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第266話 正直な気持ち


 お兄様とセオドアにお願いして、二人っきりさせて貰ったあと。


 ルーカスさんと二人、ゆっくりと宮にある庭の中を歩きながら……。


 私はそっと私に歩幅を合わせて歩いてくれているルーカスさんの横顔をちらりと窺うように見つめていた。


 私のデビュタントの時もそうだったけれど、貴族の令嬢達が熱い視線を向けてきて。


 周囲の人達がきゃーきゃーと、はしゃいでいる姿に。


 整った顔立ちをしているルーカスさんは、改めて女の子からは人気があるんだろうな、ということが、こうしてみると本当によく分かる。


 ――だけど、正直。


 私には彼女達のそういった熱の籠もったような視線や、その感情に対しても、まだ、今一どんなものなのか、本当の意味では理解出来ていないのだけど。


「……それで?

 俺と二人っきりになりたかったってことは、お姫様が、何か俺に話したいことがあったからじゃないの?」


 ガーデニングアーチの下を通り、手慣れた様子でエスコートするようにルーカスさんに手のひらを差し出されたあと。


 戸惑いながらもその手を取って、庭園の中にある、円卓のテーブルに案内された私は、椅子に腰掛ける。


 そこまでしっかりと話した訳ではないはずなのに。


 最初からルーカスさんは“”と、分かってくれていたみたいで。


 ルーカスさんからそう言われたことで、真剣な表情で、私はこくりと頷き返した。


「はい。……あの、ルーカスさんっ、実は能力の発動によって、私が魔女だってこと、お兄様に知られてしまいまして……。

 前に、2人で話した時、お兄様には内緒にするって約束していたのに、守れなくてごめんなさい」


 そうして、かなり重要な話になってしまうため。


 周囲に誰もいないことをしっかりと確認しながらも、私が俯き加減になりながら、ルーカスさんに向かってそう言うと……。


 ルーカスさんは『……っ、』と、小さく息を呑んだ後で、テーブルの上に置いていた私の手を正面から覆うようにして、ぎゅっと握ってきた。


 ルーカスさんにしては珍しく、力の加減もなく、痛いくらいに力強く握られたことに、私が戸惑う間もなく……。


「それでっ……、!? お姫様、体調は大丈夫なの……っ!?」


「……っっ、!」


【……何て言われるんだろう?】


 ――やっぱり、お兄様に知られたこと、良く無かったかな、?


 と、内心でドキドキしていたのに、予想とは全く違い。


 目の前で、今までにないくらい眉尻を寄せて。


 どこか、危機迫ったような顔つきになったルーカスさんが、私の身体のことを心配をしてくれていることが分かって……。


 私は思わず、反射的に肩を揺らして、びっくりしてしまったあとで、こくりと頷き返した。


「あ、あの……っ、はい、この通り、ぜんぜん……もんだい、なくて……」


 それから、元気であることを一生懸命アピールすれば、『はぁ……っ、』と小さく息を溢して、少しだけ安堵したような表情を浮かべたルーカスさんが。


「そっ、か……。それなら、本当に良かったよ」


 と、私に向かって小さく口元を緩めた後で、声を出してくれる。


 ――こんな風に、余裕のないような表情のルーカスさんは初めて見たかもしれない。


「ルーカスさん、あの、ごめんなさい。……心配して下さって、ありがとうございます」


 普段のルーカスさんは、もっと感情の変化に関しても、滅多に乱れることがなくて……。


 いつも大人の余裕があって、基本的ににこにこと笑っている筈で……。


 何もかもが、私の予想していた反応とは違っていたことに、戸惑ってしまいながらも、心配してくれたことに対してお礼を伝えると。


「いや、俺の方こそごめん。……手、痛くなかった?」


 と、ルーカスさんは謝罪してくれたあとで、今の今まで、強く握ってくれていた私の手を離してくれた……。


 大人の男性から、ぎゅっと、力強く握られた自分の手のひらは、ほんのりと、赤みを帯びてしまっていたけれど。


 私は、それを隠すようにして、さっとテーブルの下に、手を降ろしたあとで、こくりと頷き返す。


「はい、大丈夫でした。……あの、それで……」


「あぁ、うん、ごめん。……肝心な話、してる最中だったよね?

