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第262話 調査報告2



 好んで“赤”を身に纏う、機械弄りが好きな風変わりの技術屋。


 ソマリアの第一皇子のことは、詳しく説明されても……。


 巻き戻し前の軸も含めて、そんな人がいるんだな、というくらいにしか思わなかったけれど。


 若くしてソマリアの発展に貢献してきている人なのだとしたら、きっとウィリアムお兄様みたいに優秀な人なんだろう……。


 魔女のことに関しても、自分で“研究のスペシャリスト”と言っているくらいだから、その知識は凄く豊富なんだと思うし。


 今この場において、その人のことが話題に上がったということは……。


【能力で命を削ってしまった魔女の寿命を延ばす方法などについて、ソマリアの第一皇子と、もしも何か有意義な情報の交換が出来るのなら……】


 と、お兄様が思いついてくれたからだと、私にも理解することが出来た。


 だけど……。


「まぁ……、例えソマリアが我が国と条約を結んでいる友好国であろうとも。

 国が握っている魔女の情報を、無料で惜しみなく教えてくれるとは到底思えないので、現実的ではない話でしょうが」


 と、お兄様自身が、補足するようにそう説明してくれたことで。


 私自身も、それが難しい問題であるということはひしひしと感じていた。


 どの国も、自分たちが持っている魔女の情報について、全く開示すらしていないということは、それだけ、何かの魔法を使える“能力者”でもある魔女について。


 もしも万が一、国同士の戦争などが起こってしまった場合『たった一人でも、戦況を大きく変えることの出来るような存在』だと……。


 ――色々な国々が、重く捉えている結果なんだと思う。


 勿論、以前お父様に食事の場で説明して貰ったように……。


 魔女が一切、戦争に関わってくる事が無いようにと“能力の使用を制限”し、様々な国で牽制し合って、条約を結んでいることだって、そう。


 この世界自体が……。


 何一つ優しくなく、彼女達のことを差別して、まるで物を扱うみたいに“人扱い”さえしてくれていないのに。


 それでも、魔女が使う“能力”にのが、現在の色々な国の現状なのだと思う。


【魔女の寿命を延ばすことだって、私達は本当にベラさんのことを助けたくて、その方法を探そうと思っているけど……】


 ――きっと、世界中の国々は、そうではないだろう……。


 単純に、魔女の寿命が延びれば、その分だけ使


 結果として、彼女達のことを都合良く扱っている人達が、得をするような状態になってしまうだけだから……。


 魔女である私達は、徐々にがたが来て、“ボロボロになって壊れていってしまう玩具”みたいだなと改めて思う。


 私達を使って、遊ぶ権利を持っているのは、いつだって“自分たち以外の他人”で。


 誰かの意思によって都合良く動かされて、自分で決めることすらままならない生活。


 飽きられたら、簡単におもちゃ箱の中で、誰にも手に取って貰うことすらなくて、見向きもされず……。


 使い物にならなくなったら、やがて、何ごともなかったかのように、無感情でゴミとして廃棄されてしまう捨てられてしまう


 当たり前のように繰り返されてしまっているその事実に、どうしようもなく胸が痛くなってしまったけれど。


 お兄様の言っている、ソマリアの第一皇子は、人々が表向きは嫌悪して通常では言いたがらないような魔女の研究について公言するような人だから。


 もしかしたら、そんな人ではないのかもしれない。


【好んで、、かぁ……】


 ソマリアは、シュタインベルクとも友好関係のある国だから、その姿を何かの式典などで拝見するようなことはもしかしたらあるかもしれない。


 それでも、お兄様とは違って……。


 きっと、滅多なことが無い限り、軽く挨拶を交わすようなことはあったとしても、私自身がその人と会話をするような機会は訪れないと思うけど……。


 ――ほんの少しだけ


 『どんな人なんだろう……?』ということは気になってしまった。


 私が頭の中で“見知らぬソマリアの第一皇子”のことを、ぼんやりと、考えていたら……。


「父上。……俺は、普通の人間のように、魔女についても最低限の人権は保障されるべきだと思います」


 と、お兄様がお父様にそう言ってくれたことで、私は意識をそっとこの場に引き戻した。


 ブランシュ村で、ヒューゴとベラさんと関わって、お兄様にもきっと思う所があったのだろう。


 二人と会話を交わしたことで、真剣にお兄様が魔女の人権についてしっかりと考えてくれていることが分かって、思わず嬉しくて口元を緩めれば……。


 お兄様の言葉を聞きながら、お父様が、私に一瞬だけ視線を向けてくれたあとで。


「あぁ、そうだな。

 私もそのことに関しては、どうにかしなければならないと、常々感じている」


 と、言葉を出してくれた。


「あの、お父様。

 もしも、差し支えないようでしたら、世間に私が魔女であると公表するのはどうでしょうか……?

