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第279話【ルーカス回想2】



 非人道的と言われようが、何を言われようが別にどうだっていい。


 13歳で、テレーゼ様の傍に付くようになってから……。


 ずっと、憧れていた父のようにも、母のようにも、絶対になることの出来ない道を俺は、歩き始めていた。


 むしろ、そっちの才能の方があったのかもしれない。


 さっき、ナナシに指摘されたように、スラム街にも頻繁に通った。


 ヤバい店を把握して、それらをある程度掌握しておくことで、“たまに入る”テレーゼ様の注文に、完璧に応えることが出来るようにだってしていた。


 『情報集め』には事欠かないほどに、


 噂の域を出ない物から、それぞれの家の趣味嗜好、何処に所属しているのかっていう派閥などの把握、醜聞や握れそうな弱みなど……。


 そういう情報を集められるだけ集めるために精力的に活動もした。


【情報はいつだって、圧倒的な武器にも凶器にもなる】


 ――初めて、テレーゼ様に任された仕事をこなした時の、その感覚を俺は忘れないだろう。


 俺自身、直接的に手を下した訳じゃなかった。


 だけど、テレーゼ様の求める“”を渡してから、その数週間後には俺が調査した貴族は、気付いたら一家離散という破滅へと追い込まれていた。


 その貴族の一体何が、テレーゼ様の逆鱗に触れたのかは、今も分からない。


 まるで、何でもないかのように『そなたは、知る必要のないことだ』と、言われてしまって。


『こんな筈じゃなかった』


『何も聞いていなかった』


『どうして言ってくれなかったんだ……』


 っていう反論も、何もかも、思わず口から出てきそうになった色々なものを、グッと呑み込んだのは……。


 そこに、どんな経緯があろうとも、自分がそれに加担したということは、最早言い逃れが出来ない事実だったからだ。


 例え、汚職にまみれて裏で汚いことをやらかしていた貴族でも、穏やかに一家団欒するような家族はいたっていうのに……。


【俺が、この間まで、幸せだった家庭を一つ、壊したのだ、と……】


 そう、理解するだけで……。


 吐き気をもよおす程に、気分は、本当に最低最悪だった。


 キュ、っと蛇口を捻って、真新しい水を使って……。


 そんなもの、初めから何処にも無いのに。


 洗っても、洗っても、手のひらの汚れが落ちていかない錯覚に陥ってしまう。


 テレーゼ様の依頼に一つ、応えるその度に。


 自分の身体が心底冷えきって、段々と黒に染まっていく感覚に、一時いっとき、荒れに荒れまくって、誰かの温もりと人肌を求めるように、手当たり次第に適当な女を見繕って……。


 周囲の人間と遊び回っているような俺と同じ穴の狢年上の女と、そういう関係になったりもしてみたけど。


 結局、自分の冷えた身体が温まる訳でも、気持ち悪さが消えて無くなる訳でもなく。


 誰をとっても、同じにしか見えなくて……。


 ――いつしか、それすら、面倒くさくなってやめた。


 都合良く必要な時に呼び出せる、互いに利用し合えるだけの関係で、ビジネスライクに付き合えればそれで良かったのに。


 最初は『それでいい』と約束を交わした上で、契約が成立した女も。


 結局、誰も彼もが最後には俺に本気になって、のめり込んで来て……。


 求めてくるものが多くなりすぎて、煩わしくなってしまう。


『どうして、分かってくれないの?』


 ――それは、こっちの台詞なんだけど、どうして分かってくれないの?


『こんなにも、愛しているのに……っ!』


 ――愛なんて要らないって、初めから、言ってたよね? 契約違反じゃん?


