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第263話 調査報告3



 私の言葉にみんな、最初は驚いた様子だったけど。


 お兄様とお父様は直ぐにその提案について、実践的に使用可能なものなのかどうか、思考を巡らせてくれているみたいだった。


 私自身も、これに関しては、何も単なる思いつきだけで話している訳ではなく。


 ブランシュ村に、みんなで行った時もそうだったけど、ブランシュ村の人達の態度も含めて、ヒューゴの薬作りの為に協力してくれていたおば様が……。


【詳しい情報などは、私達、村人には入ってこないので、不安が煽られてしまうようなことばかりで……】


 と、言っていたことからも分かるように。


 基本的に皇宮で制定されたような決まり事や、噂などに関するような物も、その重要性の大小に関わらず。


 王都から離れれば離れる程に、きちんとした情報が届けられるまでにはどうしても時間がかかってしまうのは身に沁みて感じていたことだから。


【私達が何の目的で来たのかについても、村人にしっかりと説明してくれていない領主だっているくらいだし……】


 ――例え、どんなに必要な情報であろうとも。


 伝達する人間が増えてしまうにつれて“不要な情報”だと……。


 上に立つ人間側が何処かでその情報をストップさせてしまえば、そこから下の人達には伝わらないし、事実がねじ曲がって伝わってしまう可能性だってある。


 そういった事態を避ける為には……。


 少し手間のように思えても、今までは、領主である貴族の采配によるものが大きかったことを。


 領主だけではなく、ギルドや地方の騎士団の詰め所など。


 国が決めたことに関しては、当然、関係各所にも通達するのは大事なことだと思うし。


 更にそこから、広く一般的な庶民の人達にも、新しく制定された事を知って貰える機会を設けることが出来れば、それに越したことはないだろう。


【危険物の取り扱いについての免許の更新は、そのための一歩でもある】


 元々、各地に置かれているギルドでは、過去の試験問題なども置いてあるし……。


 試験を受けて、免許の取得も出来るような土台が初めから整っているから、一般の人も来やすいと思う。


 ――そこにプラスして“講習”や“勉強会”みたいなものを定期的に取り入れて貰うのが良いんじゃないかな……?


 一先ずは『危険物の取り扱いについての法改正のみ』を、勉強出来るようにすることにして。


 次第にその範囲を広めていって。


 口頭で教えて貰えるようなことが出来れば、一般の文字が読めない庶民の人達にとっても、大きな助けになるんじゃないだろうか。


 その辺りのことを頭の中で整理してまとめてから、お父様に伝えた後に。


「……幸い、ギルドは各地に置かれていますし。

 皇宮から、直接の伝達が行えると思えば、色々な所をたらい回しにすることで情報がねじ曲がってしまうようなことはないんじゃないでしょうか。

 そのっ、……問題は、新しい法の改正に伴って、“誰が”講習会を開くようなことになるか、だと思いますが」


 と……。


 私は自分ではどうやっても、今自分が話したことに対する解決方法が浮かばなくて視線を下に落とした。


 自分でも良いシステムなんじゃないかなとは思ったんだけど、肝心の『法改正に伴った内容』を教えてくれるような人が誰もいないんじゃ、意味がなくなってしまう……。


 私がそのことに落ち込んでいると。


 お父様は私の意見を否定することもなく、暫く熟考してくれた後で、顔を上げて私の意見に頷いてくれた。


「そうだな……。

 数年おきなど、定期的に免許の更新制度を取るというお前の提案は良い案だと私も思う。

 それに伴って、講習会を開くというのもな。

 問題の、ということだが……。

 それについては、医師の定例会議が開かれているように、各地のギルドマスターと、それに追随する者を皇宮に呼んで、先に講習会を受けてもらうことで解決するだろう」


 そうして、私では思いつかなかった提案をしっかりと出してくれたあとで……。


「問題は、ギルドの職員がそれについて乗り気になってくれるかどうか、だな。

 一般の試験とは別に、更新するための試験も含めて、講習会を開くとなれば……。

 単純に考えても、普段の業務に加えて、人に教えるという負担が更に増えてしまうだけだからな。

 ……ギルドにただ、過去の試験の問題用紙を置いて配るだけなのとでは、訳が違う」


 と、お父様から、それに伴って起こってしまうだろう懸念や不安などについても教えて貰えた。


 ――確かに、そう考えたら、ギルドの職員さん達の負担はかなり増えてしまうだろう。


 今の状態でも、洞窟に割く為の人員なども含めて考えたら……。


 ギリギリの人数で回しているような所もあるかもしれないし、それによって浮き彫りになってしまう問題は多そうだった。


「……父上。

 でしたら、各ギルドに試験の更新や、試験を受けに来た人間の合格率の割合が、その会場全体の60%を超えた場合、国からギルドに報酬を出すのはどうでしょう?

