことを伝えることは出来ないから、みんなにはエヴァンズ家が後ろ盾になってくれることで、と言う説明で押し通したのだけど。


 お兄様にも、セオドアにも、アルにも。


 あまり納得がいっていなさそうな素振りで『今からでも遅くないから、お前はもっとちゃんと考えた方がいい』とか……。


 『姫さん、頼むから自分の幸せを最優先してやってくれ……』


 とか、そんなことを言われてしまって……。


 みんなが私のことを心配してそう言ってくれているのが分かっているだけに、どう言えば角が立たないのだろうと、困り果ててしまったりも、していた。


 私自身、嘘が得意な方じゃないから、それ以上、上手い言い訳も浮かんでこず。


 かといって、ルーカスさんとの約束を破る訳にもいかず……。


 自分の中では、ちゃんと、考えて決めた結果だっていうことは、説明したんだけど。


 そこにローラも加わって『アリス様、お願いですから、自分の将来の幸せをしっかり考えて下さい』と、真剣な表情で言われてしまって。


 私は、一人、本当のことを言えない心苦しさに、きゅうっと心臓を鷲掴みにされたような感覚がして、落ち込んでしまっていた。


 その姿が……。


 あまりにも、みんなに反対されすぎて、自分の考えを否定されてしまったことで、私がショックを受けて落ち込んだように見えたのか。


 それ以降、みんなが、それとなく私のことを気遣ってくれながら、言葉を選んでくれるようになったのが尚更、チクチクと胸が痛む要因になってしまった。


【やっぱり、私は誰かに秘密を作るのは向いていないんだろう、な……】


 と、心の底から思う。


 例えば、それがアルの正体を黙っておくとか、そういうことならアルの為の秘密だし。


 別に、私自身の胸も痛むことはないんだけど。


 自分のことをこんなにも考えて、心配してくれている人たちが沢山いることを思うと。


 最早、今回の秘密は、私にとっては、ただ“”をもたらしてくるだけの物になってしまっていた。


 ――本当のことを話せたら、それが一番良いのだと分かってはいるんだけど。


【……中々、上手くはいかないなぁ】


 お兄様のようにも、ルーカスさんのようにも、セオドアのようにも。


 なんていうか、スマートに格好よく、さらっと人に対して信じて貰えるような作り話さえ出来ない要領の悪い自分に。


 改めて、こういうの、本当に向いてないんだろうな、と痛感してしまうし。


 そういう意味でも、腹芸はらげいみたいな器用なことなんて出来ないから、私自身本当に、お父様の跡を継ぐだなんて、とんでもない話だと思う。


 頭の中で色々と考えながら、小さく、溜息を一つ、吐き出したあと。


 クローゼットの扉を開けて、ネグリジェ姿の自分から以前から男の子の格好をするために着ていた短パンへと履き替える。


 家庭教師の先生も、ルーカスさんも来る予定が入っていない、元々、スケジュールが空いていた今日一日は……。


 セオドアにお願いして、なるべく私1人でも何とかなりそうな感じの護身術を教えて貰って、練習をするのに充てることにしていた。


 ヒューゴと一緒に鉱山の洞窟に入った時も、冒険者であるアンドリューに容易く背後を取られてナイフを向けられたことを思えば……。


 やっぱり、明確に此方を傷つけようと接してくる人に対しても、何一つとしてまともに対処出来ないのは良くないことだ、と常々感じてはいたし。


 最悪、自分の能力を使って『時間を巻き戻す』という手段も取れない訳ではないんだけど。


 そうなると、どうしても能力の反動で、その後の自分がまともに動けなくて、隙が出てしまいやすい。


 ――だから、みんなに迷惑をかけない為にも。


 自分の身を自分で守れるくらいのことは出来ておいた方がいいと思う。


 数日前にセオドアにお願いした時には……。


【姫さんが護身術を覚えるのには、何かあった時のことを思えば、賛成だが……。

 この間、能力を使ってぶっ倒れてから、そこまで日も経ってないんだし。

 いずれ覚えるにしても、そんなに急がなくても……】


 と、もの凄く心配された上で、微妙な表情をされてしまったんだけど。


 何かあってからでは遅いし、なるべく早く覚えておく必要があるとは思ってて……。


 いつまでも、みんなに守ってもらってばかりじゃいられないっていうのは、ずっと考えていたことだから……。


 私が丁度、洋服を着替え終わったタイミングで。


 コンコンと自室の扉をノックする音がしてきて、振り返ると。


「アリス様、起きていらっしゃいますか? おはようございます」


 という聞き慣れた声が扉越しに聞こえてきて。


 その言葉に返事を返せば、ローラがガチャリと扉を開けて部屋に入ってきてくれた。


 それから、直ぐに私に視線を向けてくれたローラが。


「ごめんなさい、ご自分でお洋服に着替えられていたんですね……?

 来るのが少し遅くなってしまいました」


 と、申し訳無さそうな表情を浮かべてくれたのが見えて、私はふるりと、首を横に振ってローラに向かって柔らかく微笑みかける。


「ううん、私が早くに目が覚めてしまっただけだから、気にしないで」


 正直、ローラの手を煩わせる必要もなく。


 短パンに白シャツを着て、ズボンを固定する為のサスペンダーを付けるだけで良いから、普通にドレスを着る時の手間を考えたら、本当に雲泥の差くらい違う上に……。


 鉱山の洞窟内で、自分で着替えたりしていたから、こういう服に着替えるのも、すっかりと手慣れてしまっていた。


 私がローラに対して、そう伝えている間に、セオドアや、エリス、それからアルも……。


 いつもと同じように、みんなが私の部屋に続々と集まってきてくれて。


 それから、最後にウィリアムお兄様が私の部屋に来てくれた時には、ローラに長い自分の髪の毛を高い位置で一つに纏めて、ポニーテールにして貰っていたのが丁度、終わったタイミングだった。