 お姫様が魔女であること、殿下に知られちゃったんだっけ、……?

 確かに俺と約束はしてたけど、別にそこまでお姫様が心配して気に病むことでもないよ。

 魔女の能力が突発的に出てしまうのは、誰にも防ぐ事なんてできないだろうからね」


 そうして、まるで何でもないことのように、笑顔を向けてくれたルーカスさんのその言葉に私は、どこか違和感を覚えて首を傾げた。


 だけど、しっかりとその言葉を頭の中で復唱させて、一語一句なぞるようにして、もう一度考えて見ても、どこに違和感を感じたのか、自分でもよく分からなくて……。


 私は“気のせいだったのかもしれない”と思い直す。


「俺がお姫様の能力が誰にも知られない方がいいと思ったのは、どこでその情報が周囲に広まるようなことになるか、分からなかったからだ。

 それが例え、殿下でもね。……知っている人間が増えるごとに、周りへと情報が漏れてしまうようなリスクも上がっていくから」


 それから、ルーカスさんに『どうしてあんな約束をしたのか』ということを、丁寧に説明されたことで、私自身素直に頷くことが出来た。


 ルーカスさんが私のことを心配してそう言ってくれていたのなら、確かに納得のいく話ではあったから……。


 きっと、その話は本当なのだと思う。


 だけど、あの時のルーカスさんの表情も何もかもを考えたら、どうしても“それだけ”ではなかったような気がして……。


「あの、本当に、それだけだったんでしょうか……?」


 と、私は思わず、ルーカスさんに聞き返してしまった。


 私の問いかけに、ルーカスさんは虚を衝かれたような表情を浮かべたあとで。


「嗚呼……、本当に、巡り合わせが悪いのか……。

 知られたくないようなことほど、どうしてか、いつも君には知られてしまう」


 と、苦笑しながら……。


 “私に対して伝えている”というよりも、その場にただ、ぽつりと本音が溢れ落ちてしまったかのような言葉を出してから。


 真っ直ぐに、私のことを見つめてきた。


 その視線が、どうしてか、まるで虚無のような、何も感じられない冷め切ったようなものであることに、思わず、ドキッとしてしまう。


「ルーカスさん、?」


「俺は、狡いと思う。……だけど、これ以上はどうか、俺の中に立ち入ってこないで欲しい」


 そうして、ルーカスさんからはっきりとそう言われたことで。


 明確に、その言葉で、ルーカスさんから一線を引かれてしまったのだということに気付いてしまった。


 ……今まで、ルーカスさんからは、態度でやんわりと『これ以上は入ってこないで欲しい』と言われているんだろうな、と思うようなことはあった。


 だけど、こんな風に声に出して明確に拒絶されるようなことはなかったから、びっくりしてしまう。


「ごめんなさい。

 私、何か、触れて欲しくないことを聞いてしまったんですよね……?