 段階的に合格者の比率が60%と、70%で上がっていく程に、報酬の度合いなども変えれば、報奨金欲しさに積極的に取り組むギルドは増えると思いますが……」


 そうして、すかさずお兄様がお父様の懸念に対しての打開案を出してくれれば。


 その言葉に、少しだけ考えるような素振りで腕を組んだまま、目を瞑ったあと……。


「ふむ、報酬制度か……。

 確かに、それは、良い提案かもしれないな。

 その場合、万が一にも嘘の申告などで着服することがないよう、年に数回、監査に入る必要があるのと。

 それから、報奨金欲しさに合否が甘くなってしまわないよう、免許内に、の記載については徹底させるべきだろうな。

 もしも、犯罪を犯した人間が出てきた場合、どこのギルド支部で免許を取ったのか分かるようにしておいた方がいい。

 1人、2人では、特に動くようなことはしないが、あまりにも大人数で問題が起きた場合は、迅速に調査の対象として動けるだろう」


 と、何処かすっきりしたように顔を上げるお父様の姿が見えた。


 確かに、お兄様の言うように、その方法ならギルドの職員さんも報奨金の欲しさに積極的に動いてくれる可能性は高まるだろうし。


 それによって、浮かび上がってくる別の懸念に関してもお父様の解決方法で、上手くいきそうな気が私にもしてきた。


「まだまだ、詰めていけば、もっと深いところまで問題が浮き彫りになってくるかもしれないが。

 お前達のお蔭で、今度の議会で国を改革する為の良い提案が出来そうだ。

 甘い所をもう少しだけ練ってより実現可能なまでに持っていって提議ていぎすれば、恐らく誰も文句なども言えぬだろうし。

 有無も言わさず、すんなりと議会でも通る案件になるだろう。

 ……しかし、まさか、国に仕えている人間と話すよりも。

 お前達と話す方が、余程、有意義で濃い時間が過ごせるとはな」


 それから……。


 お父様が、そう言ってくれながらも、私達に向かって、どこか疲れを見せるような素振りで苦笑したのが見えた。


 お父様のその言葉は、どこか実感がこもっているようなもので。


 一概に貴族の人といっても、ブランシュ村の領主とエリスのお父さんのことを比べても本当に色んな人がいるのは私も分かっているし。


 特に皇宮の中にいる人達なんて……。


 みんながみんな、同じ方向を向いている訳ではない上に、ドロドロとしたような派閥や権力争いなどもあって、一筋縄ではいかないような人達の集まりなんだろうな、と思う。


 だからこそ。


 日頃から、そういった人達の相手をしながら、意見を交わし、その全てを取り纏めているお父様のことを、改めて凄いなぁ、と感じてしまう。


「うむ、手間をかけてしまうようですまないな。

 僕自体、そこまであれこれと人間の問題に干渉するつもりはないのだが……。

 自然環境で生きている者達のことを思うと、どうしても口が出てしまう。

 ……だが、お前達が色々と考えてくれた上で、変えて行こうと努力していってくれているのは僕にも理解出来るぞ」


 そうして、私達の意見が纏まった所で、アルが満足そうに此方に向かって笑顔を向けながら声を出してくれた。


「精霊王様のお考えはよく分かります。

 ……人間は、どうしてもしがらみの多い生き物ですからね。

 人種も何もかもを超えて、ただ手を取り合って“仲良くする”というだけのことが、本当に難しい」


「うむ、僕も人間と過ごしていく日々の生活で、その事についてはひしひしと感じている。

 だが、僕は“人間”という生き物自体が嫌いな訳ではないぞ。

 ローラの作ってくれるおやつは美味しいし、アリスだって、セオドアだって、特殊な能力があるだけで人間であるということに代わりは無いしな。

 僕と人間は“違う生き物”ではあるが、なるべく仲良くしたいと思っている。

 それに、あのアンドリューとかいう冒険者もそうだったように、どんな人間でも、例え間違いを犯したとしても、反省して変わることも出来ると今は思っているしな」


 それから、お父様と会話をしてくれたあとに、一瞬だけ『アリスもそう思うであろう?』と問いかけるように私の方を見てくれたアルに。


「うん、そうだよね。……人は、反省して変わることが出来ると私も思うよ」


 と、同意するように声を出した私は、にこりと微笑み返した。


 ――私自身が、そうだったから……。


 誰かが自分のした行いについて反省して前に進もうとしているのなら、甘いのかもしれないけど、極力その手助けをしてあげたいなと、今は思う。


 それから……。


 アルのその言葉を聞いて、お父様が真剣な表情を浮かべて同意するように頷くのが見えたあと。


 和やかになったこの場で、無駄を嫌うお父様とは思えないくらい。


 ほんの少しだけ、今回の旅の日程で、ただ事件の調査をするだけではなく、ウィリアムお兄様からレストランを予約して貰っていたことなど。


 お父様から色々と質問された、私は。


 ホテルに行ってみんなで夜に星を見たことや、レストランで美味しい食事をしたこと。


 偶然ブライスさんに出会って、水質汚染の件で感謝されて、お祭りに参加するようなことになったなど。


 雑談とも取れるような柔らかな時間を過ごしてから、みんなと一緒にお父様の執務室を出た。


 ――こんなことなら、お父様のお土産もお祭りの会場で買っておけばよかったな、と思う。


 普段から、そういう“仕事”とは別の他愛もない話や、関係のないような話をされることは嫌いな筈だと思っていたんだけど……。


 最近のお父様が、取り留めのない話題を私に振ってくれて……。


 その事について特に苛立つような様子もなく、しっかりと聞いてくれるようになったことが増えてきたように感じていたのは、気のせいじゃなかったんだろう。


 普段お世話になっているローラを含めた侍女達に何かプレゼントするという考えはあっても『お父様へお土産を買う』っていう意識はあまり無かったな、とちょっとだけ後悔する。