 そのっ、一国の皇女が魔女だという事が分かって。

 私自身が矢面に立って広告塔のようなものになれば、少しでも、今も苦しんでいる彼女達の為にはなるかもしれないですし、助けるための活動もしやすくなるかな、って……」


 そこで、私は……。


 ベラさんとヒューゴと一緒に会話をした時に、自分が漠然と考えていたことをお父様に提案してみた。


 私の発言に、この場にいるみんなの視線が一斉に私の方を向いて、自分が思っている以上に注目を浴びてしまったけれど……。


 みんなの視線はアル以外、私の考えを“良い提案”だと受け入れてくれるような物では無くて……。


 お父様だけではなく、お兄様も、セオドアも、この場では何も口には出さないけれど、かなり険しい顔つきになってしまったことを私自身、ひしひしと感じていた。


「アリス。お前が自分自身が魔女だということから……。

 自分の命が能力によって削られてしまう状態を治したいと思う気持ちは私にも分かる。

 それによって、他の魔女のことを思いやる気持ちも、な……。

 だが、お前が他の魔女について、必要以上に心を砕くことは、今の世間の目のことを考えれば賛成することは出来ない」


 そうして、難しい表情を浮かべたまま、お父様からは消極的な言葉が返ってきて。


 私はその言葉に小さく息を呑んだあとで……。


「あの……っ、! だけど、私が行動すれば、少しでも賛同してくれるような人達は増やせるかもしれないですし……」


 と、おずおずとお父様に向かって、一生懸命に声を出した。


 巻き戻し前の軸だったら別だけど、今の状況なら、私に好意的になってくれているような貴族の人だっていない訳じゃないし……。


 もしかしたら、今まで私と関わってくれた貴族の中には、魔女の人権について保護したいという私の意見に賛同してくれるような人もいるかもしれない。


【エリスのお父さんとか、ブライスさんとか……。

 後、デビュタントで私の力になりたいと言ってくれた、毒で倒れてしまった貴族の人とか……】


 少しずつでもいい。


 私自身が魔女だと公言することで、味方になってくれるような人を今後増やすようなことが出来れば、今は無理だとしても、いずれは能力者である彼女達の人権を守るような法案が可決して貰える可能性だってある。


 ――その一歩自体は、例えどんなに小さな物だとしても。


 誰かがやらなければ、何も変わることが無いのだとしたら、動かない理由は何一つないと思う。


 戸惑いながらも、今自分に出来ることを必死に考えて、私が食い下がったからか。


 お父様は、私を真っ直ぐに見てくれたあとで


「アリス、お前の気持ちは分からなくもない」


 と、声をかけてくれた。


 その言葉に私が『……なら、っ……!』と、口を開きかけたところで……。


「だが、そうするには現状、あまりにもリスクが高すぎる。

 お前が魔女であるということを公表して矢面に立つことで、お前を攻撃して非難してくるような連中は今まで以上に表面化して出てきてしまうだろう。

 ……マルティスのような輩を操って、裏で暗躍しているような仮面の男の正体も未だ分かっていない今の状態で、そのようなことをするのは無駄に敵を増やすだけで、危険でしかない」


