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第264話 お土産と手作りクッキー



「アリス様、お帰りなさい」


 私がアルとセオドアと一緒に自室に戻ったら、丁度私の荷物の整理を終えてくれた様子のローラとエリスが出迎えてくれた。


「お疲れではありませんか?」


 ローラにそう問いかけられて、私は首を横に振ったあとで、部屋の中が凄く綺麗な状態で保たれていることに気付く。


「エリス、もしかして私が留守の間も私のお部屋の手入れをしてくれてたの……?」


 この間、私達が古の森に出かけて数日間留守にした時もそうだったけど。


 今回も、私が留守の間に私のお部屋の掃除をエリスがしっかりとしてくれていたのだろう。


 窓の掃除や、ベッドシーツに至るまでいつでも直ぐに使える状態になっている程にピカピカだった。


 私が、そのことに関してエリスに問いかけるように声を出すと、エリスは少しだけ照れたようにはにかみながらも。


「はい、ほんの少しでもアリス様のお役に立てたなら良いんですけど……」


 と、私に向かって声をかけてくれた。


 その姿が、ずっと笑顔で応対し続けてくれたエリスのお父さんと被るような所があって、私は思わずやっぱり2人は親子なんだなぁ、と感じてしまう。


 私がまじまじとエリスの方を見てしまったからか。


 “アリス様……?”と、エリスの方から『どうしたんでしょうか?』と、言わんばかりの不安そうな表情を浮かべながら呼びかけられて、ハッとする。


「ううん、実は今回の調査で、私達、エリスのお父さんの領地に行く機会があって……。

 そこで、エリスのご家族とお会いしたんだけど、エリスはお父さん似なんだなぁ、って思ってしまって」


 そうして、にこっと微笑みながら、私が事情を説明すれば。


 エリスは、私の言葉にもの凄く安堵したような表情を浮かべてから。


「なんだ、そうだったんですかぁ……っ! 私の父にお会いになったんですね……っ!」


 と、声を出して……。


「えっ、? ……えぇぇっっ!? 私達の領地にっ、……アリス様がッッ!?」


 と、きっとこれ以上は開かないだろうというくらいに、思いっきり目を見開いて驚いてしまった。


「う、うん……っ」


 それから、普段、あまり大きな声を出すことがないエリスの突然の大声に戸惑いながらも、こくりと頷き返せば。


「確か、皆様は、今回の調査でブランシュ村に行くっていう話だったんじゃ……?」


 と、問いかけられて、私はエリスの言葉に『うん、そうなんだけど……』と、同意したあとで。


「私達が探している、行方不明になっている騎士のが偶然にもエリスのお父さんの領地に暮らしていたの。

 それで私達は、新しく何か手がかりになるような情報がないか、少し立ち寄らせて貰って」


 と、エリスに向かって、事情を簡単に説明しながら、ローラに目配せをする。


 エリスのお母さんが私達にお土産としてクッキーを持たせてくれたことは、ローラには話していて。


 私の旅行鞄の中に入れて、持って帰ってきていたから……。


 今は、さっきまで私の荷物の整理をしていてくれたローラが持ってくれているんじゃないかな、と判断してのことだった。


 私の視線だけで、阿吽の呼吸で、私が何を言いたいのか察してくれたローラが……。


 エリスに渡す予定だった夫人が作ってくれたクッキーを『アリス様、此方です』と声を出してくれながら私に手渡してくれる。


「それでね、これ……。

 エリスのお母さんが、私達に領地で採れる野菜を使ってクッキーを出してくれたんだけど。

 私達が食べる分も含めて、良かったらエリスにも渡して欲しいってお土産として持たせてくれたの」


 そうして、口元を緩めながら、笑みを溢した私の手元へと視線を落としたエリスが。


「……なっ、! うぁっ、あぁ……っ、お、お母さんっ、一体、何を考えてっ!