 土足で人に踏み入られることほど、苦しいものは無い筈なのに」


 ルーカスさんが何に悩んでいるかまでは、本人から詳しく聞いた訳じゃないから……。


 『ルーカスさんにとって大切な人が病人で、辛い思いをしているんじゃないか』と推測することは出来ても、本当の所までは私には分からない。


 だけど、未だに誰にも言えないようなことを抱えてしまって、触れられたくない領域みたいなものがあるというのは、私も同じだからよく分かる。


 物理的にではなく心情的に、慌ててルーカスさんから距離を取った私を見て。


 ルーカスさんは苦笑交じりの、どこか自嘲するような笑顔を向けてくれたあとで。


「お姫様は、本当に、聞き分けが良すぎると思うよ。

 まぁ、そんな、君だからこそ。……俺自身、随分と、救われているってことは、確かなんだけどさ。

 一つだけ、言っておくけど、君が悪い訳じゃないからね? これは、俺自身の問題だから」


 と、私に対して、声を出してくれた。


 瞬間、ルーカスさんはもう、いつも通りの様子に戻っていて。


 私はそんな姿に安堵したあとで、何か別の話題を探した方が良いかな、と思いながら、1人、おろおろしてしまう。


 そんな私の様子を見ながら、ルーカスさんが堪え切れなかったのか、吹き出すような笑みを、私に対して向けてくれたのが分かった。


「ふははっ、お姫様っ、本当に素直で、分かりやすいよねっ……!

 今、俺に気を遣って、一生懸命、別の話題を探そうとしてくれてたんでしょ?」


 そうして、自分の考えていることが全て、ルーカスさんには伝わってしまっていたのか。


 屈託のないような無邪気な笑みでそう言われて、私は『うぅ……っ』と、小さく声を出して、肩を落とした。


「ごめんなさい。……ルーカスさんみたいに、気の利くような話も思いつかなくて」


 そうして、落ち込んで声を出す私に、ルーカスさんは、まるで年の離れた兄弟を見守るお兄さんのような、楽しそうな表情を向けてくれたあとで。


「別に気にしなくてもいいのに。……そういうとこが、お姫様の良い所でしょ?」


 と、慰めのような言葉をかけてくれる。


「……そうなんでしょうか……?」


 その言葉にあまりピンと来ていない私に対しても。


 ルーカスさんは落ち着いた声色で『いや、本当に。……お姫様の、そういう素直で正直な所は美徳だと思うよ』と声に出してくれたあとで。


「あと、頑張り屋さんな所もね」


 と、続けて褒めるように言葉をかけてくれた。


 こうして一緒に過ごしていると、改めて思うけど。


 私の年齢が10歳だということもあってか、ルーカスさんと私は傍から見たら兄妹のようなものであり。


 どこからどうみても、今から婚約するかもしれない2人には見えないだろう。


 私自身、本来は時間を巻き戻している訳だから、16歳まで過ごしてきた記憶はあるんだけど……。


 精神年齢的に見ても、どうやったってルーカスさんとは釣り合わないように感じてしまうのは、私が子供っぽすぎるからだろうか。


「まぁ、今回、お姫様が、俺と二人っきりになろうとしてくれたのが、以前の約束を律儀に守ってくれただけだったのは、ちょっとした誤算だったけどね?

 折角、声をかけてくれたんなら、婚約に前向きになってくれたのかと思うじゃん?」


 そうして、私に対しても嫌な思いを一切させることなく大人の対応をしてくれるルーカスさんは、やっぱり凄いなぁと感じてしまう。


「ルーカスさんは、その……。好きな人とか、いないんでしょうか……?」


 だから、思わずその言葉が口をついて出てしまったのは、前にお兄様からルーカスさんが『自分の伴侶を愛せる奴じゃない』と聞いていたのが頭に残っていて。


 ずっと気になっていたことが、今、本当に何の前触れもなく、自分の気が緩まって出てしまった結果だった。


「……っ、えっと。……俺の、好きな人、か……。

 珍しいね……? まさか、お姫様から、そんな質問が飛んでくるなんて予想してなかったからさ」


 それに対して、一瞬、面食らったような顔をしてから、少しだけ困ったような表情を浮かべるルーカスさんに、私は慌てて。


「あ、っ……えっと、そのっ……。

 突然、何の脈絡もなく、突拍子もないことを聞いてしまって、ごめんなさい……っ」


 と、声に出して謝罪する。


「いや、別にいいよ。……ちょっと、驚いただけだから。

 そりゃぁ、君にこうして婚約話を持ちかけてきている訳だからさ。

 俺が好きな人は当然、って言えたら、滅茶苦茶格好いいんだろうけどね……?

