神様なんてものが、もしもこの世に存在するならさァ……。
そんなものは、本当にクソッタレだ。
【ねぇ、ルーカス、もうすぐ生まれるのよ】
【弟かな……? それとも妹? 嗚呼、楽しみだな……】
――俺、絶対に可愛がる自信があるよ、母さん
穏やかな家族の会話だった。
今思えば、あの頃が一番幸せだったかもしれない。
生まれてきた、
この世界では、忌み嫌われる赤。
……父親にも、母親にも、俺だってそう。
代々、エヴァンズ家に生まれてくる子どもは“銀色”が特徴のはずで……。
そうでなければ、可笑しいのに。
誰にも入っていない、“赤色”が、
【ちょっと待ってよ、……! あり得ないでしょっ!?
親戚に預けるってなんでだよっ。ウチで育てればいいじゃんっ!】
【ルーカスっ、お願い、分かって……。
この子は、エヴァンズ家の直系で育てるよりも、遠い親戚に産まれた子どもとして田舎の地で育てて貰った方が、きっと、この子のためにも、なるのっ、!】
母さんも、父さんも、疲れ切った絶望にも近いような顔をしていた。
きっと、色々と考えた末に、決めたことなんだってことくらい俺にも分かった。
一日や、二日どころじゃない、まだ産後でしんどそうな母も加わって……。
一週間ほど両親と、親戚数人で会議みたいなものが開かれていたのは知っている。
だから、そんなものは、百も承知だった。
グッと、息を呑んだ俺は、それ以上、何も言うことが出来なかった。
結果、エヴァンズ家で生まれた俺の妹は、
……この手のひらは、誰も守ることが出来ず、まだ子どもな俺は無力でしかない。
【じゃぁさ、それでもせめて、精一杯、俺は、この子を大切にしてあげよう。
ずっと一緒に過ごせる訳じゃ無くても、それでも俺の家族なんだから】
会いにいける時には、可能な限り会いに行って。
――ちゃんと兄として、妹のことを目一杯、甘やかしてやろう
妹と過ごした時間は、俺にとってはかけがえのない時間だった。
10も、年が離れて出来た待望の妹だってのもあったけど……。
小さな手のひらで、俺の手をぎゅっと握ってくれたとき。
あどけない笑顔で俺の事を、お兄ちゃんと初めて呼んでくれたとき。
【赤色を持って生まれたこの子は、普通の子じゃないか……】
両親も俺も、本気でそう思っていた。
ちょっと、髪色が赤かっただけで、俺等と何一つ変わりない普通の子どもだ、と。
【なァ……っ!? 神様って奴は、どこまでっ……っ!
どこまで、俺たち家族のことを、踏みにじれば気がすむんだよっ!?】
――俺の妹は“魔女”だった
3歳になったその年に、能力が発現した。
それも、能力を自分でコントロール出来るタイプじゃなく。
妹の周囲は、いつも花や緑に溢れていた。
勝手に、妹が……。
物さえあれば、それを花や緑に変えてしまう。
【身の回りの小さな物を植物に変える能力】
なんだよ、それ……って、誰だって思うだろう。
――
そんな、能力のために、俺の妹は……。
ソフィアは命を削られないといけないのかよっ!? って……。
当然、医者にも診せた。
名医って言われてる人間がいるって聞けば、両親が手当たり次第、その医者に金の糸目もつけることなく、妹と引き会わせた。
……それでも、誰もが、その匙を投げた。
【能力が発現した魔女のことを治す治療法は、確立されていないんです】
【これは、病気ではないですから、もう無理でしょう】
そんな、言葉が聞きたかった訳じゃない……っ!