『ねぇ、私以外にも、誰か他に相手がいるんでしょうっ……?』


 ――自分も裏で他の男と沢山遊び回ってたくせに、よく言うよ、本当に


 13歳の、まだ、成人もしていない餓鬼ガキ捕まえて、何言ってんだか。


 大切なんて作らないって、初めから、そう言ってるのにさァ……。


 自分が最低だっていう自覚はあった。


 その上で、、後腐れの無い人間を選んでも、結局最後に揉めるくらいなら、そもそも作らなきゃ良かったんだ。


 大切な人間とか、特別な人間なんて『』必要無い。


 どうせ、この身は薄汚れて、穢れていくばかりで……。


 真っ白だった、あの頃には、もう戻れない。


【自分がしてきたことの結果が、例え、どんなに周囲に悲劇的な結末を巻き起こそうとも……】


 『決して、そこから、目を逸らすなよ』と、責め立てられているような感覚がする。


 一つずつ、一つずつ、崩れるように壊れていきそうな、自分の心と……。


 逃れられない現状から、身を守るため。


 ――嘘を吐いて、仮面を付けて、取り繕って、穏やかな笑みを浮かべる。


 俺にとって周囲の人間は家族以外、全員、要らない存在なのだとしたら……。


 必要以上にそこに罪悪感を抱くことも、他者に対して自分の本心なんて、見せる必要も何処にもない。


 幾つもの顔を使い分けて演じながら、誰に対してもある意味『平等』に、同じ対応でいい。


 例え、今の今まで、一緒に過ごしてきた仲の良い殿下だとしても。


 


 そうすることで初めてまともに、空気酸素が吸えたような、感覚がした。


 テレーゼ様から入ってくる依頼をこなすことにも次第に慣れて……。


 息を吸うのと同じくらい、淡々と、上手く立ち回る生活が、最早、当たり前になってきた頃。


 お姫様へ贈る毒の件で、テレーゼ様から注文が入った。


 万が一、バレて、ミュラトール伯爵実行犯が捕まっても、テレーゼ様には絶対に辿り着くことが出来ないよう。


 それから、のために。


 ……あえて、テレーゼ様についている派閥の貴族ではなく。


 “前皇后”である、お姫様の母親のほうについていた派閥から選んだ。


 選んだ理由は単純明快で、ミュラトール伯爵は『お姫様のことを傀儡かいらいにしたい』という意欲に溢れている人間だったから、だ。


 お姫様を殺したい訳じゃないから、“致死量”までは当然、届く必要はない。


 だから……。


【皇后様が亡くなったばかりで、弱り目に祟り目で、誰かに命を狙われていることで疑心暗鬼になって、精神的に傷ついている状態に、甘い声をかけられたら、皇女様もすがってしまうのでは無いか?】