【折角、話を聞いてくれたのに。……何も買わなかったの、申し訳なかったかな……?】


 内心で、そう思ったあとで……。


「あっ、お兄様……っ、待って下さい」


 と、私は、そのまま自室に戻ろうとしていたお兄様のことを呼び止める。


 そうして、此方に向かって振り返ってくれたお兄様に。


 帰りの準備などで、ばたばたと慌ただしくしていた所為で、ミラとハンナの2人に対してもローラに対しても結局お土産を渡せず仕舞いだった私は……。


 今の今までポケットに入れていた、あの日、お祭りでミラとハンナの為に購入したハンドクリームの入った袋をお兄様に差し出した。


「これ、っ……オレンジの匂いがハンナで、ローズの匂いがミラのものです。

 この旅の期間、別荘に夜遅くに帰ってくることも多かったのに、ずっと待機してくれて、マッサージとか、お風呂などのお世話もしてくれたので、そのお礼に……」


 柔らかな声を出して、私がお兄様に向かって、そう言いながら、にこっと微笑めば。


 お兄様は、私をジッと見てくれてから…。


「あの2人は、侍女として、ただ単純に当たり前の仕事をしただけだと思うが……。

 分かった。……これは、お前の気持ちとして、俺から渡しておこう」


 と、声に出して、私から二つの包みを受け取ってくれた。


「ありがとうございます。2人にもよく、お礼を伝えておいてください」


 その事に、感謝しながら。


 改めて、私自身、あっちこっち動き回っていたから……。


 不在期間も多くて、あまり、関わることが無かったけれど、それでもいつもローラと一緒に一つも嫌な顔をせずに関わってくれて。


 精一杯お世話をしてくれたことに対して、お兄様から“2人にお礼を伝えて欲しい”とお願いすれば、一瞬だけ真顔になりながらも、お兄様は私の言葉に了承してくれた。


「分かった、お前の伝言に関しても伝えておいてやる。

 それから、お前も少しは休めよ、っ。……ずっと、動き続けているんだし、疲れてるだろう?」


 それから、お兄様からそう言って貰えて、私はふわりと笑みを溢しながら、こくりと頷き返した。


「はい、ありがとうございます。

 お言葉に甘えて、今日はもうゆっくりさせて貰いますね」


「姫さん、“”じゃなくて、“”、そうしようぜ?」


「おい、……犬っころ。

 お前、数日間はアリスが動かないように、しっかりと目を光らせておけよ……?」


「へぇへぇ、仰せの通りに……。

 アンタに言われるまでもなく、番犬の如く、俺が姫さんの動向については目を光らせておくから安心しろ」


 私の行動を先読みして、どこか咎めるように降ってきたお兄様とセオドアの遣り取りに『……うぅっ、』と小さく声を溢したあとで。


【……あーあ、“こういう時だけ”2人で結託して手を組んじゃってさァ】


 という、いつぞやの、ルーカスさんの台詞が頭の中に思い浮かんできてしまった私は。


「あの……、私って、そんなに信用っ……ないのかな……?」


 と、2人に向かって怖ず怖ずと問いかける。


 私の問いかけに、一斉に此方を向いた2人の顔は、私のことに関して全く信用していなさそうな顔で……。


「そりゃぁな……。

 だって、どう考えても、姫さん、俺等が何も言わなかったら何かしようとして動き回るだろ……?」


「アリス。……お前、ここ数日間のことも含めて、今まで自分がどうやって過ごしてきたのか、思い返してみろ」


 そうして、更に、2人から心配したような表情と呆れたような表情が混じったような顔をされたあとで、言いくるめられてしまって。


 私は、ぱくぱくと口を開いたあとで、結局何も言い返すことが出来ずに、ショボンと落ち込みながら口を閉じた。


「うむ、アリス、諦めるのだ。

 こうなった以上、セオドアもウィリアムも逃がしてはくれぬぞ。

 だから、明日からの数日間は僕と一緒に、ゆっくりと部屋で日向ぼっこしようなっ!」


 そうして、何の悪気も無いアルからトドメのようにそう言われて、私は……。


【どうしよう……っ? どこにも、味方がいない……】


 と、力なく頷き返した後で、お兄様と別れ……。


 先に私の部屋に戻って荷物の整理をしてくれているであろうローラと、それを手伝ってくれている筈のエリスの元へと帰ることにした。



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