 今の俺からそんな風に言われたら、逆にびっくりしちゃうでしょ?

 だから、正直に答えると、残念だけど、俺にはそういう人間はいないかな」


 それから、ルーカスさんにそう言われて、私はホッと胸を撫で下ろしたあとで、『そうなんですね』と声を出した。


 思いのほか、特に茶化して誤魔化されるようなこともなく、真剣に答えて貰ったなぁ、と思ってから。


「あの、私、前にも少しお話したかと思うんですけど、そういう気持ちが全然分からないんです。……だから、人に恋する気持ちってどんなものなのかなって、思っちゃって」


 と、私も、正直に自分のことをルーカスさんに伝えることにした。


 誰かを特別に思うような気持ちも、最近になって、少しそうなのかもしれないと思い始めてきたばっかりで。


 友情とか、恋愛の気持ちとか、家族としての親愛の気持ちとか、人によってそれぞれにという感覚が未だに、よく分からなくて。


 どちらかというのなら、今までは、その全てが一緒くたになってしまっていたから……。


 私の言葉に対して、ルーカスさんはどこまでも紳士的で。


 少しだけ困ったように口元を緩めてくれながら。


「あぁ、うん。……俺も、お姫様の気持ちなら、よく分かるよ。

 そういう意味で、君と俺は“根本的な部分”では、似ているのかもしれないな……。

 ただ、俺が頑なに“”と決めているのとは違って、君の場合は、今まで置かれてきた環境下から、まだ、特別が分からないだけなんだと思うけど」


 と、まるで、何でもないかのように、そう言われて、私はびっくりしてしまった。


【私と、ルーカスさんが根本的な部分でよく似ている……?】


 ――それ以前に、“そういう人間を作らない”って決めているってどういう意味なんだろう?


 特別な人は、自分の中で作らないって決めているってことなんだろうか。


 ルーカスさんから、言われた言葉の大半がよく分からないようなもので、思わず首を傾げて、私が1人、頭の中で一生懸命、その情報を整理していると。


「……嗚呼、本当に、良くないな。

 今日は、何でか言わなくてもいいことまで口走ってしまう」


 と、苦笑交じりのルーカスさんから、真剣な顔つきになったあとで。


「ねぇ……? お姫様は、俺との婚約について、正直に、今、どう思ってる?」


 と、真っ直ぐに聞かれてしまった。


 そこで、私は少しだけ視線を落としたあとで。


 今の段階で自分が考えていた気持ちを、悩んでいたことも含めて隠しもせずに、つたない言葉でゆっくりと伝えていく。


「あの、正直、まだ、よく分からないんです。

 ルーカスさんが持ってきてくれた婚約のお話は、色々なことを考えた時に、国のため、皇女としてはなんだと思っています。

 ただ、婚約のお話をお受けしようと考えると、どうしてか、もやもやしてしまって……。

 私、最近になって、誰かを特別に思うようなことも、徐々に分かってきている気がしていて。

 そのっ、ルーカスさんも、そこに当てはまるかって言われたら、当てはまらない訳じゃない、はずなのに……」


「うん、そっか……。

 分かるよ。……お姫様が今、俺に対して抱いている感情は、恋愛の気持ちじゃないんだろうね?」


「……っ、あの、でも、これから努力したら……」


 ――もしかしたら、ルーカスさんのことを好きになれるかもしれない


 私が、顔を上げて、意を決してルーカスさんに向かって、そう声を出そうとすれば。


「……お姫様、自分の考えを押し殺してまで、俺に合わせようとしなくていいんだよ。

 君は、これから先の未来のことじゃなくて、今の自分の気持ちを大事にするべきだ」


 と、先手を打つように、ルーカスさんからそう言って貰えて、私は続きの言葉を出す前に口を閉じた。




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