慌てたように声を出して、勘違いであることをアピールしてくれるルーカスさんに。
ぼーっと見ている場合じゃなかったと……。
ほんの少しだけ遅れながら、私も、みんなへと説明をしようと口を開きかけたタイミングで。
「はぁっ……!? ……それ以外に、姫さんの首元辺りに手を当てて。
アンタの横顔の所為で、確かに俺たちからは詳細には見えなかったが、それ以外のことは考えられねぇだろうが」
と……。
セオドアが私を抱きよせてくれたままの状態から。
怒ったような口調で声を出してきたのを聞いて。
私はさっきまで、ルーカスさんと2人で取っていた体勢や、状況を思い返してみて内心でおろおろと動揺してしまった。
言われて見れば、確かにさっきルーカスさんが私に取ってくれていた体勢は。
傍から見てみると……。
ロマンス小説とかによく出てくるような、ヒーローがヒロインにキスをするような体勢に取られても、何ら可笑しくないような物だったと思う。
例え、それが、ルーカスさん自身が念には念を入れて。
私以外の誰にも聞こえないような声量で『この婚約関係を受け入れるかどうか』という内緒話をするための物だったとしても。
セオドアやお兄様がどういう状況で、私達の方を見てくれたのかは分からないけれど。
角度によっては確かに、そう見えても不思議ではなさそうだった。
「あぁっ、……えっと、」
ぎりっと唇を噛みしめて、ルーカスさんの方を見るセオドアと。
どこか苛立ちを隠せない様子のお兄様を見ながら、私が『……あの、違うんです』と、声を出す前に。
あまりにも予期せぬ言葉だったのか……。
ルーカスさんが、セオドアに対して、一瞬だけ言葉に詰まった後で。
「……あー、成る程ね。
状況については把握したよ。
まさか、ピンポイントで、そこ、見られちゃってたのかぁ。
それは、俺がお姫様に手を出したと思われても仕方ないよなぁ……」
と、声に出しながら。
「じゃぁ、もしかして、殿下もお兄さんもさァ……。
俺たちの会話については、きちんとは聞いてなかった訳……?」
と、お兄様とセオドアに確認するように、慎重に言葉を選んで問いかけているのが見えた。
一見すると、私を心配して怒ってくれている様子のお兄様とセオドアに対して、これ以上刺激を与えないように配慮してくれているようにも見えるけれど。
これは多分、さっきまで私とルーカスさんが二人で遣り取りしていた会話の内容を……。
お兄様やセオドア、アルに聞かれてはいなかったかと、
「……お前達の会話の内容、だと……、?」
「……っ、ああっ。
確かに、姫さんに対するアンタの行動に瞬間的に頭に血が上ってて、会話を聞くどころの騒ぎじゃなかったが」
そうして、戸惑いながらも訝しげな声を出したお兄様と。
遠くから私達のことを見て、走って駆けつけてくれたのだろうセオドアがそう声を出すと。
「ああ、やっぱりね。……そうだと思った。
誓って言うけど、本当に俺はお姫様には、手を出してないよ。
お姫様の髪の毛に、糸屑のようなものが付いてたから、“
多分、その瞬間をばっちり、殿下達に見られてたって訳だ。
誤解が生じてしまったのなら、そんな行動をした俺にも非があるから、謝るけど」
ふぅ、と……、小さく安堵にも似た様な溜息を溢したあと。
お兄様とセオドアを説得するように、さらっと、その場で“それらしい嘘”を吐きながら説明してくれるルーカスさんの言葉があまりにも自然体で違和感がなくて。
私は思わず、咄嗟に出した言い訳にしては本当に凄いなぁ、と思いながらルーカスさんの方を見つめてしまった。
それから、ルーカスさんの説明で『本当なのか……?』と。
その真意を確かめるように……。
ルーカスさんから視線を外したお兄様とセオドアの目線が、私の方へと一斉に向いたのを感じて。
慌てて、こくりと、頷いてから。
「あ、あのっ、本当、です。
……ルーカスさんに何かをされたりはしてないので、安心して下さい」
と、声に出した。
実際、お兄様やセオドア、アルがどんな風に思ったのかは分からないけれど。
それでも、ロマンス小説に出てくる恋愛っぽい遣り取りなんて、私達の間には一切無かったのだから、それについては嘘ではない。
ただ、今、こうしてお兄様達に取り繕っているルーカスさんの説明や。
さっき、私と話してくれたルーカスさんが『秘密を共有する仲間』だと私に言ってくれていたことからも……。
私の反応で、私がルーカスさんから何もされていないということが分かってくれたのか。
「……っ、疑って悪かったな」
と、ルーカスさんに険しい表情を向けたままだった、セオドアが声を出してくれたことで。
お兄様も含めて、張り詰めていたこの場の空気が、ようやくほんの少しでも和らいだことに、私はホッと胸を撫で下ろした。
「……まぁ、でも何にせよ。
俺自身、傍目から見て誤解されてしまうような紛らわしいことをしたのは確かだから。
今後はお姫様に対しても、もっと、適切な距離感で接することを誓うよ」
そうして、苦笑しながらも、ルーカスさんがそう声を出してくれたあと。
私とお兄様、それからセオドアの方を見ながら、謝罪するように申し訳なさそうな表情を浮かべてきたのが見えた。
「あぁ、そうだな。
例え、アリスの髪の毛に糸屑が付いていたのだとしても、それを取るために、わざわざお前がアリスの首元に手を当てる必要なんてどこにもないからな」
そうして、咎めるような雰囲気で眉を寄せて。
私を心配してくれているのか、ルーカスさんに怒るように声を出したお兄様の言葉を聞いて……。
【あ、……。首元に、手……を当てられて、……】