 今日の予定は、お昼過ぎくらいまでの午前の間は、セオドアと一緒に護身術の練習をして。


 それから、午後になったらお兄様と……。


 この間、お父様とも話した、国が有している魔女の詳細なデータについて。


 私達が見てもいいとお父様が判断してくれた書類を、禁書庫へと確認しに行く予定になっていた。


【ベラさんの為にも、ヒューゴの為にも。

 魔女の寿命について、少しでも有益な情報が得られるといいんだけど……】


 内心でそう思いながら、お兄様も交えて、みんなで一緒にローラが作ってくれた朝食を食べたあと、皇宮の敷地内にある騎士の訓練場へと向かう。


 幾つかある訓練場のうち、一番小さなその場所は……。


 本当は私が使うんだけど、お兄様が使用するという名目で、今日は一日貸し切りのような形で使用許可を取ってくれていた。


 そうして、特に何ごともなく、スムーズに、私達が訓練場に辿り着くと。


「殿下……っ、久しぶりに訓練場を使うとお聞きして、こうして、馳せ参じました。

 もっと早くに仰って下されば、事前に手合わせするための騎士達も用意しましたのに……っ!」


 と……。


 お兄様の姿を見つけて、慌てた様子で駆け寄ってきた人がいた。


 今回の軸では私の騎士選びに会ったっきり、一度も会ってなかった、本当に久しぶりの姿に、私は思わず緊張で身体が硬くなってしまう。


 啖呵を切って……。


 半ば無理やり、セオドアを自分の我が儘のような形で引き抜いたことは自覚しているし……。


 あの時の一件から、私自身、騎士団長だけではなく、今も騎士団に所属している騎士達からもあまりよく思われていないのだけは確かだと思うから。


 何となく、申し訳なくて、こっそり、お兄様の影に隠れるようにして、騎士団長と目を合わせないようにしていたら……。


「……っ、探しましたよ、騎士団長、こんな所で何をやっているんですかっ……!」


 と、お兄様と騎士団長の遣り取りの合間を縫って、別口からハキハキとしたような快活な声がかかって、私は条件反射のように、そちらへと視線を向けた。


「こんな所でとは、なんだ……っ? 今、私と殿下が話しているのが目に入らないのか?」


「……それは、申し訳ありません。

 ですが、“悠長に”殿下と話している時間があるのなら、第一訓練場に戻ってきて頂きたい。

 あなたが此処で話している時間、あなたの開始の号令を待って、困っている人間がいるということを忘れないで下さい」


 そうして、騎士団長に対しても、全く物怖じすることなく。


 例え、お兄様と話していようと、そんなものは関係ないとでも言うかのように……。


 日に焼けて、がっしりとした体格の、筋肉がムキムキのその人には見覚えがあって、私は思わず息を呑んでしまう。


 今の段階では、30代半ばくらいだろうか。


 ……巻き戻し前の軸で、遠くない未来に騎士団長へと就任していた『豪傑と言う言葉がぴったりと、当てはまるようなその人』に、吸い込まれるように視線が釘付けになってしまう。