 ということを、俺自身からではなく。


 これまた社交界で噂好きな、良からぬことを企むのが好きそうな貴族の一人に。


 ――誰が言い出したのかは分かりませんけど、最近、そういう噂が出回っているらしいですよ


 って、吹き込んでおいただけ。


 パーティーにも色々と種類がある。


 その中で、上流階級の人間が集まる『会員制の仮面舞踏会』っていう、匿名性の高い普通のパーティーとは一線をかくすものがある。


 誰が、誰なのか、見た目では判別することが出来ないように、仮面をつけて参加するパーティーだ。


 でも、長年培ってきたってのは、仮面そんなものなんかで消える訳がない。


 グラスの持ち方、歩き方、立ち居振る舞い……。


 所作ひとつ、ひとつをとっても、似た様に見えるけど、全員違うもの。


 殿下の幼なじみという立場柄、一般の貴族とは違い、殿下とほぼ同時期に社交界へのデビューが許されて……。


 長年ずっと、この世界で、つぶさに人の動きを観察してきた俺にとっては、誰が、誰なのかを判別することは、赤子の手を捻るよりも簡単だった。


 匿名性の高い仮面舞踏会に参加して、俺が噂を吹き込んだ相手は、ミュラトール伯爵と同じ、前皇后様のことを支持していた人間。


 ――そうすりゃァ、ミュラトール伯爵にも自動的にそのことは伝わる。


 あとは、時期を見計らって。


 匿名でスラムに『違法な毒物を売っている』お誂え向きの店があることをそっと、伯爵宛てに、足が付かないようにと……。


 『情報の書かれた手紙』を届ければ、それで終わり、だ。


 俺がしたことは、社交界でお姫様の噂を流したことと……。


 伯爵に、スラムに違法な毒物が売られているという情報の書いた手紙を送るという2点だけ。


 計画があって、方法もあって、そのための手段が揃えば、確実にお姫様に良からぬことを企んで、ミュラトール伯爵が手を出すだろうとは分かっていた。


 マリオネット操り人形のように、糸を吊して、裏でお姫様のことを自分の都合が良いように動かして……。


 この国の政治に介入する隙を常に見計らっているような、屑だったから。


 ――全ては、計算通りに、俺の手のひらの上でくるくると回っていた。


 テレーゼ様に依頼された内容を、自分が必要以上に罪悪感を抱かない方法で、遂行する。


 誤算だったのは、まさか、あんなにも早く……。


 お姫様の贈り物に毒が混入しているとバレて、陛下にミュラトール伯爵が断罪されたことだった。


【遅効性の毒だったし。……例え、お姫様がそれを口にしても、原因の特定は困難で。

 贈り物を送った人間が、なるべく特定されないようにしていたつもりだったけど……】


 別にこれは、ミュラトール伯爵に配慮したから、そうしたって訳じゃない。


 万が一にも、俺やテレーゼ様に辿り着かれることがないようにと、ミュラトール伯爵に勧めた毒選びに関して……。


 『お姫様が、毒を飲んで死んでしまうことがないように』というのと同じくらい、念には念を入れておいただけだ。


 だから、アルフレッド君という、イレギュラーな存在が出てくるとは、予想もしていなかった。


 それに伴って、お姫様に忠義を誓ってる騎士のお兄さんや、侍女など……。


 “お姫様の周辺”が、賑やかになってきたことも、俺からしてみればだった。


 もしもお姫様が、今も尚、『何も変わらないままの、我が儘な皇女』のままでいてくれたなら。


 テレーゼ様から、ここまで、目をつけられることもなかったかもしれない。


【鳥籠の中、お姫様が羽をもぎ取られて、“”だったならきっと】


 ――だけど、現実は違った。


 周囲で言われているような我が儘な皇女っていう訳じゃァ、なかった。


 会って、話をする度に、思い知る。


 お姫様はしっかりとした考えを持っていて、自分の過去の非をきちんと認めながら、真っ直ぐ前を向いて、ちゃんとした皇族になろうと振る舞っていた。


 まだ、あどけなさが残る少女が周りの大人達に合わせて必死に、年相応以上の振る舞いをしようと努力している。


 あの子のことを、時に、眩しいくらいに……。


 まるで、“”そのもののように感じてしまうのは、俺がどんなに望んでも、絶対に手にれることの出来ない生き方を体現しているからだろう。


 常に前を向いて、一生懸命に生きている。


 そんな姿が、俺の妹ソフィアと、重なって見えて……。


 俺は、あの子のことが嫌いじゃないことに気付く。


 ――それと同時に、俺は……。


 どこまでも親しい、隣にいる男に、目を向けた。


【あーあ……、】


 小さい頃から、いつだって、興味なんて一切無いと、振る舞っておいて。


 『執着』にも近い様な、その“”に映るものが、誰を追っているのか……。


 俺は、昔から知っていたよ。


【お姫様が、我が儘な皇女のままだったら、その興味も関心も、少しは和らいだだろうに】


 見事に、眩しいくらいに真っ直ぐで、誰かの痛みにも寄り添えるような……。


 そんな、優しい少女になっちゃって……。


 ――救えないな、本当に


 『赤』を捨てて、生きてきた殿下だからこそ、誰よりも『赤』を持つ、お姫様に執着している。


 


 ……だってそうだろう?