と……。
さっきまで、ルーカスさんの苦しそうな視線の方に意識が取られていたお蔭で。
その時は何とも思わなかったのに……。
【……ねっ? 今もこうして、純粋で無垢で、無防備な君は、俺に生殺与奪の権利をいとも簡単に握られてしまってる。
このまま、俺が君の首に当てている、この手に力を込めたらどうなると思う?】
今、急に、ルーカスさんに首に手を当てられたあの時の状況を思い出して。
思わず、自分でも制御出来ずに、一瞬の恐怖に、ふらっと身体の力が抜けてしまった私は。
よろけて、倒れそうになったところで。
私の腰を抱き寄せてくれていたセオドアが、咄嗟にその腕に力を込めてくれたお蔭で。
辛うじて、地面へとぺたりと力が抜けてしゃがみ込んでしまうようなこともなく。
「……あ、セオ……、ありがとう……」
後ろから支えてくれているセオドアへとお礼を伝える。
――それから……。
何とか、自分の力で立ち上がろうと、一生懸命身体に力を込めようとしたところで。
【……オイ、こいつは、どうする?】
【まだ、子供だろうっ……?】
【だが、コイツも
――ぶわり、と過去の記憶がフラッシュバックするように蘇ってきた。
10歳の時、馬車が事故にあって、お母様と一緒にどこかの廃屋みたいな、倉庫みたいな場所に拉致された。
あっという間の出来事に、何が何だか分からないで戸惑うことしか出来ないまま。
犬の餌皿に用意されたカビけたパンに、どこで調達したのか分からない水。
目の前に広がっている現実が、ただただ、『異常』であることを告げていて……。
複数の男の人が、まるで何でもないことのように軽い会話を交わしながら、文字通り、
【あぁっ、そうだな。……じゃぁ、早いとこ
一瞬の躊躇いなんて無かったかのように、気紛れに決定された私の命はどこまでも軽く。
人の命を奪うということに、何の
ナイフに刺されて、おびただしい量の鮮血に、視界が真っ赤に染まっていた。
目の前のお母様のように、私もそうなるのだと……。
諦めてもいた。
覚悟もしていた。
――だけど。
私に迫ってくる、手のひら……。
べっとりと、こびり付いてくる血。
キュ、ッと音を立てて、“
あの日の、私が助かったのは、全てが都合良く絡み合って作られた運、みたいなものだったのだろう。
「っ、姫さん、どうしたっ……!? 何があったっ……!?」
――遠くで、切羽詰まったように、私を呼ぶような声が聞こえた。
いつも優しい、安心出来る声だ。
その声に
心配そうな表情で、私の方を見てくれるセオドアに焦点を合わせて、口元を緩め、ふにゃりと少しだけ困ったように笑みを溢しながら。
「……ううん、何でもない。
えっと、そのっ。……さっきまでは、平気だったんだけど。
もしかしたら、ちょっとだけ体調が悪くなってしまったのかも……」
と、なるべく明るくなるように気をつけつつ声を出してから。
私の身体を支えてくれていたセオドアに『もう大丈夫、ありがとう』と視線で告げて、少しだけ離れれば。
今度はぺたんと力が抜けてしまうこともなく、しっかりと自力できちんとその場に立つことが出来た。
「……ショールを肩に掛けてはきたけど。
もしかしたら、寒いのに薄着で出てきてしまったからかもしれない」
そうして、困ったように言葉を出して、そう伝える私を真っ直ぐに見つめながら。
セオドアが。
「……っ、どう見ても生気が無くなって、顔色が悪いのに、本当にただ寒いってだけ、か?」
と、険しい表情を浮かべて、私を気に掛けてくれるのが見えて。
私は、その言葉に『うん、多分……』と返事をして、こくりと頷き返した。
きっと、普通の体調不良だけじゃなくて。
魔女としての能力の反動などに関する問題だとか、私の様子を見ながらも色々な面を考慮してくれたのだろう。
こういう時、セオドアの目は、あまり誤魔化すことが出来ないっていうことが分かっているから……。
『寒さにあてられて、身体が冷えたからほんの少し体調が悪くなってしまったのかも』
と告げながらも……。
「心配してくれてありがとう」
と、声に出して。
真っ直ぐに、セオドアの方を見つめ返す。
内心では悟られないかドキドキしていたけど……。
表では、なるべく本心が気付かれないように上手く取り繕うようなことが出来たと思う。
「……っ、それなら、いいけど。
あまり、無理だけはしないでくれ。
姫さんの身体に何かあってからじゃ、遅いんだからな」
そうして、私の言葉と、私のことを見てくれたあとで。
きっと、総合的に判断して、どことなく安堵したような溜息を溢してくれたセオドアが、私に向かって声をかけてくれた。
そのことに、詳しく説明することが出来ない罪悪感みたいな物は少しだけあったんだけど。
それでも、どうしても本音の部分できちんと話すことが出来なかったのは、私の心の弱さみたいなもので。
だいぶ、あの日の記憶も。
トラウマも、薄れてきたと思っていたのに……。
――私自身が、まだ過去に囚われてしまっていて抜け出せていない証拠なのかもしれない
それから、そっと、首元に無意識に当てていた自分の手を、ショールを掛け直すことで誤魔化しながら降ろしたあとで。
私とセオドアの方を心配そうに見てくれていたアルとお兄様、そしてルーカスさんの方へと向き直った私は……。
「あ、あの、心配をおかけして申し訳ありません。
寒さにあてられて、体調が少し悪くなったのと、ちょっとだけ、よろけてしまって……」
と、改めて全員に、自分の身体のことを説明する。
「いや、それは良いんだけど。……お姫様、本当に大丈夫?