 私の視線が、今、シュタインベルクの騎士団において『副団長』という役職を持っているその人に向いたことを、彼も感じとったのだろう。


「……皇女様、私の顔に何かついていますか?」


 と、戸惑うようにそう言われて、私は慌ててふるりと首を横に振った。


「いえ、あの、ごめんなさい。……何でもありません……」


「……? いや、貴女が私に謝る必要など、どこにも」


 そうして、少しだけ眉を吊り上げて、私の方を不思議そうに見てくるその人に。


 まさかある意味、未来で有名になっている人に出会ったことで『びっくりしました』とは、当然のことながら言えるわけもなく。


 動揺を隠しきれずに、あわあわするだけになった私の方を見ることもせず……。


「レオンハルト、殿下も傍にいるというのに、無礼だぞ。

 大体、私の指示などなくとも、優秀なお前達のことだ、練習をするのに困ることなどないだろう?」


 と、騎士団長が、お兄様の機嫌を確認するような視線を向けたあとで……。


 レオンハルト、と呼ばれた将来騎士団長になる予定の……。


 叩き上げの人である副団長に向かって、怒ったような声をあげるのが聞こえてくる。


 その様子に、剣呑な雰囲気を感じ取って、思わず私が成り行きを見守りながら、はらはらしていると……。


「今日は騎士同士、トーナメント形式の模擬戦を行うと、先週その口で、自身が言っていたことをもうお忘れか……っ?

 既に、全騎士があなたの開始の合図を待って、訓練場に集まっています。

 時間厳守であると普段から口を酸っぱくしながら言っているのに、一番上の人間がルールを守れないとあっては周囲に示しが付きません。

 ただの練習で良いというのならば、私がこうしてあなたをわざわざ探しに来ることなどないと分かる筈だ。

 もう少し現場の状況を見て、よく考えてから言葉を発して貰いたい」


 と、副団長が眉を寄せ。


 『はぁー……、』と、これ見よがしに溜息を溢して、まるで敬ってもいないような素振りでそう言ってくるのが聞こえて来て。


 まさに水と油みたいに反発しあって、性質の異なる2人に。


 『騎士団長と副団長の仲は、あまり良く無いのかな……?』と……。


 憶測だけで決めつける訳にはいかないけれど、私は1人で、勝手にあれこれと心配してしまった。


 巻き戻し前の軸では、特に騎士団に詳しかった訳じゃないから、彼らの関係性についても当然、しっかりとは把握出来ていないんだけど。


 それでも、神経質そうな、立場が上の人間や、年功序列を重んじるようなタイプの『由緒正しい家柄の出身で、貴族の次男』という立場で今の地位についている騎士団長と……。


 あまり出自は良くないと言われている平民枠からの“のし上がり”で、ここまでやってきたタイプの副団長とでは、こうして傍からパッと見ただけでも、性格が極端に違いすぎるからこそ……。