 こんな何の変哲もない可愛くも何ともない袋に大雑把にドーンと入れて、アリス様にクッキーを手渡してるだなんて……っ。

 私に送るだけならまだしも、これじゃ、見た目が……」


 と、狼狽しつつ、取り繕うことも出来なかったのか、“母”ではなく咄嗟にって呼んでしまって……。


 もの凄く焦ったような声色で、恥ずかしそうにするものだから、私は思わずきょとんとしてしまう。


 それから、少し経って、エリスの言いたいことが何なのか把握した私は。


「エリス、私のことなら気にしないで。

 確かに夫人は、賞味期限のこともあるからって、密封する為にこの袋にクッキーを入れてくれたあと。

 “これだけじゃ、見た目が悪いですよね”って気を遣って声をかけてくれたんだけど、更に包装して貰うのは申し訳なくて、私が断ったの。

 一度食べさせて貰って、その美味しさについては分かっているし。

 折角、エリスの事も思って持たせてくれたものだから、見た目なんて別に気にしてないよ」


 と、エリスに声をかける。


 そこでようやく、普段通りの落ち着きを取り戻したエリスから……。


「……アリス様、ありがとうございます……っ!

 私、実は、母の作るクッキーが本当に大好きでっ!

 王都に似たようなクッキーが置いていないか探してみた事もあるんですけど、この辺だとクッキーの値段も高すぎて、買うのはいつも断念してたんです……っ!」


 と、嬉しそうな表情でそう言われて、私も思わずほっこりと嬉しくなってしまって、エリスに向かってにこっと笑みを溢した。


「……でしたら、アリス様。

 折角ですので、クッキーが美味しいうちに、エリスも含めて、みんなでティータイムにするのは如何でしょう?

 早速、美味しい紅茶を淹れて参ります」


 そうして、此方に向かって微笑みながら、そう声をかけてくれたローラの言葉に。


「うん、ありがとう、ローラ。……お願い出来る?」


 と、声を出して、持っていたクッキーを再度ローラに預け直してからお願いすれば……。


 ローラが私に向かって、ふんわりと柔らかく微笑んでくれたあとで、こくりと頷き返してくれるのが見えた。


「……あっ、ローラさん、私も行きますっ!」


 それから直ぐに、私の自室の扉を開けて動こうとしてくれたローラに対して、エリスが慌てたように声をかければ。


 ローラが……。


「エリス、ここは私が準備をするから、わざわざ手伝いに来なくても大丈夫。

 偶然にも、あなたの領地にアリス様が行ったことで、今日はきっと積もるような話もあるでしょう?」


 と、やんわりとエリスがお手伝いすることを断ってくれていた。


 勿論、普段ならエリスにも手伝ってもらうところなのだろうけど、ローラは私がエリスのお父さんの領地に行ったということを事前に聞いていたし。


 そこで、東の国の民族衣装でもある“着物”を着せて貰って。


 お祝いとして開かれた祝祭にも参加することになったという話も、ちょっとだけしていたから、エリスが喜んでくれるようなお土産話が沢山あるかもしれないと、こうして配慮してくれたのだろう。