『何とかならないのかよ……!』って、喚いた所で、なんともならないと。
ただ……。
妹の傍に、小さな物を置かない、って……。
対策を立てたところで、それは“本当に一時の延命措置”にしかならなくて。
結局、あまり意味を成さずに、妹の近くにある枕やシーツ、挙げ句にはベッドからニョキニョキと植物が生え始めてきて止めた。
そっちの方が、小さい物を植物に変えるよりも遙かに……。
妹の命を削っていくスピードが早いのだと、目に見えて分かったから。
まるで、おとぎ話に出てくる“いばら姫”のような惨状で。
血を吐きながら、ベッドの上で日に日に弱っていく妹を、俺たちは見ていることしか出来ない。
そんな時、ソフィアのことを診てくれていた、ある医者が言った。
【もしかしたら、魔女の中に、魔女の能力を治せる能力を持っている存在がいるのではないか……】
――
俺は、俺たちは……。
その言葉を拠り所にして、生きるしかなかった。
だから、魔女のためになることならば、何でもやった。
元々、エヴァンズ家として教会には援助していたけど……。
妹のことがあってからは尚更、
そのうち、能力が発現して、妹のことを救ってくれる魔女が現れるかもしれないって。
魔女かもしれないと言われている人間がいれば、会いに行って援助して……。
その身を匿ったりする手助けをしたのも、そうだ。
一時、教会に熱心に通っていたのも、神頼みでもなんでも自分たちに出来ることはしておきたかったからだ。
結局、どれほど祈ったって……。
一度たりとも、俺の願いが神様ってものに聞き入れられることはなかったけど。
それでも、何かしてなきゃ、可笑しくなりそうだった。
そんなものに、お祈りする日々を、毎日、過ごしていくしかなくて。
……ただ、時間だけが悪戯にすぎていく。
――そんな、在る日のことだった。
【
そう、俺にかかった声は、どこまでも甘美で……。
“
今よりも幼かった、
その声に……、その人に、手を伸ばして
【……何をしたら、妹をっ、助けてくれますかっ……?】
【1を言えば、10を理解する。……お前のような賢い人間は、好きだ。
これから先、私の、手足となって動いてくれる丁度良い人材を求めていてたのだ。
今はまだ、そなたの妹を完全に助けてやれる手立てはない。……だが、“
……それ以上の働きをすれば、そなたが何よりも求めている魔女を積極的に私の方で探してやることも
テレーゼ様が“どうやって”エヴァンズ家の内情を知ったのかは、分からない。
だけど、皇帝陛下の第二妃という立ち位置にいるその人が、今まで築き上げてきた人脈や太いパイプを持っていることだけは確かだった。
その口ぶりも含めて、普段、表の
本当に、何て言ったらいいのか分からないくらい、
差し伸べられたその手が、決して綺麗なものじゃないと俺は分かっていた。
【そう、分かってたんだ……】
――テレーゼ様の、その表情が、物語っていたように
迂闊に踏み入ると痛い目を見ると……。
明確に俺に、危険な物として、直感的な部分で警報を鳴らしていたにもかかわらず。
ソフィアを助けるための、他の選択肢がどこにも見当たらなかったから……。
だけど、俺がテレーゼ様のその手を取ったことは、父も、母も、知らないことだ。
社交界において、誰もが憧れる淑女の見本とまで呼ばれている母親も……。
エヴァンズ家としての立ち回りを十二分に理解しながら、公正な判断が出来ると
俺が、その手をとったと知れば、きっと俺のことを叱っただろう。
【馬鹿なことは、直ぐにやめろ】
と、そう言われて、止められたと思う。
それでも、華やかに笑う、その裏で……。
両親には、俺が殿下……。
この国の第一皇子と仲良くさせて貰ってるが故に、テレーゼ様から秘密裏に魔女を紹介して貰ったと、説明した。
“事実”テレーゼ様が、俺に目をつけたのはそういう理由もあったと思う。
かくして……。
このままいけば1年も持たないかもしれないと医者から言われていた……。
殆ど毎日、身近にある物を植物に変える能力を自動的に発動し続けていた妹の“延命措置”は、成功した。
テレーゼ様から紹介された魔女は、
特注品の棺のような箱の中に入れて、人体を“生きられるぎりぎりの所まで凍らせる能力”で体温を下げて。
動物が、冬の間、冬眠するのと、同じ原理だという。
一年に数回。
定期的に、その魔女に力を使ってもらって、妹は延命することが出来るようになった。
紹介された、その魔女が……。