 ――普段から、どことなく相容れない感じなんだろうな、というのは察することが出来た。


 どちらが良い悪いではなくて、何に重きを置いているかの違いだったりもするんだろう。


 今の騎士団長のように、皇族であるお兄様に対して『訓練場を使うのなら……』と、声をかけてくるということが完全に悪いこととは私は思わない。


【騎士団を大切にしながらも、余計な摩擦を生まない為に……。

 皇宮の別の部署で働いている貴族の人たちや、お兄様のような上に立つ存在へとコミュニケーションを図るということも……。

 大きな組織の一部として、円滑に、自分の所属する部隊を回すという意味では、大切なことの一つではあると思う】


 ただ、お兄様もお父様も、どちらかというのなら、不要な話は必要無いと、無駄を嫌うタイプだし。


 極端な話、その過程がどうであれ。


 結果を見て、仕事さえ“きちんとこなしていれば”文句など言わない人だから。


 そう言う意味では、将来、騎士団長になる今の副団長の方が気は合いそうだな、と思うけど……。


 私自身も、セオドアを嫌悪していたような一件があるから、個人的な好みで言うのなら、今の騎士団長のことは、どうしても好きだとは思えないし……。


「騎士団長、俺のことなら、別に好きに訓練場を使用するつもりだから、放っておいてくれて構わないし、気に掛ける必要などどこにもない。

 それに今日、自分がトーナメント形式で模擬戦をすると騎士達に説明していたのなら、騎士達の為にもここで俺に油なんか売ってないで、さっさと行ってやってくれ」


 それから……。


 お兄様の鶴の一声で、それまでムッと怒ったような素振りを見せていた騎士団長が慌てたように『……承知しました、殿下』と声をあげたのが聞こえてきて。


 取りあえず、騎士団長と副団長の間にあった、喧嘩のようなあまり良く無い雰囲気はそれでパッと消えていったため、私はホッと胸を撫で下ろした。


「殿下、先ほどの自分の無礼をお許しください。……本当に助かりました」


 それから、お兄様のことを少し気にしながらも。


 後ろ髪を引かれるような感じで、別の訓練場の方へと駆けていった騎士団長の後ろ姿を見ながら……。


 副団長が、感謝の気持ちを込めてお兄様に向かってお礼を伝えてくるのが聞こえてきた。


「いや、別に俺は当たり前のことをしただけだ。……感謝も謝罪も特に必要ない」


「殿下がそう言って下さるおかげで、本当にどれだけ、私達が助けられているか……」


 そうして……。


 こうやって、和やかな雰囲気でお兄様と副団長のレオンハルトさんが会話をしているのを見ると。


 やっぱり、対等にとはいかないけれど、お互いに仕事が出来る感じで……。


 未来でもお兄様と騎士団の仲というのは悪いものではなく、良いものだったんだろうなぁ、と思う。


 特に意識するようなこともなく、ぼんやりと2人に視線を向けながら、私がその様子を眺めていると。


 不意に、レオンハルトさんと視線が合ったことに、私は思わずびっくりして目を見開いた。


 さっき、騎士団長は結局ずっとお兄様のことを気にしていて、一度も私のことを見ることもなかったから、尚更。


「皇女様の、その格好はもしかすると。……私の推測が正しければ。

 今日の訓練場くんれんばは、殿下ではなくて、皇女様が使用されるおつもりでしょうか?」 


 そうして、ずばりと言い当てられて、私は少しだけ口元を緩めて苦い笑みを溢した。


「あのっ、……はい。

 私の騎士に護身術を教えて貰う予定になっているんです。

 あまり、女性がそういうのを習うということは“はしたないこと”とされているのは分かっているので、お兄様が私の代わりに訓練場くんれんじょうの使用許可を取って下さって……」