 その言葉に、戸惑った様子のエリスを見ながら。


 私は真正面からエリスに視線を合わせて、ローラがエリスに作ってくれた優しい時間を無駄にしない為に……。


「うん、エリス。

 ローラの言う通り、折角だからエリスにはここで、私の話に付き合って貰えると嬉しいなっ!」


 と、声をかける。


 私の言葉を聞いて、エリスはローラと私を交互に見ながら……。


「あ、ありがとうございます……!」


 と、本当に嬉しそうな表情で、声を出してくれた。


 それから、私はセオドアとアルとエリスと一緒に来客用にも使っている方の部屋でテーブルを囲み、ソファへと腰を降ろす。


 ――みんなでこうしていると


 改めて『本当に、自分の部屋に帰ってきたんだな』っていう、少し不思議な実感が湧いてきた。


 ここ最近、皇族所有である別荘でもゆっくりするような間もなく、慌ただしく色々な所で動き回っていた所為もあるのかもしれない。


 それでも、自分の部屋が、ホッと一息つけるような、そんな居心地のいい場所にいつの間にか変わっていることも、きっとみんなのお蔭なんだろう。


 皇宮へと帰ってきたのが夕方で……。


 お父様と話していたからもう結構、遅い時間帯になってしまっていたし、みんな普段は行かないような場所に行って、慣れない旅で疲れてしまっていないかと心配になって……。


「……アルも、セオドアも疲れたりしてない……?」


 と、みんながソファに腰掛けてくれたことを確認してから……。


 私が2人に向かって声をかけると、アルもセオドアも大丈夫だというように、私に視線を向けてくれた。


「うむ、大丈夫だ、アリス。僕はこの通り、ピンピンしているしっ、全然問題ないぞ」


「あぁ、これくらいのことなら、別に疲れたうちにも入らねぇからな。

 姫さんは、俺の心配よりも自分の事を心配してやってくれ」


 そうして、此方に向かって元気よく答えてくれたアルと、苦笑しながらも声をかけてくれたセオドアに。


 『それなら良かった……』と『ありがとう』の言葉を伝えてから……。


 私はエリスに向かって微笑みながら、エリスのお父さんの領地で、エリスの家族から歓迎して貰ったことなどをゆっくりと話し始める。


 ――それから少し経ってから。


 クッキーをお皿に入れ、人数分の紅茶も含めてローラが運んできてくれた。


 エリスとエリスのお母さんが作ってくれたお野菜のクッキーが本当に美味しかった話をしながら、そこに度々、アルも加わってくれて賑やかに会話が弾んでいた状態で。


「ローラも、ずっと動きっぱなしで疲れてるでしょう? ここで、一緒に休憩をしよう」


 と、私が声をかければ……。


「アリス様なら、きっとそう言って下さると思っていました」


 と、ローラが苦笑しながら、『失礼します』と声に出してソファーへと腰を降ろしてくれる。


 みんなが揃った所で、改めて、お皿の上にローラが出してくれた、夫人が作ってくれたクッキーを一つ手に取って、口の中にいれ、サクッと音を立てて噛み砕くと……。


 お野菜の優しい甘みが、ローラの淹れてくれた紅茶ともよく合って、上品な味わいとして口いっぱいに広がっていく。


 そうして、私の目の前で、アルが。


「うむ、本当にいつ食べても絶品だな……っ!

 ローラがいつも、僕達に作ってくれるおやつくらい美味いぞっ!」


 と、満足そうにクッキーを頬張っているのを見ながら……。


 私が『エリス、夫人が作ってくれたクッキー、本当に美味しいねっ』と声を出すと。


「母の作ったクッキー、私も本当に久しぶりに食べました。

 皆さんにも、こうして喜んで食べて頂けて、凄く嬉しいですっ……!」


 エリスが此方に向かって、本当に嬉しそうな表情で笑いかけてくれるのが見えた。


 それから、みんなで、夫人が作ってくれたクッキーを堪能して、舌鼓したつづみを打って、まったりとした時間を過ごしたあと。


 暫く経ってから、私は、エリスに向かって、エリスのお父さんの領地に居た時に、自分が考えついた案を話してみようと口を開いた。


「……ねぇ、エリス。

 夫人が作ってくれたこのクッキー、紅茶のティーパックを入れて保管することで日持ちもかなり延びるって聞いたから。

 お節介かなとは思ったんだけど、鉱山の洞窟に入る冒険者向けに販売してみるのはどうかなって、提案してみたの」


 私の言葉に、初め、エリスは何のことか分からなかったみたいで、びっくりした様子だったけれど。


「その……、エリスのお父さんが“借金を抱えている”って、前にエリスが話してくれたでしょう?」


 と、私が話すと、その全てに合点がいったみたいで。


 私がどうして彼らにその提案をしてみたのか、エリスも納得してくれたみたいだった。


「アリス様、そうだったんですね……っ!