 生まれた時から、自分だけが『世間のはみ出しもの』だったのに。


 それを隠さなければいけなくて、幼い頃から、抑圧されて、まともに笑うことすら許されてこなかった殿下が。


 “”で育ったと言える訳がない。


【母親の愛情を一身に受けて。

 けれど、いびつとも取れるような家庭環境の中で、お姫様の存在そのものが、んだろう……?】


 それを、一切見せないふりしているようで……。


 その目が、いつも遠くの、少女を見ていることを隠せていない。


 10歳の頃……。


『四つ葉のクローバー探し』


 なんてものをしようと、殿下を誘ったのは俺だった。


 生まれてくる弟か妹のために、それをあげるんだって、張り切って。


 四つ葉のクローバーを探す過程で、偶然見つけた、王宮の壁の穴。


 偶然、小さなお姫様彼女が出てきた瞬間の、殿を、俺は二度と忘れないだろう。


 まるで、吸い込まれるかのように……。


 ただ真っ直ぐに、その片目には、たった1人の少女しか映っていなかった、殿下のことを。


 それから、ちょこちょこと『四つ葉のクローバーを探すのを手伝ってやる』という名目で、殿下はあの壁の穴に通い詰めた。


 ――誰を見に行っていたかなんて、言わなくても分かるのに


 ……なんで、殿下の家族は誰も、その事実に気付かないんだろうねぇ?


 テレーゼ様なんて、率先してお姫様のことを排除しようと動き出しちゃうし。


 ギゼル様は、殿下の秘密が表に出ることを恐れるあまり、必要以上にお姫様を攻撃しようと動いちゃってたし……。


【本当、笑っちゃうよなァ?】


 誰も彼もが良かれと思ってしていることが、今この瞬間にも、殿下の首をじわじわと絞めている。


 ……興味も関心も持たないと決めていたその傍らで、殿下のその瞳がお姫様に向くことをもう、どうあがいたって、隠すこともできないほどに。


 日に日に、殿下の中で、お姫様の存在が大きいものに変わっていくサマを、俺は隣で見続けてきた。


【“大切”なんだって。

 “特別”なんだって、そう思ってるんだろう……?】


 ――お姫様だけが、だって。


 嗚呼、本当に……。


 殿下も、騎士のお兄さんも、お姫様に向けるその感情が“唯一無二”なんだから、厄介だよなァ……。


 特に、殿下は。


 家族に向ける感情にしては、あまりにもお姫様のことを大切に思い過ぎているのは明白だし。


 このままいけば多分、殿下が何を最優先にするかで、結末は変わってしまう。


 昔みたいに、お姫様のことを見ないフリして、興味も関心もないように振る舞っていれば、テレーゼ様のやってきたことが、もしもバレたとしても、殿下も判断に迷ったかもしれないけど。