 そうして、今日の自分の事情を隠すことも無く明け透けに説明すれば。


 『そうですか……』と、小さく声を溢して、数秒間の沈黙があったあと……。


「いえ、女子おなごである皇女様が、何かあった時の為に護身術を習うというのは良いことだと私は思いますよ。

 的確に急所を突いて、一瞬の隙に逃げて、助けを呼ぶというだけでもはグッと上がりますからね。

 護衛対象がそのような知識を持っているというだけでも、私達からすると守りやすいですし」


 という、どこまでも真面目な雰囲気で、騎士っぽい感じの言葉が返ってきて。


 改めて、本当に騎士になるために生まれてきたような人なんだな、と思いながら……。


 一先ず、女である私が護身術を習うということを頭ごなしに否定されたりしなくて良かったとホッと胸を撫で下ろして、わたしはにこっと、レオンハルトさんに笑いかけた。


「ありがとうございます。……頑張ります」


「……えぇ。その心意気は、本当に素晴らしいと思います。

 あぁ、でも、そうか。……皇女様が、ご自身の騎士に護身術を習うというのなら。

 セオドア、お前は今日の模擬戦には来ることが出来ないな?」


 そうして、私と話してくれていたレオンハルトさんが、不意にセオドアの方へと視線を向けるのが見えて……。


 私は思わず、きょとんとしながらも、セオドアとレオンハルトさんへと交互に視線を向けた。


「……あ、?」


 まさか、自分に話が振られるとは予想もしていなかったのか。


 セオドアが眉を寄せ、いつも以上に柄の悪い一言で、レオンハルトさんに問いかけるように声を出したことを、大丈夫なのかなとハラハラと心配してしまったのだけど。


 ……セオドアのそんな態度を、特に気に留める様子も無く。


「トーナメント形式だから事前に対戦相手はクジで決まってはいるが、“シード”としてもう一枠、用意することも出来たんだが……。

 こう言っちゃなんだが、お前、最近、しっかりと、剣を振っているか? 

 あまり動かしてないと腕がなまるだろ?」


 と……。


 レオンハルトさんが続けてセオドアに向かって声を出すのが聞こえてきた。


 その言葉に、確かにセオドアは最近ずっと私の護衛に付いてくれていて、剣を練習するようなタイミングなんてあまり、無かったかもと思ってしまう。


 皇族の護衛騎士は、一般の騎士とは違って、既に剣の腕が普通の人よりも出来ることが前提なりすぐりの人たちだし。


 基本的な練習についても、一般の騎士達の鍛錬に参加するかどうかは、自分の裁量で決めることが出来るから、本当にセオドア次第、なんだけど。


 前にスラムに行った時、ツヴァイのお爺さんにアインっていうスラムを取り仕切っていると言われているナンバーズの人の名前が出た時、強いかどうか聞いていて……。


 どこか、好戦的というか『戦ってみたい』っていうような雰囲気を持っていたから、セオドア自体、剣を振ることも、誰かと戦うようなことも嫌いな訳じゃないんだよね。


【ずっと、私の傍にいることを優先してくれているから、出来ない状況が続いてしまっているだけで。

 本当は他の騎士たちに混ざって、剣の腕をもっと磨きたいと思っているんじゃないだろうか……】


 私が、レオンハルトさんの言葉に色々と気を揉んで、『もしかして私に遠慮してくれているんじゃないか』と、セオドアの方に視線を向けると。


「別に困ってないから必要ねぇよ。……鍛錬なら常に怠らず自分の部屋で暇を見つけては、やってるし。

 腕もまだまだ、鈍っちゃいねぇ。……なんならこの間、ちょっとした大物と、生死の境っつうか、ヒリヒリとしたギリギリのスリルを味わいながら一戦交えたんでな」


 という言葉が、レオンハルトさんの方へと向けられていた。


 口角を片方吊り上げて、不敵とも呼べるような笑みを浮かべるセオドアの……。


 その言葉に驚いたような表情を一瞬だけ浮かべたあとで。


「そうか、ならいい。……だが、お前さえ良ければいつでも練習しに来い。

 俺が直々に相手してやるし、その枠は常に空けておいてやる」


 と、レオンハルトさんが好戦的な笑みを溢すのが見える。


 それに対して、セオドアが『へぇへぇ、分かった、分かった』と、どこか面倒くさそう声を溢しているのを見て……。


 私は本当に良かったのかな、と思ってしまう。


 この遣り取りを見ただけでも、2人とも、騎士として常に修練を怠らず、自分の腕を磨くことが好きなタイプだということは私にも分かるし……。


【もしも、セオドアが望むなら、今日の自分の護身術を教えて貰うことは後回しにして……】


 ――セオドアがやりたいことを優先するのにな……。


 内心でそう思ったことが、表に出てしまっていたのか。


 私の視線に気付いてくれたセオドアが、口元を緩めて本当に優しく笑いかけてくれたあとで、私の頭を撫でてくれながら。


「本当に、これっぽっちも興味がない話だから、姫さんが気にすることじゃねぇよ」


 と、声をかけてくれた。



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