 母のクッキーを販売するだなんて、私には全然、思いつきもしないことでした」


 そうして、エリスからそう言われて、私は口元を緩めながら……。


「うん、それでなんだけど。

 折角、これだけ美味しいクッキーを、冒険者用にだけ販売するのは勿体ないなぁ、って思って……。

 もし、夫人さえ良かったら、王都で私の伝手を当たってみるから、本格的に“商品化”してみるのはどうかなぁって……。

 勿論、まだ、私の頭の中で漠然とした構想の段階でしかないから、その話自体は夫人にはしていないんだけど」


 と、柔らかな口調で語りかけるようにエリスに向かって声を出した。


 私の言葉を聞いて、一瞬だけエリスは“ポカンとした様子”で、何を言われたのかも理解出来ていないような顔つきだったけれど。


 頭の中で、私の今伝えたことを噛み砕いてくれて、少し間があったけれど、状況については把握してくれたのだろう。


「……えっ、えぇぇっ……!?

 お、お母さっ……! 母のクッキーを王都で販売っ、する、んですか……?」


 そうして、あわあわと、『ひぇー……っ!』と声を出しながら。


 思いっきり目を回してパニックになってしまっているエリスを真っ直ぐに見て、私はこくりと頷き返した。


「うん、絶対に人気が出てっ、売れると思うの……!

 ほら……、エリスもさっき、言ってたでしょう?

 夫人の作るクッキーが大好きで、王都に似た様なクッキーが置いてないか探してみたって……」


 それから、にこっと、笑顔を向けてエリスに声をかけると。


「いえ、……それはっ、確かに、そうなんですけど……。

 でも、私はほら、家族として、というか……。

 子供として、母の作るクッキーがっ、実家の味で懐かしさもあって、贔屓目に見ている部分も強いですし、その……っ!」


 と、何処かてんやわんやになりながらも、エリスが何とか言葉を紡いでくれるのを聞いて。


 『エリス、落ち着いて……』と、私は何とかして落ち着いて貰おうと、エリスに紅茶のティーカップをそっと手渡して声をかけた。


 私の言葉を聞いて、紅茶を一口飲み……。


 少し冷静になれた様子ではあるものの『ほ、本当に売れるのか……』と、不安そうなエリスに、私は真剣な表情でこくりと頷き返してから。


「私も、何もエリスのお父さんに借金があるから、エリスのお母さんである夫人のことを優遇してこんな風に声をかけてる訳じゃないよ。

 王都で流行りやすいものの条件には幾つか、統一性があるんだけど。

 まず、第一に、流行りゅうこうを追っている貴族の利用が多い王都のお店は、新しいものであればある程、人の目にもとまりやすいということ。

 それから、二番目は、品質が確かなこと。

 三番目はパッと見て、洗練されたようなものであるかどうか、ということ」


 と……。


 王都で、何かを販売するのなら、これだけは絶対に外せないだろうというものを、ピックアップしてエリスに伝える。


 巻き戻し前の軸でもそうだったけど、大体、世の中で流行はやっていたものには、例え一見すると全く関連がないようなものでも。


 流行りゅうこうするに足るだけの幾つかの条件をクリアしたものしかない。


 私自身、あまり外に出るこが出来なかった代わりに……。


 その分、宝石を売りに、ハーロックがお父様に言われて手配してくれたであろう行商人がわざわざお城にやってきて。


 色々と“外の情報”については教えてくれていたから、には異常に詳しかった。


 あと、少なくとも、宝石を見極めるような目だけはそこで養われたから。


 今は、その知識がかなり役に立っているんだけど……。


「そう考えると、夫人の作ってくれるクッキーは、まずお野菜を使っていることが新しいでしょう?

 品質を保たせる為に、紅茶のティーパックが乾燥剤代わりになっていることも、幾つかの種類の紅茶のティーパックと、クッキーを一緒に透明の袋に入れて、敢えて中身を見せるようなデザインにすれば可愛いと思うし、人目も引くと思う。