お兄さんの言うように、顔色が青白くなってしまってて、滅茶苦茶悪いよ……?
流石に、こんな寒い日に外に長時間いたら、そうもなるか。
ごめん、俺が、もっと早くに気付いてあげるべきだったね」
そうして、ルーカスさんにそう言われて。
私はふるりと首を横に振った。
あの時、ルーカスさんは私の危険を警告してくれる意味で、私の首に手を当てただけで。
言葉の通りに力を込められた訳でもなく。
私をどうにかしようとするような意図はどこにもなかった。
だから、ルーカスさんは何も悪くないし、私が今勝手に、“過去のトラウマ”を呼び起こしてしまっただけだから。
――ルーカスさんは、私とお母様を拉致したあの人達とは違う。
内心で、自分自身に言い聞かせるようにそう声に出してから。
「いえ、私も、自分の体調が悪くなりそうだったなら、もっと早めにお伝えするべきでした。
なので、ルーカスさんが悪い訳では……」
と、口元を緩めながら、まるで何でもないことを装って声を出す。
突発的に出てしまった自分自身のトラウマだとは言えないから、上手く取り繕いながら。
今、自分が出した声が震えていないことに、ホッと胸を撫で下ろして。
ルーカスさんとお兄様を見つめれば。
「それなら良かった。……お姫様、これから、一緒に宮に戻ろっか?
それとも、ちょっとだけ、そこにある椅子で休憩してから戻る……?
まだ、ふらっとしているなら、直ぐに身体を動かさずに、休んだ方が絶対に良いと思うけど」
と……。
ルーカスさんが色々と考えながらも私のことを思って提案してくれる。
その姿に、ルーカスさんはやっぱり優しい人だと思うし、“大丈夫だ”と自分を落ち着かせながら。
ふるりと首を横に振って。
「ありがとうございます。
……でも、そこまで酷いものではないので、大丈夫です」
と、その提案を有り難く受け取ったあとで、声を出せば。
「そっか。……急に顔色が悪くなったから心配したよ。
それより、殿下とお兄さん、アルフレッド君はどうしてここに?」
と、私の様子を見てくれてから、一安心するように安堵したような声を出してくれたルーカスさんが。
お兄様とセオドア、アルに向かって訝しげに声を出したのが聞こえて来て……。
――そう言えば、今の今まで何とも思わなかったけど。
確かに、どうしてここに、みんながいるのだろうと不思議に思ってしまう。
私とルーカスさんが一緒に宮から出てくる際に、みんなにはルーカスさんと二人っきりにして欲しいと伝えていたし。
みんな、その言葉に頷いて、私に配慮してくれていたはずなのに。
……もしかして、ローラやエリスに何かあって。
直ぐに私に伝えなければいけないようなことが出来てしまって、みんなでわざわざ私の方へと来てくれたんだろうか……?
「セオドア……、ローラか、エリスに何かあった……?
もしくは、ハーロックが来て、お父様関連のことで、私に何か、早急に伝えなければいけないような事が出来てしまった、とか……?」
他に、緊急を要するようなもので、ありえそうな事案としては。
パッと直ぐに思いついたものだと、お父様の執事であるハーロックがお父様関連で私に伝令をしにきてくれたとか、そういう事くらいしかなくて。
私が戸惑いながらもセオドアに質問すれば。
「……いや、違うぞ、アリス。
僕達の今日の目的は、そんなものではないっ!
僕達は、ルーカスがアリスと婚約をした上で、将来、アリスのことを幸せに出来るのかどうか……。
本当にアリスのことを考えて、幸せにするつもりがあるのかどうか、聞きにきたのだっ……!」
と、セオドアが口を開いてくれるよりも早く、アルが私たちに向かって声を出してきてくれた。