 と……。


 お父様から言い聞かせるようにそう言われたことで……。


 開きかけた自分の口から、結局何も音として外に出るようなことはなく、私は押し黙ってしまった。


 そのリスクに関しては、私自身、ひしひしと感じていたことでもあるし……。


 お父様やみんなの反応が、何よりも私のことを心配してくれるものだと分かっているから、咄嗟に、反論するようなことも出来なかった。


「例え、お前が他人事ひとごとではないと魔女達のことを考えて“お前の意思”で、いずれ、そうしていこうと考えているとしても。

 短期的な目線で、今、動くよりも……。

 その辺りは充分すぎる程に慎重になって動く時期は見定めなければならないし、長期的な目線で見て行動していかなければならないだろう」


 そうして、お父様から補足するように声をかけられて、私は少しだけ、シュンと落ち込みながらもこくりと頷き返した。


 ベラさんやヒューゴと話していた時も、お兄様の口から『お父様は長期的な目線で動いている』ということは、話に出ていたし。


 偏見や差別などがまだまだ色濃く残ってしまっている世間の目なども考えれば、ゆっくりと時間をかけて取り組んでいかなければいけない、というのは、本当にその通りだった。


 ――それに、お父様からは、私の考えを丸ごと全て否定されてしまった訳じゃない。


 例え、私が魔女だと公表することは、今は時期が悪くて出来ないのだとしても……。


 毒で倒れてしまった貴族の人とか、ブライスさんとか、エリスのお父さんとか……。


 これから先も、私自身の味方になってくれるような人達を見つけていくことはきっと出来るはず。


 今、自分に出来る範囲で小さなことからコツコツと努力していけば、それがやがて大きな実になってくれるような日が来てくれるかもしれない。


 そのためには、取りあえず“仮面の男”が関与しているであろう、私に関する事件の解決を優先しなければいけないことだけは確かだった。


 私が改めて、その件について“しっかりと考えなきゃ”と、思っていると……。


「うむ……。魔女の人権についてもそうなのだが、皇帝よ。

 僕が洞窟で数日過ごした際にも思ったが、人間という生き物はあまりにも自分達のことを優位に置いて、勝手すぎやしないかっ……?

 アリスがいなければ、野生生物でもある熊が、“何もしていない所”を叩き起こされて、あわや人間の都合で殺されてしまうところだったのだ。

 本来、自然というものは、人間だけでは無い。……この世にあまねく全ての生き物が平等に、享受出来るものだ。

 その辺り、お前達は一体、どのように考えているのだ?」


 珍しく……。


 拗ねたりするようなことはあるけど、普段あまり怒ったりするようなことがないアルが眉を寄せながら、不快そうな表情を浮かべてお父様に対して責めるような言葉を出すのが聞こえて来た。


「申し訳ありません、精霊王様。……その件については、返す言葉もございません」


 そうして、アルの言葉に、お父様が本当に申し訳なさそうに声を出して謝罪するのを聞いて。


 今回、ブランシュ村に行くことで、人間の生活を目の当たりにしてしまい……。


 此処に来るまでにも思う所があって、怒っていた気持ちがほんの少しでも和らいだのか……。


 アルが、『むぅ……っ!』と、声に出しながらも……。


「僕だって、自然に存在する数多のものが自分自身の生きる糧になっていることは確かだし。

 絶対に殺すなと言っている訳ではないのだ。

 ……相手から襲ってくる場合もあるだろうし、やむを得ない事はどうしても生じてしまうものだ。

 草食動物であれ、肉食動物であれ、お前達が生きるために、自然に存在する生き物を、その分だけ、仕方がなく食べる為に殺すというのならば理解することも出来る……。

 だが、少なくとも、自然の大地でもある洞窟のような場所で、共存出来る可能性も探らずに利己的な考えで生き物を殺すようなことはやめるようにと、出来れば、お前の口からも伝えてくれ」


 と、ほんの少しだけ眉尻を下げて、お父様に声を出してくれた。


「えぇ、精霊王様の仰っていることは正しいことだと私も思います。

 その辺り、しっかりと配慮する事が出来るよう、むやみやたらに殺すようなことがないように、各ギルドにも注意喚起として通達しておきます。

 洞窟内で罠を使用するということは、そもそもが危険な行為ですし、改めて罠などの危険物についての取り扱いについても厳重化させるなど、しっかりと考えた方がいいでしょうね」


 そうして、お父様がお兄様から聞いた私達が洞窟で過ごしている間に起こってしまった事件と、今のアルの言葉を聞いて、真剣な様子で答えてくれると。


「父上、アルフレッドの作ってくれた餌玉に関しても、ギルドで試験的に運用しながら、必要であれば普及するようなことも考えた方がいいかもしれませんね」


 と、お兄様が色々と考えた上で、提案してくれる。


 勿論、前にお兄様が言った通り、利己的な考えでアルの作ってくれた“餌玉”を逆に利用しようと考える人達もいるから、その件に関してもかなり慎重になって動かないといけないとは思うけれど……。


 その案自体は、決して悪いことではないと思う。


 「あぁ、その件も含めて時代と共に常識や考えも変わっていくものだし。

 法律というものも、時代に即した物が新しく制定されていくものだ、だが、幾ら私達が、法改正をしようとも、全ての人間が等しくその状況を知ることが出来ずに、新しい知識をインプットするような機会がないんじゃな……」


 そうして、悩んだ様子のお父様からそう言われたことで……。


 私は、不意に思いついて。


 「あの、お父様。……でしたら。

 危険物の取り扱いの免許について、一度取ったらいつでも使えるようにせずに、何年かおきに更新するようなことにしたらどうでしょう?」


 と、声を出した。



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