 ティータイムの時に、その紅茶と一緒にクッキーを食べて貰うようなことも出来ると思うし……。

 ね? 夫人が作ってくれたクッキーが、王都で流行る可能性についての条件はクリアしていると思わない?」


 あれから、王都でエリスのお母さんである夫人が作ってくれたクッキーを流行らすためにはどうしたらいいか。


 帰りの馬車の中などでも、頭を悩ませながら考えていたことを、私はエリスに伝えていく。


 夫人は、使が、乾燥剤代わりになっているって言ってたし。


 勿論、賞味期限を延ばす為なのはあるけど、クッキーと一緒に、紅茶のティーパック付きで販売したら貴族の人達にも受けが良いんじゃないかなというのは感じていた。


 ――新しいものが大好きな貴族の人達は、そういったものには特に敏感だ。


 それに、普通のクッキーよりもお野菜を使っているということで、普通のお菓子よりはカロリーが抑えられるだろうし。


 ヘルシー志向の強い高齢層の貴族の夫人達にも喜んで貰えるようなものになるんじゃないだろうか。


 一度、その流れに乗ってしまえば、後は彼女達が開く御茶会などで、自動的に来客へのお土産や、ティーパーティーの際に出すお茶菓子として、沢山、発注が入る可能性も高い。


 そうなれば、人づてに噂が噂を呼んで、更にお客さんが押し寄せるようなことになるだろう。


 夫人、1人で作っているから、暫くは店頭でのみの販売になってしまうだろうけど。


 行く行くは、エリスのお父さんの領地にいる、領民達にも手伝って貰って人員を増やしていけば、そういうことも出来なくはないだろうし。


 まだまだ、私だけの意見だと甘いかもしれないから、その辺りは王都でも手腕を振るって利益を叩きだしている商売に詳しい人に聞くのが一番いいことだと思うけど。


「私自身、絶対に売れると思ってるから、こうしてエリスに声をかけてるの……。

 それに、例え、類似品として真似をしようとするような人が出てきたとしても、エリスのお父さんの領地には、“お野菜が他の領地に比べて甘い”っていう、唯一無二の絶対的に優位な特性があるし、きっと大丈夫だと思う」


 私が、にこっと笑顔で、エリスに向かってそう声をかければ。


「……っ、アリス様……っ!

 私のことや、私の家族のことまで考えてくれて本当にありがとうございます……!

 なんてお礼を言ったらいいか……っ! きっとその提案は、母だけではなく、家族中が喜ぶと思います……っ!」


 と、エリスからは感動したような表情で、少しだけ上擦ったような声色でそう言われて、ぎゅっと、手のひらを握られてしまった。


「ううん、まだ私の頭の中にあるだけで、きちんと動き出している訳でもないし。

 ……寧ろ、これくらいのことしか出来なくてごめんね」


 私としては自分が大したことをしているつもりなんて“全くない”から、そこまで感激されたような表情をされると、何となく申し訳なくなってしまって。


 そう言って謝りながら、エリスに微笑みかけると、『いいえ、そんなことはありません……っ!』と強い口調で、首をふるりと横に振りながら、エリスが……。


「いつも私は、アリス様に助けて頂いてますし。

 こうしてお仕え出来ることが、本当に何よりの幸せなんですっ……!」


 と、声をかけてくれる。


 私からすると、そんな風に言って貰えることの方が嬉しいことだから……。


 エリスに向かって『エリス、ありがとう……っ』と声を出して。


 ――そこで、忘れかけていたお土産のことを思い出した私は。


「あ、そうだ、エリス。……ローラもなんだけど。

 エリスのお父さんの領地に行った時に、私達、丁度祝祭としてお祭りが開催されているタイミングに出くわしたの。

 エリスのお父さんのご友人である商人さんが販売してくれているお店で、いつもお世話になっているから、ローラとエリスにお土産を買ってきたんだけど、良かったら……」


 と、ポケットの中に入れたままだった2人へのお土産であるハンドクリームが入っている包みを取り出して。


 エリスとローラにそれぞれ、お土産を手渡した。


「……えぇっ、! アリス様、私にお土産まで買ってきてくれていたんですか……?

 あ、ありがとうございますっ……、何から何まで、本当にすみません。

 しかも、多分、その商人は、私の幼なじみの家庭だと思います……っ!」


「アリス様、お祭りに行っていたことは話に聞いていましたが、わざわざ私にもお土産を買ってきて下さったんですか?