 今は、そうじゃないってことを……。


 ずっとその隣で、殿下の変化を見続けてきた俺自身が一番理解してる。


 多少、苦悩するかもしれないけれど……。


 それでも、あの子に手を出した人間がいるのなら、殿下は決してそれを許すことはしないだろう。


 ――そうだ、分かってるんだよ。


 そうなれば、テレーゼ様は自滅する。


 テレーゼ様が自滅するってことは、道連れで俺の今までやってきたことも白日の下に晒される。


 だからこうやって、ナナシが俺に声をかけてきたんだってことも。


 全部理解しているつもりだ。


【救いだったのは、この負の連鎖にギゼル様は巻き込まなくて済みそうになったっていうことくらいかな……】


 まだ危ういような一面はありながらも、最近心変わりをしてお姫様に歩み寄ってくれるようになったのは良かったことの一つだろう。


 それと、同時に浮かんできた羨望せんぼうのようなものは、俺が抱くにはあまりにも不釣り合いな感情だった。


【……殿下に嫉妬したって、しょうがないでしょうが】


 あの子を、嫌いになれないのは、ソフィアに似ているからだ。


 だから、テレーゼ様の傍にいながらも、あの子と殿下が幸せになれる道を俺なりに模索してきた。


 テレーゼ様の要望を叶えるフリをして、あの子に婚約話を持ちかけたのは、元々は“殿下の為”だった。


 顔や表情に出ないっていうだけで、殿下は昔からだから。


 もしもいつか、殿下の為を思って、という名目で……。


 自分の母親と親友の共謀で『腹違いの妹が、排除された』と気付いてしまったなら。


 きっと、必要以上にそのことで罪悪感を抱くだろう。


 一生、消えない傷になって残るかもしれない。


 ――だから。


 殿下と、あの子が傷つかないように、俺に出来る最大限の配慮がだけ。


 テレーゼ様から入った『殿下が将来、皇帝の地位に就けるように』という依頼に応えるフリをして。


 お姫様を傷つける方向性じゃなく、“あの子の身の安全を守る”ためにも、必要なことだと思いながら……。


 は。


 今だからこそ、尚更、正しいものだったと思ってる。


【最近のテレーゼ様は、何に焦っているのか分からないけど、お姫様に対して以前にも増して容赦がないように思えるし。

 このまま、放っておいたら、何をしてくるのか全く読めないから……】


 例え、罪を重ねて、俺の心がどれほど薄汚れて、穢れてしまったとしても……。


 もしも、俺の罪が全て暴かれて、この身が破滅へと向かっても良いようにと。


 3年前のあの日から、距離を置いたとはいえ、殿下のことは本当に、かけがえのない親友だと思ってるから……。


 6年という時間と引き換えに、あの子の傍に俺がついておく。


 彼女が成人になる頃には、誰が次の王になるのかは既に決着がついているだろう。


 そうすれば、少なくともエヴァンズが後ろ盾にも付いていることで、テレーゼ様も迂闊にお姫様には手出しすることが出来にくくなる。


 例え、その期間が短くなろうと……。


 当初から、何一つ、その目的は変わっていない。


 ――本当に、だったんだ。


 それなのに……。


 お姫様が俺に魔女だと告げてきて、妹みたいだと同情するだけならまだ分かる。


 っていうか、そうじゃなきゃ、いけない筈でしょうが。


 誠実でいようと、努力するあの子の姿にただ、好感を持っているだけならそれで良かった。


 それ以上の、思いはなかったはずなのに……。


【私じゃ頼りないかもしれませんが……。

 話してくれたら、何かお役に立てることもあるかもしれない、ですし。

 そのっ、私のことが迷惑じゃなければ、ルーカスさん自身のことももっと、話して貰えたら、嬉しいです】


【ごめんなさい。

 私、何か、触れて欲しくないことを聞いてしまったんですよね……?

 土足で人に踏み入られることほど、苦しいものは無い筈なのに】


【ルーカスさんの見ている世界は、今、鮮やか、ですか……?】


 俺が今まで出会ってきた、どんな女の子とも違う。


 いつだって一生懸命で……。


 俺のことも気にかけてくれつつ、それでいて俺が本当に入ってきて欲しくないことには遠慮して一切聞いてこないような、その優しさに……。


 どこか、救われたような気持ちに、なりながら。


 『幸せな結婚』とか、『幸せな家族』とか、何一つ知らないで過ごしてきた少女のことを思うと……。


 割り切っていた筈なのに、胸が、痛くなる。


 今日だって、別に俺には何一つ関係ないんだし、っときゃ、いいのに。


 テレーゼ様がお姫様のことを、魔女だと知ってしまうのは危険だって気持ちは勿論あったけど、殿下がお姫様のことを魔女だって知って……。


 万が一にも、テレーゼ様と親しくしている医者である“バートン先生”に、お姫様の症状を緩和させる方法とかを聞かれることで……。


 それが、テレーゼ様の耳に入って、お姫様が魔女であると知られたらまずいと思って、思わず心配から、探るように声をかけちゃったし……。


 元々、彼女のことを気に掛ける気持ちがなかった訳じゃないけど、彼女が魔女であるということを殿下に知られて……。


 そこから、万が一にも何かの拍子で、今までの俺の言動と照らし合わされて。


 殿下に、『俺の妹の存在』に行き着かれるようなことがあったら面倒だな、って思ってた気持ちの方が大きかったのにさぁ……。


 俺は決して、


 俺がいつだって、一番に気に掛けなければいけない存在は、妹であるソフィアだけだ。


 そうでなければ、いけない筈なのに……。


 気付いたら、何もしなくても、真っ先にあの子の心配をしてしまっている自分を本当に苦々しく思ってしまう。


 ――アァ、本当に。


【神様って奴は、趣味が悪い】


 この世界は、くるり、くるり、と上手いこと。


 傷つけられて、回ってる。


 いっそ、感情なんてもの……。


 人間に、与えなきゃ良かったのにね?


 そうすれば、どんなにこの胸が痛んでも、何も無いものとして割り切って生きていけたかもしれないのに。


 最低で、薄情な、神様って奴は。


 今日も、そんな俺のことを、せせら笑いながら、上から見下ろしてるんだろう……。



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