 ありがとうございます。……その気持ちは凄く嬉しいのですが、ご自分のものはきちんと、買われましたかっ……!?」


 それから、エリスとローラ、それぞれにお礼を言われたあとで。


 心配そうな表情を浮かべたローラから問いかけるようにそう言われて、私はローラに安心して貰えるようにこっと笑みを溢した。


「ううん、自分のものは買ってないけど、セオドアとお兄様とアルが素敵なものをプレゼントをしてくれて。

 そのっ、何故か……、村人さんたちからも、沢山、色々なものを頂いてしまったし、私自体は、お祭りも楽しめたから、全然大丈夫だよ。……だから、気にしないでね」


 私が声をかけると、ローラはホッとした様子でセオドアとアルの方へと向かって。


『セオドアさん、アルフレッド様、流石です……っ!』


 と、言わんばかりの表情で、2人のことを見てくれていた。


 それに対してアルが、満足そうな表情を浮かべて。


「うむ、そうであろうっ、そうであろうっ!」


 と、声を出すのを聞きながら、ローラが視線だけで2人に向かって目配せをした意味が、全くなくなっているなぁ、と思いながらも……。


 2人のその遣り取りに、私は思わず、ほんわかと和んでしまった。


「エリスは、あまり女の子が好むようなものが好きじゃないって夫人から聞いたんだけど、この時期は、侍女の人達も指先にあかぎれが出来たりで、大変そうだし、ハンドクリームなら使って貰えるかなって思って。

 レモンの匂いのものなんだけど、エリスはレモンの匂いは嫌いじゃないかな? ……平気だったりする?」


 そうして、私がエリスに向かって声を出すと。


「はい、っ……! レモンの匂いは、大好きです。

 領地にレモンの木があるので、幼い頃から、母がレモンパイなんかも作ってくれて。

 香りでも慣れ親しんでいる実家を思い出すことが出来て嬉しいです」


 と、思いの他、喜んでくれたみたいでホッとする。


「そっか、それなら良かった」


 その言葉に、嬉しくなって思わず微笑めば、ローラが……。


「アリス様、ありがとうございます。

 私のハンドクリームはバニラの香りなんですね。

 それから、手鏡までプレゼントして下さって、本当に嬉しいです。……どちらも大事に使わせて貰いますね」


 と、笑顔で声をかけてくれた。


 それから……。


 私達は暫く、エリスのお母さんである夫人が東の国の民族衣装で着物を着せてくれたことなど。


 エリスに、少しでも久しぶりに実家の雰囲気を味わって貰おうと、思い出話に花を咲かせたあとで。


 私はエリスのお父さんから、エリスが自分のお給料を領地に送る際、手紙すら買わずにそのお金を工面していると聞いたことを思い出して……。


 自分が持っている幾つかの便せんと封筒をエリスに手渡した。


「エリス、良かったら、私に言って貰えれば……。

 いつでも封筒と便せんくらいならあげるから、次から自分のお給料を家族に送る際は、これを使って。

 きっと、エリスのお父さんもお母さんもエリスの便りを楽しみにしていると思うよ」


 ……遠く離れた場所にいるからこそ。


 多分、普段エリスが宮でどうしているのかなども含めて、彼女達は気にしているだろう。


 私がエリスの話をした時に、本当に心から喜んでくれていた様子だったことからも、私にもそれくらいのことは理解出来た。


 それに、まだまだ小さいエリスの姉弟達も。


 1人、王都で働いているエリスのことを、心配して気にかけていたことには間違いないだろうから……。


 私が声をかけると、『そ、そんなことまで、アリス様に筒抜けに……っ!』とほんの少し恥ずかしそうにしていたけれど。


「エリスがちょっとでも、領地の借金を返すために頑張っている証でしょう?

 全然、恥ずかしいことじゃないと思うよ」


 と、声を出せば。


「ア……、アリス様ぁ……っ!」


 と、感極まったような表情で、今にも此方に飛びかからん勢いでエリスが私に感謝してくれるのが見えて、私はふわっと微笑み返した。



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